約束
『食いもん漁ってたら、ガキが出てきやがった』
南部訛りのキエスタ語で、部屋に入ってきた男がナシェを部屋の中へ突き飛ばした。
転んで起き上がったナシェは床に正座させられ、手を頭の上で組んでいる部屋の中のヴィンセントに気づく。
「先生」
思わず彼に近寄ったナシェに、彼の後ろで背中に銃を押し付けていた男が何か言った。
「ナシェ。大人しく」
ヴィンセントが姿勢を続けたまま、ナシェに言った。
ナシェは動きを止めヴィンセントの前で彼同様、正座する。
ナシェの様子を確認してヴィンセントは男たちを見上げた。
『彼はキエスタ人の孤児だ。人質にはできない。放してやってくれないか』
ヴィンセントはキエスタ南部語で男たちに言った。
男たちがおどろく気配がした。
『お前、南部語が話せるのか』
『頼みます。彼はまだ幼い』
見上げてヴィンセントは男たちに乞う。
『ガキは殺さねえ。安心しろ』
ナシェを連れてきた男がヴィンセントを見下ろして答えた。
『いい兵士に育てる』
ナシェは目の前のヴィンセントと男たちのやりとりを息をのんで見守った。
先生と男の人たちが何を言ってるのか分らない。
銃を持っている男の人たちに囲まれて、ナシェは先程から強烈に尿意を感じていた。
喉がつまったように息苦しく心臓が破れそうなほど激しく鼓動し続けている。
「ナシェ」
ヴィンセントが自分の顔を見た。
ナシェは体の緊張が少しほぐれるのを感じた。
ヴィンセントは何かを考えているようだったが、口を開いた。
「ナシェ。君はこれからこの男の人たちと生活します。反抗せず、彼らのいうとおりにしなさい」
「先生は」
ナシェの問いには答えずヴィンセントは続けた。
「いいですね。彼らのいうことを聞きなさい」
言ってナシェの方へ、ヴィンセントはわずかに上体を傾けた。
ナシェはヴィンセントに近づき彼の顔を見上げる。
「ナシェ」
ヴィンセントがつぶやき、ナシェの瞳を見つめた。
彼のやさしい深い茶色の瞳にナシェは泣きそうになる。
ヴィンセントがナシェの額に自らの額を押し当てた。
目を閉じて、ナシェにささやく。
「いつか、必ず私がナシェを迎えに行きます。約束です。……私が迎えに行く時まで、君はナシェではなく、別の人間でいなさい」
「先生」
ヴィンセントから伝わる額の熱を感じ、ナシェは目から涙がこぼれた。
「いいですね、私のように」
ヴィンセントの言葉が終わると同時に、男たちがヴィンセントの両腕をつかみ、立たせた。
「先生!」
身体が離れたヴィンセントにすがりつこうとしたナシェは、後ろにいた男に肩をつかまれ動きを封じられる。
ヴィンセントを立たせた男たちは、彼を引きずるようにして部屋の外へと連れて行く。
「先生!」
叫んで、ナシェは後ろの男を振り切って追いかけた。
ドアのところで再び男に捕まえられたナシェは、廊下を男たちに連れられて歩くヴィンセントに向かって叫んだ。
「先生は、北の国の人です!」
キエスタ語でナシェは叫ぶ。
「グレートルイス人じゃない! 北の国の人だよ!」
ヴィンセントが身をよじるようにしてこっちを振り返った。
男たちも足を止め、ナシェとヴィンセントを見比べる。
『ゼルダ人なのか?』
ヴィンセントの隣にいた男が聞く。
「そうです」
ナシェは泣きながら答えた。
グレートルイス人じゃなければ、先生は連れて行かれない。
そうかもしれないと思ったからだ。
男たちは顔を見合わせて二言三言、話した。
が、次には再びヴィンセントを促し、歩かせる。
「先生!」
ナシェは泣き声で叫んだ。
ヴィンセントが振り返りながら言った。
『約束です。必ず、迎えに行きます。そのときまで待っていなさい、ナシェ』
ゼルダ語でそう言い、彼はナシェを見た。
『わかりました。先生が来るのを待っています』
ナシェはゼルダ語で彼に泣き声で答える。
男たちに引かれていくヴィンセントの姿が見えなくなった。
ナシェは声を上げてその場で泣き出した。




