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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第三章 きしの紅葉に あからめなせそ
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「ぎゃあああああああああ」


 悲鳴が響き渡った。

 京士郎は刀を見る。ついていたのは鮮血。

 見れば、そこには呉葉がいた。顔を手で押さえて、仰け反っている。

 刀を構えて、京士郎は呉葉の姿を追う。


「貴様、貴様貴様貴様! どうしてどうして! 私の幻術をどうして破った! あの安寧を求めていたのではないのか! どうしてそれを斬ることができる! なぜ、なぜ、前へと進む! 変わることを恐れぬ!」


 怒り狂う呉葉。京士郎は冷ややかな目で呉葉を見た。

 痛みが治まったのか、あるいは怒りが上回ったのか、呉葉は静かになり京士郎を睨む。

 美しい顔は歪み、額からは血を流している。


「わからぬ、どうしてなのだ」

「わからないか」

「違うと言え! 認めぬ、認めぬぞ!」


 呉葉が腕を振るうと、水の球が三つ現れる。それは回転しながら、京士郎へと襲いかかった。

 無言での術の行使。志乃と同じ術か、はたまた違う術なのか。

 わからないが、京士郎はそれを見て、決して防げないものではないと判断する。

 刀が踊った。一振り、二振り、三振り。ほぼ同時に襲ってきた水の矢を打ち払う。


「どうして、どうして! 京士郎! 貴様は思わないのか! こんな日々が続けばいいと! 時が止まればいいと!」

「……それは」


 確かに、思うときもある。

 力などなければいいとも思った。誰かに関わりたくないとも思った。

 自分は人とは違うのだから。

 母の墓を訪れて、天狗と話して、気まぐれで養父母の手伝いをして。

 そんな日々が続くのだろうと思っていた。


「いいや、いくら願ったところでそうはならないのだろう。変わるのだ、人は。そして老いて死にゆくのだ」

「それを、恐れぬと言うのか!」


 呉葉の一振り。またも生み出される水の矢。しかし、京士郎は、今度は一振りで払ってみせた。


「恐いな。ああ、恐い。だが恐いからって、籠ってるわけにはいかないだろう」

「お前は知らぬのだ、知らぬのだ。誰かを失う悲しみも、裏切られる苦しみも!」


 呉葉は激昂する。京士郎は足を前へと進めた。

 次第に迫る距離。呉葉は後ずさる。


「かつて京で暮らしていた。私は愛するべき人と出会った。そしてその者も私を愛してくれた。ああ、だけど、だけど。次第に私を妬む者が現れた。私が老いぬことを恐れる者がいた。私は! 第六天魔王の子だと! そう言う者がいた! ……呉葉は死んだ! 子も殺された! 愛した者は私を助けなかった!」


 京士郎は足を止める。呉葉は力を振るうのも厳しくなってきたのか。次第に化けの皮が剥がれていく。

 顔はけていき、腕も細くなる。肌も土色に変わっていく。

 頭には鬼の象徴である角が生える。禍々しい形相を浮かべる。

 そんな中で、瞳だけが金色に輝いていた。


「変わってしまった、何もかも……いっつも、いっつも私を置いていくのよ、みんな。私を置いて死ぬの。私を置いて変わっていくの。だから、だからだからだから。変わらないようにする。もう置いて行かれぬよう、此の世全てを」

「……鬼にする、か。それで、ただ一つの村をに変えたところでどうするつもりだ?」

「何を言っている。いずれは京に攻め込み、この国を食う。そのための私の兵よ。貴様に数を減らされたがな」

「なっ……!?」


 馬鹿げている。しかし、やりかねないだろうということもわかる。

 呉葉は、そのために百年以上もこの村で用意をしてきたのだ。鬼たちの軍を持つために。京と戦をするために。


「京士郎、貴様たちがこの村へ来たときは驚いたが、私は貴様を歓迎するぞ。貴様はいい兵になる。甘い夢の中に意識は沈んでもらうが、貴様にとっても悪くないはずだろう。なぜ拒む。もう一度聞くぞ、なぜだ」


 呉葉は問う。なぜ変わることを良しとするのか。

 死に行くことを良しとするのか。

 京士郎にはわからない。多くの人を見てきたわけではない。多くの人と語らったわけではない。

 わからないが、一つだけ、確かなことがあった。

 京士郎は、呉葉に背を向ける。米俵へと近づいて、その一つに結んである細長い布を解いた。


「今を良しとしない奴がいるからだ。良い方へ変えようとする奴がいるからだ。そして俺はそいつについて行くと決めた。だから、それを阻む者は斬る」

「まさか、その布……」

「ああ、これは志乃のものだ。一番良く知っている匂いだ」



 無理を言って頼んだものであるが、上手くいった。

 京士郎が提案したのは、志乃の匂いのするものを呉葉の屋敷に入れること。京士郎は目も耳も優れているが、鼻も利くのだ。

 匂いのない屋敷内において、それは大きな手がかりとなる。


「貴様……許さぬ、京士郎も、志乃も、決して!」

「っ!?」


 呉葉は水の矢を生み出す。その数はいままでの比ではない。

 気迫が違う。京士郎は呉葉に対して、ここで初めて恐怖を感じた。後ろへ退くも足が乱れ、京士郎は刀を振るうのが遅れる。

 胸から小袋が落ちる。それはあの巨人からもらった小袋だった。

 中から散ったのは紅。

 真っ赤に染まった葉だった。

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