発症
厨房で、ソビヤンコ修道士とヴィンセントは、鍋の中を覗き込んでいた。
鶏肉のトマト煮込みだが、いつものソースとは色が違う。
赤色に、白色が混合している。
ガーリックをきかせた、この地のヨーグルトと、チーズを先程投入した。
今朝、アキドが、
『先生、親父が持って行け、て。』
と、ヴィンセントに持ってきてくれたヨーグルトとチーズだ。
大きい木さじで、鍋の中をひとさじすくうと、そのままソビヤンコは、口に含む。
「うん……うん」
頷いて、ソビヤンコは口の端を上げて、ヴィンセントを見上げた。
「酸味が、これはまた。美味い」
ヴィンセントも、微笑み返した。
「東オルガンの料理かね」
「いえ。キエスタ西部の料理です」
ソビヤンコの問いに、ヴィンセントは答える。
「二度ほど、食べたことがあります。美味しかったので、いつか再現してみたかったのですが」
「ほう、まさかヨーグルトを入れるとはなあ」
もうひとさじ、すくって、ソビヤンコは口に入れた。
「もう少し、塩を強くした方がいいでしょうか」
「いや、これでいいんじゃないかね。キャンデロロとパウルには、足りなければ自分で塩をかけさせればいい」
十人いれば、味加減も好みが出てくる。
キャンデロロとパウルは、その中でも濃いめが好きなようだ。
「今日は、パンが倍、出るんじゃないのかね」
ソビヤンコの言葉に、
「残ってる数を確認します」
と、ヴィンセントは背を向けた。
三たび目の木さじを、こっそりとソビヤンコは飲み込む。
ファンデイム院長のお許しがあれば、今日もワインを出したいところだ。
だが、昨日の今日ではなあ。
残念、と、ソビヤンコは、四杯めをすくう。
ヴィンセントは、かなり舌が肥えているようだ。
まあ金持ちのお坊ちゃんだとは思う。
よほど、ご両親に世界のあちこちに旅行に連れていってもらったのだろう。
ヴィンセントが来てから、随分と仕事が楽になった。
彼も、かなり包丁が使えるようになったし、力仕事はすすんで先にしてくれる。
いちばん嬉しいのは、今のように、新しい料理を味わえることだ。
グレートルイスの山村で育ち、妻に先立たれてそのままこの地に来た自分は、他の地を知らない。
だが、ヴィンセントが今のように、世界の美食をつくってくれると、かの地に行ったような気になれる。
ここには、娯楽は無いに等しい。
食事が、日々の唯一の楽しみだ。
「昨日は、何時までキャンデロロにつかまったのかね」
ソビヤンコは、彼に背中を向けたまま、聞く。
あと、ヴィンセントはかなり強い肝臓をもっているようだ。
彼が、酔ってる姿を見たことがない。
ここでは、量が出せないし、気の毒なことだ。
彼には、ウォッカで割ってやった方がいいかもしれない、と考えていたソビヤンコは返事がないのに、気付く。
振り向いたソビヤンコだったが、彼の姿はなかった。
どこにいった、と一歩踏み出したソビヤンコは、足下の障害物にけつまずきそうになった。
見下ろすと、枯れ草色のローブを着た巨体が、土間の床にうつ伏せで倒れていた。




