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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第五章 むべ山風を 嵐といふらむ
48/109

拾肆

 これではまるで、人と鬼とが逆転している。

 京士郎へと次々と攻撃を仕掛ける鬼女たちであったが、そのことごとくを京士郎は返してみせる。そして確実に、山の奥へと進もうとしている。

 坂での戦いにおいて、上に立つ者が優位である。それは戦法でも兵法でも同じことだ。世に上と下があれば、上の者が勝つのは理と言っても過言ではない。

 しかし、この場でそれは完全に覆っていた。鬼女が上で、京士郎が下である。登るのが京士郎であり、それを見下すのが鬼女である。

 実力において京士郎は鬼女たちを圧倒していた。傷一つつかず、京士郎は山の中を押し進んでいる。

 要因は二つあった。一つは星兜が京士郎の力を底上げしているということ。もう一つは神通力によるものだ。

 京士郎の神通力は、もはや人の域を越えた場所にあった。目の前の光景から、音から、気配から、次に起こることを、未来予知のように理解する。鬼女たちの動きを見切るなどという程はとうに超えているのだ。


「やはり、こいつ!」


 虎熊童子が鎌を振るった。京士郎は鎌を蹴り上げて、木に突き刺す。得物の動きを封じられた虎熊童子が、京士郎を睨むも、京士郎は冷徹な眼差しを向けている。


「なんで刀を抜かない!」

「必要がないからだ」


 そう言って、京士郎は鎌を奪い取った。その鎌を一振りすると、虎熊童子は胴から二つになった。


「一つ」


 槍が影から飛び出た。京士郎はそれを、脇に挟んで受け止める。驚きに顔を歪める星熊童子を力任せに押し込む。背中を岩に打ち付けられた星熊童子の動きは止まり、無防備になった。京士郎はその首を、片手で持っている鎌で飛ばす。


「これで二つだ」

「この……!」

「遅えよ! 三つ!」


 京士郎は、袖に仕込んでいた石を投げる。矢を越えた速さで飛ぶ石は金熊童子が放った矢と空でぶつかる。飛ぶ矢と石では、より大きいものが勝つ。矢はへし折れ、石は金熊童子の胸を抉った。

 血とともに倒れる金熊童子を見て、熊童子は憤った。猛烈な踏み込みとともに、縦に振り下ろされる鉾。京士郎は鎌から手を離し、両手でそれを受け止めた。白刃取りである。


「どうして、どうして! お前なんかが! お前たち人は、そうやって私たちの邪魔をする! どうして私たちが生きていくことは許されない!」

「知るかよ……」

「いつだってそう、私を鬼にしたのは、お前たちなのに! 勝手に恋をしては振られ、恨み! 皆で罪を犯したはずなのにそれを一人に被せ! 喜ぶ顔を見たくて、頑張ったのに悪だと言われ! わかるか、いまお前が殺した私の妹たちは、そうして鬼になったのだぞ!」

「知るかって……言ってんだよ! 誰かにそうされたことが、てめえらを許す訳になったりなんかしねえんだよ!」


 京士郎は鉾を力任せにへし折った。そして欠けた刃を手に取って、熊童子の腹に刺した。

 悲鳴をあげる熊童子。その断末魔は山すらも揺るがすほどだった。京士郎は耳をふさぐこともできず、それを聞き続けた。

 やがて力を使い果たした熊童子は、京士郎にしなだれるように倒れた。そっと横たえると、熊童子を木に寝かせてやった。

 四人の鬼女たちを倒してみれば、その全てが人のように見えてしまった。それも、水面で見た己の顔にどこか似ているとすら思ってしまったのだ。京士郎にはそれが、恐ろしくてたまらなかった。

 刀を握れずにいた理由は、それである。彼女たちが姉なのだとして、自分はどうすればいいかわからなかった。血が繋がっているとして、彼らを斬れるのかと。

 斬っただろう、それは正しいのだ。鬼を斬ることは。志乃を助けようとすることは。

 なのに、京士郎の胸にあったのは悲しみだった。せめて安らかにと願わずにはいられなかった。

 京士郎は再び走り始める。たどり着いたのは、大きな屋敷だった。大きな気配がある。間違いなく、酒呑童子の屋敷だろう。


「鬼を倒しておきながら、そんな顔をするなんてな」


 そう言って現れたのは、酒呑童子と茨木童子だった。空気が変わった。濃い陰気が満ちる。京士郎は意識を切り替えた。


「お前こそ仲間を失ったわりには、平気そうな顔をしているな」

「同情はするが、だからといってあれこれと救いの手を伸ばそうとしては悔やむのは、お前たち人の悪い癖だな。どうせ最後まで面倒を見るつもりもないのにのう」


 酒呑童子の口調はまるでからかうようであった。恨みなど欠片もなく、ただ人へ真実を突きつけていた。

 京士郎は天狗と、他ならぬ茨木童子の言葉を思い出す。真に受けるな、と。


「それで、何をしに来たんだ? そんな話をしにきたわけではないだろう」

「ああ、そうだった。お前にあの小娘を返してやろうと思ってな」

「なに?」


 見れば、茨木童子の隣に志乃がいた。表情を伺うことはできないが、それが志乃であることは確かにわかった。

 思ってもみないことだったが、そうすると京士郎はなぜか、茨木童子のことを斬れない気がした。いいや、それこそが狙いなのだ。京士郎から戦う力を奪うことはできなくとも、意志を奪うことはできる。

 足が震える。こうも簡単に、戦う意味は失われる……。


「その代わりだ、京士郎、我らと共に来い」

「……は?」


 京士郎は自分の耳を疑った。

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