選択
「母さん」
ウーはシャン女王の膝に顔を埋めた。
「まあまあどうしたの、いきなり」
突然部屋に入ってきた娘を、セイラムは咎めることなく受け入れ、優しく覗き込んだ。
「ひどく疲れてるのね。……何かあったの? 苦しいこと?」
セイラムの声は心地よく、髪を撫でる手は柔らかい。
生まれながらの女王セイラムは苦労を知らないせいか、本当に優しい言葉を紡ぐことができる。
「分からないんです」
ウーは膝に埋めていた顔を横に向け、つぶやく。
あの男のいう言葉は真実だ。
あの男が正しいことは自分にも分かってる。
「正しいことは分かる。だけど……どうすべきなのか」
このままだとあの男の次にも、何人もの依神の骸が重なっていく。タオ女王は殺し続ける。あの吐き気のするような方法で。
しかし、下女の血がそれは罪だと叫ぶ。
お前は一族に反するのかと。
「欲しいのは、強い心です」
自分を裏切ることのない、勇気。
たとえそれが、一族に逆らうことになろうとも。
「私に心を……」
「ウー」
セイラムがささやき、ウーに微笑みかけた。
「自分が正しいと分かってるなら、それは実行してみれば、意外に簡単なことなのよ。あなたもその方が気持ちいいでしょう。自分を偽って、生きていくより」
セイラムは続ける。
「あなたは、強い子よ。頭のいい、美しい子だわ。あの人の子供だもの」
ウーはセイラムを見上げた。
「母さん。……母さんの依神だった人のこと、教えてくれる?」
セイラムは微笑した。
「ええ、いいわ……」
少女のような笑顔で、セイラムは語り出した。
*******
キースは汗で湿っている前髪を後ろへなでつけた。
マラバとかいう毒はだいぶ抜けかけているのか、悪心もずいぶん軽くなった。
ひどく喉が乾く。
できる限り水分をとり、体から毒を出してしまいたい。先ほど、ウーが果実の殻に入れた水と、甘酸っぱい果汁のようなものを飲ませてくれたが、あれだけでは全然足りない。
水を飲むだけでなく、全身に浴びたい。
ここ2日、シャワーを浴びていない。冷涼な祖国にいたときでさえ、ここまで間隔をあけたことがなかった。
飛行機が墜落してからのち、高温多湿の密林を虫にたかられながら歩き回ったのだ。身体中がべとつくようで、不快極まりない。
水のシャワーでいい。
ああ、それより、雪の中に飛び込めたら。
祖国のドミトリーにいた時、サウナがあった。
自分はドミトリーに入ったばかりだったから、五歳になりたての時だったと思う。
同室のシアンと仲間たちとともに、サウナに入っては、歓声をあげて、外の雪に飛び込むのを繰り返していた光景がよみがえってきた。
キースは笑みを浮かべた。
ここで一生を終えるかもしれないのに。
思うのは、そんなことか。
キースはため息をついた。
いや、だからこそ、思い浮かぶのはそんなことばかりか。
グレートルイスに来る前に感じた予感は正しかった。
『これが最後に会ったことになるなんてことはやめろよな。冗談じゃねー』
ゼルダを発つ前、そうシアンが言った。事実上あれが最後というわけだ。彼は自分がどこでどんな死に方をしたなんて知ることはないだろう。
行方不明。それで、片付けられる。
ルーイは、逃げただろうか。彼がいまどんな状況におかれているかは分からないが、自分の状況よりはましではないだろうか。結果的に別れてよかったのだ。
共に仕事したのは短期間だが、日常生活では有能なやつだった。
キルケゴール氏。我が上官。
彼は自分が消えても、当然のように次を見つけるだろう。そういう人だ。
考えてみれば、自分は存在意義があるのかと思う。
ゼルダ国民は皆そうだ。人形のように、ただ誕生させられた。子孫も残せない。ひたすら、コピーを繰り返し、再生させられるだけ。
キースは隣の赤毛の少女を見た。
おびえたようにムーアは身をすくませた。
キースは苦笑いして目をそらした。
冗談じゃない。自分に強姦や幼女趣味は無い。
可哀想な少女だ。
そう思う。
生まれ落ちた世界がここでなければ、まるで違った人生を送っていたろうに。あの女《あの女》も。
ウーの顔が浮かんだ。印象の強い、灰色の瞳。
以前からよく知っている顔に似ている。
……あの女に会えただけでも、俺の人生はましになったかもしれない。故国の他のやつらに比べて。
ぼんやりとそう考えていたとき、目の前にウーが現れたので、キースは我に返る。
「夕暮れまで、時間がない。早くしろ」
ウーはさげすむようにキースを見下ろした。
「約束は守る」
キースの目に、たちまち光がよみがえった。
キースの前に膝をつくと、ウーはキースの縄をほどく。
「彼女の縄は解いてやらないのか」
キースがムーアを見やると、彼女は固唾をのんで二人を見守っていた。
「その方が早く済む」
「無理強いはしたくない。彼女も解いてやってくれないか」
「……いいだろう。ムーア様に抵抗されても、手を上げないと誓え」
キースが解かれた手をあげて応えると、ウーはムーアに向き直った。
「ムーア様。お気を楽に。すぐそばに控えておりますから」
ウーがムーアの手首をほどきながらいうと、ムーアは無言でうつむいた。
「いいな、妙な真似はするなよ」
ウーはそういうと立ち上がり、部屋の角へいくと座り込んだ。
「……観る気か」
キースは呆れつつ、まあそうだろうな、とムーアに目を移した。
ムーアは頬をこわばらせる。
これでは誤魔化しは効きそうにない。
子供だし、苦痛を最小限にはしてあげたいが。
「ウー、お前たちの言葉で、美しい、はなんて言う?」
キースはムーアのそばに膝まずきながら、聞いた。
「? ……『サーシャ』だ」
それを聞いたキースは、ほぼ完璧な発音とイントネーションで、ムーア様は美しい、と彼女に告げた。
ゼルダ語とよく似た発音をしている。とっつきやすい言語だ。
ムーアは驚いたように、丸い目を一層丸くした。
そのまま彼女の手をとり、キースは手の甲に口づけた。
ムーアの頬が紅色に薄く染まる。
さて、ここまでは学んだマナー通りにはしてみたが。
「乱暴にしないでくれ」
背後からかけられる声に、キースは苛立つ。
「たのむから、黙っててくれ。ついでに良心があるなら、目をそらすか、終わるまで目を閉じていてくれると助かるんだが」
「……わかった。目を閉じる。まかせる」
キースの言葉にウーは大人しく従った。
おどおどと上目遣いで見てくるムーアに、キースは苦笑した。
こんな子供の相手をするなんて。犯罪ものだろう。
心中でため息をつき、キースは観念すると、ムーアの頬に触れて引き寄せた。




