伍
京士郎は志乃に、訳を説明した。
小鬼が箱を運んでいたこと。その様子が奇妙だったこと。何かに襲われ体が小さくなったこと。小鬼に襲われたこと。そしてこの犬に助けられたこと。
渋々と助けられたことを言うと、犬は満足そうに鼻を鳴らした。京士郎は睨みつけるが、いまの小さい体では迫力がない。
「なるほどね、そんなことが」
犬の頭を撫で、志乃は言った。京士郎は犬の足を突く。
「お前、一体何なんだ?」
「わしか? ただの犬だがなんだ」
「嘘をつくな。ただの犬が、どうしてこの島にいるんだ」
京士郎がそう聞けば、犬は笑った。そして京士郎を鼻でくすぐる。
「そう急くな。わしはだな、打出の小槌によって生み出されたのだ」
「打出の小槌に?」
犬の言葉に食いついたのは志乃だった。志乃が話しかけると、犬は調子がよくなる。京士郎は、ここは志乃に任せた方が都合がいいだろうと黙ることにした。
「そうだ、わしは目が覚めたとき、すでにこの姿だったし、言葉も話せていた」
「そんなことができるの、打出の小槌って。だって、それは命を生み出すことよ」
「……わからん。だが、現にわしはここにいる」
犬はそう言った。京士郎は、ふうんと頷く。
志乃は顎に手をかけ、少し考えてから言った。
「じゃあ、打出の小槌を持っている鬼を見た?」
「ああ、見た。見たが、あれはなんというか」
「なんというか?」
「豚だな」
京士郎と志乃は首をかしげる。犬は喉を鳴らして笑った。
「決して、太っていることの揶揄ではない。太ってはいるがな? それももう身動きもできないほどに」
「何をどうすればそんなに太れるの……」
「知らん。ともかくだ、あれは豚なんだ。太っているからではなく、そもそもがな」
京士郎は豚の鬼を思い浮かべるが、それはどうしようもなく猪だった。角が頭から生えている想像がどうにもできないでいる。
ぶひ、と鳴らしている鬼を想像するとちょっと面白かった。
「ということは、あの小鬼は動けない体の代わりってことかしら」
「いや、逆だろう。動かないための、小鬼たちだ」
つまらなそうに犬は言った。京士郎と志乃はなるほど、と頷く。
思い出したのは、呉葉だった。鬼無里の里では、彼女は思うままに人を操ろうとしていた。この鬼ヶ島はそれに似ているが、どうにも根本で異にしているように思えてならない。
その正体がわからず、もやもやとする。
「なるほどね。京士郎、今回はちょっと厄介そう。打出の小槌を持って使いこなしているし、京士郎の体を元に戻すのにもその打出の小槌がきっと必要なの。このままでは間違いなく勝てないわ」
京士郎は志乃の言葉に頷いた。それには同意だった。
自分の神通力が通用しても、肝心の刀が通用しないだろう。刃が届かなければ、倒すことができない。
ちらり、と犬を見た。この犬は小鬼程度なら倒せるだろうが、鬼となればその牙は通用しないことがわかる。
「ねえ、貴方はどうして協力してくれるの?」
志乃が尋ねた。犬は尻尾を大きく振った。
「それはお嬢さん、あなたのためだ」
「嬉しいけれど、嘘ね」
志乃は犬の言葉を一蹴した。尻尾の動きが止まる。
へこんだのか、と京士郎はわかった。
「京士郎を助けた理由にはならないわ」
「ふむ、そうだな」
ついには犬は開き直る。京士郎は助けてもらったことを鮮明に覚えている。その様子は、まるで自分の役目を見つけたかのような、そんな気がした。
何かを隠している。そう思うが、問いただしたって答えてはくれないだろう。
そもそもわからないことが多すぎるのだ。鬼ヶ島の主の目的も、小鬼たちを使役してなにをしているのかも、犬を生み出してなにをしたかったのかも。
そこでふと、京士郎は思いついたことがあった。
「なあ、お前以外にも打出の小槌で生まれたやつはいるのか?」
「確かに、それは気になるわ」
志乃も京士郎に賛同した。もしかすると、他にも仲間になってくれる者や、何かを教えてくれる者もいるかもしれない。
犬はふうむ、と考える。
「わしの知る限り、他に二匹いる。奴の支配下にないやつだ。やつらが協力してくれるかはわからないが、声をかける意味はあるだろう」
「そうなったら決まりね! 会いに行きましょう。案内してもらえる?」
「お嬢さんのお願いとあらば」
犬はそう言って、身を翻した。ついてこい、ということなのだろう。
京士郎は犬の背中に乗ろうとすると、またつまみ上げられた。今度は志乃が京士郎をつかんだのだった。
「おい、なにするんだ」
「京士郎はこっちよ。そっちの方が何かと良いでしょ。貴方の神通力で、鬼を見つけて避けていくの。一番見つかったら問題あるのは私なんだし」
そう言われると反論はできず、京士郎は仕方なく志乃に従うことにした。
乗せられたのは頭の上である。確かに見晴らしがいいが、この不思議なくすぐったさに堪えられるだろうか、それが問題だった。




