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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第四章 何かは露を たまとあざむく
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「いやあ、稼いだなあ」


 老人は大変満足した、という顔をしている。

 京士郎はと言えば、げんなりとした顔だった。


「お前のおかげで一儲けすることができたぞ、助かったなあ。また頼むぞ」

「こんなことは二度とせん……」


 そう固く決意した。

 京士郎と老人が出てきたのは賭場であった。

 双六すごろくを使った賭場であり、京士郎はその内容は分からなかったが、老人の言うがままにあれこれと言っていたら、それが全て的中。

 しばらくした頃には、賭け金は最初の何十倍にもなっていた。

 しかし、この生活はきっと人を駄目にするものだと悟った京士郎と、それを見計らっていた老人。京士郎が立ち上がろうとすれば、にやりと笑ってなに食わぬ顔で出てきたのだから。

 逆立ちしようとも、京士郎はこの老人には勝てないだろうと思った。

 二人は夕暮れになり、人通りの減った道を歩いている。

 京士郎はこの老人についていく義理はないのだが、かと言って行くあてもない。さらに言えば、離れようとしてもついてくるような気がしてならず、だったらついて行った方がましだという考えもあった。


「なに、感謝の印と言ってはなんだが、いいものを経験させてやる」

「いいもの?」

「なあに、わかるさ。男ならな」


 そう言われ、連れられて行ったのは宿屋であった。

 宿屋に入って、京士郎と老人は飯を食う。出てきたのは粥と焼いた魚であった。

 宿で飯を食っていると、女が数人来る。その女はこちらを見ると笑った。


「ほれ、始まるぞ」

「始まるって、何が」

「見てればわかる」


 京士郎は老人の言う通り、女を見た。

 女は一礼をすると、扇子を手に持ち、舞を始めた。

 その舞はとても蠱惑的であった。一挙一動が滑らかで、不自然さが一切ない。力の抜けているようで、芯のある動きは、京士郎の感性を揺さぶった。


「ほう、上手いな。それにいい女だ」


 老人が言った。京士郎は女の顔を見る。

 確かに、美人ではあるのだろう。化粧も濃い。呉葉のこともあって、あまりいい思いはしなかったが、人の目を引くには十分だった。

 周りの旅の客も、女の遊芸を見て賞賛を口にしている。

 女の歌もまた、人を惹かせるものであった。

 その意味はわからないが、京士郎はひやりとしたものを感じた。

 にやあ、と笑う老人。


「ふん、場末の遊女あそびめ風情が」

「遊女?」

「おう。行き場をなくした女たちのたどり着く場所だ。まあ遊び相手にはもってこいなんだがな」


 そうしていやらしい笑みを浮かべる老人。京士郎は顔を引きつらせて、視線を舞う女たちに移す。

 滑らかな舞。確かに上手いが、京士郎はまるで別のものを感じていた。

 どこで習い、そして何に捧げる舞なのだろうか。

 京士郎にはわからない。志乃ならわかるだろうか、と思うも、いまは忘れようと頭を振る。

 やがて、舞が終わる。客は野次を飛ばして、遊女たちを称えた。

 ちょっと待っておれ、と老人は言って、待っていた遊女どもに話しかけた。

 少しの会話と、金銭のやり取り。そして女の一人は京士郎を見ると、にっこりと笑ってみせた。


「おい」

「なんだ、いまいいところだ」

「何を吹き込んでるんだ。それに、さっき稼いだ銭をもう使うのか」

「有意義に使うんだ、いいだろう」


 老人はそう言うと、京士郎を座らせる。

 にやにや、と笑みを浮かべる老人に気色悪さを覚える京士郎だった。


「ところでお前、名はなんて言うんだ」

「気になるか?」

「気にはならん。が、不便なだけだ」


 京士郎が言うと、老人は歯を見せて笑う。


「名を聞くなら自分から名乗るんだな。習わなかったか?」

「……京士郎」

「京士郎か。心得たぞ。拙僧の名は精山だ」

「は?」


 京士郎は一瞬、聞き間違えかと思った。しかし、自分の耳が聞き間違えなどするはずがない。

 瞬きを繰り返し、京士郎は言った。


「精山、だと? あの、京を出奔したという?」

「おっと、こんな辺境でも拙僧を知っている者がいるとはな」

「いいや、俺は知らない。だが、お前を探している者なら知っている」

「お前を振った女か?」

「だから違う!」


 京士郎は思わず声を荒げた。いや、志乃の方から一度離れると言われたのだが、それは振られたのとは違う。


「だが、そうだ。その女が、お前を探していた」

「ふうん。誰の遣いか聞いておるか?」

「いいや、知らん。聞いたところで俺はわからん」

「お前、京の生まれではないのか? それだけ上品な面をしていながら」

「顔は関係ないだろ。どいつもこいつも……」


 がはは、と笑う精山。京士郎は改めて、精山を見た。

 どこからどう見ても、見窄らしい男だった。服はぼろぼろで、髪も整えられていない。志乃は精山のことを「高僧」……優れた僧だと言っていたが、とてもそうは見えなかった。

 開いた口が塞がらない。志乃の旅の目的である人物は、あっけなく見つかってしまったのだ。


「それで、どうするんだ? 拙僧を探しているという女に突き出して、仲直りでもするか?」

「そんなことはしない。今は顔を合わせたくないからな」

「ほうほう、そいつは助かるな。拙僧としても、当て馬にされちゃあ敵わん」


 精山は肩を竦めて言った。

 そして京士郎の膝を叩くと、下卑な笑みを浮かべる。


「さあ、部屋に行こう。別の部屋も取れたから、感謝しろよ」

「……俺が稼いだもんだろうが」


 そう言って、二人は立ち上がり、各々が泊まる部屋へと向かった。

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