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SKY WORLD  作者: 青瓢箪
キエスタ オデッサ編
165/232

図書館

 オデッサの片隅にある市立図書館は、非常に美しい内装をしていた。

 天井窓は色とりどりのステンドグラスで、図書室の真ん中で上を見上げるとまるで万華鏡の中にいるような気がした。

 オデッサで一番最初に造られた図書館でもある。

 壁や床は一昔前の赤茶色の煉瓦を重ねたもので、古き良き時代の味わいがあった。

 閲覧席のテーブル、椅子も古ぼけて傷だらけで、年代を感じさせる。

 学生を中心とした何人かの西部人が席に座り本を読んでいた。


 サジがいつも座っていたのは、閲覧席の中央。

 見上げるとステンドグラスの空全体が見渡せる席だ。

 閲覧席の隅にいた自分は、時折本から目を離し、読書にふける彼女を観察した。


 ドーニスはやや照明の足りない図書室の本棚の間を通った。


 南部からこっちに進学に来て、最初にこの図書館に入った時の胸の高鳴りを思い出した。

 洪水のようにあふれる本。紙と、インクと、かすかな埃のにおい。

 静謐な図書室には、穏やかで知的な西部人が本を読んでいて、これから自分もこの世界に入るのだと思った。


 西部への進学を勧めてくれたのは、南部の学校にいたグレートルイス人の教師だった。

 まだ若かった彼は、南部の父に自分をオデッサの学校に入れるようにと、家にまで来て進言してくれた。


『君は、オデッサに行くべきだ。君のような子は』


 熱意のこもった目と言葉で、そう自分を励ましてくれた。

 なぜ、彼は自分のことをそんなに気にかけてくれたのか。

 自分は成績はよかったが、可愛げのある性格ではなかった。

 別に、その彼に懐いていたわけでもない。


 彼のことは尊敬していた。

 他の南部出身の教師たちとは違い、家柄で生徒を区別することなく、公平で穏やかで厳格だった。

 テス教徒の彼は、こざっぱりとした服をいつも着ていて、雄々しい装いをする南部の男の中では貧相に見えた。

 彼がなぜ自分のことに親身になってくれたのかは分からない。だが、嬉しかった。


 あのころは、まだ良かった。

 グレートルイス人の教師が何人か南部にはいた。

 ドーニスが西部に進学したころ、それまで小さくくすぶっていた『ファトマ=エラーリ=バクドゥム』率いる『南部独立戦線』が一斉蜂起した。

 その教師は、他の教師たち同様に南部から退いた。


 数か月後、西部の南端にあるプーライという田舎村で教師をしている、とその教師から自分に手紙が届いた。

 いつかオデッサに行くことがあれば自分に会いたい、との言葉が書かれており、ドーニスは素直にうれしかった。


 去年、その田舎村プーライが南部独立戦線の襲撃を受けた。

 彼は、かの地で一緒になった西部人の妻と共に銃で撃たれて死んだという。

 息子が一人いたはずだが、その行方は知れずだった。

 それを知ったのは、ゼルダの告別式爆破事件とほぼ同時期だった。

 自宅の鏡に香水瓶を投げつけたのは、教師を失ったことに対する感情も含まれていたのかもしれない、とドーニスは思う。


 閲覧者のいない図書室の隅、古語の本棚の列に立っていたドーニスは、ある気配に気づいて身を固くした。ゆっくりと目を走らせ、まわりの様子をうかがう。


『……我はザクトール神の僕となる者。お前はザクトール神の息子か』


 背後の本棚からくぐもった声がした。

 ドーニスは一歩後退して背中を背後の本棚に押し当てた。

 本棚の向こう側に、男の存在を感じる。


「我はザクトール神の息子。彼に服従を誓う者なり」


 押し殺した声でそうささやき返す。


『父は我らとともにありき。父は息子の血で何度でも蘇らん。その身を捧げよ』


 その言葉にふ、とドーニスは笑って、後ろの男につぶやいた。


「俺が協力できることにはできるだけ応じようと思う。身の丈以上のことはごめんこうむりたい」


『ザクトールの息子の言葉ではない。訂正しろ』


 男の強くなった口調に、ドーニスは目を閉じてため息をついた。


「できないものはできない。約束できないのに、口で誓いの言葉を述べろというのが息子の証なら、そうするが」


 男は答えない。


「父の心のままに。……この身は父のもの」


 あきれながら、仕方なくドーニスは言葉を述べた。


『……古語 ジャラ人民話集の158Pだ』


 低い声で男が告げた。


「父のお言葉承った」


 ドーニスは答える。


『……我々は、お前に期待している。父もだ』


 背後の男が去るのをためらっているのを感じた。


『父の示す道を進め。 ……父とともに燃えよ』


「……父とともに燃えんことを」


 自らの言葉に返すドーニスの言葉を確認して、背後の男が本棚から身を離す気配がした。

 ドーニスは背を本棚に接したそのままの姿勢で、ぼんやりと宙を見つめた。


 彼らの存在は常に感じている。

 どこにいても、彼らの息遣いを感じる。

 オデッサであるこの地でも、自分にとっては安息の地ではなかった。


 かすかに鼻腔をただよう匂いの端をとらえて、ドーニスは目を見開いた。

 本棚から背を離し、素早く前の本棚を越えて通路に目を走らせる。

 誰もいない。

 後ろの本棚を越えた通路を見やった。

 同じく、何者も見当たらなかった。


 気のせいか。

 ドーニスはほ、と肩の力を抜いた。

 むせかえるようなかぐわしい花の匂いを嗅いだように思ったのだが。


 ドーニスは安堵のため息をついて、ジャラ人民話集を探すべく、古語本の棚へと向かった。




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