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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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 渦潮を乗り越えた一行は、鬼ヶ島へと接近した。

 乗り込むまでの作戦は至極単純なものであったが、それは天候を味方にしなければ為せないものであった。

 果たして、天は味方した。霧が出たのである。

 季節柄、そろそろ霧はなくなる頃だったが、運がよかったのだろう。

 京士郎と志乃は二人で小船に乗り込んで鬼ヶ島へ向かった。

 ここから先は二人だけの戦いであるが、いままでずっと鬼と戦い続けてきたのだ。むしろ、そっちの方が慣れている。

 霧の中に浮かび上がってきたのは、巨大な漆黒の城だった。京は横に広かったが、この鬼ヶ島は上に高かった。

 壮観だった。京士郎も志乃も声こそあげないものの、驚きで目を見張っていた。近づけば近づくほど、よくできた城だと感心する。

 島へと船をつけた。鬼たちは気付いた様子もない。しかし逆に、京士郎の神通力はこの城に鬼の気配を察していたが、彼らの動きがわからなかった。そのことがかえって不気味さを感じさせていた。


「何もないな」

「何もないわね」


 上陸した二人は、揃って口にした。襲撃や罠を予期していたが、その一切がなかった。

 むしろ、不安になるほどだった。

 京士郎の先導で、鬼ヶ島を歩く。近づいてくる気配はいくつがあったが正面きって戦うのは憚られた。相手の実力は未知なのだから、と飛び出しそうになる京士郎を志乃が諌めた。

 城へと入ることはできたが、京士郎はそこで志乃を置いて前へ出ると言った。


「何かがいる。奇妙な気配だ」

「わかるの?」

「ああ、わかる」


 京士郎は自分の持つ勘と神通力が、そう告げていた。具体的に説明のできないから困りものであるが。

 志乃は頷いて、京士郎を送り出す。こっそりと京士郎は気配のする方へ近づいた。

 いくつかの壁を越えて、そして影に身を潜めた。

 気配はあるが、目で見るまでは信じてはならない。京士郎は壁から身を出し、覗き見た。

 そこは広場であり、城に続く門があった。そして、多くの小鬼たちが箱を運んでいた。息を合わせているようで、一列になって規則正しく。箱も色とりどりであるが、大きさもまたまちまちだった。

 いったいあの箱は何なのだろうか、と京士郎は考える。食料か宝物か。もしかすると何かしらの儀式の材料か。外観からは中に何が入っているのかわからない。


(あの中に打出の小槌はあるのだろうか)


 京士郎たちがこの鬼ヶ島に来た理由はそれである。第一に、打出の小槌を手にいれなければならない。それさえあればここから逃げ出してもいいくらいだが。

 一向はせっせと働いている。その光景に、奇妙ささえ覚えた。

 その理由に、すぐに気付く。いや、気づかない方がおかしいくらいだ。


(あんまりにも……同じ、じゃねえか?)


 京士郎がいままで戦っていた鬼たちは、似た者がいたとしてもまったく同じ者はいなかった。

 しかしこの小鬼たちは違う。全て同じ姿をしているし、動きもあまりに整っている。

 あまりに奇妙過ぎた。理由はわからないが、整然としている姿は気色が悪い。見ていていいものではない。

 訓練の賜物か、それとも別の理由によるものか。京士郎は頭を巡らせた。これは志乃のところに戻って、伝えなければならない。

 その考えていたときだった。京士郎は背後に気配を感じた。

 振り返る。しかしその瞬間には、眩しい光に照らされた。


「くっ、目が……!?」


 京士郎は思わず目を手で覆った。視界がなくなった程度で惑わされる京士郎ではないが、それは大きな隙だった。

 衝撃が走った。何かに殴られた。京士郎は驚き、たじろぐ。

 痛みはない。だが、何かが起こっていることはわかる。体が妙に熱い。神便鬼毒酒を飲んだときとはまた違った感覚。

 そうこうしているうちに、気配は消えた。気づいていたが、京士郎はそれどころではない。


「な、なんだ?」


 光がなくなり、目を開けた。鬼の姿はなかったが、代わりに奇妙な光景があった。

 巨大な壁。京士郎の身長の何倍もあり、高すぎて先が見えない。いつの間にこんなものが、と思ったが、それには見覚えがあった。

 さっきまで京士郎が潜んでいた壁である。光で視界が潰されていたうちに大きくなっていたのか。そう思ったが、それもどうやら違うらしい。

 小鬼たちが迫ってきて、理解する。京士郎は小鬼と思っていた、いまはやたらと大きく感じられた。


「人だ」

「人がこんなところにいる」


 小鬼たちがそう言った。いまや小鬼は京士郎の何十倍とある。踏み潰されてしまいそうだった。

 そう、京士郎は自分の体に起こった異変がわかった。ようやく理解が追いついた。


「体が縮んでいるのか!?」


 京士郎は思わず悲鳴をあげた。

 突拍子もなく、信じることさえできないが、そうとしか言いようがなかった。

 いま自分は危機を迎えているが、それまでもがあまりにも実感がなかった。

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