参
京士郎は自分の部屋へと向かう。
新しく建てられたであろうこの宿は、精山曰く、ときには京から旅をしてくる貴族も使うそうで、常に奇麗にしてあった。
今日はと言えば、そんな客はおらず、旅の商人と思われる何人かがいたのみだった。
しかし、部屋が別であるのはどうも慣れない。呉葉の屋敷を思い出すが、ゆっくりと見ている暇はなかったから何も思わなかった。
自分の部屋に入る。
「お待ちしておりました」
「…………」
女が三つ指をついて待っていた。
はじめは自分が部屋を間違えたかと思ったが、そうではない。この女が勝手に上がり込んでいるだけだ。
よく見れば、さきほど舞を踊っていた遊女だった。
「おい、なんでこんなところにいる?」
「お連れ様にお聞きになりませんでしたか?」
「なにを」
「ふふっ」
そう、色っぽく笑う遊女。京士郎は気が気ではなかった。
刀を脇に置いて、遊女の正面に座る。あら、と首を傾げる女。
「寝るところがないのか」
「嫌ですね、寝るところならあるじゃないですか」
京士郎の方へ、ぐいっと寄る女。
顔をしかめて体を引くが、女はおかまいなしに耳元ま寄って言う。
「貴方のお隣です」
「……は?」
京士郎は理解できず、そう口にした。
女もまた、京士郎がどうしてそのような反応をしたのかわからず、離れて京士郎の顔を見た。
「えっと、もしかして。本当にわからないんですか?」
「わからん」
きっぱりと言う。
すると女はくすくす、と笑った。
「じゃあ、そっとしておきましょう」
「何をいっているんだ。何かするために、ここにいるんじゃないのか」
「言ってもわからないことを言うような趣味はないわ」
女は言った。京士郎は面白くない、という顔をする。
だが、確かにこの状況で何をするかはよくわからない。
女と二人、というのは今までたくさんあった。というのも、志乃と旅をしている最中はずっと一緒だったのだから。
「あ、別の女の人のことを考えてるのね」
京士郎はまた、面白くないといった顔をした。
女というのは勝手に考えを読み、勝手に口にし、勝手に決め付ける。しかし、それは合っているからこそ腹が立つ。
「どうしてわかるんだ、お前たちは」
「やっぱり、女の人なのね。わかるわよ、それなりに見てきたのだから。もしかして、喧嘩中なの?」
「…………」
京士郎が黙っていると、女はさらに笑った。
まさにそれが喧嘩の理由だった。志乃は京士郎の考えていることを見抜き口にする。そして押し付けるように、男とはかくあるべき、女をこう扱うべき、と口説く言ってくるのだった。
「ふふふ、いいわ、教えてあげる。女はね、男を星の数も見てるものなの。男は、女を指の数しか見ることができないの。それに、あなたはとってもわかりやすいから」
「ふん」
聞いてはいたが、京士郎は鼻で跳ね除けた。
しかし、京士郎はどこかで、志乃を自分と同じように考えていたことをわかっていた。
男と女であり、京士郎と志乃であるはずなのだ。だが、志乃のことをきちんと考えるということをしなかったのだ。
「なあ、謝るべきか」
「そうね、男と女が喧嘩をしたときは、男が先に謝るべきね」
「そうか……」
京士郎はそうつぶやくと、次に会ったときには自分から謝ると決めた。
こちらから会いに行くにもどこにいるかはわからないから、行かないが。
「ああ、やだやだ。何で私が仲裁なんて。夫婦喧嘩は犬も食わないわ」
「夫婦ではない」
「そうね、あなたが婚姻しているところなんて考えられないわ。ましてや、愛をささやくなんてね」
不機嫌な顔と、笑う顔が交互に浮かぶ。
そういえば、志乃もそういうやつだった、と京士郎はふと思ったが、またこの女に指摘されるのが嫌で、顔を背けた。
「ねえ、あなたの名は?」
「名は……聞く方から名乗ると聞いたが」
「それは男同士の話よ。男女なら、男が先なの」
お前もそう言うのか、と京士郎は苦笑いをしながら、女へ名乗った。
「京士郎だ」
「京士郎ね。私はろくよ」
「ふうん」
「あ、また」
「は?」
ろくが京士郎を指差した。今度は京士郎が首を傾げる番だった。
「わかったわ、あなたの悪いところ」
「何がだよ」
「くすくす」
ろくは笑いながら、そして踊るように翻り、寝る準備をし始めた。
京士郎はろくを眺める。ちらりと見て、ろくは言った。
「ここから先は、またお駄賃をもらわないと」
残念ながら、京士郎は銭を、精山に預けていた。普段から金を持たない京士郎は、自分が金を持つことに慣れていなかったからだ。
この日はここまでだった。




