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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第五章 むべ山風を 嵐といふらむ
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 槍の鬼女が突きを放つ。京士郎はそれを間一髪で避けていった。

 だが、その一撃はすべて京士郎の命に届きうるもの。少しでも油断すれば、槍に貫かれてしまうだろう。

 そして攻撃を捌きながら、京士郎は幼い鬼女へと気を配った。彼女の攻撃は志乃と精山を狙うものだった。隙を見て京士郎は二人を庇い、相手の攻撃を弾いた。

 志乃と精山は、陰陽術と真言を用いて己の身を守るのに精一杯であった。

 二人の鬼が、共に戦っている光景というのは驚くものがあったが、それ以上に、二人もの鬼を相手にし平然と戦っている京士郎こそ真に驚くに値するだろう。

 京士郎はときに腕を使って槍を捌いていく。槍の女は、京士郎の技巧に舌を巻いていた。

 精山と出会い京へ向かうまで、ただ旅をしていたわけではない。京士郎は己の技に磨きをかけていた。

 また、神通力も鍛えていた。京士郎の目は確実に鬼女たちの動きを捉え、志乃と精山の様子を掴み、自分のできる最も適した動きをしていた。

 それでもなお、二人の鬼女を倒せないことに京士郎は歯噛みする。防戦一方は性に合わず、苛立ってきてしまう。


「埒が明かねえな」


 京士郎は幼い鬼を大きく突き放して、呼吸を整えた。

 二人の鬼は肩で息をしながら京士郎を見ている。さしもの鬼も、防戦に徹する京士郎に苦戦を強いられ、決定打が打てていない。苦戦を強いられ、


「こいつ、あたしらの攻撃を全部捌きやがった……!それに、 これは、お頭と同じ」

「ええ、間違いない。やはりここで仕留めるしか」


 その言葉を聞いて、京士郎は首を傾げた。

 鬼が群れるのは特に驚くことではない。彼らも、己と合う者がいれば同行するのであろうから。

 京士郎がわからないのは、彼女たちの言葉から感じる信頼感である。それは二人の間もそうであり、幼い鬼の言った“お頭”に向けたものもそうだ。

 これは、普通の鬼ではない。京士郎は警戒心を露わにする。

 こちらとて、逃すつもりはない。ここで討ち取るつもりだ。

 京士郎は刀を向けた。まずは鎌を持つ幼い鬼を討つ。槍の鬼女よりも技は未熟だ。であるならば、先に討って数を減らすのが定石だ。

 相手よりも早く、相手よりも強く、相手よりも鋭く。

 一振りにすべてを賭けるべく、上段に構えた。二人の鬼女は警戒する。だが、それも遅い。

 京士郎は駆け出した。一歩。それは目にも留まらない動き。まるで消えるかのような踏み込み。

 そのときだった。京士郎の第六感が、危機を知らせた。


「ぐっ!?」


 どこからか降ってきた黒い波が京士郎を飲み込んだ。銀色に輝く顕明連を振るう。波が切り裂かれるが、すべての勢いを消せたわけではない。

 いや、減衰させたはずの波でさえ、京士郎の膝を屈させるほどの威力があった。


「京士郎!」

「来るな!」


 志乃が駆け寄って来ようとするのを、京士郎は止める。

 いまの自分に触れてはいけない。まずいものを、志乃に移してしまう。それは避けなければならない。

 どうにかして立ち上がってみるが、思うように力が入らない。手足が痺れまったく動かず、さらに内臓が焼けるように熱い。口の中は血の味で満ちていた。

 まるで強力な毒を盛られたかのような感覚。吐き出してしまった方が楽だろうが、それはきっと、致命的な隙を見せてしまう。

 刀を杖代わりにして立ち上がる。せめてもの抵抗だった。


「あれを受けてなおも立ってみせるとはな。並みの人であるならば、七度死んでも足りない痛みのはずだが。やはり、大江山ではないとこの程度か」


 そこに降り立ったのは、圧倒的な気配だった。

 在るだけで周囲の者はひれ伏したくなるような圧力を感じる。意思でなんとか正気を保つが、体を蝕む毒がその気力をどんどん奪っていく。

 鬼だ。鬼であることはわかる。金色の瞳、捩れた角。いままで見てきた鬼の特徴と一致している。

 だが、それは他の鬼と一線を画していた。何とは言えないが決定的な違いがあった。

 華奢であるが、大柄な体。顔は醜悪であるが、端正だ。その表情は怒っているようで、微笑んでいる。

 相反するものが同居している。それでいてなお、矛盾していない。


「俺の呪詛を受けてなお、それだけの意思を保てるか。これは想像以上だな」

「さっきから……!」


 何を言ってるんだ。そう言おうとして、口から血が溢れ出した。

 志乃の悲鳴が聞こえる。しかし、それをはっきりと聞き取ることができない。


「ふむ。まあこの程度か」


 見下すような声。京士郎はぼやける視界の中で、鬼の顔を見た。

 慈悲にも似た感情を思わせる表情から、言葉が放たれる。

 視界が暗くなっていく。いよいよ立っていられず、京士郎の体は崩れ落ちた。誰かが体を揺らしている感覚だけが残る。

 途切れる思考の中で、その言葉だけが残っていた。


「我が名は酒呑童子。大江山を国とする鬼の首魁なり。お前を待っているぞ、名の知らぬ……兄弟よ」

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