3. 違和感
■ 4.3.1
宮廷魔導士達6人と合流した後、一度表通りに出てから、中断させられた彼女たちの買物に付き合うことになった。
襲撃が二連続で発生する筈は無かった。それでは戦力の逐次投入と同じ事だ。
つい今しがた命を狙われたばかりなのに、妙に落ち着いている自分に何度目かの奇妙な違和感を感じた。
どうやら全言語会話能力同様に、軍師という職を得て、冷静沈着などのスキルがいつの間にか身についてしまっているようだった。
それを確認する手段はない。
この世界に、空中にウィンドウをポップアップさせて自分のステータスを確認すると言うような、ラノベ定番の妙な機能というか、不可思議なスキルは存在しない。
もちろん他人のものが見えたりもしない。
全言語会話能力は効果が明らかなので自他共に簡単に確認出来るが、自分が元々の性質よりも冷静沈着に変わったなど、もちろん他人には判る筈も無いし、自分でもなんとなくそんな気がする程度のものでしか無い。
ただ単に、最近戦場に出て人が死ぬところを沢山見て、自分でも人を殺す指示を沢山出したので心が荒んでそういう事に鈍くなっているだけかも知れなかった。
さて宮廷魔道士達6人の買い物に付き合うに当たって、世間一般では女の買物は長くて付き合わされると疲れるものだと云うが、それはこの世界でも同じなのだろうかと一瞬身構えた。
だが彼女たちが買物を楽しんでいるところを中断させてしまったのは俺であるので、ここは文句を言うことなく素直に同行することにした。
ウンディーネとノーミードは買物には興味は無いらしく、またねーと手を振りながら、早々に消えていった。
ミヤさんに引きずられてどこをどう移動してこんな狭い行き止まりにやって来たのか俺は全く把握していなかったが、地図を調べるでも無くどんどん進んで行く彼女たちの後を付いていくと、思いのほか簡単に表通りに出ることが出来た。
振り向けば、あれだけ逃げ惑ったのが夢か幻であったかのように、今朝抜けてきた魔王城の城門がすぐそこに見えていた。
土地勘の全く無い知らないところを人に手を引かれて走り回ったので、随分な距離を走らされたと感じていただけのようだった。
その感覚のギャップに首をひねりながら、楽しげに話をしながら歩く彼女たちと一緒に歩けば、彼女たちが商店街と呼んでいる所にはすぐに辿り着いた。
そこは、魔王城から市街城壁の大門に続く中央の大通りから一つ脇に入っただけの通りで、幅10mはありそうな石畳の通りの両側に多くの商店が軒を連ねていた。
商店の前の通りには何台もの荷馬車が止まり、それなりの数の買い物客や通行人が通りを行き交っていた。
この世界、あるいは地球の中世ヨーロッパでも良いが、こういう中世レベルの市街地における平均的な賑やかさというものを俺は知らない。
だがリムリアさんが言ったとおり、今俺の眼の前に広がる光景は確かに魔王城下の街に息づく活気を感じさせた。
少なくとも今俺の眼の前の通りに広がる光景を見て、寂れているとか、活気がないとかいう印象を受ける者はいないだろう。
その彼女たちの言う「商店街」は少々奇妙なところだった。
表通りから曲がり込んですぐに武器屋があり、その隣は防具屋、道具屋、魔導具屋、錬金術師御用達の薬屋、馬具屋、服屋、食料品店と、いかにもと言った店が立て続けに並んでいる。
商店街なのだから、それらの店が並んでいるのはごく当たり前のことで何か問題があるわけではないのだが、その並びに自然なものでは無い作為を感じる。
もちろん、誰かが練りに練った素晴らしい都市計画に基づいてこれらの店が重複しないよう、効果的に配置されたのだと言われればそれまでだし、それはそれで素晴らしいことでもある。
要するに、グレートサモナーオンラインの延長線上であるこの世界は、当然誰かが設計した通りに、或いは明確の意志の元にあらゆるものを並べてある訳であり、どうやら俺はそういうところを違和感として感じ取っているのだろうと思った。
街並みに違和感を感じているのは俺一人なのか、或いはそんなこともう慣れてしまっていて気にならないのか、その商店街で買物を楽しむ彼女たちの行動はごく自然なものだった。
普段城や戦場で見かけるときは宮廷魔導士の制服の上に、魔導士が身につけるよくある黒いローブを羽織っている彼女たちの姿を見慣れている。
もちろん常にその格好で年から年中生活しているわけでは無く、自室で寛ぐときや、休日などには自分で用意した私服を彼女たちは着ている。
戦いばかりの日々の中、神聖アラカサン帝国という大国に攻め込まれて文字通り滅亡の一歩手前で踏みとどまったこの余裕の無い魔王国で、笑ってしまうほどに僅かばかりのお洒落を楽しむ事が出来るのが、それらの私服だった。
似合うの似合わないの、色が気に入らないだのサイズが合わないだのと、現代日本からやってきた俺の眼にはどれも代わり映えのしない、お洒落とはほど遠いデザインで色合いの服をとっかえひっかえしながら、彼女たちは楽しそうに買い物を楽しんでいた。
「軍師殿は私服は買わないの?」
真っ先に買物を終えたシヴォーラさんが、声を掛けてきた。
短めに切った明るい茶色の髪を持つ彼女は、少々癖のあるこの6人の中では、比較的話しやすい性格をしている。
「余り必要性を感じないのですが、やはりあった方が良いでしょうか。」
俺が軍師服と呼んでいるのは実は上着であって、通常下にシャツを一枚着込む事を念頭に置いてデザインされている。
このシャツを下着としてかなりの数支給されているので、自室にいるときなどは部屋着代わりにシャツだけを着て過ごすことも多かった。
要はちょっと変わった形のワイシャツなのだが、地球でもワイシャツはジャケットの下に着る下着であり、この世界においても同じ扱いなのかも知れない。
自室の中とは言え、来客があるときなどシャツ姿で出迎えるのは、下着姿で人前に出ているのと同じ事になるのかも知れない。
今まで何か指摘されたことは無いが、もしかしたら後ろ指指されるような恥ずかしい行為だったのかも知れなかった。
「好き好きだとは思うけれどね。支給品は作りがしっかりしてるけれど、味気ないから。」
「買いなさいよ。いつまで朝食にあのダッサイ支給シャツで来る気なのよ。男物なら、向かいの店の方が沢山あるわ。お金無いわけじゃ無いんでしょ。ほら、行くわよ。」
シヴォーラさんの脇から、同じく買物を終えて出てきたのであろうルヴォレアヌが口を挟んだ。
そしてルヴォレアヌは俺の返事も聞かず、俺の手を手を掴むと後ろを振り返ることも無く通りを渡って、向かいの服屋に入った。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺い致します。」
店に入ると、身体にぴったりと合った上着に身を包んだいかにも、という感じの初老の男が出迎えてくれる。流石服飾店の店員と言うべきか、着こなしに隙がない。
「この男のシャツを作ってやってくれるかしら? 生地を変えて10着くらい。あと、良い生地があったら上着も幾つか頂戴。」
「畏まりました。生地はこちらでご覧戴けます。ご案内申し上げます。」
そう言って、男は俺達を店の奥に案内しようとしたが、ルヴォレアヌがそれを遮った。
って、おーい。ルヴィーさんや。人の金だと思ってシャツ10枚一挙注文って。しかも全部お任せコースで。金払うの俺だよね?
「全部任せるわ。古くさくないデザインにしてね。上着は、そうね、魔王軍の幹部らしい威厳のあるデザインが良いわ。」
「畏まりました。上着の生地はお選びになりますか?」
「いいえ、それも任せるわ。採寸だけお願い。」
「承知致しました。」
なんか勝手に話が進んで行ってるんだけど。
それから奥の部屋に連れて行かれ、上着を脱いで採寸された。
魔王国まで来てカスタムメイドの服を仕立てることになろうとは。もちろん、日本でもスーツを仕立てるなんてしたことは無い。
「来週には一度目の仮縫いが終わります。こちらからお伺い致しますので、ご都合の良い時を前触れにお知らせ下さい。」
「承知しました。楽しみにしています。」
そう言って店を後にした。
金は前金で全額払った。200万スキューという事だったが、これが高いのか安いのか全く分からない。そもそもそのスキューという通貨単位に関して、金銭感覚が全く無い。
ルヴォレアヌが「魔王軍幹部らしいもの」と云っていたくらいなのだから、多分高いのだろう。日本でだって政府の要人が1着1万円の安物のスーツを着たりはしないだろうし。
因みに今俺の手元には、一億スキューを超える金がある。
ウンディーネの救出に始まって、四大精霊を全て救出しきった事と、スロォロン砦の奪回、なんと魔王城防衛戦についても遡及して報酬が支払われたのだ。
勿論全て持ち歩いているわけでは無いが、200万スキュー程度であれば、買物の時に請求されればどこからともなく現れるミヤさんがその場で支払ってしまう程度には持ち歩いているようだ。
魔王城の中で金を使うことなど滅多に無い。
いつもありとあらゆる事でフォローしてくれているミヤさんにチップ、或いは小遣いを渡そうとしたら断固受け取り拒否されてしまったのだ。
それでも無理に渡そうとしたら、眼から冷凍光線を発し、口調が絶対零度になったので流石に引っ込めた。
どうやら彼女のプライドとか矜持とか、なんかそんな感じのものを悪い方向に刺激してしまったらしかった。
今日の本来の外出目的であった馬車へのサスペンションの取り付けであるとか、先日樽屋に無理を言って造らせた気化爆弾用の特殊な樽であるとか、そういう面倒でややこしいものを手配する際に技術兵や主計課の兵士達に心付けとして金貨を握らせる程度だ。
衣食住も金を取られているわけでは無い。部屋は魔王城の中に住み込み、食事は食堂或いは自室で摂るし、服は前述の通りの状況だ。
結果、使う所が無くて金は貯まる一方だ。
なので200万だろうが、例え2000万だろうが、今の俺にとって余り変わりは無かった。
その後、市場に寄ってから魔王城に帰る事となった。
市場なんてのは朝やるもので、既に夕方と言って良い時間帯にどれだけの店が開いているのかと思っていたが、思いの外活況を呈していた。
商店街からしばらく進んだところに「市場通り」なるものが有り、通りの両脇と真ん中に3列の店の並びが、市場通りの端から端までを埋め尽くしていた。
聞けば、行商人や、まだ駆け出しの商人、或いは商店を持たない工房などがこの市場通りに店を出しており、市場通りに出した店でそれなりの金を稼いだ者がその金を元手に商店街に商店を出す、というのがいわゆる立身出世のお決まりの流れらしい。
つまり、店を持つほどの金が無い内は市場通りでテントに毛が生えた程度の簡易的な店を出し、そこでしっかり稼いだ金を元に商店街の通りに家屋を買って店を出す、という事の様だった。
市場という名前であるはいえ、形は違えど通常の商店と同じであること、また夕食と翌日の朝食の食材を夕方に買い求める者も多いことから、陽が傾いたこんな時間にも市場の通りは活気に溢れているのだった。
行商人達が店を出すので、市場では珍しいものや掘り出し物が手に入ることがある事、また商品の準備のための時間が限られた朝には並ばない食品が夕方には店先に並ぶことなどから、夕方に市場にやってきても充分に買物を楽しめるのだと、ルヴォレアヌ達は嬉々として買物を楽しんでいた。
俺はと言えば、行商人が持ち込んでくる珍しい物がどれで、どの様に使われる物なのかという知識がないため、彼女たちの言うところの掘り出し物がどれなのかを判別することが出来ない。
お得な掘り出し物を見つけるのはさっさと諦めて、アズミとアイ用に、そしてこれならミヤさんも受け取ってくれるのではないかと、クッキーなどの甘い物を購入した。
ついこの間まで帝国軍に攻め込まれ、あと一歩で滅亡というところまで追い詰められていたのだが、住人が戻り始めればすぐにその様な菓子が売られている事に驚いた。
人族だろうが魔族だろうが、甘い物に対する欲求と、その需要を満たして金儲けをする欲求は、どこでも変わりなく強くしぶといものなのだと知らされる思いがした。
買物を終わり、魔王城に戻る。
鍛冶屋に行き、商店街を回り、市場にも行った。
物珍しく店先を覗き込みながら移動したため、思ったより魔王城から離れていたようだ。帰りは市場通りの端から魔王城の城門まで、緩い上り坂を案外長い距離延々と歩き続けることとなった。
魔王城の自室に戻り、窓から外を眺める。
これまでは行ったことも無い魔王城下の街並みを、自分には関係のない異国の街のような視点で眺めていただけだったが、一度その街並みの中を歩いた後であれば景色も違って見えるのではないかと思ったのだ。
そしてまた、強烈な違和感を感じた。
今度はその違和感の原因をすぐに特定出来た。
つい先ほどまで自分が居て、そして歩き回ってきた城下の街と、今自室の窓から見える街並みとでは、明らかに大きさが異なっていた。
今自室の窓から見える城下の街並みは、以前、城からはみ出した軍の施設が建っているのではと誤解するほどに規模が小さかった。
しかし今日一日城下を歩き、実際の大きさを自分の脚を使って実感した街の大きさは、明らかに今眼の前に広がる風景と異なっていた。
つまり、窓から見える城下の街並みと、実際の街並みでは大きさが異なり、実際の市街の方が遙かに大きい、という事に気付いたのだ。
もしかして窓から見える風景はただの投影映像なのかとか、そもそも窓など無くて市街地が見える窓の幻影が壁に映し出されているだけなのではないかと疑い、窓を開けて外を見るが、風景が変わることはなかった。
そして窓は、幻影ではなくちゃんと外の風景が見える普通の窓だった。
そこでもう一つの違和感の原因に思い当たった。
市街地が綺麗すぎた。
ゴミ一つ、食べかす一つ、荷馬車の馬糞一つ落ちていない通りの路面。
落書き一つ、何かがぶつかった傷一つ付いておらず、壁に汚れの一つもなく、綺麗な直角にスッパリと切られた建物の角。
それは鍛冶屋があった裏通りだけではなく、商店街も、市場通りも同じだった。
まるでサイバー系のSF映画に出てくる、仮想空間の中に作られた街並みでも見ているかの様に、完璧に整備され、そして完璧に綺麗な街。
普通の「生きた」都市ではあり得なかった。
そう、まさにその通り。
ここは、グレートサモナーオンラインの中の街なのだ。
あのゲームとよく似た世界観の異世界、なのでは無い。
まさに、あのゲームの中の、仮想空間の中に作られた城と、その城下町と、その街に住む住人と、そして俺を含めた魔王軍の構成員もその例外では無い。
今自分が目にしている光景が、現実ではあっても実は現実では無いという事実に、虚無感、というよりも得体の知れない恐怖を抱きつつ、俺は開け放った窓の外に見える市街地の景色から目を離す事が出来なかった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
軽く一段落付いたところで、一度本作の進行を止めます。
更新を楽しみにして戴いている皆様には、大変申し訳ありません。
一度また本業(SF)の方に戻ろうと思います。
今からスタートするSFは、それなりの長さになる予定ですので、途中疲れたりしたらまたこちらに手を付けたりして、両方ともに関して気分をリフレッシュさせるような更新の仕方をするかと思います。
図々しい話で大変恐縮ですが、ちょっと気長にお待ちください。
宜しくお願い申し上げます。




