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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第五章 むべ山風を 嵐といふらむ
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前話より安倍晴明→安倍泰明に変更しております。混乱させてしまい、申し訳ありません。

 志乃は恥ずかしさのあまり、顔を赤らめて正座をしていた。

 頬を膨れさせるが、師の手前で粗相はできないから大人しくしている。京士郎にはすでに手遅れに見えたが、言ってしまえば怒られるだろう。


「……死んじゃうかと思ったわ」


 それだけ言うと、志乃はそっぽを向いた。大きな心配をかけさせてしまったか、と京士郎は反省する。


「それだけでいいのか。わざわざ三条の姫の元から走ってきたのだろう? この男を心配して」

「お師匠様は黙ってて!」


 志乃は口を尖らせてそう言った。三条の姫というのは、志乃が仕えている者のことだというのを、京士郎は察した。


「さて、二人が揃ったところでだ。志乃、お前の旅を聞かせてもらおうか」

「は……いえ。それは、姫と共に」

「あの姫様が気にするのは思い出話くらいだろう。私が聞かせてほしいのは、お前たちが得たものだ」


 志乃は泰明が言わんとすることがわかったのか、泰明と向き合った。

 一方京士郎は、黙っていることに徹しようと思い、水を口に含んだ。

 そうして志乃は泰明にことのあらましを話した。鬼に追われ、京士郎に出会ったこと。数ある鬼たちの中でも強力な者たちと戦ったこと。京士郎の戦い、そして力。

 合間で京士郎と確認をしながら、旅で見たものを伝える。泰明はそれを静かに聞いていた。


「なるほど、神通力」


 泰明が興味を示したのは、京士郎の持つ力だった。志乃もそうだが、陰陽道に携わる者たちの目標の一つであるのが神通力の会得だった。

 京士郎の目を、泰明は見た。その視線は射抜かんとばかりであったが、奇妙なものを感じる。ばちりと目の奥を刺すような感覚だ。京士郎は泰明を睨み返した。

 すると、泰明がふっ、と笑った。突き刺すような視線が止む。


「どうやら、本当らしいな。私の邪視が阻まれた」

「じゃ……!?」


 志乃が驚いた顔をした。京士郎は邪視がなんなのかが何かわからず、志乃を見た。


「邪視というのは、目で術をかけることよ。口だけなら容易に言えるけれど、よほど熟練しなければできない技だわ」

「ふうん」


 確かに、なにかしらの念を感じてはいた。あれがおそらく邪視なのだろう。

 強力な技だ。志乃は呪文を唱えなければならないが、邪視にはそれがない。すなわち相手の動きに備えることができないということだ。

 泰明は笑いながら、しかし悔しさを滲ませながら言った。


「こう見えて、かなり自信があったのだが、まだまだ実力不足ということか。参ったな。だが確かに、それだけの力があるならば鬼の呪詛も解けるだろうな」


 合点がいった、という様子の泰明。しかし、京士郎はいまいち納得がいかない。

 いや、そもそもこの神通力でさえ、疑いはじめていた。

 手のひらを眺める。この手には力がある。神通力と言われる力であるけれども、その正体もわかっていない。このわけのわからないものをありがたがって戦うのに、疑問を覚えたのだった。

 そう、この力は。自分は。


「鬼、なんじゃないか」

「え?」


 志乃が首を傾げた。京士郎は躊躇いながらも言った。


「この力は鬼のものなんじゃないか。神通力だなんて、大層な言葉で飾ってるが、結局やつらと俺に差はないんじゃないか。……そう思った」

「ろくの言ったことを気にしてるの?」


 かつてろくが突きつけたもの。それは、京士郎が鬼であるということだった。

 あのときは違うと言ったはずなのに、自信が持てずにいる。自分はろくではない、しかし鬼ではないとは言えないのだ。

 京士郎は自分の持つ力が恐ろしくなる。その本質を見極めないままに、この力を使うこともまたそうだ。

 志乃たちが憧れる力は、もっと違うものだろうとも思う。こんな忌々しいものではないはずなのだ。


「それに、あの酒呑童子だ。俺のことを兄弟と言っていた」

「それがなに?」

「俺は産みの親を知らない。あいつが兄弟だと言うのなら、俺もあいつと同じ血が流れているのだ。そのことが堪らなく恐ろしい」


 何よりの証になってしまう。己が鬼である、証明になってしまう。

 京士郎はそのことが恐ろしいのだ。


「京士郎……」


 志乃は京士郎の名前を呼んで、目を閉じた。なにを言えばいいのかわからなかったのだろうか。それとも言えなかったのだろうか。京士郎にはわからなかった。


「なあ、それは大切なことか?」

「なに?」


 泰明がそう言った。京士郎は聞き返す。


「京士郎、君のことはよくわからない。天すら見通すと謳われた私の眼を以ってしても、君の深淵は覗けないだろうね。だが、わかることがある。君がここにいるということだ」

「それは」


 京士郎が何か言おうとすると、一人の童が近づいてきた。そうして泰明となにやら話す。

 頷いた泰明は、ふうと息を吐いた。


「どうやら話はここまでだね。またの機会に話そう」

「何かあったのか?」

「どうやら、一刻を争う状況らしい。京士郎、君も来るんだ」


 泰明は立ち上がる。志乃もまた立ち上がり、京士郎は釣られるように立った。


「どこに行くんだ」

「三条の大納言、その邸宅だ。あの精山がようやくその口を開いてくれるらしい」


 忌々しそうに言った泰明に、京士郎は嫌な予感を覚えた。

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