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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第三章 きしの紅葉に あからめなせそ
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 近づいてくる鬼たち。その数は十は越えているだろうか。

 それらを見て、京士郎は焦りもしなかった。しかし高揚もせず、ただただ冷淡だった。

 縄を切ったのも、この鬼たちの仕業だろう。ここで京士郎を待っていたのだろうか。

 襲い掛かってきた鬼に、一刀。

 おおよそ、自分より少し小さいくらいのその鬼は、京士郎の一振りで息絶える。


「なっ……!?」


 驚いたのは、その鬼が人であるように見えたからだ。

 次いで襲い掛かってきた鬼は、手に鍬を持っていた。京士郎は鍬を刀で折り、そのまま力任せに鬼を斬る。

 やはり、その鬼も人であるように見える。服は村の者と同じようなもので、顔も人のものだ。

 しかし頭に生えた角が、今しがた斬ったのが鬼であると示している。やりにくさはあるが、踏ん切りをつけることはできた。

 肌の色は土気色で、生気を感じることができない。その代わりに陰気を強く感じている。

 京士郎が刀を振るうたびの、断末魔もなく倒れ伏す鬼たち。感慨もなく振るうには、あまりに人に似すぎている。

 この鬼たちは一体、何者なのか。いままで戦ってきた鬼たちは明確な意思があった。

 けれども、この鬼たちには意思がまるで感じられなかった。

 京士郎を殺そうとしている。あるいは食おうとしているのか。

 であるにしても、動きの一つ一つが緩慢で、京士郎についてこれていない。ただ手を伸ばし、迫れば殺せると思っているのか。もしくは、気づくということさえ()()()()いるのか。

 わからない。が、京士郎はその直感で、この鬼たちがただの鬼でないことを悟った。

 あえて言うならば、土蜘蛛の操る怪僧を思い出させたのだ。

 京士郎は少しずつ進みながら、刀をさらに振った。その数は二桁をとうに過ぎている。

 一つ一つは大したことはない。これが百だろうが千だろうが襲ってきても、追い返す自信はあった。

 けれども。この霧である。

 霧に阻まれれば帰ることもできず、次第に己の体力も思考力も奪われる。

 遠くまで見えないというのは、思った以上に負荷になっていた。

 京士郎は大きく刀を振った。風が起こり、鬼たちを断たずとも吹き飛ばした。

 跳んで、跳んで、距離をとった。鬼たちはゆっくりと歩み寄ってくる。だがそれは大した速さではない。

 近づいてくるその間に、京士郎は意識を集中させた。

 鬼無里の村へは、どう戻るのか。村へ向かったときのようにまた川を見つけるのも一つだ。

 けれども。それは無理だろう。京士郎にはそれよりもずっと正確で、簡単に見つけられる方法がある。

 耳を澄ませた。鼻を鋭くさせた。目は閉じた。

 遠く、遠く、霧のない場所にあるものを探す。

 すっと、京士郎からすべての感覚が消えた。まるで自分自身が、遠い地にいるようにすら感じられた。

 そこにいる。

 間違いなく、志乃がいる。

 ここから右の方。ずっと先だ。

 京士郎は目を開いた。鬼たちが目前に迫っている。

 大きく息を吸い込み、そして吐き出す。


「はっ!」


 大喝が響く。大気が揺れる。

 京士郎を襲おうとした鬼たちは吹き飛ばされ、遠くにいる鬼たちも足を止めた。

 そして走り始める。京士郎の足に、鬼たちは追いつけない。ましてやいまは、その足を止めているのである。一瞬の隙に、京士郎は霧の中へと消えていく。

 無言のまま走り抜けた。やがて足元に、切れた縄を見つける。間違いなく、自分を結んでいた縄だ。

 京士郎は縄を辿っていく。そして視界から霧がなくなった。

 雲に囲まれたかのような村、鬼無里に到着する。


「帰ってきた……」

「あの霧から帰ってきたのか!」


 京士郎を出迎えたのは、志乃と、村人たちだった。鬼を倒そうという試み、その結果を知りたかったのだろうか。それとも霧の中へ行き、戻って来るという無謀を見物しにきたのか。

 駆け寄ってきたの志乃だ。顔には少しの笑顔と、慈しみがあった。


「京士郎、おかえりなさい。どうだった?」

「それは……」


 京士郎は周りを見た。ここで話せば、志乃以外にも聞こえるだろう。

 果たして、伝えていいのだろうか。確かに巨大なものはいた。しかしそれだけではない。村の者を思わせるような鬼たちもまた、たくさんいたのだ。

 周りで村人たちが固唾を飲んで、京士郎の言葉を待った。


「……確かに、大きな者はいた。そいつはいなくなった。続きは呉葉に伝えてからだ」


 それだけ、京士郎は伝えた。村人たちは歓喜に沸く。志乃だけが笑っていなかった。

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