陸
精山は、確かに志乃の言うような、徳の高い僧であるのだろう。
最初に会ったときの見窄らしさはなくなっていた。京士郎は、精山は見た目を変える術を使っているのだと気付いた。
「それがお前の、本当の姿か」
「本当などはない。その場、その時に見合った姿形になるのだ」
精山はそう言って笑い、再び元の姿に戻った。つまり京士郎に対しては、その姿が一番合っているということなのだろう。形式ばるのが嫌いなだけかもしれないが。
京士郎は木の棒を捨てて、精山へ歩みよった。
「それで、どうしてこんなことを」
「初めて会ったときから、お前に神通力が宿っているのはわかっていた。その目が、拙僧に伝えてくれたのだ。未熟なお前が、もし気づく事ができるのなら、託すに足ると思ったのだ」
「託す? 何を?」
「京へ行ってから話そう。そら、帰るぞ。日が暮れる」
そう言うと、精山は山を下り始めた。京士郎はそのあとを追う。
京士郎は未だ、精山を追っている理由を知らない。志乃からは彼が持っている知恵が必要だと言っていた。そして精山は、それを託すと言った。つまり、精山は何かを知っているのだ。
それは鬼を放逐する術か、あるいは状況を覆す術か。
わからないが、重要なものなのだろうと思うと同時に、自分も深く関わっているのではないかという予感がしてくる。それは精山の物言いからだった。
「神通力……」
「わかるか、己に宿る力が」
京士郎が呟くと、精山が振り返らずに言った。
「わからない。俺は生まれてこの方、この力と共にあった。人と違うことはわかっているが、その正体はわからなかった」
「なるほどな。それは……我らにとっては幸せなことに思えるが、持つ者にとってはそうではないのだろう」
あまりに感覚が隔絶している。京士郎は人を知ることをいままでしてこなかった。そしてできなかったのだ。
多くの修験者たちや、陰陽師、巫女が一生をかけて目指し、人によっては足をかけることすら叶わない場所に、生まれながらにして立っているのが京士郎なのだ。
羨ましくもあり、しかし哀れみもあった。人並みを知らないというのは、それだけで悲しいことでもある。
「お前は、神通力とは何かを理解しているか」
「志乃は見て聞く力だと言っていた。腕の強さではなく、足の速さでもなく、目の良さと耳の良さ、そして鼻の良さも」
「その通りだ。いい者と出会ったな」
精山が笑う。京士郎は、志乃の言っていることが間違いでないことに安心した。
二人はまず、志乃を探すことにする。京士郎が鼻を利かせようとするも、町には多くの臭いがあり上手くたどることができなかった。
だからまずは、寺を回ってみるといいと精山は言った。故郷でも見慣れない寺であったが、この町には一つ、大きな寺があるという。
日が暮れて、辺りは真っ暗になった。
「急いで向かおうか。拙僧が口をきけば、泊まらせてくれるだろう」
「そうだな……」
京士郎には、妙な予感があった。それは嫌な予感だった。
首筋にひりひりとくる感覚が、京士郎に警告している。それは最初に戦った鬼や、土蜘蛛、呉葉の屋敷を見たときと同じ。
すなわち、鬼の気配。
寺へと着いた。気配は色濃くあった。
「ここだが……様子が変だな」
精山が言った。ここまでくると、さすがの京士郎は気づく。
「鬼だな」
「……ほう」
「なあ、お前は鬼と戦ったことは」
「見たことは。祓ったこともある」
「上々だ。だが、ここにいるのは並大抵の鬼じゃない」
「わかっている。実体を持った鬼だ」
京士郎は刀を抜いた。煌めく輝きは、暗闇であってもその刀身の内から発光しているようだった。
「どれ、拙僧も」
杖で地面を叩くと、杖の先に光が灯った。京士郎は闇夜であっても目が利く。精山もまた、明かりを確保した。
寺に入る。人の気配はなかった。その代わりにあったのは、血の臭いだった。
京士郎は顔をしかめる。精山は動じていなかったが、視線は鋭くなった。
ぐるりと、寺を歩く。裏庭には、池があり、昇ったばかりの満月を映していた。
そして、その池の傍に。
「お前……」
むくりと、人が起き上がった。
否、それは人などではない。血にまみれた巫女服。そして先日見たばかりの顔。
「ろく!」
「あらあ、京士郎?」
だらりと立ちあがったろく。ぼとりと手から人だったものを落とす。
口から赤い血を流すろくの頭には、鬼の証である角が生えていた。




