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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第四章 何かは露を たまとあざむく
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 京士郎は自分の部屋へと向かう。

 新しく建てられたであろうこの宿は、精山曰く、ときには京から旅をしてくる貴族も使うそうで、常に奇麗にしてあった。

 今日はと言えば、そんな客はおらず、旅の商人と思われる何人かがいたのみだった。

 しかし、部屋が別であるのはどうも慣れない。呉葉の屋敷を思い出すが、ゆっくりと見ている暇はなかったから何も思わなかった。

 自分の部屋に入る。


「お待ちしておりました」

「…………」


 女が三つ指をついて待っていた。

 はじめは自分が部屋を間違えたかと思ったが、そうではない。この女が勝手に上がり込んでいるだけだ。

 よく見れば、さきほど舞を踊っていた遊女だった。


「おい、なんでこんなところにいる?」

「お連れ様にお聞きになりませんでしたか?」

「なにを」

「ふふっ」


 そう、色っぽく笑う遊女。京士郎は気が気ではなかった。

 刀を脇に置いて、遊女の正面に座る。あら、と首を傾げる女。


「寝るところがないのか」

「嫌ですね、寝るところならあるじゃないですか」


 京士郎の方へ、ぐいっと寄る女。

 顔をしかめて体を引くが、女はおかまいなしに耳元ま寄って言う。


「貴方のお隣です」

「……は?」


 京士郎は理解できず、そう口にした。

 女もまた、京士郎がどうしてそのような反応をしたのかわからず、離れて京士郎の顔を見た。


「えっと、もしかして。本当にわからないんですか?」

「わからん」


 きっぱりと言う。

 すると女はくすくす、と笑った。


「じゃあ、そっとしておきましょう」

「何をいっているんだ。何かするために、ここにいるんじゃないのか」

「言ってもわからないことを言うような趣味はないわ」


 女は言った。京士郎は面白くない、という顔をする。

 だが、確かにこの状況で何をするかはよくわからない。

 女と二人、というのは今までたくさんあった。というのも、志乃と旅をしている最中はずっと一緒だったのだから。


「あ、別の女の人のことを考えてるのね」


 京士郎はまた、面白くないといった顔をした。

 女というのは勝手に考えを読み、勝手に口にし、勝手に決め付ける。しかし、それは合っているからこそ腹が立つ。


「どうしてわかるんだ、お前たちは」

「やっぱり、女の人なのね。わかるわよ、それなりに見てきたのだから。もしかして、喧嘩中なの?」

「…………」


 京士郎が黙っていると、女はさらに笑った。

 まさにそれが喧嘩の理由だった。志乃は京士郎の考えていることを見抜き口にする。そして押し付けるように、男とはかくあるべき、女をこう扱うべき、と口説く言ってくるのだった。


「ふふふ、いいわ、教えてあげる。女はね、男を星の数も見てるものなの。男は、女を指の数しか見ることができないの。それに、あなたはとってもわかりやすいから」

「ふん」


 聞いてはいたが、京士郎は鼻で跳ね除けた。

 しかし、京士郎はどこかで、志乃を自分と同じように考えていたことをわかっていた。

 男と女であり、京士郎と志乃であるはずなのだ。だが、志乃のことをきちんと考えるということをしなかったのだ。


「なあ、謝るべきか」

「そうね、男と女が喧嘩をしたときは、男が先に謝るべきね」

「そうか……」


 京士郎はそうつぶやくと、次に会ったときには自分から謝ると決めた。

 こちらから会いに行くにもどこにいるかはわからないから、行かないが。


「ああ、やだやだ。何で私が仲裁なんて。夫婦喧嘩は犬も食わないわ」

「夫婦ではない」

「そうね、あなたが婚姻しているところなんて考えられないわ。ましてや、愛をささやくなんてね」


 不機嫌な顔と、笑う顔が交互に浮かぶ。

 そういえば、志乃もそういうやつだった、と京士郎はふと思ったが、またこの女に指摘されるのが嫌で、顔を背けた。


「ねえ、あなたの名は?」

「名は……聞く方から名乗ると聞いたが」

「それは男同士の話よ。男女なら、男が先なの」


 お前もそう言うのか、と京士郎は苦笑いをしながら、女へ名乗った。


「京士郎だ」

「京士郎ね。私はろくよ」

「ふうん」

「あ、また」

「は?」


 ろくが京士郎を指差した。今度は京士郎が首を傾げる番だった。


「わかったわ、あなたの悪いところ」

「何がだよ」

「くすくす」


 ろくは笑いながら、そして踊るように翻り、寝る準備をし始めた。

 京士郎はろくを眺める。ちらりと見て、ろくは言った。


「ここから先は、またお駄賃をもらわないと」


 残念ながら、京士郎は銭を、精山に預けていた。普段から金を持たない京士郎は、自分が金を持つことに慣れていなかったからだ。

 この日はここまでだった。

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