意地の一撃 前編
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「皆の者、聞いてくれ!」
鮮やかな夕陽が身体を赤々と照らす時間帯、この難民キャンプにシルフィアの大きな声が響き渡る。
駆逐艦や潜水艦やら、戦闘機や戦車がズラリと囲むこの難民キャンプ内で、話があると人々を集めたところでシルフィアが第一声を放ったのである。
「我が名はシルフィア・マリニン、アンカルロッテの森に住むエルフ、ウルリーカ族の時期族長である!そして右に控えしは原初の導士リル様である、リル様の凄まじい力は皆がその目にしたはずだ!」
第二次世界大戦当時のアメリカ軍艦上戦闘機、グラマンF6Fヘルキャットの翼の上に三人の姿があり、民衆がその姿を確認出来る様にと、堂々と立って向かい合っている。
その三人とはシルフィアと莉琉昇太郎そして、その間にはエマニュエルの姿が。エマニュエルを中心として両翼をシルフィアと莉琉昇太郎が挟む並びだ。
「そして、私とリルの間に立つこのお方、……彼女が両手に持つ二本の剣から紹介しよう!先ずは右手にある黒い曲刀は、遥か昔に北方にあった騎馬民族バーラタカ族、そのバーラタカの王マティアスの愛刀だった【死剣フラーブロスチ】である!」
ーーあれが伝説の!? と、民衆はどよめきながらエマニュエルが掲げた剣を見詰めている。
「そして左手にある幅広剣は、遥か昔に南方にあった農耕国家アリアヘッセ、そのアリアヘッセの女王アンネマリーセの愛刀だった【聖剣ヴェール・ヘルック】である!皆の者、この二本の聖剣が意味する事はわかるか!」
シルフィアの言葉に心と記憶を揺さぶられる人々。感の鋭い者でなくとも、この二本の剣が何を意味しているかなど、愚問と言って良いほどに答えは脳裏にはっきりと湧き上がる。
ーーその二本の伝説の剣が合わさって、リンドグレイン八百年の歴史が始まった。つまり、フラーブロスチとヴェール・ヘルックを持つ者は、リンドグレインの血統者であり、血統者の中でも唯一頂に立てる者だけであるーー
代々の親が、子供の枕元で語り継ぐ数々の昔話の中に、必ずリンドグレイン王国にまつわる二本の伝説の剣が出て来る。
そして今、その伝説の剣が目の前にあるのだが……ここで、シルフィアの言葉に耳を傾けながら、単なる伝説だと思いながら二本の聖剣に魅入っていた民衆は、ハタ!と気付いたのである。
【ならば、二本の聖剣を持つあの子は、もしかして!】と。
「……皆の者も気が付いたかとは思う!」と言いながらも一旦口を閉じて、いささか演出過剰気味にシルフィアは間を作り、エマニュエルから二本の剣を受け取って一歩下がる。莉琉昇太郎もそれに合わせて一歩下がり、いよいよエマニュエルに全ての人々の視線が重なった時に、シルフィアは神妙になりながらも、今までで一番大きな声で叫んだのだ。
「こちらにおわす方の御名は、エマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレイン!七十六代目として玉座に座るはずであった、皇女エマニュエル様である!」
そこはかとなく、そうではないかと感じていた。
彼女が産まれた際はそれこそ街を上げて大騒ぎで祝福していたから、当時を知る者なら名前を忘れなどしないであろう。そしてエマニュエルが革命後に、人民特務警察班に捕らえられたとか処刑されたなどの噂も聞こえて来ない。
(……エマニュエル様!……)
この場にいる誰もがその名前にどよめきながらも、その神々しく感じる彼女の名前に並々ならぬ期待を抱き始めた時、エマニュエルがいよいよ口を開いた。
「皆さん、今まで名前を隠していて申し訳ありません。私の名前はエマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレイン。……リンドグレイン王国が健在であるならば、次の女王となった者です」
……わああああっ! 老若男女様々な音色の入り混じった歓声が上がる。
元々リンドグレイン王朝時代は戦乱による疲弊は無かった、飢餓などあり得なかった。
ましてや、罪人ではない一般市民の公開処刑などは無かったし、国民一人一人にナンバリングは無く、貴族階級と市民階級・農民階級との関係性は穏やかで平和的……この言葉に尽きる状態であった。
だからこそ、飢餓に直面していたリジャの街の人々は今、エマニュエルの名前に熱狂する。
【あの古き良き時代が再びやって来る】ーーその予感を、八歳の幼女に垣間見たからだ。
「皆さん、皆さんの苦しみを見て来ました。クラースモルデン連邦共和国は、こんなにも人の命を粗末に扱うのかと、……私は今心の底から怒りを覚えています!」
エマニュエルが再び語り始めた事で、歓声を上げていた民衆は徐々にその口を閉ざして皇女の言葉に耳を傾ける。いや、それだけでは無い。
誰が命令した訳でなく、人々は片膝をついて、このハ歳の幼女に対して頭を垂れ始めたのである。
「私の立場からすれば、亡き父と母、そしてリンドグレインの旗に忠誠を誓った者たちの復讐を糧に立ち上がるべきなのでしょうが、それは違う!断じて違う!……リンドグレインの時代は終わったのです、その旗を持って立ちあがってはいけないのです!」
辺りがシンと静まり返った中、エマニュエルの声に混ざりながら、すすり泣く声があちらこちらから聞こえて来る。
「国は……人々の集まりと協力があって初めて国の体を成します。国は、人々が望んで支えて初めて国の体を成します。私は!誰もが笑顔で暮らせる国を目指したい!人々を苦しめる国などいらない!」
「莉琉から聞いたぜ。……あの子がお前のお気に入りなんだってな」
聴衆から少し離れた戦車にもたれかかり、アレスターこと漆原謙一郎が、戦車の砲塔に腰掛ける修哉に問うが、
どうやら言葉の選び方が気に入らないのか、修哉はそれに答えようとはせずに、遠くからエマニュエルを見詰めたままだ。
「隣に立っててやらなくて良いのか?あのお嬢ちゃん、ひどく緊張してる様だぜ」
「……彼女は【孤高】に慣れるべきであり、更に俺はあそこに立つべきでは無い」
「ふうん、暗殺者は寄り添っちゃいけねえってか。俺はそんなもんじゃ無いと思うがね」
ついクセで、トレンチコートの裏ポケットからタバコを出そうとまさぐるも、既に終わっている事に気付いて舌打ちする漆原。
いよいよ本人の中で「そろそろ頃合い」と判断したのか、修哉に向かってとんでもない事を口にし始めた。
「それでもあのお嬢ちゃんにとって、お前は必要な存在なんだよな。……今、お前の心臓にロックオンした」
「何だ?……何の話だアレスター?」
「もしお前が暗殺術を使って俺の心臓が止まる事があれば、全神経から心臓に電気が走ってお前も道づれで死ぬ」
「……手前ぇ……、何考えてんだ……」
「ちょっとボコボコの殴り合いに付き合えよフラット・ライナー。拳と拳の勝負だ」




