捌
京士郎と志乃、そして犬はさらに場所を移す。
鬼ヶ島の端、砂浜。二人と一匹は海を眺めて、作戦会議を開いていた。
結果は散々と言っていいだろう。猿と雉を仲間にするどころか、そっぽを向かれてしまったのだ。
一体なにがいけなかったのか、と首を捻る志乃。顎に指を当てて、ううん、と言っている。
しかし京士郎はまったく別のことを考えていた。
それは彼らが、何を求めているか、である。そこがかみ合わないからこそ、自分たちは失敗したのだと思ったからだった。
そうすると疑問になってくるのは、目の前で素知らぬ顔をしている犬である。
(こいつ、真面目に考える気はないな)
さっきからその様子を見ていて思っていたことだった。
精山の雰囲気と似ているが、根本をまったく異にしている。彼はいつだって相手に真摯であったが、この犬は違う。どこか小馬鹿にしているようにすら感じられた。
わずかな憤りを覚えるも、すぐに鎮まる。
自分たちは大切なことを忘れている。会話だ。いままで一体、何を見てきたのか。何をしてきたというのか。
最初に協力する姿勢を見せていたから、信頼した。しかし、それだけではいけないのだ。
京士郎は志乃の頭をぽんぽんと叩く。何よ、と志乃は意識をこっちに戻したようだった。そして、話を切り出した。
「なあ、何で俺らに協力してくれるんだ?」
犬はそう聞かれて、惚けた顔をする。だが、尻尾は緊張していた。わかりやすいやつだ、と京士郎は口にはしなかった。
「何だ、急に。わしに不満でもあるのか」
「ない。だけど、気になった」
何せ、同じように打出の小槌から生み出された猿と雉は協力を断ったのである。それぞれに何かしらの事情があることを加味しても、この犬だけは不可解だった。
理解できない、というより、理解できるほど知らなかった。いや、たった数刻しか共にいない相手を理解する方が難しいのだが。
「そりゃあ、お嬢さんからはとてもいい匂いがするからの。仕方ないだろ」
「……悪いが、そういう話じゃねえんだ」
「ほう?」
「俺らと協力して、どうしたいんだって聞いてるんだ」
ちょっと京士郎、と志乃が手を伸ばして、京士郎を諌めようとする。しかし京士郎はその手を避けて、地面に降り立った。そして犬の前へ向かうと、まっすぐ目を見た。
「猿は『自分の足で歩いているお前には、おれの悲しみ』はわからないと言った。雉は『打出の小槌を手に入れて、どうなるのか』と言った。だとすれば、お前にはそれがないのか?」
京士郎は聞いたのだった。そうしたらお前には、それがあるのか、と。
自分たちに協力すると言うならば、教えてはくれないか、とも。
「教えてくれ、お前は何を……俺たちに望む?」
京士郎は聞いた。そう、絶対にあるはずなのだ。自分たちに協力する理由が、必ず。
でなければ、京士郎を助けた理由がない。「人か」と聞いた理由もない。彼は他ならない「人」に用があったのだと考えることができる。
どうして欲しいのか、と聞いた。
「やれやれ、口を滑らせた気もなかったが……存外に聡いな、お主。ああ、これは馬鹿にしているわけではない。褒めているのだ。わしは、こういう言い方しかできないのだ」
「できない?」
「そういう風に作られたからの」
京士郎はその言葉を聞いて、ぞっとした。嫌なものが背中を走ったような感覚だった。
作られた。そうだろう、打出の小槌を使ったあの鬼によって、犬、猿、雉は生み出されたのだ。しかし、それは京士郎の思っているようなものではない。親がいて、生まれたわけではないのだ。
「気づけばこの姿でいた」と言ってたじゃないか。そう、彼らは、鬼によってそうあるように生み出されたのだ。
「そんな……」
志乃もどうやら、同じように考えたらしい。
よく聞いて、よく考えればわかったことだ。にも関わらず気づけなかったのは落ち度としか言いようがない。
そんなの、悲しすぎる。
「わしはな、京士郎、志乃、復讐がしたいのだ」
「復讐?」
「そうだ。わしをこのように生み出した奴へ、復讐をしたい。こんな未熟なのに、果ての姿だと言われてみろ。どうだ?」
「それは……」
あまりに辛いだろう。
京士郎は素直にそう思った。
「協力などではない、利用だ。わしはお主たちを利用するのだ。どうだ、満足か」
最後は問いではない。ただの確認だ。
聞いて嫌な思いをしただろう、悪かったな、と言ってきたのだ。
だから、京士郎はこう返す。
「ありがとう、話してくれて」
犬の瞳が、かっと開かれる。それは驚きだった。
京士郎は決して、誠意を忘れたりしない。自覚はないだろうが、それこそが京士郎の美徳だった。
「軽蔑しないのか?」
「するかよ、俺を助けてくれた奴だぞ」
それに、と言った。
「俺にはお前の協力が必要だからな。見ろ、この体を。まともに鬼と戦えやしねえ」
「……まったく、解せぬな」
諦めに近い言葉。しかし笑って言っていた。
京士郎はよし、と頷いた。もちろん、笑って。
志乃もうんうんと犬の頭を撫でた。気持ち良さそうにする犬。
最後にぽんと叩いて、志乃は立ち上がった。
「よし、なんだか、今ならあの子たちとも上手く話せる気がする」




