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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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拾壱

 犬に導かれて、京士郎たちは鬼ヶ島の主の元へと向かう。

 城の奥へ、上へと向かっていく。長い道のりではなかったが、ようやくたどり着いたという感覚だ。

 この鬼ヶ島に上陸して半日ほど。そろそろ隠れているのも難しくなってきた。決着をつけなければならないだろう。

 しかし、問題はいくつもあった。


「結局、仲間は増えずか」


 京士郎がそう言うと、志乃はため息を吐いた。

 道連れは犬のみ。京士郎は体が小さいまま。敵の戦力は未知数。

 とても戦えるような状況ではなかった。

 いままでも、鬼との戦いは厳しくあったが、ここまで戦うのを躊躇うほどではなかった。

 だが、戦わなければならない。

 後にも引けず、さらに言えばこれ以上できることがなかった。

 前に進むしかない、そう志乃は言った。京士郎はその通りだと思った。

 最後の部屋だ。京士郎はその先に、鬼の気配を感じた。

 酒呑童子ほどの大きさはない。いや、大江山の四天王にも及ばない気配だ。いつもの京士郎なら簡単に倒せるだろう。

 それさえも、今の京士郎には驚異だった。志乃はどうだろうか。一撃で茨木童子を葬り去る術を使える志乃であるが、一人では鬼には敵わない。

 だからこそ、仲間を引き連れていきたかったのだが。


(いや、できなかったことを悔やむのはよくない)


 京士郎はそう自分に言い聞かせた。今は前を見るしかないのだから。

 志乃がふすまを開けた。そこにいたのは。


「貴方が……この島の主ね」


 どかっと座っている巨体。豚の頭に、大きく捩れた角。

 衣服はまとっているが、腹が出すぎていてまともに着れていなかった。

 禍々しい、というより、見るものすべてを苛立たせるような、忌々しさがあった。


「ぶ、ぶはは」


 笑っている。その笑い方さえ、癪に触った。


「ぶはは……いかにも、僕こそがこの鬼ヶ島の城主だ、女」


 鬼の目には、志乃しか映っていないようだった。京士郎や犬には目もくれていない。


「おい、女。もっと近くに寄れ」

「は?」

「君は僕に会いに来たんじゃないのか」

「確かにそうだけど、そういう意味じゃないわ」


 志乃がきっぱり言った。鬼は、理解できないといった風に憤った。


「僕の誘いが、わからないっていうのかい? 僕はね、君が気に入った。艶やかな髪、ふっくらとした頬、そして服の下には、ぶひひ……たまらんなあ」


 鬼はそう言った。志乃はその気色悪さに、ぶるりと震える。

 京士郎もまたこの鬼に嫌悪感を覚えた。その淀んだ瞳が恐ろしかった。


「ねえ、これも獣に好かれてるって言うの?」

「同じだと思われたくない」


 志乃の言葉を受けて、犬が言った。

 そうだろうな、と京士郎は思った。


「なんだ、見たことのあるやつがいると思えば、お前、あのときの犬か」

「久しぶりだな、今日こそおぬしの息の根を止めに来たぞ」


 犬はそう言って、牙を覗かせた。しかし、鬼はそれを見て笑う。


「ぶひ、ぶひひ、お前に僕は殺せないよ」

「ああ、そうだろうな。だからこそのこいつらだ」

「こいつ()?」

「俺もいるぞ!」


 やはり、鬼は京士郎に気づいていなかった。志乃の頭の上で、京士郎は怒りを露わにしたが、鬼はどこ吹く風であった。


「何だ、お前まだ生きてたのか。あのときに小さくしてやったから、今頃どこかで潰されているかと思っていたがな」

「生憎だが、俺はしぶといのが売りでな。そう簡単には死なねえよ」

「小さくて聞こえないなあ?」


 京士郎は、打出の小槌など関係なく、この鬼を倒さなければならないと決意した。

 鬼が動いた。鬼の首から提げられている小槌を手に取り、構える。

 あれこそが京士郎と志乃が探している打出の小槌だろう。

 その力は、振るえば想像できる限りあらゆるものを生み出し、また万物を変化させることすらもできるという。

 この鬼に大した力がなくとも、その小槌の力を侮ることはできない。


「さて、そこの女。僕のものになる気はないかい?」

「え?」

「君が僕の元に来てくれるなら、これだけのものをあげよう」


 打出の小槌が振るわれる。光が放たれると、そこに現れたのは様々な調度品。

 金銀の財宝はもちろん、真珠の成った実、獅子の毛皮、東の海の向こうから渡ってきたと思われる豪奢な絨毯といった目を引く品々だ。

 これだけのものがあれば、大抵の者ならば靡いてしまうだろう。一生を困らずに生活できるだろうし、京に居を構えることができるかもしれない。

 だが、しかし。


「虚しいわね」


 志乃はそう言った。鬼は目を剥く。


「こんなもので、私を振り向かせようだなんて」

「ならば言うんだ、何が欲しい?」

「いらないわ! 私はね、 一緒に歩いてくれる、そんな度胸と勇気のある人がいいの。美しいものを一緒に見てくれる、それだけで満足なのよ! そんな空っぽなもので誇って踏ん反り返ってるようなやつに、惚れたりなんかしない」


 志乃の啖呵に、鬼は一歩引いた。

 京士郎は内心で飛び跳ねてしまいそうだった。それは奇しくも、船に乗り込む前に思っていたことだったからだ。

 鬼は笑うのをやめた。そして立ち上がると、その巨体を揺らして、襲い掛かってきた。


「ならば、力づくで手に入れるのみだ!」

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