終戦・返還記念パーティー 2
会場に入ったシアンは、きらびやかな人の群れと内装の豪華さに、息を思わず飲んだ。
キルケゴールと絡ませてる腕にも力が入っていたようで、隣りの彼がささやいた。
「緊張してるのかね」
あたりめーだよ、おっさん。
と、胸うちでつぶやいて、シアンは
「はい」
と、小さい声で答える。
場内を進むと、たちまち好奇の目を向けられるのを感じる。
男性からは、驚嘆と物珍しさと、そして粘りつくような視線。
女性からは、軽蔑混じりの値踏みされるような視線。
あー、ハリのムシロってこんな感じか。
さらされる視線に、背中がぞわぞわする。
まっすぐ前を見た先には、ゼルダの国旗がかかっていた。
白地にコバルトブルーの双頭の獅子。
国旗なんか見るのドミトリーの行事以来だぜ、とシアンは記憶をたどる。
こんなに緊張するのも、久しぶりだ。
最近だと……おっさんの相手を初めてした時ぐらいか。
はあ、と脱力したい欲求にかられながら、シアンは微笑を保ち、歩き進む。
それでも今回の出席者数は、去年の7割ほどだという。
本土で起きた爆破事件の影響だ。
最初に話しかけてきたのは、キエスタのオネーギン議長だった。
「キルケゴール様、久方ぶりです」
同じような民族衣装をきた男性二人を従え、彼はにこやかに笑ってキルケゴールを見上げた。
「オネーギン議長。お久しぶりです」
キルケゴールは、オネーギンの手をとり、彼の手を額につけた。
キエスタで目下の者が目上の者にする儀礼だ。
ウーも、こんなこと最初やってたな、とシアンは思い出す。
「傷が治られたようで良かった。災難は、いつ降りかかるかわかりません。全ては神の気まぐれです」
オネーギンは、目を細めて彼に告げた。
「あの時、亡くなった同胞のことを思うと胸がいたみます。生き残った私が出来るのは、彼らの意志を継ぐことだけかと」
真摯な表情で答えるキルケゴールを隣で見てシアンは、おいおいおっさん普通に仕事してるときはかっこいいじゃねえか、と感嘆する。
「こちらの美しい方は」
オネーギンがシアンを見上げた。
小柄な彼は、シアンより少し低い。
シアンは微笑んで会釈した。
「シアン=メイ氏です。ゼルダでの、私の恋人です」
キルケゴールが紹介した。
途端にオネーギンの眉が上にわずかに持ち上がり、目が見開かれた。
はい、はい、来たよ来たよ。
シアンは覚悟する。
オネーギンの後ろの二人の若者は、露骨だった。
眉をひそめ、明らかな侮蔑の眼差しでシアンを見た。
キエスタで、男性同士の関係は忌むべきことで部族によれば、死罪に価することもある。
っていっても、オレは男って訳でもないんだけどなあ。
オネーギンは、笑みを浮かべてシアンに握手を求めた。
「……我が国では、女性の髪型といえば、肩より長いのが基本です。しかしあなたを見ると、女性でもそういう長さが非常に似合うというのが分かります。髪を切る女性が、この先我が国でも増えていくのだと思います」
無難で絶妙な受け答えだな、さすが議長さん。
シアンは、褒めてくださってありがとうございます、と笑顔で返して彼の手を握る。
ちなみに今までの会話は、全てグレートルイス語だ。
この一ヶ月間、にわか仕込みの勉強をしたかいがあったわ、と、シアンは胸をなで下ろす。
やっぱり、学生の時は勉強すべきだったな。
去って行くキエスタ陣の若者二人から、キエスタ語の単語が聞き取れた。
男、女……ああ、両方だと言ってるのか。
病気……? おいおい、オレは病気でもないんだけど。
キエスタ語はざっと復習しただけだったが、割と頭に残ってるもんだとシアンは感心した。
「こんにちは」
ゼルダ語で、声をかけられた。
キルケゴールとともに声の方向に顔を向けると、グレートルイスのレン=ベーカーが笑みを浮かべていた。
レンが差し出した手を、キルケゴールは両手で包み込む。
「全快されて何よりです。叔父が心配していました」
「ありがとう。ブラックは、元気かね」
レンの父方の叔父、ブラック副大統領は青年時ゼルダに留学していた。
そのとき、同じく学生だったキルケゴールとは交友があった。
「はい。と、言いたいところですが、この間痛風になりました」
愛嬌のある笑みで答えて、レンはシアンに目を移す。
「始めまして。シアンさん。お会いするのは初めてですが、あなたのお話しはうかがってますよ、彼から」
言って、レンは後ろの離れたところにいるカチューシャ市国群の中のアルケミストの方を見やって、示した。
「始めまして。シアン=メイです。ベーカー秘書官」
シアンは笑顔でレンが差し出す手をとる。
「レンでいいですよ。未完成の彼の絵を拝見しました。彼の絵は美しいが、実物のあなたはやっぱりもっと美しかった。それに、あなたの笑顔はとてもかわいい」
さらりと賛辞を述べるレンに、シアンはお礼を返しながら、あーこの人かなり遊んでるなあ、と感じとる。
まあ、彼の母親はベーカー家の一員だ。
ベーカー家で生まれた以上、そうなるのは当然か。
「アルが、あなたにどんな話をしたのか。聞くのが不安です」
「いえ、あなたが心配されるようなことは何も。ゼルダの神秘に包まれた世界を、小出しで会うたびに話してくれます」
レンはくるくると笑みの種類を変えながらそう言うと、
「彼の絵の事であなたと彼と3人でお話したいと思ってました。キルケゴール長官、彼女を少しお借りしてもよろしいですか」
隣りに立つキルケゴールを見る。
キルケゴールは、口髭を動かして笑みをつくった。
「もちろん。必ず彼女を返すと約束してくれれば。さあ」
そう、彼はレンに答えるとシアンの顔を見ながら、シアンの背中をわずかに押した。
やたっ。
シアンはキルケゴールに頷き、唾を飲み込む。
レンに促されるまま、彼の少し後をついて行く。
カチューシャ市国の人々は、二階へと上がるらせんをかいた階段の下に集まっていた。
その中に、ひとり際立って背の高い、痩せた男を認める。
カラスを思わせる黒いスーツ、眼鏡をかけた姿はアルケミストだ。
キルケゴールと彼は同じ遺伝子を持ってるなんて信じられない。
彼が、レンと歩いてくるシアンに気付いてこっちを向いた。
く、とシアンは喉がなる。
アルケミストが近くにいる彼らに何か話す。
彼の言葉に、カチューシャ市国の面々がシアンのいる方向に顔を向けた――。
――バチャッ!
頭に落ちて来た液体の感触に、シアンは足を止めた。
周囲の人々が小さく声をあげた。
振り返ったレンが、シアンを見て目を見開く。
「シアンさん! 大丈夫ですか?」
髪や、頬を伝う薄ピンクの液体は、ワインの香りがした。
「まあ、何てこと!」
頭上から艶のある声があがる。
シアンは上を見上げた。
「ごめんなさい! うっかり手が滑ってしまって」
階段の手すりから身を乗り出して見下ろしているのは、シルバーブルーのドレスを着た燃えるような橙色の髪の女性だった。
顔にかかる、ゆたかに波打つ髪の房のあいだからのぞくのは琥珀の瞳ーーウルフズ・アイ。
その目がシアンの黒い瞳をとらえた。
髪からロゼ・ワインの雫を垂らしているシアンを、レンは心配そうにのぞきこんだ。
「シアンさん?」
「……大丈夫です」
とシアンはかるく頭を振って雫を落とすと、前に向き直った。
にっこり、とシアンは微笑みをつくり、彼に告げる。
「失礼、ちょっと化粧室へ」
周囲の視線を独り占めにしながら、シアンは歩き出す。
濡れたシャツが首元に張り付くのを感じる。
ホールを出て廊下を歩くと、通りすがる人々が、自分を驚いたように見つめた。
ホールから遠く位置する化粧室まで歩き、シアンは中に入った。
そのまま、ドアにもたれると一呼吸置いて、シアンは笑い出した。
「分っかりやす……なんつー……」
腹の底からおかしさがこみあげる。
ひとしきり声を上げて笑い、天井を仰ぐ。
「やってくれんなー。……さすが、ヴィクトリアさん」
額に落ちて張り付く前髪を撫で上げると、シアンは一息ついた。
まあ、でも、彼女のおかげで緊張が吹っ切れた。
シアンは化粧室の磨かれた鏡前に手を着き、鏡に写った自分の姿を見る。
彼女から脅威だとみなされたって、ことか。
じゃあ、オレもこの中でなかなかいいセンいってるってことだ。
大胆不敵の笑みが、鏡の中から自分を見つめ返す。
「……本領発揮しないとな」
……さて、そう言ってみたものの。
冷たく感じ始めた上半身を見やって、シアンは思案する。
「どうするかな」
服の替えなんか、持ってねえし。
今から、急いで帰って出直すか?
いやいや、時間がもったいねえ。
せっかくのチャンス、無駄にしてたまるか。
その時、化粧室の外を誰かが歩く気配に、シアンはそっとドアを開けて見る。
廊下の壁に背をもたれて、煙草をまさに吸おうとしていたのは、スタッフの男だった。
迎賓館の片隅に位置する化粧室だ。
他には誰もいない。
彼は、タキシードに似た黒い制服を着ていた。
体型は、シアンと似たような身長でひょろっとしている。
まだ、青年になる手前の若さの男だ。
彼の顔に治りきらないニキビを認めながら、シアンはドアから顔を出し、彼に声をかけた。
「ちょっと、そこのお兄さん」
シアンに声をかけられた男は、びっくりした様子で、あわててタバコを外し、こっちを見る。
「……はい!」
ちょいちょい、と手招きするシアンに彼はタバコをしまって近づいた。
「何でしょう……」
と、近づいた彼はシアンの美貌に気付き、目を見張って息をのんだ。
そんな彼を、シアンはシャツの胸元をつかみ、中へ引っ張り込んだ。
ドアを閉めて、彼の背中をドアに押し付けたシアンは、彼を見てにっこりと微笑んだ。
「サボってたの、黙っててやるからさ。おねーさんと、着せ替えごっこしよう」




