ゼルダ 再び首都セパ2
病室でキルケゴールが語ったのは、母セイラムの話と同様の内容だった。
戦後、訪れたグレートルイス南部でニャム族のセイラムと何か月間か過ごし、彼女に逃がしてもらったこと。
自らの精子が正常であることを告白したときには、シアンが声を出して笑った。
「どおりで。堂々と、美人相手に羽伸ばせるわけだ」
くく、と涙まじりに笑い、シアンはキルケゴールを見た。
「で。ウーをどう使うつもりなんです。ふってわいた美貌の娘なんて素敵すぎるコマでしょう」
「私はウーの父親だ。父親らしいことをさせてもらうだけだよ」
笑みを崩さないままキルケゴールは答える。
「早速、ウーを私が用意した家に移してもらいたいところだが……」
シアンの顔を見てキルケゴールは続けた。
「……君が許さないだろうからね。どうだろうか」
「あなたが退院するまで。それでどうです」
シアンが硬い声で答えた。
「ウーはグレートルイス人だ。あちらで家を買ってやるんでしょう?」
「いや。ウーはこの国に住む」
キルケゴールの言葉にシアンは眉根を寄せた。
「帰還命令が来てるんですよ。蹴るつもりなんですか」
「やり方はいろいろあるんだよ。ウーは、記念すべき我が国初の女性移住者となる」
キルケゴールはウーに手を差し伸べた。
だがウーはその手をとろうとはしなかった。
苦笑いしてキルケゴールは手を下すと、ウーを見つめた。
真っ青な底の見えない瞳。
深い深い海の底の色は、なにもかも取り込んでしまう。
捕まった。
とウーは感じた。
逃げられない。もう、遅い。
「この国へようこそ」
キルケゴールの言葉に、ウーは足が底なし沼にとらわれたかのような感覚を覚えた。
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「私に子がいるだと」
オビ川のほとりで、ウーはシアンの顔を見ながら言い捨てた。
「馬鹿馬鹿しい。誰の子だというんだ」
「そりゃ、キースだろ」
シアンが寒さに耐えながら答える。彼は我慢できないというように息を吐いた。
白い息のかたまりが彼の顔のまわりを包む。
ゼルダから出国を停止される女性というのは、この国で子を宿した女性だ。
「……昨日から、体から血が流れ出したんだ。子供なんて体にいるわけない」
ウーは沈んだ灰色の瞳をオビ川に戻した。
「実際はそうでも、報道されればそれが事実になるんだな。真実を隠すのがこの国は昔から得意でね」
シアンは足踏みをしながら
「グレートルイスにはそういう話がもう行っちまったんだから。あきらめるしかないな、ウー」
「……」
唇を噛み締めたまま、前をにらんでいるウーの肩にシアンは手を置いた。
その時、爆音がとどろいた。
それを封切りに、次々と爆音が続く。音源は目の前のオビ川からだった。
「始まったか。今年は早いな。……氷が解ける音だ、ウー。二日間は鳴りつづける」
オビ川の氷が割れ続け、二日間爆音を繰り返した後は、何事もなかったように川の水がとうとうと流れる。
ゼルダの首都セパの冬の終わりを告げる風物詩だ。
ウーがコートの内ポケットから何かを出した。
シアンが確認する間もなく、ウーはそれを目の前のオビ川に向かって投げ捨てる。
ひらひらとページが風にまくられながら川面上に落ちて行ったそれは、小さいノートだった。
「あ、あーっ! ちょっと、ウー!」
隣のシアンが目を見開いて叫んだ。
「あれ貴重だよ! あんなわかりやすいのなかなか売ってないよ、なんで捨てんだよ!」
前の手すりに身を乗り出して、叫んだシアンは批難するようにウーを振り返る。
「もう、あれは要らない」
ウーはもう見えなくなったそれを見るかのように川面を見つめながら言った。
「必要なくなったんだから。……だろう?」
シアンに目を移したウーは、そう問いかける。
灰色の瞳には絶望の色が宿っていた。
「ウー」
シアンは小さくつぶやいた。
オビ川の氷が砕けていく音の中で、彼女自身のなにかも砕け始めていた。




