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03

 深更。

 どうしても納得がいかない苛立ちを腹の底にもてあましながら、少年は父王の呼び出しに諾と答えた。

 夜更けに呼び出されることは多いとは言えないが別段少なくもない。数年前に一度風邪をこじらせてからどうやら本格的に息子に王位を譲るための準備に取り掛かろうと決意したらしい現マハル国王は、その日の朝議で上がった議題や新たに持ち上がった問題、外交上の懸念事項など、実に雑多な事柄について息子の意見を聞くために、耳目を遠ざけて語らう場を設ける機会を増やしていた。今回の呼び出しもそのひとつであることは疑いようがない。

 少年は遅くにようやく生まれた後継者であった。それまでは後継者不在ではならぬと、現在は大臣職にある王弟が暫定的に王太子とされていたが、今やその呼び名は少年のもの以外のなにものでもない。だが、やはり若すぎるとのことで前王太子である叔父を彼の後見人とすることにはなったが、叔父を信用しきれない少年は少しでも早く叔父の庇護下から抜け出そうと必死だった。

 朝議の場に出席できるようになったのはそんな自分の努力が父王に認められたからだと思えば、素直に誇らしい。側近連中には「当然のことだ」と言ってはいるが、居並ぶ重臣たちよりも遥かに若くしてこの場に立つことを許されたのだという自負心は強く大きかった。

 だからだろう。その日の朝議で下されたある可決に、少年は口に出せない不満と憤りを他の件にも増して強く抱いていた。

(このような事態に協力させぬなら、何のための〈魔法の君〉であるのだ)

 連日続く不可思議な火事。

 これは普通の火ではないと、仮にも魔法王国と呼ばれるマハルの民ならひと目でわかる黄金火の威容。もしや王家の命を受けた〈魔法の君〉直々の粛清ではないかとまことしやかに囁かれていることを、父王は知らないのだろうか。

 〈魔法の君〉に協力を要請致したく――そう奏上した法務長官の瞳には、焦燥と疲労、幾許かの不安と、確かな疑惑が宿っていた。

 すでに昨日の時点でそのような申し出は受けていたから、少年は当然この場に〈魔法の君〉が召されるに違いないと思っていた。それでなくとも、国内有数の大貴族と言っても過言ではない一族の分家がひとつ焼かれている。今からではやや遅きに失する感はあるが、手を打つか打たないかはそれだけでもかなり大きく心象を左右するものだ。

 けれど。玉座に肘をつき、瞑目したまま。王は否と答えた。あれを引きずりだすことはまかりならぬ、と。

『アレは国の結界を維持するためだけのもの。些事に当たらせ、外敵への備えを疎かにするわけにはいかぬ』

 それは、ある意味正論であった。

 被害が出ていると言っても、王都に限った話だ。それも、数はたかだか百にも満たない。魔法結界という防壁がある、それだけで大陸を二分する二大国に挟まれていても今まで何とか生き延びてきたのがこの国だ。それでなくとも、西にあるカルゴア帝国は魔術師や魔法といった類のものを忌み嫌う傾向が強い。万が一にでも結界が消えれば、ここぞとばかりに攻め込んでくるに違いない。

 ですが、と食い下がろうとする法務長官を、王は一瞥で黙らせた。次の者、と宰相が議事を進行する言葉を投げた時には、不信の念を宿した瞳が増えていることに気づき、少年は気づかれないよう拳を握った。

 父王の決断も、その理由もわかる。あれは間違いではない。ある意味で正しい。そう理性は判断するが、その末に臣下たちに不信の種を宿したことは明らかに失策だった。

(私なら、たかだか今回の一件に協力する程度で結界の維持を不安定にさせるような〈魔法の君〉などそもそも選ばないのに)

 そう。父王の決断に間違いはない。間違いはもっと別の――〈魔法の君〉自身にあるのではないか?

 鬱屈とした感情を腹に抱えていることを見抜いたのだろう。父王からの呼びかけは、少年にその機会を与えた。すなわち、使えぬ〈魔法の君〉など罷免して、より強大な魔力を持つ者を新たに任命すべきだ、と父王に言う機会を。

 果たして、たどりついた先で少年は真っ先にそのことを父王に意見した。前皇帝の御代とは違い、再び軍事による大陸統一を目指そうという意図が見え隠れするカルゴア帝国のこと、もはや生ける伝説となりつつある東の大国トゥグイの初代国王が、ようやく代替わりを行うようだという報告のことなどを交え、今国内の結束に緩みが出てはならぬのだと。

 まだ二十にもならぬ息子が懸命に考え組み立てた論理とそれを背景とする意見を沈黙とともに受け止めた国王は、彼の話がひと段落するとゆるゆると首を横に振った。

「アレ以上に、〈魔法の君〉に相応しい魔力を持つ者などいはしない」

「探してみもしない内からそう判断してしまうのは早計ではありませんか! 確かに、陛下が即位なされた頃はそうだったかもしれませんが、魔術師たちは今も新しく生まれています。国中を隈なく探せば、より優秀な者を見出すこととてきっと叶いましょう。結界の維持で精一杯の〈魔法の君〉など――」

「アレはその気になれば、今よりもさらに強力で強固な結界を新たに敷き直すこともできるだろう。この国を丸ごと空に浮かべよと命じれば、そうできるだけの力がある。……朝議の場で言ったことは、ただの建前だ。本当の理由は別にある」

「……別の、理由?」

 もしや、と表情を硬くする息子に、王はどこから話せばよいのか、と視線を虚空に投げた。

「あの焔は、呪詛だ」

「では、呪者を探し出し殺めれば止まるのですか」

「止まらぬ。……呪者はもう死んでいる故」

 それはつまり、命を賭した呪詛ということだ。

 マハルの王族として、一般的なそれよりも遥かに高度な魔術の修練を積んでいる少年には、それがどういう意味なのか即座に理解できた。命を代償とした呪詛は何よりも強く、返すこともましてや解くこともほぼ不可能であること。もし呪詛を無効化しようと思えば、呪者よりも遥かに強大な魔力を持っていることが最低条件でもあることを。

 法務長官とて、それは承知のはずだ。どこか疲れたような声音で言う王に、少年は困惑から眉を寄せる。

「では、何故〈魔法の君〉への協力要請など……」

「アレの魔法が、呪詛のそれを上回ると思ったのであろう」

 黄金の白火は魔術にあらず。すでに魔法の域にある。――そう奏上したのは、他でもない法務長官だ。

 そもそも対外の魔術士が扱うのは神や精霊たちに自分の魔力を与える代わりに超常的な事象を引き起こす、いわゆる「魔術」と呼ばれるものだ。この場合、魔術士本人には魔力があるという以外に何の素養もない。その対価となる魔力ですら、気まぐれな精霊の中には好物の果物や宝石を要求したりなど、何か他のもので代用することができる。欠点は精霊たちとの契約書代わりとなる呪文を術の行使の際必要とする点だろう。より強い精霊との契約を望む場合、呪文はそれなりに長大なものとなってしまう。詠唱だけで半日かかる、などという魔術まであるのだ。

 対して、魔法とはそのものずばり、術者自身が何か特異な力を持ち、それを行使することである。これは才能の有無が大きくものを言い、そもそも魔法自体を操る素養を持つ者は千人に一人いれば多いと言われる。その中でもきちんと使い物になる程度に強い魔法を扱える者となれば、百年に一人とまで言われるのだ。如何に優秀な魔術士であっても、必ずしも魔法が使えるわけではないのに対し、魔法の素養を持つ者は皆例外なく桁外れの魔力を持ち後世に名を残す魔術士となる。歴代〈魔法の君〉となれば、その名が示す通り全員が魔法の行使者であったとされている。

「そもそも、天を焼く焔などそれ自体が高度な魔法だ。それを打ち消すだけの魔力など、どんな人間も持ち得はしない、ということですか」

「もしできる者がいるならば――それは最早、ヒトではないのだろうな」





「おーい、アージャ、ルーナ! 今帰ったぜい」

 まだ陽も昇らない早朝。玄関先から響いてきたサウディの声に、ルーナの隣で寝ていたアジャンタがもぞりと動いた。

「兄さん、うるさい……」

半分以上夢の中。そんな風情で舌足らずに兄への文句を言うアジャンタに、ルーナはくすりと笑う。ほとんど寝言と変わらないこの呟きは、きっと起きた時にはすっかり忘れているのだろう。

大柄な体躯の割には足音ひとつたてないまま――職業病だ、と以前笑っていた――サウディは、未だ寝台の上の住人である妹を見つけやれやれと肩をすくめた。

「アージャはまだおねむかい。昨夜は夜更かしでもしやがったか?」

「サウディが帰ってくる時間が早すぎるんだよ」

 今何時か、ちゃんとわかってる?

 太陽が顔を出すどころか、まだその光すらも地上にこぼしていない時刻だとわかっているのだろうか。眉を下げるルーナの頭を、サウディはぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「こんくらいに帰らねえと、今度はお前が寝ちまうだろう」

「それは……そうだけど」

 ルーナは、普通の人と生活時間を異にする。

 月が昇る頃に目覚め、日が昇る前に床につく。そんな自分と少しでもともに過ごそうと、アジャンタはいつも枕を抱えてルーナを起こしに来るし、サウディは率先して夜番を買って出る。

 腕を自分の腰に絡ませすり寄ってくるアジャンタの頭を撫でながら、ルーナはくあ、とあくびをこぼした。

「ほれ、もう眠いんだろ。我慢しないで寝ちまいな」

「でも、アージャが……」

「アージャ?」

 どうしてそこで自分の妹の名前が出てくるのか。

 首を傾げたサウディの視線の先では、ルーナの腰に腕を絡ませるようにして寝入っている妹の姿がある。

 兄妹であることは、どこか猫を思わせるつり目くらいしかないだろう。浅黒い肌はこの国の人間ならば半数ほどは同じこと。男女の差を抜きにしても大柄なサウディと小柄なアジャンタでは、二人並べば兄妹どころか下手をすれば親子に見られかねない。

 加えて、この髪の色である。サウディは被っていた砂除けの布を外したせいでこぼれおちた艶のないまっ黒な髪に苦笑する。

『お前たちは、まるで夜と昼のようだねえ』

 友人と呼ぶには険悪過ぎ、かと言ってただの知人と言うには互いの性格を知り過ぎている昔馴染みに言わせれば、そういうことらしい。

 アジャンタ自身に言わせれば星砂色らしい色素の薄い髪を梳いてやりながら、ルーナは微かに唇を緩めた。

「この前の女の子、ようやく気がついたんだって。私にひと言でもいいからお礼を言いたいんだって頼まれたらしいんだ」

「ははーん。それで、お人好しなルーナは断れなかった、と」

「その言い方、嫌い」

「はっはっは! まあいいじゃねえか。診療所の奴らはみんな言ってるぜい? 『ルーナ様はお人好しすぎる』ってな」

「…………」

 寝ている妹への配慮などまるでなく、サウディはどかりと二人がいる寝台に腰を下ろす。

 振動にアジャンタが迷惑そうに眉根を寄せるも、それは一瞬のこと。すぐにまたルーナにすり寄り実に平和な寝息をたて始めた。

「自分の仕事をしてるだけで褒められるのは、好きじゃない」

「そうか? 俺ぁ、同じ仕事をすんなら、褒められた方がイイがなあ」

「そりゃあ、サウディはそうだろうけど」

「俺だけじゃねえぞ? 大抵はそう……って、ああ。ま、爺さんは違えだろうが」

「そりゃあ、ムハマト殿はそうだろうけど」

「……さっきと言ってるこたあほとんど変わらねえのに、偉い違いを感じるなあ、おい」

 何にせよ、平和なことだ。

 ルーナが、傷だらけの女を連れ込むようになったのは何もここ最近のことではない。見るに見かねて拾ってくる、という場合がほとんどらしく、治療が終わってもなかなか家に帰すことができない患者ばかり。当初はサウディの屋敷の一角を提供していたが、それでは広さも設備も間に合わなくなったのだろう。とうとう隣接する土地に診療所を建ててしまった。医師の資格を持ちながら、女であることで他の診療所や病院では門前払いをくらったアジャンタが彼女の協力者であったことも影響したかもしれない。治療が終わっても家に帰りたくないと言う一部の女性が看護師となり、アジャンタが医者、ルーナが持ち主のなんとも奇妙な診療所が、サウディが遠征でひと月王都を留守にしている間に完成してしまったのだから驚くより先に呆れてしまった。疑問に思ったのは女性に財産などの相続権やその他ほとんどの公的文書における署名の権利がないこの国で、どうやってルーナが持ち主の家を借りることができたのかというくらいである。が。

(どーせ爺さんがなんとでもしたんだろ)

 爺さんこと、ムハマト・ラグザはこの国の司法長官である。つまりは法の番人。しかもそのトップとくれば、たかだか一軒分の書類など如何にでもできるに違いない。本当に、ルーナやアジャンタに対しては甘い男である。

「少し寝たらどうだ? アージャが起きたら、嫌でも起こされるだろ」

「うん……」

 いつもより瞬く回数が多くなりつつあるルーナは、それでも素直に寝ようとしない。お礼を言われることは苦手なのに、同じくらいアジャンタの頼みを断ることも苦手な娘なのだ。

 仕方のない奴。頬づえをついて、サウディはもうしばらく彼女に付き合ってやることにした。睡魔に負けた時には、ちゃんと後で起こしてやろうと、そう思って。


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