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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
63/109

 京士郎たちは次に、物見櫓までやってきた。

 前のように犬を下に置いて、志乃は梯子を上った。京士郎は変わらず、志乃の頭の上である。

 上りきった場所に、雉はいた。前と変わらず、ずっと海を眺めている。

 志乃たちが現れたことに気づいた雉は、首を傾けた。

 雄の体でありながら、雌の心を持った、風変わりな雉。その瞳が向けられると、少し笑った……気がした。


「いい顔をするようになったわね」


 そう言った雉は、志乃の元に寄ってくる。志乃もしゃがみこんで、なるべく雉の視線と合わせようとしていた。

 雉は京士郎を見ると、あら、と言った。


「あなたもいたの。いつも一緒なのね」

「ほっとけ」

「不機嫌ね。何かあったの?」


 雉に言われて、先ほどの志乃の暴力を思いだした。

 あれは自分が悪いのだ、そういうことにした。


「いいだろ、別に。それに、今回は俺が話しにきたわけじゃねえ」

「そうなの? 話してみたいと思ってみたのだけれど」


 そう言って雉は笑った。京士郎はこういった女が苦手なのだとつくづく理解した。

 志乃の頭をぽんぽんと叩くと、志乃は咳払いをして、話を戻した。


「貴女と取引をしに来たわ」

「……呆れたわ。女なのだから狡くなりなさいと言ったのだけれど、もう忘れたのかしら。鶏だってもっと覚えてるわよ」

「いいえ、私は女ではなく、一人の人として、貴女の前に立っているの。私、女の振る舞い方が苦手みたいだから、そっちの方が楽でいいわ」

「へえ?」


 雉が感心したように声を出した。京士郎は、内心でひやひやとした。

 何せ、さっきの猿との会話で、志乃は女として振舞ったのだ。しかし雉の前では人であると言う。

 矛盾している。そんな都合よく使い分けられるものなのだろうか、と京士郎は思った。

 しかし、その疑問は次の雉の言葉で理解させられる。


「女の狡さ、わかってきたじゃない」

「何のことよ」


 京士郎は、その言葉にぞわりとする。

 何も聞かなかったことにした方が、良さそうだ。少なくとも男の自分は出る幕はない。


「それで、取引って?」

「さっきも話した通り、私は貴女に協力してほしいの。でも、貴女に与えられるものは私たちにはない」


 志乃は握りこぶしを胸の前に持ってきて、握る。力がこもっているのだろう。


「だから教えてほしいの、貴女のことを」

「教えられることなんてないわ」

「いいえ、あるはず。例えば、どうしてこの物見櫓にいるのか、とか」


 そう志乃が言うと、雉は顔を逸らした。

 話したくない、という意思表示なのだろう。志乃は追求の言葉をやめない。


「教えてくれませんか、お願い」

「……ふん、いいわ。教えてあげる」


 雉はそう言うと、不機嫌そうに言った。


「女の心に男の体、なんて中途半端に作ったくせに、雉の体についてきちんと作ったのよ、打出の小槌の主人は。だから私は、飛ぶことが苦手なの。そういう風に作られた」


 諦めている風に言った。けれども、言葉には諦めきれない気持ちが入っていた。


「ちょっと頑張ってね、ここまで来てみたのよ。それで遠くまで見える場所に来て、満足しちゃった。どうせ降りることもできないし、ここにいてもいいかなって思っちゃったのよ」

「なるほど」


 京士郎は少しずつ、この雉のことを理解してきた。

 いや、もっと言えば、犬と猿のこともわかってきた。

 この三匹は同じところがある。似通った部分を京士郎は感じている。

 そしてそれは、彼らを生み出した者にも言えることなのだろう。

 輪郭ではあるものの、京士郎を襲った鬼の正体がつかめてきた気がした。


「わかったわ」


 志乃はそう言った。そして雉の目を見て、言った。


「私がここから、連れ出してあげる」

「は? わかってないわね、私はここで良いって」

「本当に、本当にいいの?」


 志乃はなおもそう言った。雉は首を振る。


「しつこいわ。私はね、貴女たちと違うの。歩ける人は良いわ。飛べない鳥の気持ちなんて、考えたことないでしょう?」

「ええ、ないわ。私にわかるのは、目の前の貴女が、本当は飛びたいってことだけよ」


 そう言って志乃は雉を抱える。立ち上がると、梯子を下り始めた。

 一歩ずつ降りていき、地面へと立つ。

 そして雉を放すと、言い放った。


「できない者にやれってことが、どれだけ残酷かわかる?」

「不恰好でもやりたいならやるべきよ。だって、あそこまで飛べたのでしょう?」

「それとこれとは違うわ。私だって、飛べるのは知ってる。けれども、もっと高く飛びたいのに飛べないなんて。だったら飛ばない方がましよ。美しくないじゃない」

「そうやって、飛ばない理由ばっかり見つけて! できない、できないって、できることも探さないのに言わないでよ!」


 志乃は強く言った。京士郎はふと、姫から聞いた言葉を思い出した。

 自分にはできない、そういう思いが志乃には常にあったのだという。必要とされるために、必死になったのだという。

 今の志乃はどうだろう。自分のできることを見つけたのだろうか。

 志乃は雉に自分の姿を重ねたのだろうか。

 真相はわからない。けれども思いを馳せることはできた。


「私、待ってる。貴女が来てくれることを。見つけられないなら、一緒に来て。探しましょう。大丈夫、私たちがいるわ」


 志乃はそう言って、立ち上がった。

 行きましょう、と犬に言って。京士郎は振り返って雉を見た。彼女はじっと、志乃の後ろ姿を見ていた。

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