修道士見習い
「テス教徒では、なかったのですか」
ファンデイム修道院長は、度の強い眼鏡の奥からドミニク修道士とパウル修道士を交互に見た。
「はい」
ドミニク修道士は僧衣に両手をいれたまま顔を伏せた。
白髪交じりの髪は顎で切り揃えられている。頭頂部は地肌が透けて見えた。
テス教徒修道士のスタイルは、枯れ草色のフード付きローブ、皮のサンダル、髪は顎ラインでのワンレングスと決まっている。
これが見習い修道士だと区別をつけるために、前髪を顔の輪郭に沿って編み込み、耳前に垂らす。
ドミニク修道士のやや後ろに立つパウル修道士の両耳には、編まれた髪の束がぶら下がっていた。
「テス教に改宗を希望し、そしていきなりケダン教会までやってきたのですか。一体どういう青年です」
ファンデイム修道院長は呆れの交じったため息をついた。
「出身は、東オルガンだそうです。歳は、二十五だそうで」
ドミニク修道士が答えた。ドミニクは五十を超えた男で、耳と鼻が大きい特徴のある風貌をしている。突き出た額は広く、つぶらな目は愛嬌があった。
「テス教を志し、修道士を目指して単身ここまで来た……というのは、実は、建前でして」
ドミニクの言葉にファンデイム院長は眉をひそめる。
「彼は、大犯罪人の犯罪を目撃した証人だそうです。証人保護のため、国を越え、ここで身を潜めさせてくれと。そう言って金を渡したのは、一緒にいた男ですが」
ドミニクは後ろで控えていたパウル修道士を促し、持っていたバッグの中身を院長に確認させた。
ファンデイム院長の眉がぴくりと持ち上がる。
「教会の改修費には充分です」
パウルがバッグを閉め、後ろに下がった。
「……それで、あなたは信じたのですか。その男の話を」
ファンデイム院長は怪訝な表情でドミニクに聞いた。
「と、いうよりは、青年を信じたのです」
ドミニクの言葉が終わるなり、後ろのパウルが言った。
「私は正直、反対でした。彼自身が犯罪者ということもあり得るでしょう。この神の家を不穏に貶めないとも限らない」
パウルは二十歳の青年だった。
黒髪の背の高い青年だ。
肌の色は他の修道士に比べると浅黒く、ナシェに比べると明るい色をしていた。
「ただ、彼の語学力は素晴らしい」
パウルの言葉にドミニクは微笑んで頷いた。
「バザールで、出会ったのが最初です。いつも通り商人と交渉中、見かねた彼が間に入ってくれた」
「やっぱり、今までぼられてたんですよ。酷いのは十倍の値で」
パウルは忌々しげに言い捨てた。
「彼は、キエスタ北部、東部、南部の方言をある程度使い分けることができるようです。有能な青年です。次回からは、彼を連れて買い出しに行きましょう」
「何者かは分かりませんが、本来の目的の布教にも彼は役立つのではないでしょうか」
ニコニコ顔のドミニクといまいち煮え切らない表情のパウルをファンデイム院長は見比べていたが、
「彼に会わせてください」
と述べた。
「では」
とドミニクがパウルに目配せし、ドアを開けさせた。
ドアの向こうに立っていた青年は、背が高かった。パウルよりも高い。
キエスタ人の服を着ているが、丈が足りないようだ。白い生地の衣から、出ている手足の面積が大きすぎる。
帽子ではなく、布を被り、飾り紐でしめるタイプのキエスタ東部の装いで、頭を覆っていた。
彼が部屋に入り、頭から布を外す。
現れたそれは、非常に整った容姿だった。
髪は短く刈り込まれていたが、濃い茶色だろう。同じく暗い茶色の瞳で、彼はファンデイムを見た。
「ヴィンセント=エバンズと申します。無理を承知でお願いに上がりました」
と、彼は告げて深々と頭を下げた。
頭を上げて再びこっちを見る彼を、ファンデイム院長は心の奥まで見透かすかのような目で観察する。
彼の鷲鼻と眼鏡の奥の眼光の鋭さはなかなかの迫力であったが、ヴィンセントは臆する様子はなかった。
「いいでしょう。滞在を許可します」
ファンデイム院長は言った。
「よかった」
ドミニクが胸を撫で下ろす。
「金銭を受け取ったのですから。そう言う以外に、答えようがないでしょう」
ファンデイム院長は厳しい口調でドミニクをにらんでから
「髪は今から伸ばしなさい。長さが無いうちは、この地方の帽子を被るほうがいいでしょう。その長さでは、この地方では罪人の印とされます」
ヴィンセントの頭を見やって言った。
「私たち以外の他の修道士には、修道士見習として、紹介します。私たちも、そのように貴殿を扱いますので、ご容赦を。……貴方に合うローブがあるだろうか。パウル。あなたの替えのローブを貸してあげなさい」
「はい」
パウルが顔を伏せた。ファンデイム院長は続ける。
「ここにいてもらう以上、貴方には仕事をしてもらわなければなりません。炊事、洗濯、畑仕事、その他もろもろのことをやっていただきたいと思います」
「はい。それはもちろんです。教えていただければ」
ヴィンセントは答える。
「あと、買い出しは必ず同行をお願いします」
ドミニクが言い添えた。
「身を隠すために来られたとのこと。ここでの規律を守り、目立った行動は控えていただきたい。そうしてくだされば私たちも、貴方の身を期限まで匿います」
「ありがとうございます」
ヴィンセントは頭を下げた。
「彼には、もっと才能を活かしたことをやってもらいましょう」
ドミニクが言った。
「例えば、学校なんてどうです」
ニコニコ、とドミニクは笑顔で続ける。
「この村の識字率は低い。子供たちが文字を覚えれば、教典だって読めるようになる。教会に足を運ぶ回数が増えれば、自然とテス教に親しみも覚えてくれるでしょう」
「学校、ですか」
ファンデイム院長は顎に手をやり、考えた。
「目立つことになりはしないだろうか」
「キエスタのケダン地方の田舎村ですよ。近くの町まで、車で二時間だ。通う学生は、この村の子供たちだけでしょう」
「貴方は、どう思われますか」
ファンデイム院長はヴィンセントに尋ねた。
「私の取り柄は、語学だけだと自負しております。私でよければ、お引き受け致します」
ヴィンセントは目を伏せたまま答えた。
「……しばらく、様子をみましょう。それから決めても遅くない」
ファンデイム院長は言って、ヴィンセントの肩に手を置いた。
「このケダン教会によくいらしてくださった。我々は、貴方を歓迎いたします」
「ありがとうございます。深く、御礼申し上げます」
ヴィンセントは頭を下げる。
「お疲れでしょう。……喉が乾いたのではないですか。厨房へいって、お水を飲まれると良い。場所は、おわかりか」
ヴィンセントは頷く。
「よろしい。厨房の者に言って下されば、出してくれるはずです。先に、そちらでお待ちください」
一礼して、ヴィンセントが部屋を出て行った。
「……彼は、姿勢や所作を見るに、軍人のような印象を受けますが」
彼が退出してからしばらくして、ファンデイム院長が言った言葉に
「それはないと思います。軍人にしては、華奢です」
パウルが答えた。ファンデイム院長は頷く。
「さよう。では、よほど規律正しい所で育ったのですかな。いいお家のご子息かもしれない。だから、身についたものは教育の賜物ということでしょう」
「私は、こう考えます。院長」
ドミニクが目をきらきらさせた。
「彼は、東オルガン出身だと言いました。あそこは、過去の王族や貴族の末裔が住んでいる所だ。彼もそうかもしれません。あれだけ魅力のある若者だ。やんどころなき家の奥方と道ならぬ恋に落ち、それで追われたのではないですか。奥方が逃げ先を用意して、また逢える日を約束してその日を待つ日々……」
「ドミニク様は、また」
パウルが苦い顔をする。
ドミニク修道士の乙女的思考回路、たくましい妄想癖は、皆の知るところである。
結局、ヴィンセントの優れた容姿と、バザールでの彼の王子的な登場シチュエーションが、ドミニクの心をキュンキュンさせた。
それが、見知らぬ彼を預かることに、ドミニクが即同意した理由である。
「下っ端の悪人に決まってる、と私はそう思ってました」
パウルが言った。
「犯罪の証人なんて、仲間の一味が裏切って警察に寝返ったということでしょう。仲間の報復を怖れて、逃げたということで理解できます。しかし、彼は……」
パウルは言葉を探して言いよどんだ。
「何というか、育ちの良さ……坊ちゃんオーラが漏れまくりです。育ちのいい悪人も中にはいるだろうとは思いますが」
「私も、そう思いました。パウル、あなたも彼を保護したくなったのではないですか。それは自然な感情でしょう……このキエスタで、彼のような若者が安心して眠れるのは、確かにここしかないかもしれません」
ファンデイム院長は、ドミニク、パウル二人を見つめる。
「彼のことは、私たちだけの秘密にします。ドミニク、あなたは彼がここに早く慣れるよう取り計らってください。……パウル、あなたは見張り役を命じます。何かあれば、私に逐一報告しなさい」
「わかりました」
ドミニクとパウルの二人は、声を重ねて頭を下げた。




