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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第四章 何かは露を たまとあざむく
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 精山は、確かに志乃の言うような、徳の高い僧であるのだろう。

 最初に会ったときの見窄らしさはなくなっていた。京士郎は、精山は見た目を変える術を使っているのだと気付いた。


「それがお前の、本当の姿か」

「本当などはない。その場、その時に見合った姿形になるのだ」


 精山はそう言って笑い、再び元の姿に戻った。つまり京士郎に対しては、その姿が一番合っているということなのだろう。形式ばるのが嫌いなだけかもしれないが。

 京士郎は木の棒を捨てて、精山へ歩みよった。


「それで、どうしてこんなことを」

「初めて会ったときから、お前に神通力が宿っているのはわかっていた。その目が、拙僧に伝えてくれたのだ。未熟なお前が、もし気づく事ができるのなら、託すに足ると思ったのだ」

「託す? 何を?」

「京へ行ってから話そう。そら、帰るぞ。日が暮れる」


 そう言うと、精山は山を下り始めた。京士郎はそのあとを追う。

 京士郎は未だ、精山を追っている理由を知らない。志乃からは彼が持っている知恵が必要だと言っていた。そして精山は、それを託すと言った。つまり、精山は何かを知っているのだ。

 それは鬼を放逐する術か、あるいは状況を覆す術か。

 わからないが、重要なものなのだろうと思うと同時に、自分も深く関わっているのではないかという予感がしてくる。それは精山の物言いからだった。


「神通力……」

「わかるか、己に宿る力が」


 京士郎が呟くと、精山が振り返らずに言った。


「わからない。俺は生まれてこの方、この力と共にあった。人と違うことはわかっているが、その正体はわからなかった」

「なるほどな。それは……我らにとっては幸せなことに思えるが、持つ者にとってはそうではないのだろう」


 あまりに感覚が隔絶している。京士郎は人を知ることをいままでしてこなかった。そしてできなかったのだ。

 多くの修験者たちや、陰陽師、巫女が一生をかけて目指し、人によっては足をかけることすら叶わない場所に、生まれながらにして立っているのが京士郎なのだ。

 羨ましくもあり、しかし哀れみもあった。人並みを知らないというのは、それだけで悲しいことでもある。


「お前は、神通力とは何かを理解しているか」

「志乃は見て聞く力だと言っていた。腕の強さではなく、足の速さでもなく、目の良さと耳の良さ、そして鼻の良さも」

「その通りだ。いい者と出会ったな」


 精山が笑う。京士郎は、志乃の言っていることが間違いでないことに安心した。

 二人はまず、志乃を探すことにする。京士郎が鼻を利かせようとするも、町には多くの臭いがあり上手くたどることができなかった。

 だからまずは、寺を回ってみるといいと精山は言った。故郷でも見慣れない寺であったが、この町には一つ、大きな寺があるという。

 日が暮れて、辺りは真っ暗になった。


「急いで向かおうか。拙僧が口をきけば、泊まらせてくれるだろう」

「そうだな……」


 京士郎には、妙な予感があった。それは嫌な予感だった。

 首筋にひりひりとくる感覚が、京士郎に警告している。それは最初に戦った鬼や、土蜘蛛、呉葉の屋敷を見たときと同じ。

 すなわち、鬼の気配。

 寺へと着いた。気配は色濃くあった。


「ここだが……様子が変だな」


 精山が言った。ここまでくると、さすがの京士郎は気づく。


「鬼だな」

「……ほう」

「なあ、お前は鬼と戦ったことは」

「見たことは。祓ったこともある」

「上々だ。だが、ここにいるのは並大抵の鬼じゃない」

「わかっている。実体を持った鬼だ」


 京士郎は刀を抜いた。煌めく輝きは、暗闇であってもその刀身の内から発光しているようだった。


「どれ、拙僧も」


 杖で地面を叩くと、杖の先に光が灯った。京士郎は闇夜であっても目が利く。精山もまた、明かりを確保した。

 寺に入る。人の気配はなかった。その代わりにあったのは、血の臭いだった。

 京士郎は顔をしかめる。精山は動じていなかったが、視線は鋭くなった。

 ぐるりと、寺を歩く。裏庭には、池があり、昇ったばかりの満月を映していた。

 そして、その池の傍に。


「お前……」


 むくりと、人が起き上がった。

 否、それは人などではない。血にまみれた巫女服。そして先日見たばかりの顔。


「ろく!」

「あらあ、京士郎?」


 だらりと立ちあがったろく。ぼとりと手から人だったものを落とす。

 口から赤い血を流すろくの頭には、鬼の証である角が生えていた。

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