壱
山中を抜ける。空が広がった。
いくつかの関を越えて、ようやく至った。外から人が来ることは稀であろう、しかし内から外へ出るのもまた稀であろうその地に、ついに京士郎はやってくる。
自身の名にも刻まれた、その場所に。
「ここが、京」
圧巻だった。
圧倒的だった。
京士郎は息を呑んだ。
すべての道が理路整然と並び、建物の数もまたいままで見たこともないほどに夥しかった。
その建物も、すべてが屋敷であった。大小様々であったが、近くに寄ればいままでに訪れた建物のどれよりも大きいことが明らかだろう。池も見える。馬が見える。得物を持った兵が歩いているのも見えた。中央を貫く通りの先、一際大きな屋敷が見えた。
この世の中心、すべての政が行われ、華やかであり豪奢であり、天孫の君臨する場所。
しかし、そんな京の都は、いまや暗い影を落としていた。
日が出ていないということもあるだろう。暗雲が空を覆っていた。それこそ、鬼の望む状況である。
それ以上に、京士郎は京に向かって右……方角にして北を見ていた。
大江山。そう呼ばれる山がある、らしい。志乃と精山が教えてくれた。元は金属の多くとれる場所であり、金工が多くいたようだ。
が、方角が悪かった。京から北西に位置するそこは、吹き溜まりになっていた。
その山から、京へ向かって降り注ぐ、暗い影。京士郎の神通力のひとつである眼は、確かに見て取った。
暗雲などではない。京を真に覆っているのは、あの影だ。
きっと、こう言うのだろう。
「陰気に満ちている」
京士郎がそう言うと、精山は言った。
「よもや、これほどとはな。拙僧にはお前のようには見えぬが、確かにわかる。大江山に住む鬼は、一体何だ。これほどの陰気、鬼と呼ぶのも烏滸がましい。これではまるで……」
そこから先は言わなかった。精山は黙るしかなかった。口にしてしまえば、その予感は当たってしまうからだ。
志乃もまた、顔を青ざめている。京の一角に目をこらしていて、何かを探しているようだった。
「おい、大丈夫か」
「ええ。私が出た頃とそんなに差はないわ」
「そうじゃなくて、体調は」
「問題ないわ。急ぎましょう」
志乃がそう言った。京士郎たちは急いで山を降りようとした。
そのときだった。京士郎の第六感が、近づいてくる気配を察した。
数にして、二。それも大きな気配だ。
京士郎は石を拾って、投げる。鋭く飛んだ石は、人に当たれば骨を数本は砕くだろう威力を持っていた。
だが、それは落とされる。京士郎の目は、石を弾いた者を見て取っていた。
「京士郎!?」
「敵……鬼だ!」
刀を抜いて、振り払う。死角からの一撃。槍であった。京士郎はそれを見事に捌いてみせた。
森が揺れ、京士郎たちの前に、通せんぼをする二人が現れる。
二人は女だった。絢爛ながらも簡素な着物に身を包んだ、二人の女。片方は妙齢に見える女で槍の担い手。もう一人は志乃と同い年くらいだろう女で、身に余る大きさの鎌を持っている。だが、その頭に生えているのは間違いなく、鬼である。
「貴女たちが、大江山の鬼?」
志乃が聞いた。京士郎は即座に、それはないだろうと判断する。
それは、この二人の纏う陰気であった。目の前の二人は今まで戦ってきた鬼と比べても遜色のない実力の持ち主とわかる。しかし、大江山の陰気は並大抵のものではない。この二人のような鬼がいくら束になったとしても、届きはしないだろう。
鎌の鬼が前に出てくる。
「ここで死んじゃうやつには何も言わないもんね。そっちの坊さんに用があるんだけど、まあ、殺しちゃうことには変わりないし。さくっとやられてくれない?」
鎌を向けて、走り出してくる。軽い言葉に反して鋭く目にも留まらぬ動き。
しかし、京士郎は見切っていた。その動きに合わせて、刀を重ねる。
金属のぶつかる音がした。勝ちを確信していた鎌の鬼は驚いた顔をして、京士郎を見る。目と鼻の先で二人は視線を交わした。
それを隙と見た京士郎は思いっきり蹴りつける。距離を取り、再び両者は構えた。
「もしかして、あいつ!」
「ええ。間違いない」
京士郎を見て、二人は顔を見合わせた。構えを深くし、京士郎は二人の鬼の力を計った。
この程度なら相手をできる。だが、志乃と精山を守りながらとなると話は別だ。
二人を同時に戦い、どれほど立ち回れるのか。嫌な汗が京士郎の頬を伝った。




