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SKY WORLD  作者: 青瓢箪
ゼルダ 西オルガン編
79/232

終戦・返還記念パーティー 2

 会場に入ったシアンは、きらびやかな人の群れと内装の豪華さに、息を思わず飲んだ。

 キルケゴールと絡ませてる腕にも力が入っていたようで、隣りの彼がささやいた。


「緊張してるのかね」


 あたりめーだよ、おっさん。

 と、胸うちでつぶやいて、シアンは


「はい」


 と、小さい声で答える。


 場内を進むと、たちまち好奇の目を向けられるのを感じる。


 男性からは、驚嘆と物珍しさと、そして粘りつくような視線。

 女性からは、軽蔑混じりの値踏みされるような視線。


 あー、ハリのムシロってこんな感じか。


 さらされる視線に、背中がぞわぞわする。


 まっすぐ前を見た先には、ゼルダの国旗がかかっていた。

 白地にコバルトブルーの双頭の獅子。


 国旗なんか見るのドミトリーの行事以来だぜ、とシアンは記憶をたどる。


 こんなに緊張するのも、久しぶりだ。

 最近だと……おっさんの相手を初めてした時ぐらいか。


 はあ、と脱力したい欲求にかられながら、シアンは微笑を保ち、歩き進む。


 それでも今回の出席者数は、去年の7割ほどだという。

 本土で起きた爆破事件の影響だ。


 最初に話しかけてきたのは、キエスタのオネーギン議長だった。


「キルケゴール様、久方ぶりです」


 同じような民族衣装をきた男性二人を従え、彼はにこやかに笑ってキルケゴールを見上げた。


「オネーギン議長。お久しぶりです」


 キルケゴールは、オネーギンの手をとり、彼の手を額につけた。

 キエスタで目下の者が目上の者にする儀礼だ。

 ウーも、こんなこと最初やってたな、とシアンは思い出す。


「傷が治られたようで良かった。災難は、いつ降りかかるかわかりません。全ては神の気まぐれです」


 オネーギンは、目を細めて彼に告げた。


「あの時、亡くなった同胞のことを思うと胸がいたみます。生き残った私が出来るのは、彼らの意志を継ぐことだけかと」


 真摯な表情で答えるキルケゴールを隣で見てシアンは、おいおいおっさん普通に仕事してるときはかっこいいじゃねえか、と感嘆する。


「こちらの美しい方は」


 オネーギンがシアンを見上げた。

 小柄な彼は、シアンより少し低い。

 シアンは微笑んで会釈した。


「シアン=メイ氏です。ゼルダでの、私の恋人です」


 キルケゴールが紹介した。


 途端にオネーギンの眉が上にわずかに持ち上がり、目が見開かれた。


 はい、はい、来たよ来たよ。

 シアンは覚悟する。


 オネーギンの後ろの二人の若者は、露骨だった。

 眉をひそめ、明らかな侮蔑の眼差しでシアンを見た。


 キエスタで、男性同士の関係は忌むべきことで部族によれば、死罪に価することもある。


 っていっても、オレは男って訳でもないんだけどなあ。


 オネーギンは、笑みを浮かべてシアンに握手を求めた。


「……我が国では、女性の髪型といえば、肩より長いのが基本です。しかしあなたを見ると、女性でもそういう長さが非常に似合うというのが分かります。髪を切る女性が、この先我が国でも増えていくのだと思います」


 無難で絶妙な受け答えだな、さすが議長さん。

 シアンは、褒めてくださってありがとうございます、と笑顔で返して彼の手を握る。


 ちなみに今までの会話は、全てグレートルイス語だ。

 この一ヶ月間、にわか仕込みの勉強をしたかいがあったわ、と、シアンは胸をなで下ろす。

 やっぱり、学生の時は勉強すべきだったな。


 去って行くキエスタ陣の若者二人から、キエスタ語の単語が聞き取れた。

 男、女……ああ、両方だと言ってるのか。

 病気……? おいおい、オレは病気でもないんだけど。


 キエスタ語はざっと復習しただけだったが、割と頭に残ってるもんだとシアンは感心した。


「こんにちは」


 ゼルダ語で、声をかけられた。


 キルケゴールとともに声の方向に顔を向けると、グレートルイスのレン=ベーカーが笑みを浮かべていた。


 レンが差し出した手を、キルケゴールは両手で包み込む。


「全快されて何よりです。叔父が心配していました」


「ありがとう。ブラックは、元気かね」


 レンの父方の叔父、ブラック副大統領は青年時ゼルダに留学していた。

 そのとき、同じく学生だったキルケゴールとは交友があった。


「はい。と、言いたいところですが、この間痛風になりました」


 愛嬌のある笑みで答えて、レンはシアンに目を移す。


「始めまして。シアンさん。お会いするのは初めてですが、あなたのお話しはうかがってますよ、から」


 言って、レンは後ろの離れたところにいるカチューシャ市国群の中のアルケミストの方を見やって、示した。


「始めまして。シアン=メイです。ベーカー秘書官」


 シアンは笑顔でレンが差し出す手をとる。


「レンでいいですよ。未完成の彼の絵を拝見しました。彼の絵は美しいが、実物のあなたはやっぱりもっと美しかった。それに、あなたの笑顔はとてもかわいい」


 さらりと賛辞を述べるレンに、シアンはお礼を返しながら、あーこの人かなり遊んでるなあ、と感じとる。

 まあ、彼の母親はベーカー家の一員だ。

 ベーカー家で生まれた以上、そうなるのは当然か。


「アルが、あなたにどんな話をしたのか。聞くのが不安です」


「いえ、あなたが心配されるようなことは何も。ゼルダの神秘に包まれた世界を、小出しで会うたびに話してくれます」


 レンはくるくると笑みの種類を変えながらそう言うと、


「彼の絵の事であなたと彼と3人でお話したいと思ってました。キルケゴール長官、彼女を少しお借りしてもよろしいですか」


 隣りに立つキルケゴールを見る。


 キルケゴールは、口髭を動かして笑みをつくった。


「もちろん。必ず彼女を返すと約束してくれれば。さあ」


 そう、彼はレンに答えるとシアンの顔を見ながら、シアンの背中をわずかに押した。


 やたっ。

 シアンはキルケゴールに頷き、唾を飲み込む。


 レンに促されるまま、彼の少し後をついて行く。


 カチューシャ市国の人々は、二階へと上がるらせんをかいた階段の下に集まっていた。


 その中に、ひとり際立って背の高い、痩せた男を認める。

 カラスを思わせる黒いスーツ、眼鏡をかけた姿はアルケミストだ。

 キルケゴールと彼は同じ遺伝子を持ってるなんて信じられない。


 彼が、レンと歩いてくるシアンに気付いてこっちを向いた。


 く、とシアンは喉がなる。


 アルケミストが近くにいる彼らに何か話す。

 彼の言葉に、カチューシャ市国の面々がシアンのいる方向に顔を向けた――。



 ――バチャッ!


 頭に落ちて来た液体の感触に、シアンは足を止めた。

 周囲の人々が小さく声をあげた。


 振り返ったレンが、シアンを見て目を見開く。


「シアンさん! 大丈夫ですか?」


 髪や、頬を伝う薄ピンクの液体は、ワインの香りがした。


「まあ、何てこと!」


 頭上から艶のある声があがる。


 シアンは上を見上げた。


「ごめんなさい! うっかり手が滑ってしまって」


 階段の手すりから身を乗り出して見下ろしているのは、シルバーブルーのドレスを着た燃えるような橙色の髪の女性だった。


 顔にかかる、ゆたかに波打つ髪の房のあいだからのぞくのは琥珀の瞳ーーウルフズ・アイ。

 その目がシアンの黒い瞳をとらえた。


 髪からロゼ・ワインの雫を垂らしているシアンを、レンは心配そうにのぞきこんだ。


「シアンさん?」


「……大丈夫です」


 とシアンはかるく頭を振って雫を落とすと、前に向き直った。


 にっこり、とシアンは微笑みをつくり、彼に告げる。


「失礼、ちょっと化粧室へ」


 周囲の視線を独り占めにしながら、シアンは歩き出す。


 濡れたシャツが首元に張り付くのを感じる。

 ホールを出て廊下を歩くと、通りすがる人々が、自分を驚いたように見つめた。


 ホールから遠く位置する化粧室まで歩き、シアンは中に入った。

そのまま、ドアにもたれると一呼吸置いて、シアンは笑い出した。


「分っかりやす……なんつー……」


 腹の底からおかしさがこみあげる。

 ひとしきり声を上げて笑い、天井を仰ぐ。


「やってくれんなー。……さすが、ヴィクトリアさん」


 額に落ちて張り付く前髪を撫で上げると、シアンは一息ついた。


 まあ、でも、彼女のおかげで緊張が吹っ切れた。


 シアンは化粧室の磨かれた鏡前に手を着き、鏡に写った自分の姿を見る。


 彼女から脅威だとみなされたって、ことか。

 じゃあ、オレもこの中でなかなかいいセンいってるってことだ。


 大胆不敵の笑みが、鏡の中から自分を見つめ返す。


「……本領発揮しないとな」


 ……さて、そう言ってみたものの。


 冷たく感じ始めた上半身を見やって、シアンは思案する。


「どうするかな」


 服の替えなんか、持ってねえし。

 今から、急いで帰って出直すか?


 いやいや、時間がもったいねえ。

 せっかくのチャンス、無駄にしてたまるか。


 その時、化粧室の外を誰かが歩く気配に、シアンはそっとドアを開けて見る。


 廊下の壁に背をもたれて、煙草をまさに吸おうとしていたのは、スタッフの男だった。


 迎賓館の片隅に位置する化粧室だ。

 他には誰もいない。


 彼は、タキシードに似た黒い制服を着ていた。

 体型は、シアンと似たような身長でひょろっとしている。

 まだ、青年になる手前の若さの男だ。


 彼の顔に治りきらないニキビを認めながら、シアンはドアから顔を出し、彼に声をかけた。


「ちょっと、そこのお兄さん」


 シアンに声をかけられた男は、びっくりした様子で、あわててタバコを外し、こっちを見る。


「……はい!」


 ちょいちょい、と手招きするシアンに彼はタバコをしまって近づいた。


「何でしょう……」


 と、近づいた彼はシアンの美貌に気付き、目を見張って息をのんだ。


 そんな彼を、シアンはシャツの胸元をつかみ、中へ引っ張り込んだ。


 ドアを閉めて、彼の背中をドアに押し付けたシアンは、彼を見てにっこりと微笑んだ。


「サボってたの、黙っててやるからさ。おねーさんと、着せ替えごっこしよう」

















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