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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第五章 むべ山風を 嵐といふらむ
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拾参

 夜が更ける。大江山にたどり着いた。

 京士郎は地理に疎い。果たしてここが、本当に大江山かどうかなどはわからない。

 しかしその実感があったのは、踏み入れた途端に濃くなる陰気と、鬼の気配からだった。世とずれた存在である鬼が、合計で四つ近づいているのを感じている。

 京士郎は立ち止まった。このままではぶつかるのは必須。であるならば、あえて受けようというのが算段だった。

 闇から現れたのは、四人の鬼女たち。槍、鎌の女は前に戦った者だ。もう一人は志乃を連れ去った鬼女で、得物はほこ。残る一人は見覚えがなく、弓矢を持っていた。もしかすると、京で茨木童子と対面していたとき、どこかに隠れ潜み狙っていたかもしれない。

 彼女たちは、それぞれの間合いで京士郎を取り囲んだ。互いに探るようにして、京士郎を狙う。


「そこを退け。お前たちに用はない」


 京士郎の声は平坦だった。冷静でいるように見えて、静かな怒りが込められていた。

 鬼女たちは、以前と違う京士郎の様子にたじろぎながら、しかし毅然と京士郎に刃を向けていた。

 一歩、京士郎が進もうとすると、矢が放たれる。それを見切った京士郎は、わずかに体を傾けて避けた。


「ここから先へは行かせない」


 鬼女の一人がそう言った。京士郎は睨みつけた。


「俺は酒呑童子……お前らのかしらに呼ばれてここに来たんだ。なのにお前らは通さないと言うのか」

「ああ、そうだ!」


 鎌の鬼女が言った。


「お前はここに来るべきじゃない! お前はよくない感じがする!」

「そうよ……いくら弟と言えど、看過できないものがあるわ」


 次いで、槍の女が言う。京士郎はため息を吐く。

 こいつらも、兄弟、兄弟と。いい加減鬱陶しくもなってくる。相手は鬼なのだから、問答無用に斬ってしまっても構わないのではないか、という考えが湧いてくる。

 右手が刀の柄に伸びるが、左手で止める。いままでそんなことはなかったのに、どうしてか止めざるを得なかった。

 もし、そうしてしまえば、鬼と同じだと。例え鬼を斬るという目的があったとしても、許されることではないと。

 苦しい顔をする京士郎。それを鬼女たちは、自分たちを侮っていると思ったようだ。


「京士郎……お前、舐めているのか、ああ?」


 京士郎に一番近づいている鉾の鬼女が言った。四人が全員、戦う姿勢になる。あからさまにその敵意が変わった。


「四天王が一柱、熊童子」

「四天王が一柱、虎熊童子」

「四天王が一柱、星熊童子」

「四天王が一柱、金熊童子」


 鉾、鎌、槍、弓の鬼女が順に名乗っていった。

 一人一人がいままで戦ってきた鬼に匹敵する実力を持っている。京士郎は肌でそう感じた。

 だが、臆さない。自分だって強くなってきているのだから、負けたりしない。

 何よりこの先に、志乃がいるのだから。

 京士郎は地を踏みしめて、構えた。どの鬼女からかかってくるのかを伺う。

 息を吐いた。頭は冷静だ。目の前のことだけを考えている。


「押し通るぞ」


 低い声で京士郎は言った。森の音が遠くなっていく。

 最初に動いたのは、金熊童子だった。矢が放たれる。狙いは京士郎の首だった。

 京士郎はその矢に手を伸ばす。凄まじい速さで迫る矢を強引に掴み取ると、へし折ってみせる。京士郎の神通力は格段に向上していて、闇夜の中でも鬼女の場所を正確に把握し、飛んでくる矢すらも見切っていた。

 それに驚愕したのは鬼女たちである。動きがわずかに止まり、しかしすぐに動き出したのは鉾の鬼女、熊童子だった。

 口調とは裏腹に、一番冷静なのか、それとも戦いに最も優れているのか。

 まっすぐ縦の一振りが繰り出された。矢に劣らぬ速さであるが、鋭い一撃は避けることを許さない気迫があった。

 京士郎はその突きを、肘で叩き落とす。鉾は狙いが外れ下へ。

 その隙を縫うように迫った鎌の鬼女、虎熊童子。その鋭い一撃は、京士郎の肩へと迫る。

 がきん、と硬い音がする。こぼれたのは鎌の方だった。京士郎の肩にある甲が弾いたのだ。鬼の一撃を防ぐほどの硬さを持っている甲は、傷一つ負っていない。

 京士郎は鎌の柄を掴む。固まった表情を浮かべる虎熊童子ごと片手で持ち上げると、突きの構えで迫る星熊童子へと投げ飛ばした。

 予想もしなかった星熊童子は槍を下げると、虎熊童子を正面から受け止める。そして後ろへ飛ばされ、木にぶつかる。衝撃で木が折れ、ずしんと夜の森に響いた。

 わずか一瞬の出来事。京士郎は刀を抜きもせずに、四人の鬼女の攻撃を捌いて見せた。

 これこそが、いまの京士郎の実力であった。

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