弐
「いやあ、稼いだなあ」
老人は大変満足した、という顔をしている。
京士郎はと言えば、げんなりとした顔だった。
「お前のおかげで一儲けすることができたぞ、助かったなあ。また頼むぞ」
「こんなことは二度とせん……」
そう固く決意した。
京士郎と老人が出てきたのは賭場であった。
双六を使った賭場であり、京士郎はその内容は分からなかったが、老人の言うがままにあれこれと言っていたら、それが全て的中。
しばらくした頃には、賭け金は最初の何十倍にもなっていた。
しかし、この生活はきっと人を駄目にするものだと悟った京士郎と、それを見計らっていた老人。京士郎が立ち上がろうとすれば、にやりと笑ってなに食わぬ顔で出てきたのだから。
逆立ちしようとも、京士郎はこの老人には勝てないだろうと思った。
二人は夕暮れになり、人通りの減った道を歩いている。
京士郎はこの老人についていく義理はないのだが、かと言って行くあてもない。さらに言えば、離れようとしてもついてくるような気がしてならず、だったらついて行った方がましだという考えもあった。
「なに、感謝の印と言ってはなんだが、いいものを経験させてやる」
「いいもの?」
「なあに、わかるさ。男ならな」
そう言われ、連れられて行ったのは宿屋であった。
宿屋に入って、京士郎と老人は飯を食う。出てきたのは粥と焼いた魚であった。
宿で飯を食っていると、女が数人来る。その女はこちらを見ると笑った。
「ほれ、始まるぞ」
「始まるって、何が」
「見てればわかる」
京士郎は老人の言う通り、女を見た。
女は一礼をすると、扇子を手に持ち、舞を始めた。
その舞はとても蠱惑的であった。一挙一動が滑らかで、不自然さが一切ない。力の抜けているようで、芯のある動きは、京士郎の感性を揺さぶった。
「ほう、上手いな。それにいい女だ」
老人が言った。京士郎は女の顔を見る。
確かに、美人ではあるのだろう。化粧も濃い。呉葉のこともあって、あまりいい思いはしなかったが、人の目を引くには十分だった。
周りの旅の客も、女の遊芸を見て賞賛を口にしている。
女の歌もまた、人を惹かせるものであった。
その意味はわからないが、京士郎はひやりとしたものを感じた。
にやあ、と笑う老人。
「ふん、場末の遊女風情が」
「遊女?」
「おう。行き場をなくした女たちのたどり着く場所だ。まあ遊び相手にはもってこいなんだがな」
そうしていやらしい笑みを浮かべる老人。京士郎は顔を引きつらせて、視線を舞う女たちに移す。
滑らかな舞。確かに上手いが、京士郎はまるで別のものを感じていた。
どこで習い、そして何に捧げる舞なのだろうか。
京士郎にはわからない。志乃ならわかるだろうか、と思うも、いまは忘れようと頭を振る。
やがて、舞が終わる。客は野次を飛ばして、遊女たちを称えた。
ちょっと待っておれ、と老人は言って、待っていた遊女どもに話しかけた。
少しの会話と、金銭のやり取り。そして女の一人は京士郎を見ると、にっこりと笑ってみせた。
「おい」
「なんだ、いまいいところだ」
「何を吹き込んでるんだ。それに、さっき稼いだ銭をもう使うのか」
「有意義に使うんだ、いいだろう」
老人はそう言うと、京士郎を座らせる。
にやにや、と笑みを浮かべる老人に気色悪さを覚える京士郎だった。
「ところでお前、名はなんて言うんだ」
「気になるか?」
「気にはならん。が、不便なだけだ」
京士郎が言うと、老人は歯を見せて笑う。
「名を聞くなら自分から名乗るんだな。習わなかったか?」
「……京士郎」
「京士郎か。心得たぞ。拙僧の名は精山だ」
「は?」
京士郎は一瞬、聞き間違えかと思った。しかし、自分の耳が聞き間違えなどするはずがない。
瞬きを繰り返し、京士郎は言った。
「精山、だと? あの、京を出奔したという?」
「おっと、こんな辺境でも拙僧を知っている者がいるとはな」
「いいや、俺は知らない。だが、お前を探している者なら知っている」
「お前を振った女か?」
「だから違う!」
京士郎は思わず声を荒げた。いや、志乃の方から一度離れると言われたのだが、それは振られたのとは違う。
「だが、そうだ。その女が、お前を探していた」
「ふうん。誰の遣いか聞いておるか?」
「いいや、知らん。聞いたところで俺はわからん」
「お前、京の生まれではないのか? それだけ上品な面をしていながら」
「顔は関係ないだろ。どいつもこいつも……」
がはは、と笑う精山。京士郎は改めて、精山を見た。
どこからどう見ても、見窄らしい男だった。服はぼろぼろで、髪も整えられていない。志乃は精山のことを「高僧」……優れた僧だと言っていたが、とてもそうは見えなかった。
開いた口が塞がらない。志乃の旅の目的である人物は、あっけなく見つかってしまったのだ。
「それで、どうするんだ? 拙僧を探しているという女に突き出して、仲直りでもするか?」
「そんなことはしない。今は顔を合わせたくないからな」
「ほうほう、そいつは助かるな。拙僧としても、当て馬にされちゃあ敵わん」
精山は肩を竦めて言った。
そして京士郎の膝を叩くと、下卑な笑みを浮かべる。
「さあ、部屋に行こう。別の部屋も取れたから、感謝しろよ」
「……俺が稼いだもんだろうが」
そう言って、二人は立ち上がり、各々が泊まる部屋へと向かった。




