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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第五章 むべ山風を 嵐といふらむ
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 京士郎が目を覚ます。天井は高く、しっかりして見える。どうやら屋敷の中にいるようだった。

 身体を起こすと、目の前に一人の子が見えた。明らかに品があり、男とも女ともわからず、自分がいままで見てきた子とは違うことがはっきりとわかる。

 子は京士郎が起きるのを見ると、一礼だけしてどこかへ走っていく。

 それを見届けて、京士郎は自分の身体を見た。

 酒呑童子と名乗った鬼は、京士郎に呪詛をかけたと言った。志乃から少しだけ聞きかじった限りでは、呪詛とは呪いより強いもの。巡り合わせのみならず、身体さえ蝕むものである。

 しかし、いまの京士郎の体調は万全なものであった。指先もきちんと動き、目も良い。どこにも不調は感じられず、呪詛に蝕まれていたとは思えないほどだった。

 京士郎は襖を開けて、外を見た。空は晴れており、まだ朝方だろうか。どうやら丸一日寝てしまっていたようだ。

 身体を伸ばすと、節々が音を鳴らすが、問題なく動かせそうであった。


「そこの者、部屋に入られよ」

「は?」


 声をかけてきたのは、一人の男。貴族かと思うが、どうも気配が違う。

 言われるがまま部屋に入ると、男も共に入ってくる。先ほど出て行った子も連れ添っていた。


「そこに座りなさい、身体を診るぞ」


 この男は家主なのだろうと思い、言われるがまま京士郎は座った。

 男は札を取り出した。見覚えのある札だ。じっと見ると思い出す。志乃が持っているものそのままだった。

 なんらかの文言を男が唱えると、札が光を放ち、京士郎を包んだ。

 瞬きをすると札は消えている。そして男の驚く顔があった。


「……これは驚いた。すでに呪詛が抜けている。あれほどの濃さであれば、翌朝には死んでいるものと思ったが、志乃の言うことが正しかったとはな」

「おい、お前、あいつの知り合いか」


 京士郎は男の言葉に、知っている名前が出てきて尋ねる。

 すると男は、ふふっ、と笑う。


「いかにも。私の名前は安倍泰明あべのやすあきら。お前の知る志乃の師だ。そしてこの屋敷は、私の家でもある」


 安倍泰明。そう名乗る男は、どうにも鼻持ちならない雰囲気があって、京士郎は好きではなかった。


「いや、しかし、驚いたぞ。羅城門の前で騒ぎがあり、私を呼んでいると言われて向かってみれば、遣いに行った弟子がわんわん泣いてるじゃないか。あの娘は昔から泣き虫だったが、あんなのは久しぶりだった。面白いものを見せてもらったぞ」

「あんなの?」

「ああ。お前を抱きかかえて、『京士郎が死んじゃう』なんて叫んでいてな。そういう意味では初めてか、ははっ」

「…………」


 志乃が感情的になるところはかなり見ているが、ついぞ泣いてるところを見たことはなかった。しかしありありと想像できてしまうのは、それが志乃らしいと思うからか。それとも京士郎がそう在ってほしいと願ったからか。

 とにかく、京士郎は泰明に頭を下げた。


「ありがとう。おかげで救われた」

「私にできたことなど少ない。身を術で清め、この部屋を用意したくらいだからな。ただの病人を看病するのと変わらなかったさ」


 子が水を持ってきた。京士郎は受け取って、ぐいっと飲む。

 喉を通る心地よさが、全身に染みた。頭がすっきりする。一息つけば、少し落ち着いた。


「状況はだいたい聞いた。とりあえず、今日はここにいたまえ」

「ああ」

「なに、そんな気を張ることはない。それに」


 泰明は背筋を伸ばし、京士郎に向かって、頭を少し下げた。


「我が弟子を連れ帰ったこと、感謝している。我が家のように……というのは難しいがな。ゆっくりしていってくれ」

「……っ」


 京士郎は驚いて、泰明を見た。すぐに頭を上げた泰明は、手を叩く。


「さあ、お前は養生するんだ。鬼の呪詛を受けて、すぐに治るなんて思えないからな。それに、またすぐ忙しくなるさ」

「忙しく?」


 問い返したときだった。知っている匂いと、足音が聞こえてくるのがわかった。

 ほら、やってきたぞ、と泰明は言った。京士郎も、騒がしいのがやってきたぞと思った。

 縁側へ振り向くと、そこには涙を堪えながら、けれども必死に笑おうとしている志乃がいた。


「きょ、きょ、京士郎! もう、心配したんだからね! 馬鹿!」

「あ、おい!」


 志乃はそう言うと、縁側から飛ぶようにして京士郎へ抱きつく。怪我をしないように、と京士郎は志乃を抱きとめたのだった。

 泰明の視線が刺さる中、京士郎は苦笑いしか浮かべることしかできなかった。

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