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1. 城下散策


■ 4.1.1

 

 

 魔王城には、オグインバル城という名前が付いている。

 上代語と言われる、今はもうこの世に誰も使う事の無くなった遙か昔の言語で、「黒く美しき城」という意味なのだと聞いた。

 確かにその名の通り、魔王城は隅から隅までまるで黒曜石のような艶を持った漆黒の岩で作られている。

 それは内部だけで無く外壁も同じで、かなり異なるがゴシック的な風合いを持つその真っ黒な城は、いかにも魔王がおわす城という不気味さの漂う外見をしている。

 

 そして魔王城には城下町が存在する。

 魔王城がオグインバル城であるので、街の名前もそのままオグインバルと呼ばれるが、実は正式にはオグインバル・カンナタンと言い、「黒く美しき城の懐の街」という意味なんだそうだ。

 

 背後に山地を持つ魔王城は、平地よりも僅かに高度の上がった場所に建っているため、まさに文字通り魔王城の足元に広がる形で城下町が形成されている。

 ただこの城下町は、魔王国首都と呼ぶには余りに小さく、どう見ても数千人程度の住人が居住するだけで精一杯なのではないかと思える規模でしかない。

 魔王城の窓から外を眺めていてその余りの小ささに、ここに来た当初は城下町などではなく、城内に収まりきらなくなった施設が城壁外にはみ出して建てられたのだろうと想像していたほどだ。

 

 朝食のテーブルを囲んで魔王城宮廷魔術師達と歓談した際に、城下のことを色々と聞かされて僅かながらに興味を持った。

 もちろん「興味を持った」程度であり、何が何でも行ってみたいと熱望したわけでもなかった。

 いつ取れるか分からない休みの日に、暇を持て余せば気晴らしに足を運ぶのも悪くはないかも知れない、程度の話だ。

 だが俺が城下町を訪れる機会は、思わぬ理由ですぐにやってきた。

 

「馬車の改良、ですか? ああ、そう言えばそんな事もありましたか。」

 

 魔王国には、ドラゴンという航空部隊が居る。

 エルニメン砦陥落の際に散り散りとなってしまったドラゴンが帰還し、さらに新たなドラゴンも加えたことで、今では魔王国軍のドラゴン部隊は32頭ものドラゴンを擁する一大航空師団となっている。

 1頭辺り最大10トンもの物資を運ぶことが出来るドラゴンが30頭も居れば、一度に運べる荷物は300トンにもなる。しかもその量を、魔王国領内であればどこへでも半日以内で届けることが出来るのだ。

 余程の大軍でなければ、ドラゴン部隊による輸送のみで充分に兵站を維持する事が出来る。

 

 しかし本来ドラゴンは輸送機として使うものではなく、戦闘爆撃機として使用すべきものなのだ。

 大きな積載量は食料や予備の武器を運ぶ為のものではなく、巨岩などの敵を攻撃するものを運ぶ為のものだ。

 そして本来、後方で兵站を担当させるべきものではなく、最前線で敵を殲滅する戦いに用いるものなのだ。

 ドラゴンを兵站に用いれば、その分前線の攻撃力が低下する。そんな事は出来ない。

 幾ら力持ちだからと云っても、最前線で戦うべき戦士を輜重部隊に配属するバカは居ない。

 

 そこで異世界モノにありがちの荷馬車の改良を提案してみたのだった。

 この世界でも簡単に作れる板バネをサスペンションとするだけで、積んでいる荷物の傷みは劇的に改善され、走破性が改善されるために馬の負担が下がり、その分兵站全体の輸送速度が上がる。

 そしてその技術はそのまま、人が乗る馬車へも展開出来る。

 

「私が行かねばなりませんか? 試作した馬車を城まで持ってくれば良いのではないですか?」

 

 俺に面倒を掛けさせやがってという傲慢な発言ではなく、魔王城を離れられない程にクソ忙しいのだ。

 鍛冶屋や木工屋に足を運ぶ時間が惜しい。

 その時間があれば、今後の進軍に関する軍略や、次の目標を攻略するための戦術の考案に充てたい、というのが本音だった。

 

「軍師様の仰るとおりなのですが、御意見を伺ってすぐにその場で改良したいとの鍛冶屋の要望なのです。その方が早く試作を完了し、量産に移れると。」

 

 微妙に面倒そうな顔をした俺の表情を窺いつつ、少し焦りの表情を浮かべた主計課の文官が言った。

 成る程。鍛冶屋が言っている事も分かる。

 発案者の意見を聞きつつ、道具が揃っている自分の本拠地で素早く改良を進めて試作を終えたいという事なのだろう。

 

 兵站を軽く見ることは出来ない。帝国陸軍の二の舞になってしまう。

 サスペンション付き馬車の量産をとっとと軌道に乗せ兵站を改善するのは、次の戦略的目標の攻略戦術を考えるのと同じくらいに重要な事だった。

 ここは腹を括ってキッチリと鍛冶屋に付き合う必要がありそうだった。

 

「分かりました。明日は朝から鍛冶屋に向かいます。その旨伝えておいて戴けますか?」

 

「恐縮です。貴重なお時間、割いて戴き有難うございます。」

 

 そう言って主計課の文官は笑顔を浮かべると、一礼して足早に去って行った。

 図らずも、城下の話を朝食の話題にした翌日、俺は早速城下に出かけることになってしまったのだった。

 

 

■ 4.1.2

 

 

 昨日の朝食の時に約束したとおり、あの場に居た6人の魔道士達を誘って城門をくぐる。

 俺は遊びでは無いのでこのまま真っ直ぐ鍛冶屋に行くことになっている。

 彼女たちは俺を鍛冶屋に連れて行った後、まず市に行って、それから道具屋や服屋を見て回るのだそうだ。

 俺の方の仕事が早く終わるなら、合流することになっている。

 戦場での指示伝達を目的に作った通信機だが、本来の用途と外れた今日が最初の使用になりそうだった。

 通話料が掛かるわけでも無し、実際に何度か使ってテストも行わなければならないのだから、まあ問題は無いだろう。

 

 これもやはり艶やかな漆黒の石造りの城門をくぐる。

 僅かに傾斜した白い石畳の大通りが真っ直ぐに下りながら伸びて、市街の外郭を囲む城壁に開いた城市大門に通じている。

 大通りの両脇には、ヨーロッパ風というのとも少し違う、エキゾチックな外見の石造りの建物が並んでおり、店を開ける準備をしている商店や、既に営業を開始している商店の前の通りを、少なくない数の通行人が行き来していた。

 

「ベルドルッガ鍛冶工房で宜しかったでしょうか?」

 

 リムリアさんが振り返って尋ねてきた。

 

「ええ、確かその様に聞いています。馬車の部品を作ってもらっています。」

 

「でしたら、こちらですわね。」

 

 城門から少し大通りを歩いた先を右に曲がり、さらに脇道に逸れる。

 幅5メートルほどの路地だ。

 裏通りと行っても差し支えない様な、建物に挟まれた狭い通りを抜けて歩く。

 流石にこの様な通りに通行人は殆どおらず、俺達7人の足音が路地に木霊する。

 

 何だろうか。

 何か良く分からないが、強い違和感を感じる。

 この路地に入ったから感じているのでは無く、城門を抜けて大通りを歩き始めた所で既に感じており、その違和感は俺の中でどんどん大きくなっていく。

 だが、自分が何に違和感を感じているのかが分からない。

 だが、この魔王城下の街並みの何かに強い違和感を感じていることだけは間違いが無かった。

 

 違和感に首を傾げつつ路地をしばらく歩くと、槌で金属を叩くリズミカルな音が徐々に大きくなってくる。

 表通りよりは少し低い家並みの中に、槍や剣を無造作に立てた木箱を店の前の通りに出し、金床と槌の形を象った銀色の金属の看板が軒先に下がる店が見えてきた。

 通りに面した店の入口には、確かにベルドルッガ鍛冶工房とペンキか何かで書いてあった。

 

「お早うございます。倉持竜一と言います。魔王城から馬車の改造部品の作成を依頼されている鍛冶屋さんはこちらで宜しいでしょうか?」

 

 俺が店先で声を掛けてすぐに規則的な槌の音が止んだ。ややあって店の奥からゴツい人影がのっそりと現れる。

 ゴツい・・・というより、デカい?

 

「クラモチ? アンタが軍師さんかい? 俺がベルドルッガだ。わざわざこんなトコまで来てもらって、済まねえな。」

 

 どうやらここで合っているらしい。

 だが俺は、店先にまで姿を現したこの鍛冶屋の親方の風貌に視線を釘付けにされて固まっていた。

 ごつい身体、厳つい肩、太い腕、長い顔にぎょろりとこちらを見る眼、頭の両脇には一対のねじくれた角、蹄の付いた両足。3mは超えている身長。

 ミノタウロスかよ! ファンタジー世界の鍛冶屋の定番はドワーフだろ!

 いや、力持ちっぽいイメージは確かに鍛冶屋に合ってるのかも知れんが。

 

「どうやらここで正しかったようですわね。では、私達はこれにて失礼致しますわ。」

 

「あ、ああ。有難うございます。」

 

 ニコニコと手を振りながら遠ざかっていく魔女6人を、鍛冶屋の店先でミノタウロスと二人並んで見送る。

 ・・・シュールだ。

 

「さて、軍師さんよ。とりあえず今出来上がってる試作品を見てくれるかい?」

 

 ミノタウロスの鍛冶屋は、どうやら俺のフリーズした心と身体がゆっくりと再起動するのを待ってくれるつもりは無いようだった。

 

 

■ 4.1.3

 

 

 夕方、まだ日が落ちるには早すぎる時間に仕事が終わった。

 何本もの板バネを作ってはバラし、作ってはバラしと繰り返したので、鍛冶屋のベルドルッガもコツを覚えてきたらしく、最後の頃には馬車重量に対してどのように板を組み合わせるのか分かってきたようで、手早く最適な板を組み合わせたバネを作れるようになっていた。

 頑張って魔王国一の板バネ職人を目指してくれ。

 当分の間は新テクノロジーの第一人者として相当儲けることが出来るだろう。

 

 板バネさえ作ってしまえば、車両へのバネの固定、或いはバネへの車軸の固定はどうと言うことはない。従来の技術でどうとでもなる。

 ミノタウロスが力強い太い指でサムズアップするのに送り出されながら、俺はベルドルッガ鍛冶工房を後にした。

 

「ルヴォレアヌさん、聞こえますか?」

 

 左手首に嵌めた腕輪に向けて話しかける。

 左手を前に出して肘を曲げ、口元に持ってきた腕輪に話しかけるとか、まるで昔のSF映画に出てくるような動作でなんとなくワクワクしてしまう。

 男の子は誰しも子供の頃にヒーローごっこなどして似たような経験があるはずだ。

 だが、無線も携帯も無いこの世界で通りを歩きながらこれをやると、何も居ない空間、或いは自分の腕輪に向けて親しく話しかけるただのアブナイ人に見られかねないので、注意が必要だ。

 現代日本でも、ブルートゥースヘッドセットを付けて電話している奴を時々見かけるが、壁に向かって一人で何か話しているアブナイ奴に見えたりしてギョッとする事がある。

 

『聞こえるわよ。便利ねこれ。流石召喚者は面白いことを考えるわね。』

 

 魔女っ子バージョンのルヴォレアヌから返事が返ってくる。

 サラマンダーを救出する際の帝国軍との戦闘で魔女っ子の姿に戻って以来、ルヴォレアヌが元の老婆の姿に戻ったところを見た事が無い。

 その気になれば一瞬で姿を変えることは出来るのだそうだが、魔女っ子の方が本当の姿なので、外見に合わせて老婆のふりをし続けるのも面倒なのだそうだ。

 

 ではそもそも何で面倒な老婆の姿をしていたのか、という話だが。

 十代前半という年齢、100人中90人以上は美少女と答えるであろう容姿、魔王国一・二を争う魔法の才能、宮廷魔導士という役職、などと云った好条件を多数併せ持った超優良物件である彼女に交際や結婚の申し込みが殺到したのだそうだ。

 その様な申し込みのほぼ全てが、彼女自身を気に入ったというのでは無く、彼女が持つその様な色々な好条件に引き寄せられた、言わば打算的な申し込みであったので、その余りの多さにウンザリして姿を老婆に変え、魔法の実験中の失敗で急激に歳を取ってしまった、という話を広めたのだった。

 当然それ以来、その様な申し込みはぱったりと途絶え、平穏な生活を送ることが出来る様になった、と。

 

 そして軍師として召喚された俺が男であった為、過去の面倒の再発を危惧して老婆の姿で俺に接していたという。

 サラマンダーの救出の際、数百という帝国騎士団にレイリアさんとマリカさんを守ってたった一人で対峙しなければならなくなったとき、魔法の展開に障害となる老婆の姿を解除し、元の姿を取ったのだそうだ。

 俺がダムレスといい仲になっていた事、一度見られてもう正体がばれてしまっていることから、もうわざわざ老婆の姿を取る必要は無かろうと、今は本来の姿に戻ったままで居るらしい。

 そんな事をして、元求婚者達に知られてしまえば元の木阿弥ではないかと思うのだが。

 

「こちらの要件は終わりました。日暮までまだ時間もありますので、折角ですから合流させて戴こうと思いますが、どこに向かえば宜しいでしょうか?」

 

 人通りの無い路地を一人で歩く。

 他に誰も居ないので、腕輪に話しかけるアブナイ人に見られることも無い。

 

『どこ、って言ったって、あなた城下の事全く分からないんでしょ? 良いわよ、今の買い物が終わったとこ・・・』

 

 突然、横から黒い服に包まれた腕が伸びてきて俺の両肩に回り、路上に引き倒された。

 声を上げる暇も無かった。

 すぐ向こうで金属音が幾つか鳴る。音叉のように刃が震える残響が路地に響く。

 さらに俺に向かって飛んで来た銀光を、ミヤさんの黒い刀が弾き、また幾つもの残響が路地に木霊する。

 

『・・・ろでそっちを迎えに行くわ。鍛冶屋から動かないでくれる?』

 

 路地の地面に片膝を突いたミヤさんの視線の先は、今通ってきたばかりの路地で数軒先の建物の屋根の上だったが、少なくとも俺の眼にはそこに人影を確認することは出来なかった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 意表を突いてトレントの鍛冶屋とか、サハギンの鍛冶屋とかやってみようかと思ったのですが、妥当なところに落としてみました。

 ちなみに通信機は、通話ボタンとかはありません。使いたいという意志に反応して起動するタイプです。


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