20
sideトール
「後退すべきです。今の我等ではこの階層も厳しい戦いになります」
「…だが、目的の素材は24階にあるのだから…」
「誰かを守るためになら命は捧げられます。ですが、この戦いで誰かを守れるのでしょうか?」
「戦える治癒師さえいれば何とかなるのでは」
議論を交わす隊長共。チラチラとこちらを窺う様子の全てを無視して、腕を組んで目を閉じる。
護るべきはマリィ。それをしっかりと心に刻みつけて沈黙を貫く。
『ああああああああ!』
痛々しい絶叫と、泣き顔と、冒険者でもそう見たことの無い酷い怪我。
即座に動くことが出来たのはひとえに冒険者だったからだ。銀の華のリーダーとして、様々な場面で指示を出すことが多かった。中には怪我の治療の指示もあったし重傷……獣に食い殺された死体を見ることさえあった。
場数があったから慢心し
場数があったからマリィを即座に助けられた。
助けられたが、傷ついた過去は消えるわけではない。
もう二度と、彼女を傷つける訳にはいかない。
「…冒険者の力を借りられないか?」
遠回しな支援要請じみたものはチラチラとあったが、それ等を全て無視しているとついに直接的な依頼が来た。
目を開けて声のした方を見ると…声でわかっていたが、それは総隊長のドロワ殿だった。
「残念だが俺たちはマリィを守るためにここに居る。移動中であればマリィを守るために戦わざるを得ないが…25階まで進むのであれば、国軍の方々には宿で待機をしてもらいたいと思う。さすがに何人も守れないからな」
これまで築き上げた関係を潰す覚悟で言う。直接的な足手まとい発言に、どの軍人も顔を顰めた。
「そうか……」
ゆっくり噛み締めるように呟くドロワ殿。ふと、空気が歪むのを感じて椅子から跳び退けば椅子が宙を舞った。
「従わせれば良いだろうが、隊長。冒険者も空間師も」
「やめろゾーイ。軍人の品位が疑われる」
反撃は簡単だったが、こちらに攻撃してきたのは一人で他の隊長は止める側に回っていたので跳び退いた先で壁に寄りかかる。
「……トール殿、貴殿の目から見て我々に足りないものはなんだと思う」
こいつらに足りないもの…。
「スピードと、実戦経験。あと、弱点の知識だな。技術も連携も見事だ。戦える治癒師無しでここまで来れただけでも見事だと思う。だが、20階以下でもそれを行うなら次の敵が来る前に余裕で撤退できるほどの速さが必要だと思う」
「…それ等は一朝一夕で身につくものではない」
「そうだな。だがしかし経験しなければ、身につかない」
そして身につくかも分からない。
それはドロワ殿もわかっているのだろう。
先程の俺のように目を閉じて沈黙を保つドロワ殿。
全員が彼の指示を待つ。
誰かがゴクリと唾を飲む音が聞こえたーーーーするとドロワ殿が目を開けた。
その目には、逆らえない強い意志が宿っていた。
「我等の任務は深層の魔物たちの調査だ。だが、このまま行えば犠牲が多数出て成果も低いだろう。故に一度19階層まで撤退し、そこで数日の実戦経験を積む。長い期間は取れないが、その間に迷宮での戦い方を学んでくれ。トール殿、我々の学んだ弱点の知識とのすり合わせを頼みたいのだが」
「それならマイ……ダーツに相談してみよう。あの子は魔物に詳しいから」
マイクは知っているがダーツはどうだろうか。情報は金になる。迂闊に公開をすべきじゃない。特にこんな大人数相手には。
ギルドでそういったことを学んでいる専門家を相手にするのが一番だ。
「わかった。それから中級以下のポーションを買えるだけ買わせて欲しい。今は少しでも多くの回復薬が欲しい」
「……そういえばうちの料理人が破棄ポーションを使ったMP回復レシピを模索していたな」
そう言った瞬間あからさまに場がざわつき始めた。全員、あのポーションのくそ不味さを知っているのだろう。
「…是非とも聞きたいところだが、何故そんなものを使用するんだ…」
「捨てるのが勿体ないと言ってたぞ」
「…なるほど。では明朝に出発をする。とりあえず全軍今日はトレーニングをするように」
ようやく会議が終わった。まあ19階ならば命の危険はそうないだろう。
そこで素早く処理できるようになれば、まあ22階までなら何とかなるんじゃないだろうか。
………無理にゴリ押しする脳筋なリーダーじゃなくて良かったと心から安堵して部屋から出ようとすると……
「トール殿」
ドロワ殿に引き止められた。
全員が退出し、会議室で二人きりになる。念の為にいつでも剣を抜けるようにしておく。
「マリーロズ嬢に謝罪と話があるんだ。他の兵が居ない場で話す機会を作って貰えないだろうか」
「……護衛は外さないぞ」
「もちろんそれでいい」
「わかった。ならばこっちに入れるように話をしておこう」
はあ。本当に最後まで疲れた。
これなら魔物相手に剣を振るう方が余程楽だ。




