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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第五章 むべ山風を 嵐といふらむ
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 泰明と志乃に連れられ、京士郎は三条の大納言の屋敷へとやってきた。

 大納言というのは、宮殿で政を執り行う官職でも上位にあるものだと志乃は言っていた。京士郎はふうん、と志乃の話を聞いていた。

 屋敷を通され、一室で待っていると、立てられた二本の柱に横木を通し、その横木からとばりを垂らした帳が置かれる。志乃と泰明がそちらを向いているから、きっとその向こうに人が来るのだろうと京士郎は思った。


「ほう、もう揃っていたか」


 そう言ってやってきたのは精山だった。いつか見せた、いかにも高僧といった姿ではなく、京士郎たちの前でいつも見せていた見窄らしい姿だ。京士郎は見慣れたものであったが、志乃は顔をしかめる。泰明は意図的に目をつむっているようだった。

 精山は京士郎の隣にどかっと座ると、笑って帳の向こうを見ていた。


「来るやつのことを聞いてるか?」

「姫、とは聞いたが」

「そうとも。それも、当代の京で随一の美人だそうだ。興味があるな」


 下品な笑みを浮かべる精山。志乃は咳払いをして言った。


「精山様、お戯れとは存じておりますが、ここは三条の屋敷。お気をつけてください」

「わかっている」


 そうは言うが、精山は懲りたようには見えなかった。

 しばらく待っていると、人がやってくる。帳の向こうで座ったのがわかる。気配からして女だろう。

 帳にじっと目をこらしていると、志乃が肘で突いてくる。


「だめよ、京士郎」

「何がだ」

「いま、顔見ようとしたでしょ」


 図星だった京士郎は、目を逸らしながらも言う。


「なんで顔を隠す必要があるんだ。きちんと顔を合わせて話せばいいのに」

「姫は私たちに顔を見せていい人じゃないの」

「どうしてだ?」

「どうしてって……」


 志乃が言葉に詰まる。それが当然であった志乃にとっては、答え難いものなのだろう。

 すると、ふふっ、と帳の向こうから笑い声がした。


「そこまでにしてあげて、京士郎様。志乃が困ってるわ」


 ころころとした声には親しみやすさがあった。裏を感じさせない、透き通った声だ。京士郎はこの姫が志乃をからかっているような気がした。


「それに、いつか見ることができるかもしれないわ。そのときまでの楽しみにしてもらえれば」

「ひ、姫様!」


 志乃が声を荒げた。顔を青くしたり、赤くしたりして、忙しい。京士郎はわけがわからず、首を傾げた。

 にやにやと笑う精山、困った顔をしている泰明。帳の向こうからくすくすと笑っている声が聞こえた。自分が発端とは言え、状況を飲み込めない京士郎はいたたまれない気持ちになった。

 ひとしきり笑うと、姫は論を切り出した。


「さて、本題に入りましょう。精山様、よくぞお越しくださいました」

「本当は来るつもりじゃなかったんだがねえ」

「そうおっしゃらずに。来られたということは、考えがあってのことでしょう?」

「いかにもいかにも。拙僧の知りうることと策、それを託すにたる者がおったからな」


 そう言った精山は、京士郎に目配せをする。頷く京士郎であるが、どうして自分なのか皆目見当がつかなかった。


「さて、まずは鬼が如何にしてはびこるようになったのか、それを話そうか。細かいことは省くが、ここからはるか東、坂東に大きな穴が空いた。ある豪族が朝廷に反旗を翻し、自らをこの世の皇であると名乗った。しかし朝廷の遣わした兵と、神風と、愛人の裏切りによって討たれた。が、その後、首は平安の都に持ち込まれたが、身体はどこぞやへと逸失した。これは京士郎以外の者は知っておろう」


 それは有名な乱のことらしい。京士郎はまったく知らなかったが、いまの説明はそんな京士郎のためのものだと察する。


「ここから先が肝要だ。あの戦いは、あまりにも悲しいことがありすぎた。戦死、病死、裏切り。それだけではない。陵辱、略奪、焼き討ち、数えれば切りがない。これはどちらも失策であった。規則のない戦と統制のとれぬ軍は、その地を穢れてしまったのだ」


 そして、と精山は言った。重々しい口調で、続く言葉を放つ。


「坂東は、穢れた。あの地はいまや、穢土とさえ呼ばれるようになった。陰気に満ち、死が溢れ、あらゆる規則が意味を持たなくなった。光が差さなくなった。それがよくなかった。あの地に大きな穴が空いた。その穴は黄泉へと続いている」

「黄泉……!?」


 声をあげたのは、志乃だった。目を白黒させているが、対する師の泰明は志乃を手で制する。

 細くした目を精山へ向けて、言った。


「なるほど、納得がいく。坂東から鬼が来ているということから予想ができたことだ。しかし、それをどこで知った?」

「鬼たちに直接問うてみたわ。奴らは人が思うより律儀だ。苦労はしたが、問答の末に聞き出してやった」


 簡単に言ってみせる精山だが、それは相当な苦労があったはずだ。鬼と会話するなど、よほどの肝っ玉がなければできないことだろう。


「それで、策とは?」

「そう急かすな。まあ、端的に言うとだな」


 そして精山は、いとも簡単に言ってのける。


「その穴をこじ開けてる鬼がいる。そいつを倒せばいい」

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