表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
58/109

 京士郎は志乃に、訳を説明した。

 小鬼が箱を運んでいたこと。その様子が奇妙だったこと。何かに襲われ体が小さくなったこと。小鬼に襲われたこと。そしてこの犬に助けられたこと。

 渋々と助けられたことを言うと、犬は満足そうに鼻を鳴らした。京士郎は睨みつけるが、いまの小さい体では迫力がない。


「なるほどね、そんなことが」


 犬の頭を撫で、志乃は言った。京士郎は犬の足を突く。


「お前、一体何なんだ?」

「わしか? ただの犬だがなんだ」

「嘘をつくな。ただの犬が、どうしてこの島にいるんだ」


 京士郎がそう聞けば、犬は笑った。そして京士郎を鼻でくすぐる。


「そう急くな。わしはだな、打出の小槌によって生み出されたのだ」

「打出の小槌に?」


 犬の言葉に食いついたのは志乃だった。志乃が話しかけると、犬は調子がよくなる。京士郎は、ここは志乃に任せた方が都合がいいだろうと黙ることにした。


「そうだ、わしは目が覚めたとき、すでにこの姿だったし、言葉も話せていた」

「そんなことができるの、打出の小槌って。だって、それは命を生み出すことよ」

「……わからん。だが、現にわしはここにいる」


 犬はそう言った。京士郎は、ふうんと頷く。

 志乃は顎に手をかけ、少し考えてから言った。


「じゃあ、打出の小槌を持っている鬼を見た?」

「ああ、見た。見たが、あれはなんというか」

「なんというか?」

「豚だな」


 京士郎と志乃は首をかしげる。犬は喉を鳴らして笑った。


「決して、太っていることの揶揄ではない。太ってはいるがな? それももう身動きもできないほどに」

「何をどうすればそんなに太れるの……」

「知らん。ともかくだ、あれは豚なんだ。太っているからではなく、そもそもがな」


 京士郎は豚の鬼を思い浮かべるが、それはどうしようもなく猪だった。角が頭から生えている想像がどうにもできないでいる。

 ぶひ、と鳴らしている鬼を想像するとちょっと面白かった。


「ということは、あの小鬼は動けない体の代わりってことかしら」

「いや、逆だろう。動かないための、小鬼たちだ」


 つまらなそうに犬は言った。京士郎と志乃はなるほど、と頷く。

 思い出したのは、呉葉だった。鬼無里の里では、彼女は思うままに人を操ろうとしていた。この鬼ヶ島はそれに似ているが、どうにも根本で異にしているように思えてならない。

 その正体がわからず、もやもやとする。


「なるほどね。京士郎、今回はちょっと厄介そう。打出の小槌を持って使いこなしているし、京士郎の体を元に戻すのにもその打出の小槌がきっと必要なの。このままでは間違いなく勝てないわ」


 京士郎は志乃の言葉に頷いた。それには同意だった。

 自分の神通力が通用しても、肝心の刀が通用しないだろう。刃が届かなければ、倒すことができない。

 ちらり、と犬を見た。この犬は小鬼程度なら倒せるだろうが、鬼となればその牙は通用しないことがわかる。


「ねえ、貴方はどうして協力してくれるの?」


 志乃が尋ねた。犬は尻尾を大きく振った。


「それはお嬢さん、あなたのためだ」

「嬉しいけれど、嘘ね」


 志乃は犬の言葉を一蹴した。尻尾の動きが止まる。

 へこんだのか、と京士郎はわかった。


「京士郎を助けた理由にはならないわ」

「ふむ、そうだな」


 ついには犬は開き直る。京士郎は助けてもらったことを鮮明に覚えている。その様子は、まるで自分の役目を見つけたかのような、そんな気がした。

 何かを隠している。そう思うが、問いただしたって答えてはくれないだろう。

 そもそもわからないことが多すぎるのだ。鬼ヶ島の主の目的も、小鬼たちを使役してなにをしているのかも、犬を生み出してなにをしたかったのかも。

 そこでふと、京士郎は思いついたことがあった。


「なあ、お前以外にも打出の小槌で生まれたやつはいるのか?」

「確かに、それは気になるわ」


 志乃も京士郎に賛同した。もしかすると、他にも仲間になってくれる者や、何かを教えてくれる者もいるかもしれない。

 犬はふうむ、と考える。


「わしの知る限り、他に二匹いる。奴の支配下にないやつだ。やつらが協力してくれるかはわからないが、声をかける意味はあるだろう」

「そうなったら決まりね! 会いに行きましょう。案内してもらえる?」

「お嬢さんのお願いとあらば」


 犬はそう言って、身を翻した。ついてこい、ということなのだろう。

 京士郎は犬の背中に乗ろうとすると、またつまみ上げられた。今度は志乃が京士郎をつかんだのだった。


「おい、なにするんだ」

「京士郎はこっちよ。そっちの方が何かと良いでしょ。貴方の神通力で、鬼を見つけて避けていくの。一番見つかったら問題あるのは私なんだし」


 そう言われると反論はできず、京士郎は仕方なく志乃に従うことにした。

 乗せられたのは頭の上である。確かに見晴らしがいいが、この不思議なくすぐったさに堪えられるだろうか、それが問題だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ