拾参
夜が更ける。大江山にたどり着いた。
京士郎は地理に疎い。果たしてここが、本当に大江山かどうかなどはわからない。
しかしその実感があったのは、踏み入れた途端に濃くなる陰気と、鬼の気配からだった。世とずれた存在である鬼が、合計で四つ近づいているのを感じている。
京士郎は立ち止まった。このままではぶつかるのは必須。であるならば、あえて受けようというのが算段だった。
闇から現れたのは、四人の鬼女たち。槍、鎌の女は前に戦った者だ。もう一人は志乃を連れ去った鬼女で、得物は鉾。残る一人は見覚えがなく、弓矢を持っていた。もしかすると、京で茨木童子と対面していたとき、どこかに隠れ潜み狙っていたかもしれない。
彼女たちは、それぞれの間合いで京士郎を取り囲んだ。互いに探るようにして、京士郎を狙う。
「そこを退け。お前たちに用はない」
京士郎の声は平坦だった。冷静でいるように見えて、静かな怒りが込められていた。
鬼女たちは、以前と違う京士郎の様子にたじろぎながら、しかし毅然と京士郎に刃を向けていた。
一歩、京士郎が進もうとすると、矢が放たれる。それを見切った京士郎は、わずかに体を傾けて避けた。
「ここから先へは行かせない」
鬼女の一人がそう言った。京士郎は睨みつけた。
「俺は酒呑童子……お前らの頭に呼ばれてここに来たんだ。なのにお前らは通さないと言うのか」
「ああ、そうだ!」
鎌の鬼女が言った。
「お前はここに来るべきじゃない! お前はよくない感じがする!」
「そうよ……いくら弟と言えど、看過できないものがあるわ」
次いで、槍の女が言う。京士郎はため息を吐く。
こいつらも、兄弟、兄弟と。いい加減鬱陶しくもなってくる。相手は鬼なのだから、問答無用に斬ってしまっても構わないのではないか、という考えが湧いてくる。
右手が刀の柄に伸びるが、左手で止める。いままでそんなことはなかったのに、どうしてか止めざるを得なかった。
もし、そうしてしまえば、鬼と同じだと。例え鬼を斬るという目的があったとしても、許されることではないと。
苦しい顔をする京士郎。それを鬼女たちは、自分たちを侮っていると思ったようだ。
「京士郎……お前、舐めているのか、ああ?」
京士郎に一番近づいている鉾の鬼女が言った。四人が全員、戦う姿勢になる。あからさまにその敵意が変わった。
「四天王が一柱、熊童子」
「四天王が一柱、虎熊童子」
「四天王が一柱、星熊童子」
「四天王が一柱、金熊童子」
鉾、鎌、槍、弓の鬼女が順に名乗っていった。
一人一人がいままで戦ってきた鬼に匹敵する実力を持っている。京士郎は肌でそう感じた。
だが、臆さない。自分だって強くなってきているのだから、負けたりしない。
何よりこの先に、志乃がいるのだから。
京士郎は地を踏みしめて、構えた。どの鬼女からかかってくるのかを伺う。
息を吐いた。頭は冷静だ。目の前のことだけを考えている。
「押し通るぞ」
低い声で京士郎は言った。森の音が遠くなっていく。
最初に動いたのは、金熊童子だった。矢が放たれる。狙いは京士郎の首だった。
京士郎はその矢に手を伸ばす。凄まじい速さで迫る矢を強引に掴み取ると、へし折ってみせる。京士郎の神通力は格段に向上していて、闇夜の中でも鬼女の場所を正確に把握し、飛んでくる矢すらも見切っていた。
それに驚愕したのは鬼女たちである。動きがわずかに止まり、しかしすぐに動き出したのは鉾の鬼女、熊童子だった。
口調とは裏腹に、一番冷静なのか、それとも戦いに最も優れているのか。
まっすぐ縦の一振りが繰り出された。矢に劣らぬ速さであるが、鋭い一撃は避けることを許さない気迫があった。
京士郎はその突きを、肘で叩き落とす。鉾は狙いが外れ下へ。
その隙を縫うように迫った鎌の鬼女、虎熊童子。その鋭い一撃は、京士郎の肩へと迫る。
がきん、と硬い音がする。毀れたのは鎌の方だった。京士郎の肩にある甲が弾いたのだ。鬼の一撃を防ぐほどの硬さを持っている甲は、傷一つ負っていない。
京士郎は鎌の柄を掴む。固まった表情を浮かべる虎熊童子ごと片手で持ち上げると、突きの構えで迫る星熊童子へと投げ飛ばした。
予想もしなかった星熊童子は槍を下げると、虎熊童子を正面から受け止める。そして後ろへ飛ばされ、木にぶつかる。衝撃で木が折れ、ずしんと夜の森に響いた。
わずか一瞬の出来事。京士郎は刀を抜きもせずに、四人の鬼女の攻撃を捌いて見せた。
これこそが、いまの京士郎の実力であった。




