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新連載です、よろしくお願いします!!

 



「求婚者が来ない……!!!」


 アドリアーナは自宅である伯爵家の屋敷の応接室で、呆然としていた。

 季節は花も綻ぶ社交界シーズン。今期社交界デビューを果たしたばかりのシェラトン伯爵家の長女・アドリアーナは17歳。

 父伯爵は国の要職に就いていて、後継者である兄はその補佐を任されている。その兄はゆくゆくは父親の職を継ぐのだろう、と目されていて、既婚。侯爵家出身の美しい妻と二男一女を授かっている。


「家柄よし!持参金よし!今年デビューしたばかりで今のところ問題も起こしてないんだから、即求婚とまではいかずとも、様子見とかで当家を訪れる殿方が少しはいてもおかしくない状況なのに、ゼロってどういうこと!?」

 アドリアーナの慟哭は続く。

「まだ問題起こしてない、て自分で言っちゃってるところに真相が隠れてると思いますけどねぇ」

「だまらっしゃい!!エド」

 開かれた戸口に立つ男にのんびりと言われて、彼女はキッ!と彼を睨む。

 アドリアーナの護衛であるエドガルドは、彼女よりも12歳年上の飄々とした男で、主家の令嬢に対して態度も口もなっていない。

「領地の馬上試合にお忍びで参加して、優勝しちゃったことがバレたんじゃないですか」

「ベルタ……だって優秀な馬はうちの特産だもの……主家の者ならば誰よりも上手に馬に乗れなくてどうするのよ……!」

 クッ…!とばかりに拳を握り、アドリアーナはすぐ傍に立った腹心の侍女・ベルタに告げる。

「いや、馬に乗ったことじゃなく試合に勝っちゃった方……」

 エドガルドは小声でぼそりと言ったが、檻の中をうろうろする熊のような主に聞こえる声で言う勇気はない。


「なるべく目を逸らしてきたけど、私ってひょっとしてブス…………いえ、ええと、その、あんまり、美しく、ない、とかなのかしら……?」

 震える両手で顔を覆ったアドリアーナは、その指の間からベルタの方をチラッチラッ、と窺った。

 ベルタは自然な動作でエドガルドの方に視線を向け、主の意識を護衛の方に誘導する。

 エドガルドも、扉の外を警戒するフリをしてその視線から逃れた。

 途端、応接室にアドリアーナの慟哭が響き渡る。

「やっぱり私、ブスなの!?」

「い、いや、お嬢さんはブスじゃないですよ!すごく可愛いですよ!」

 エドガルドが慌てて言うと、ベルタも大きく頷く。

「ちゃんと目と鼻と口が顔についてますし。目なんか二つもありますものね!」

「それ初期装備!!!」

 顔を覆ってアドリアーナは叫ぶ。

 賑やかなことである。


 よろよろとソファに向かったアドリアーナは、そこに盛大な音をたてて座った。

「もう駄目だわ……そうだ、仕事をしましょう。仕事はいいわね、やればやっただけ成果が出るし、努力した結果は私を裏切らない……」

 文箱に積み上げられていた書類を手に取り、中身を広げていく。

 一応求婚者が現れるまでの手慰みのつもりで軽い内容の種類だけを見繕ってきたのだが、こうなるのが分かっていたらもっと領地に関する重要案件の書類も持ってきていたというのに。

 河岸工事に関わる陳情書は特に早く解決してあげたい一件だ。もうこの部屋に誰も来ないならば、執務室に戻っていいのではないだろうか?


 国政に係りっきりで多忙な父と兄に代わり、3年前から伯爵領の領政はアドリアーナと家令が取り仕切っている。

 兄嫁はここ数年立て続けに出産、それに係る育児でそちらに集中していたこともあり、タウンハウスでの女主人の役割もアドリアーナが兼任していた。

 ちなみに、伯爵夫人である母はアドリアーナが幼い頃に事故で亡くなっているので、こんな時に貴族女性としてアドバイスしてくれる存在は彼女にはいない。

 それでも捻くれもせずすくすく、猛々しく育った、アドリアーナであった。


「かくなる上は、エド」

「嫌な予感しかしませんが」

「あなた、確かご実家は男爵家だったわよね?しかも次男。うちに婿入りしなさい!!」

 雄々しく命令されて、エドガルドは両手と首を激しく横に振った。

「無理ですよ!俺、お嬢さんより10以上も上のオジサンですよ!?」

「ええい、それでも貴族の男なの!年齢差なんてよくあることでしょ!私の両親だって5歳差よ!」

「倍以上違うじゃないですか!並列に考えないでくださいよ。それに男爵家の次男なんて、名門伯爵家に婿入りさせてもなんのメリットもないでしょう?もう兄君にも男のお子もおられることですし……」

「私が政略結婚して嫁に行き、地位を向上させたり地盤を固めたりする必要は当家にはないもの。それよりも仕事に慣れた私が婿を迎えて、このまま家に残って領政を行っていく方が伯爵家としても領地としてもメリットが……」

 エドガルドが一つ一つ丁寧に理由を述べていくと、アドリアーナは唇を尖らせて反論した。


 が、途中でハッと気付いた様子になり、それから目に見えてしおらしい仕草を始めた。少女のように頬を赤らめさせたり、チラチラとエドガルドの方を窺いだす。

 全て、エドガルドの前で、である。

 一部始終を見ていた彼は心の中でもう一度呟く。嫌な予感しかしない。

「……実は、私、エドが初恋で……」

「うわーぉ。捨て身っすね」

 頬を朱に染める演技派ぶりに、彼は唇を引きつらせる。

「うるさい!主人に恥をかかせるんじゃないわよ!答えはYESかハイの二択の即答よ!!」

「それ一択て言いませんかねぇ!?」

 キィッ!と激昂し腕を振るうアドリアーナに、なるべく距離を取ったエドガルドは、ベルタに助けを求めるように視線をやった。


 一連の事態を静観していた侍女は、まずアドリアーナの膝を軽く叩いて体勢を崩し、素早くソファに座らせる。ぽすん、と尻餅をつく形になった彼女は、大きな瞳を白黒させた。

「ひゃっ!?」

「落ち着いてください、アドリアーナ様」

「…………そうね……度肝抜かれて逆に落ち着いたわ」

「切り替えがいいのがお嬢様の数少ない長所です」

「ん?ん??喧嘩売ってる??」

 アドリアーナはベルタの言葉に腰を上げるべきか悩むが、侍女はしれっと話を続けるので書類の端をいじりつつ聞く体勢を整えた。何か触っていないと拳を握りそうだったのだ。

 壁際で、エドガルドは主の興味が逸れたことに大いに安堵する。


「まず、お嬢様は今年デビューしたばかりです」

「デビューした年に結婚しないと、来年はちょっと行き遅れ感でるじゃない!義姉様だって初年度婚だし」

「またそんな勝手な造語を……」

 エドガルドは小さな声でぼそりと呟く。彼も一言多いのだ。

 ベルタは内心舌打ちしつつ、主の意識が護衛の方に向かう前に話を続ける。

「……次に、社交界シーズンは始まったばかり。昨夜始まりの夜会が済んだばかり、です」

「……ええ。まぁ。そうね」

 もじもじとアドリアーナは書類をいじり続ける。紙の角はもうぼろぼろで、しかしよく見るとそれは書き損じの書類だったので問題はない。

「始まりの夜会の翌日に、求婚者がどんどん訪れるお屋敷なんて、早々ありませんよ」

「……でも」

「お嬢様は絶世のブスってわけではありませんけれど、」

「うう……!」

「絶世の美女というわけでもないので、そうそう求婚者が列を成す程ではないかと」

 ベルタがそう締めくくると、ソファに丸まるアドリアーナが後に残った。


 腹心の侍女の冷静かつ容赦のない言葉に、なんだかんだ言いつつもアドリアーナを可愛く思っているエドガルドも、真っ青になっていた。

「容赦ないねぇ……オジサンも怖いんだけど……」

「事実とは常に人を傷つけるものなのですわ……」

 沈痛な表情でそう断じるが、この場合実行犯はそのベルタである。

 体を丸めて攻撃から身を守るような体勢を取っていたアドリアーナだが、それでも不屈の闘志でよろよろと体勢を解く。

 ドレスの裾を捌いて、なんとか令嬢らしく座りなおしたアドリアーナは顔を覆った。

「事実って辛い…………」

「お嬢さん、頑張れ」

 エドガルドがこれまた小声で声援を送った。ひらひらと力なく手を振られたので、アドリアーナには聞こえていたらしい。まさか、今までの小声も届いてしまっていたのだろうか?


 一方、ベルタの舌鋒は空気を読まずに続く。

「そもそも何故お嬢様はデビューした途端、結婚相手を探すようになられたのですか?今まで領地で大暴れ…………いえ、忙しくなさっていた頃は、あれほど私が嫁の貰い手がなくなりますよ!とご忠告さしあげてもちっとも聞いてくださらなかったのに」

「え、ベルタ、ひょっとして怒ってる?恨みに思ってる??」

 耳が痛いので、物理的に守ろうと手で覆っていたアドリアーナは、ベルタの棘のある言い方に顔を上げる。

 が、表情の乏しい侍女からは読み取れない。

「いいえ。本当に疑問なだけです。伯爵令嬢たるお嬢様でしたら、いずれ必ず求婚のお申し出の一つや二つは参ります。今このタイミングで妙に焦っておられるのが、不思議なだけです」

 壁際のエドガルドも確かに、と内心で頷く。


 これまでのアドリアーナは、領地経営や領民の憂いを取り除くことに邁進する、元気いっぱいの領主代行だった。

 イベントを盛り上げる為に自ら馬上試合に出たり、必要があれば農夫に混じって畑仕事も進んで手伝った。令嬢らしくない、といえばその通りだが領地と領民にとっては、若いながら素晴らしい統治者であった。

「だって……」

 そう問い質されて、またアドリアーナはもじもじと書類の端をいじりだす。今度は清書済のそれだった為、素早くエドガルドが文箱ごと取り上げた。

 手遊びの材料を取られて、主の恨めしそうな視線がエドガルドを睨むが、紙も処理した時間も有限なのだ。クッションでも抱えていてください、と彼は目配せをした。


「夜会、行ったじゃない?私」

「はい」

 言い辛そうに口火を切るが、ベルタの返事はスパッと切れ味がいい代わりに斟酌してくれることもない。

 きちんと説明しない限り引いてくれそうにもない相手に、アドリアーナは腹を括って言葉を探した。

「……驚いたの。都会の令嬢ってすごく綺麗なんだもの……!あんなに素敵な女性がゴロゴロいる世界で、私なんて潰れたパンもいいところだもの!もしも求婚者が現れたら、その人とすぐ結婚するぐらいじゃないと、二度とチャンスなんて巡ってこないわ……!!」

 ベルタは微動だにしなかったが、エドガルドの方は脱力してしまった。

「潰れたパンもお腹に入れば同じですよ」

「フォロー下手か!?」

 あまりに悲観的なことを言うものだから、ベルタは取ってつけたようなことを言ったが素早くエドガルドからツッコミが入った。


「あー……お嬢さん。でもベルタの言う通り、お嬢さんならもう少し待っておけば求婚者はいずれ現れますよ、それは保証します」

「担保が欲しい……!」

「そんなとこだけ小賢しいこと言ってんじゃないですよ……」

 すかさず言ってきたアドリアーナに、元気じゃないですか、とエドガルドは肩を竦める。

「だってエドも出席してたから分かるでしょう!?デビューしたてのお嬢様たちのあの瑞々しい色気……!」

「年頃の令嬢がなんちゅう言い方ですか」

 エドガルドは頭を抱える。


 アドリアーナは、ベルタの言う通り絶世の美女、というほどではないが、愛嬌のある整った顔立ちをしているし、父は国の要職に就く名門伯爵家の令嬢だ。仕事も出来るし、健康、とくれば貴族の奥方として申し分ない。

 この残念な性格を除けば。

「そういえば何故エドガルド様も始まりの夜会に出てたんですか?お嫁さん探しですか?うちのお嬢様お買い得ですよ」

「ですよ!」

「そこだけ意気投合しないでくださいよ……」

 ベルタの問いに、アドリアーナの声が食い気味に重なる。なりふり構わなくなってきていてちょっと気が抜けないところだ。

「えーと、従兄の娘が今年デビューなもので、エスコートを頼まれたんですよ。従兄は仕事があって来れなくてうちの親父殿は腰を痛めていてダンスを踊ってやることが出来ないからってんで」

「ずるい!私だってエドと踊りたかった!」

 堅物の父と夜会に出席したアドリアーナは、退屈だし父が牽制する所為で誰もダンスに誘ってくれないし、と散々な夜だったのだ。

 顔見知りが同じ会場にいたのだから、サクラとしてでもダンスに誘って欲しかった。


「散々練習には付き合ってるじゃないですか……」

「練習と本番は全然違うの!」

 アドリアーナが抗議の声を挙げると、ベルタも大きく頷いた。

「唐変木というやつですね、モテませんよエドガルド様」

「へいへい……だからこの年でまだ独身なんですよ、オジサンは」

 エドガルドが苦々し気に言うと、アドリアーナはううん、と唸った。


 エドガルドは、元々は騎士団に所属する騎士だった。

 大規模遠征の際に仲間を庇った為に傷を負い、騎士としてハードな訓練と戦場に立つことが難しいと判断され職を辞した。が、剣の腕自体はさほど鈍っているとは言えない、とアドリアーナは考えている。

 生家の男爵家に残り、兄の補佐を務めるにも十分な能力を有していたし、きさくな性格、高すぎない身分などもあって、恐らく当時から女性のアプローチは多かった筈だ。現在だって、昨夜の夜会では数名の令嬢と踊っていたぐらいなのだから。


 それが、田舎に領地を持つ伯爵家の、跡取りでもないお転婆娘の護衛に就き、すっかりオジサンぶるのが板についてしまった。


「……勿体ない。私が婿にもらってあげようか?」

「え、今そんな流れでした??」

 ぎょっとしてエドガルドが目を剥く。


 そんな風に三人でごちゃごちゃとしていると、リンゴーン!と高らかにベルの音が鳴り響く。玄関脇の応接室にいた甲斐があったというものだ。

 喜び勇んで自ら出迎えようとする伯爵令嬢の、ドレスに隠された膝の位置を正確に見抜き軽く押して立たせないようにしてから、侍女が颯爽と部屋を出て行く。

「……エド、ベルタって何者……?」

「ダメですよ、お嬢さん。深追いしちゃ」

 エドガルドは鹿爪らしく首を横に振った。明かさぬ方がいい謎もあるのだ。

 とはいえ、妄想は膨らむもので、なんとなく身を寄せ合いつつコソコソと話す。

「なんかこう……暗器の使い手とかだとカッコいいよね!」

 目をキラキラさせてそう言うアドリアーナは、領地の子供と同じ表情をしている。エドガルドはふっ、と笑ってしまった。

「お嬢さんってほんと一桁男子と発想が一緒ですよね……」

「何てことを……こんなに立派に育った淑女なのに……!」

 胸と腰と尻を手で象ってボン・キュッ・ボン!とジェスチャーで示す伯爵令嬢に、年上の護衛はやめなさい、と嗜める。

「まず淑女は侍女に暗器の使い手とか求めませんから」


「お望みなら体得いたしましょうか?」


 いつの間にか戻って来ていたベルタが、二人に並んで身を寄せてひっそりと言ったものだから、アドリアーナとエドガルドは震えあがった。

「ベ!ルタ……!!いつの間に!?」

「今です。エドガルド様は武人として、もう少し警戒なさった方がよろしいのでは?」

 あっさりと言い、立ち上がるとベルタはテーブルに一通の封書を置く。

 エドガルドは、しばらくしゃがみこんで落ち込んでいた。


 彼の肩をぽんぽんと叩きつつ、アドリアーナはテーブルの封書を見遣る。

「ベルタ、これは?」

「先程フォルガム男爵家より、訪問のお申し出がありました」

「フォルガム男爵家?何かあったかしら」

 小首を傾げる主の鈍さに、ベルタは無表情でペーパーナイフを差し出した。潰した刀身が煌めく様がちょっぴり怖い。

 ぴりぴりと封を開くと、アドリアーナは文面に目を通す。


 と、途端立ち上がったものだから、カチャーンッ!とシリアスな音をたててペーパーナイフが床に落ちた。

「お嬢さん?」

 自力で立ち直ったらしいエドガルドが不思議そうに主を呼んだが、それには返事をせずにアドリアーナは震える手で手紙を握り潰さないように気を配りつつ、拳を握って天に掲げた。

「きた……」

「キタ?」

 エドガルドが首を傾げるが、ベルタは落ちたペーパーナイフをさっと拾い片付けると、お茶を淹れる準備を始めた。


「婚約の申し出よ!つまり求婚!!」

「そんな馬鹿な!!?」

 ばーん!と手紙を広げて高らかに宣言したアドリアーナに、エドガルドは信じられなくて、思わず口にしてしまう。

「んん~??そんな馬鹿な、てどういうことよエド。私に求婚者が現れるのがそんなに不思議だとでも!?」

「あ~……いえ、すんません、ビックリしてつい心にもないことを言いました……以後気をつけます」

「本当に……?エドは最近主である私に対してちょっと失礼な言動が目立つと思うのよね……」

 ちょっとどころではないのだが、こちらもなんだかんだ言いつつ、エドガルドのことが大好きなアドリアーナの採点は大甘である。


「ではお嬢様、言質を取られてはいかがでしょう。最近手に入れた魔法具で」

 音も立てずに、テーブルの上にハーブティーのカップを置いたベルタが進言する。因みに鎮静効果のあるハーブが使われている茶葉だ。

「あ!それ面白そうね、ベルタ!」

「おいおいおいおい、俺の失言なんかに構わずまずは求婚の件をなんとかしましょうよ……」

 エドガルドは面倒くさい展開になりそうな雰囲気に話を軌道修正しようと試みるが、すっかり魔法具とやらに夢中なアドリアーナは取り合わない。


 あれほど大騒ぎしていた求婚なのに、今はそっちのけであるあたり、昨夜の夜会に触発されて騒いでいただけで、まだまだ結婚への道は遠そうだ。



 やがてベルタが恭しく捧げ持ってきた小箱を、アドリアーナはさっさと開いて中から半透明の水晶のようなものを取り出す。掌に握れる程度のサイズで、側面に金属のスイッチのようなものが取り付けられていた。

「よし!準備完了!エド!これに向かって二度とお嬢様に求婚者が現れるなんてあり得ない、と失礼なことは言いません、言ったら僕は罰として一番苦手なリモルのお菓子を食べます!と誓いなさい!」

 リモルは、アドリアーナの大好きな菓子店であり、甘い物が大の苦手なエドガルドには護衛として随行するだけでも苦痛なのだ。

「長い!しかも有り得ないとかさすがに失礼なこと、俺言ってませんよ。そんな馬鹿な、とは言ったけど」

「言ったも同然でしょう!?さあ、誓いなさい!!」

 さっ、と示されたアドリアーナの手の先にある魔法具を、エドガルドはまじまじと見た。

「何なんです、これ?誓いを破ったら何か呪いに罹るとか?」

「そんな恐ろしい事するわけないじゃない……!」

 誓えだのなんだのと言った割に、アドリアーナはエドガルドの言葉には慄いてみせた。当然ふざけているのだが。

 エドガルドは胡乱な視線を彼女に向けた。

「じゃあ、なんなんです?この魔法具?の効果って」


「んもぅ、ノリの悪い男ね!最初にベルタが言ったじゃない、言質を取ろうって!」

 エドガルドが乗って来ないのでつまらなさそうに唇を尖らせて、アドリアーナは魔法具を指先でつついた。

「言質」

「そう、これはね。相手の話す声を残しておくことが出来る魔法具なの。しかも、普通魔法具を使うことが出来るのは、道具に魔力を込めることの出来る魔法使いだけだけれど、この魔法具は魔力のない者でも使えるのですって!」

 主の言葉にエドガルドは目を見開く。

 この世界では、ごく稀に魔力を持って生まれる者がいる。だがそれは本当に一握りであり、魔法具が流通することもごくごく稀なのだ。

「そりゃすごい」

「でしょ!この石自体に魔力が蓄積していて、それを使うんですって。ただし、魔力は使えば減るから、回数制限付き」

「まぁ道理ですね……それで、あと何回声を録音出来るものなんですか?」

「たぶん、あと2回!」

 びし!と指を二本たてたアドリアーナに、彼は頭痛がした。眩暈もする。

「っなんっで、そんな貴重な魔法具をこんなアホみたいな言質に使おうとしてんですか!?」

「だって石に再度魔力を込めることは出来ないらしくて、もうあまり価値はないからって伯父様に戴いたの。そういう物は盛大にぱぁっと使ってあげた方がいいのよ」

 あっけらかんと言って、アドリアーナはエドガルドに実に下らない言質を強要したのだった。




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