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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第三章 きしの紅葉に あからめなせそ
23/109

 明る日、京士郎と志乃は村へと出る。

 霧の中に未だ鬼がいることが伝わったのか、以前にも増して活気がなくなっているように見えた。

 村人から向けられるのは期待外れとでも言いたげな視線であった。

 顔を曇らせる京士郎。かえって、志乃はまったく表情を変えない。

 これには京士郎も驚いたが、顔を見て志乃は一言だけ。


「舐められるわよ」


 と言った。その言葉の底冷えする感覚は京士郎でさえ震え、周りからの目も忘れさせるだけの気迫があった。

 二人は聞き込みをしながら、村の中を歩く。

 聞いているのは、霧の中にかつて入っていった者がいたかどうかだった。

 しかし、それを知っている者は少ない。

 何せ鬼無里に霧がかけられたのは百年以上も前のことであり、その百年前のことを知るのは天女と言われる呉葉のみ。知っている者など皆無だった。

 どうにかして聞き出せたのは、過去に何人か村の外へと出ようとした者がいたこと。それもほぼ一年おきに、少しずついなくなっているということだった。しかしその誰もが帰ってくることはない。

 やはり、京士郎が霧の中で見た鬼たちは鬼無里の者で間違いないだろう。それは志乃もまた頷く結論だった。そして呉葉は、それをわかりながらも手を打とうとしていない……。


(いや、むしろ霧の中へ行くことを良しとしている?)


 京士郎の憶測。それは間違いではないだろう、京士郎は直感で感じた。

 村から出ようとする者がいてもおかしくはない。しかし、その数があまりにも多くはないか。

 そしてどうして誰も()()()()()()()()()。京士郎にとってそれが一番の気がかりだった。

 呉葉の言葉も、鬼のことも。誰も疑わない。

 だが、それきり手詰まりだった。呉葉を疑う二人であるが、確信がなければ動くことはできない。

 まして、第一に、京士郎と志乃はこの鬼無里から出なければならないのである。決して呉葉を倒したいわけではない。そのためには霧を払ってもらうしかない。霧から帰ってこれたのは京士郎の神通力があってこそなのだ。ましてや、出られるかはまったく別の問題になってくる。

 一方で呉葉はこの世にいていいものなのか。という考えもある。

 天女というが、それを証明する手立てはない。それに、呉葉が自身を天女と言ったわけではない。

 もしかすると、いや、ほぼ間違いなく彼女は……。


「なにをされているんですか?」


 そんな中、志乃はある村人に話しを聞いていた。

 京士郎は何も言わないが、聞き耳をたてて聞く。

 その村人は米俵を担いで呉葉の屋敷へと向かう最中であった。


「ああ、これを呉葉様に献上するのさ。米だけじゃない、野菜や薬草もだ。今晩は催しがあるからな」

「催し?」

「そうだ。三日に一度、村のみんなで同じ鍋の粥を食うのさ。鬼無里の習わしなんだよ」

「鬼無里の? それはもしかして」

「もしかしなくても呉葉様さ。こうして村がひとつにまとまるんだと。調理も呉葉様が手ずからしてくださるんだ」

「……考えておられるのですね」


 誇らしげに話し、去っていく村人を見送る。

 志乃は顎に指をかけて考えている。

 そして村人たちから少し離れて、京士郎に耳打ちをする。


「間違いないわ、これは術よ」

「え?」

「いい? 食事というのは、その人の暮らす場所を決めるのよ。黄泉で食事をして、帰れなくなるようにね」

「それは聞いたことあるぞ」


 確か、天狗が言っていた。伊奘諾と伊邪那美の話だ。


「つまり、この村の者はみんな、なんらかの術……毒を盛られてるわ」

「どうしてそれがわかる?」

「私の目だって、貴方の目と比べれば遥かに劣るけれど、悪くないんだからね。いままでどんな術かわからないし、とっても小さいものだったから見破ることはできなかったけど、この村の人たちはみんな術にかかってる」


 志乃が自身の目を指差して、そう言った。

 術の構造を理解すれば、どんな術か見破ることができるらしい。それは彼女の修練の賜物だろう。

 三日前、と言えば鬼無里に訪れ、村人たちに捕らえられたときである。

 志乃は村の者たちに囲まれたときも動じなかったが、それは彼らが望んでやっていることではないと気づいたからだろうか。


「その術は解けないのか」

「私の実力より、上手の術よ。とてもじゃないけどできないし、もし私が解呪でもすれば、術者に知られるかもしれない。貴方が霧の中へ向かったときだって、術は使わなかったのはそういう理由よ」


 悔しそうに志乃は言う。己の実力不足を悔やんでいるのだろう。京士郎は術の知識に疎いが、呉葉が卓越した術者であるのは疑いようのないことだった。

 ともあれ、説明はできずとも、呉葉を疑うに足る十分な証拠が揃った。

 あとは如何にして、彼女の正体を暴くか。

 巨人からもらった小包を持つ。中身はまだ見ていない。京士郎はこれが呉葉につながるものなのではないかと考えている。


「……頼みがある」

「珍しいわね。どうしたの?」


 京士郎は志乃に、ある提案をする。

 それを聞いた志乃は、しばらく理解ができないような顔をして、そして顔を赤らめた。


「ば、ば、馬鹿なんじゃないの!? だって、そんなの……!」

「お前にしか頼めないんだ」


 京士郎はそう言った。

 珍しい京士郎の態度に、志乃も思わずたじろぐ。

 唸る志乃。京士郎の提案は不可能ではない。そして京士郎でなければできないことだ。

 真っ赤な顔で視線を彷徨わせる志乃。迷った挙句、縦に頷いた。


「わ、わかったわよ。その代わり!」


 志乃は京士郎の鼻を指差して言う。


「変なこと考えるんじゃないわよ!」

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