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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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「くそっ」


 京士郎は刀を抜く。しかし、小さくなってしまった今では針のようなもので、到底小鬼に勝てるとは思えない。

 歯ぎしりをする。このままでは志乃の元までたどり着けるかも危うい。

 刀を振り回したところで牽制になるわけもなく、むしろ笑いながら小鬼たちは近づいてきた。

 その数は五。いつもの京士郎であれば、素手でさえ倒せただろう相手たち。

 今やこんな小鬼にすら、苦戦どころか危機を感じることになってしまうとは思いもしなかった。

 打開の策を巡らせる。どうにかして志乃を呼ぶか。どうやって? そして呼び出してしまえば、京士郎を襲った鬼が今度は志乃を襲うだろう。それは避けなければならない。


「人め、どうしてここに」

「小さいな」

「食べ応えもなさそうだ」

「でもここにいるのはおかしい」

「何か企んでいるな」


 小鬼が口々に言っていた。その通りだ、と京士郎は心の中で毒づいた。

 一人の小鬼が京士郎に手を伸ばした。指先で摘むように。京士郎は刀を振って、指先を斬った。

 傷は浅い。だが、小鬼は小さな人に傷つけられたことに、腹を立てたようだった。顔が怒りに染まり、拳を握った。

 京士郎は、一歩後ろに引いた。そして二歩目で大きく跳ぶ。降ってきた拳を避けた。

 距離と大きささえ把握できれば避ける。京士郎は小鬼の動きを読んでいた。しかし、それも数が増えればどうなるか。


「小癪な……」


 言葉にも怒りが滲んでいた。五人の小鬼は京士郎を取り囲んだ。

 自分より遥かに大きな小鬼に囲まれると、いよいよ逃げられない。


「……なんだ、これ?」


 大きな足音がする。それは獣の足音だった。よく耳に馴染んだ、犬の足音。

 小鬼に一匹の犬が押し倒した。真っ白な犬は小鬼の首に噛み付く。その一撃で、あえなく小鬼は消えた。

 京士郎は驚き、戸惑った。こんなところになぜ犬がいるのか。

 犬はそのまま、他の小鬼たちにも襲いかかる。爪で引っ掻き、追い払う。

 ぼうっと眺めていると、小鬼たちが散り散りになって帰っていく。

 そして犬は京士郎を見た。いつもなら見下ろしているはずの犬に、今度は見下ろされているのは変な感じだった。

 目に敵意は感じられず、むしろ京士郎を助けに来たかのようだった。


「お主、人か?」

「犬がしゃべった!?」


 京士郎はさらに驚いた。犬を含めて獣と、言葉なき会話のできる京士郎だったが、しゃべる犬というのは会ったことも聞いたこともない。

 ふん、と犬は鼻を鳴らした。


「しゃべれたらおかしいか。そんなことよりここから逃げるぞ。さすがに十も押し寄せられたら、わしであっても危うい」


 そう言って、京士郎の外套を食む。京士郎は宙に吊される風になった。


「おい! せめて背中に乗せるとかできるだろ!」

「注文の多いやつだ」


 そう言って、京士郎を今度は背中に乗せた。

 ふう、と息を吐く。


「さあ、行くぞ」

「待ってくれ。仲間がいるんだ、そいつのところへ行こう」

「なに? まさか、まだ人がいるのか」

「ああ」


 京士郎がそう言うと、犬は少し考えて、頷く。

 走り始めると、京士郎は振り落とされないようにするので精一杯だった。毛を掴むな、と犬が怒るが、そんなことを言われても他にどうしようもない。渦潮に飲まれる船の方がまだよかった。

 揺れる背中に乗って、しばらくすると志乃の姿が見えた。

 犬の姿しか見えないからか、志乃は驚いた顔をする。京士郎は身を乗り出そうとしたが、それより先に犬が志乃に近づいた。

 しゃがんで迎えた志乃の顔を、犬は舐める。京士郎は背中から転げ落ちた。


「どうしてこんなところに犬が?」

「わんわん!」

「おい、こんなときに犬っぽくなってるんじゃねえぞ!」


 立ち上がった京士郎は思わずそう言った。その声でようやく、志乃は京士郎に気づいた。さらに驚いた顔を志乃は浮かべた。


「えっ、京士郎!? 小さい!? どうしたのそれ?」

「わからん、何かに殴られたと思ったら体が縮んでたんだ」

 

 しゅん、とする京士郎。志乃は犬の頭を撫でながら、京士郎の頭を人差し指で押した。


「ふうん、これも打出の小槌のせいなのかな」

「やめろやめろ! 潰れちまったらどうする!」

「そんなことはしないわ……あっ」

「こらあ!」

「ふふ、ごめんね」


 そう言って笑う。本人は冗談のつもりなのだろうが、京士郎は気が気ではなかった。いまの自分は、油断すると志乃にだって簡単に潰されてしまいそうだった。

 無視するな、とばかりに犬が志乃に掴みかかった。志乃は、京士郎に犬について尋ねる。


「この子はどうしたのよ」

「さっき助けてもらったんだが……おい、いつまでそうしてるつもりだ」


 京士郎が犬の毛を引っ張る。犬は、少し京士郎を睨みつけて居直った。

 そして志乃に恭しく礼をすると、語り始める。


「初めまして、お嬢さん。とてもいい匂いがするから、つい調子に乗ってしまったよ。どうだ、わしの飼い主にならないか」

「……え、しゃべった!?」


 そこからか、と京士郎は頭を抱えた。

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