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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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 小鬼を避けて、京士郎たちは鬼ヶ島の城を進んでいく。

 今度は気を抜かない、と燃える京士郎は辺りの気配を探りながら志乃に小声で指示を出していた。

 城は複雑な作りはしておらず、整っているからすぐに構造を把握することができた。

 二人と一匹は、城の深くへと進んでいく。


「それで、この先にいるのは誰なんだ?」


 京士郎がそう聞くと、犬は面白くなさそうな顔をして答えた。


「あいつは猿だよ」

「猿か……」


 京士郎は唸った。志乃が首を傾げる。


「猿となにかあったの?」

「そんなことより首を大きく動かすな! びっくりしてずり落ちるところだったぞ!」


 京士郎は志乃の頭を叩いた。しかし志乃からは何をしているのかわからないようで、やはり首をまた動かす。そのたびに京士郎は落ちそうになった。

 体が小さくなったため、距離感がよくわからなかった。志乃の身長から落下して死んでしまうことだって、考えられないわけではない。

 気まで小さくなってしまったな、と自分のことながら苦笑いをするしかなかった。


「それで、猿がどうしたの?」

「うん? ああ、ちょっとむかし、山で猿の親玉と喧嘩したことがあってな。奴らはずる賢いし、気も荒らい。自分たちの縄張りに他のやつが入るとすぐ怒るんで、成敗してやろうと」

「なんというか……、それで、どう解決したのよ」

「一発、ぶん殴ってやった。大人しくなったぞ」

「やっぱりめちゃくちゃね!?」


 志乃が言った。京士郎はあっけからんとしている。

 犬はそれを聞いていて、少し困った顔をしていた。


「お主の方がよっぽど獣だな」

「うるせえ。言葉が通じる相手だったら話してたよ、たぶん」


 少なくとも、今なら。京士郎はそう思った。

 あの頃は確かに、獣とそう大差なかったかもしれん、とも。

 さっきだって小鬼を見てすぐに飛び出さなかったし、少しずつであるが、成長しているはずだ。そう思うことで自分を慰めた。


「この先にやつはいる」

「ここは?」

「獄所……牢屋ね」


 牢屋と志乃が言ったそこは、格子状に組み合わされた木によって仕切られた部屋だった。

 閉じ込めるための場所のようで、嫌な感じがした。


「番もいなければ、大して使われてもないのね」

「する必要もないのだろう。なにせあいつは、自分からここに入ったのだから」

「そうなのか?」

「直接、聞いた方がよかろう」


 そう言って犬は、一番奥の牢屋まで向かった。京士郎を頭に乗せた志乃も歩いて奥に入っていく。

 牢屋の中には、うずくまっている影があった。それが猿であると京士郎にはすぐにわかった。


「お前が猿か」


 犬が声をかけると、びくりとして猿は振り返った。それはひどく怯えているように見えた。


「なんだ、お前か、犬め」

「ご挨拶だな」

「何の用だ。おれはお前の相手などしてられんぞ」

「ほほう、暇そうに見えたが?」


 ばちばち、と視線をぶつけ合う二匹。所謂、犬猿の仲というやつだろう。京士郎はその様子に、どことない不安感を覚えた。

 志乃が慌てて仲裁に入る。


「待って待って、私たちは争いに来たわけじゃないの」

「ほほう、人か。お前……え」


 猿の目が輝いたように京士郎は見えた。猿は格子まで近づいてくると、志乃の顔をまじまじと見る、

 対する志乃は、その勢いに押され気味だ。


「おい、おい、そこの人の女。もっと近くに寄れ」

「え、ええっと……」


 助けを求めるように、志乃は京士郎を見た。京士郎からは見えないが、きっとそうしているだろうと思った京士郎は志乃に耳打ちする。


「お前、獣に好かれるたちか?」

「知らないわよ……もう」

「好かれないよりかはいいぞ」

「少なくとも、人の言葉をしゃべらないのがいいわ」


 脱力するように志乃は言った。

 相手してやれ、と頭を叩くと、渋々と志乃は頷いた、頭を振って、京士郎に嫌がらせすることも忘れなかった。


「ねえ、話を聞いてくれる?」

「何なりと!」

「私たち、貴方を作った鬼を倒して、打出の小槌を手に入れなきゃいけないの。助けてほしいんだけど、どうかな」


 志乃が極めて優しい口調で言った。

 しかし猿は、あまりいい顔をしなかった。志乃の言葉を聞いて背を向け、牢屋の奥へと向かっていく。そしてまた丸くなって、うずくまる。


「おい、話を聞いてなかったのか。お前、ここから出て行きたくないのか」


 京士郎が思わず言うと、猿は首だけをこちらに向ける。


「人め、お前にはわかるまい。自分の足で歩いているお前には、おれの悲しみなんてな」

「言ってみろ、聞いてやる」

「言わないと言っているだろう! 女に免じて、許してやるけどな。おい、犬、もう二度と顔を見せるんじゃねえぞ。次に来るなら、そこの女一人で来い」


 苛烈なのか、優しいのかわからなかったが、猿はそう言ってもう答えることはなかった。

 志乃は見るからに落胆し、京士郎も釣られるように溜息を吐いた。

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