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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
34/39

14. 気化爆弾


■ 3.14.1

 

 

「火系、雷系の魔法を使わないで! 火が付いたら大変なことになります! 氷や土系の魔法を使って!」

 

 誰だか知らないが、得意げに爆裂魔法を次から次へと帝国軍に叩き込む金髪のクソガキに向かって叫ぶ。

 とりあえず、帝国軍を攻撃しているのだから今のところは味方だ。

 味方の攻撃で気化爆弾に着火して、全員死亡なんて冗談じゃない。

 すぐに魔法が氷槍に変わったので、聞こえたのだろう。

 

 先ほどの帝国軍騎馬部隊からの魔法攻撃を受けて、まだ着火していないのだから今のところ気化油濃度は爆発限界を下まわっている筈だ。

 だがいつ濃くなるか分かったものでは無い。

 

 叫びながら揮発油が詰まっていた樽を探すが、もちろん夜明け前の闇の中、俺の眼で見つけられる筈もない。

 

「レイリアさん、持っていた樽はどの辺りに落ちましたか?」

 

 ダムレスが後ろに庇うようにしているレイリアさんに尋ねる。

 傷付いた身体で苦しいだろうが、全員の安全に関わる情報だ。

 ちなみにダムレスは、気化爆弾の性質をよく理解しているのでブレスを吐くようなことはしていない。

 もっとも、彼女のブラックフレイムで気化油に火が付くのかどうか、疑問ではあるが。

 

「で、できるだけ遠くなるように放り投げた、わ。左右に散っている、筈よ。どの辺りか正確な距離は、分からない、わ。」

 

 レイリアさんがいかにも苦しそうな話し方をする。

 多分、ルヴォレアヌやマリカさんを庇って、その分傷を負ったのだろう。

 ダムレスといい、個体主義が強いと聞いているドラゴンがこれほどに優しい生き物であることに驚かされる。

 

 いずれにしても、明らかに揮発油の匂いが辺り一面漂うこの状態で戦うのは、俺達にとって非常にまずい。

 もちろん敵にとってもまずいのだが、敵がどうなろうが知ったこっちゃ無い。

 どうにかして気化した揮発油を俺達の周りから遠ざけ、あわよくば敵が沢山居るところで着火したい。

 あ、そう言えば、ここに生きてる扇風機が居るじゃないか。

 

「アイ、風を吹かせて下さい。こっちが風上になるように、この辺り一帯から帝国軍の駐屯地に向けて、風速1m/sくらいの弱い風を。」

 

 樽がどう散っているか分からないが、左右にあるならこれでこちらには気化ガスは回ってこない筈だ。帝国軍の駐屯地は正面数kmの所にある。

 

「は? 無能者のくせに、何を偉そうに私に命令してるのよ。」

 

「命令ではありませんよ。お願いしているのです。これはアイにしか出来ない。アイだけが頼りなのです。」

 

 クソ。こんな時にツンデレは面倒臭い。

 

「そ、そう? ふふふ、風を操らせるならば私に出来ない事は無いわ。私に任せておきなさい。仕方が無いわね。恩に着なさいよ。」

 

 前言撤回。チョロいわ。

 面倒臭い事に変わりは無いが。

 左肩のアイが立ち上がる。すぐに辺りの空気が動き始めて、弱い風を感じるようになった。

 

 水の妖精であるアズミが俺の右肩を定位置にしたのに対して、風の妖精のアイはその反対側、左肩に止まっていた。

 ダムレスの激しい機動があろうが、俺がどの様に身体を動かそうが、この二人は定位置から殆ど動くことはない。

 何が起こっても必ず同じ位置に居るというのは、傍目にかなり奇妙だ。

 まるでこの二人の形をしたぬいぐるみか何かが、上着の肩の部分に縫い付けてあるのではないかと、自分で疑ってしまうほどだ。

 それぞれ本来が、妖精という物質では無い存在が顕現化しているという状態なので、その様な物理的作用を受けにくいのかも知れない。

 もちろん、ダムレスが激しい機動をするときには彼女が行使している重力魔法によって守られているという事もあるだろうが。

 

「ジトラさんは魔法障壁(シールド)を。短時間ですので、空気も遮断して下さい。マリカさん、可能であればジトラさんに合わせて。」

 

 レイリアさんの身体の下に匿われる様に佇む黒い袈裟姿を見ると、しっかりとした視線がこちらを見返してきて頷いた。

 大丈夫そうだ。

 ところでルヴォレアヌはどこに行ったのだろう?

 流石にババアくたばったか?

 

 ダムレスとシェリアさんがブレスを吐いて騎馬隊を牽制する。

 さっきのイカレた魔女っ子と、シェリアさんの背に乗ったイリョーティリアさんが、氷槍や岩槍を次々と飛ばす。

 ドラゴン達のシールドの上に、もう一枚、大きく殻が出来たようにシールドが張られた。

 これ以上待つと騎馬隊が近付きすぎて効果が落ちる。今だ。

 

「イリョーティリアさん、9時から12時方向、放射状に火炎魔法を水平射。距離300。そこの魔女っ子、12時から3時方向で。着火させます。」

 

 俺が何を考えているか、状況的にすぐに理解したらしい。

 二人とも、何も居ない空間に向けて小さな火炎(ファイア)魔法(ボール)を、まるで機関銃のように大量に撃ち出した。

 内から外への透過性を持つ魔法(マジック)障壁(シールド)を抜け、無数の火球が放射状に広がって行く。

 

 先に着火したのは、右側だった。

 地面と平行に真っ直ぐ飛び続ける火球が、突然膨れあがったように見え、そして炎は一瞬で伝播して巨大な爆炎となる。

 一瞬遅れて、左側でも同じ様に爆炎が上がる。

 空気を揺らし、地面を揺らして爆発の音と衝撃が身体を突き抜ける。

 爆炎は瞬時に広範囲に広がり、辺り一面の空間を炎で埋め尽くした。

 前方一面の視界が全て炎で埋まる。

 衝撃波と燃え広がる炎はこちらにも向かってきて、僧侶達がつい今しがた展開したばかりの魔法障壁に当たって半球状に切り取られた。

 魔法障壁がなければ、確実に俺達も巻き込まれていただろう。

 

 煙を巻き込んだ赤黒い炎が巨大なキノコ状に立ち上がる。

 まるで核爆発でも見ている様だ。

 気化爆弾の爆発の凄まじさは、ノーミード救出の折に守備艦隊を殲滅したときに一度見ているが、今回は距離が違う。

 自分達が巻き込まれる距離での爆発は、魔法障壁で守られていると知っていても、身体中が強張る程に恐怖を感じる。

 

 想像を遥かに超えた気化爆弾の爆発の凄まじさに、半ば放心状態で前方を眺めている俺の視界から、少しずつ煙が薄れていき、見通しが良くなる。

 200騎ほどだっただろうか。

 墜とされたレイリアさんに向けてジルエラド山麓の平原を駆けていた帝国の騎馬隊は、すでに一騎も存在しなかった。

 レイリアさん達を魔法攻撃することに大きく力を割いていた彼等が展開したシールドでは、小型の核弾頭並みの爆発を巻き起こす気化爆弾には耐えられなかったのだろう。

 

「ふっふーん。どうだ参ったかー!」

 

 金髪の魔女っ子が、先ほどまで騎馬隊が存在していた方を向いて、腰に手を当て胸を反り返らせて偉そうにドヤ顔している。

 誰も聞いてねえよ。誰も生き残ってねえからな。

 一体何なんだこのガキは。

 

 さてそろそろ向こうも頃合いだろう。

 

「イリョーティリアさん、とそこの魔女っ子。目標正面帝国軍駐屯地で火炎系魔法攻撃を。レイリアさん、大変ですが手伝って下さい。帝国軍駐屯地辺りをブレスでひと薙ぎして下さい。」

 

 向こうは3頭のドラゴンが落とした気化燃料だ。

 先ほどの爆発よりも、遙かに凄まじいことになるだろう。

 そして投下からある程度時間も経っている。気化した燃料は充分にあちこちに充満しているだろう。

 

「分かりました。」

 

「まっかせなさ~い!」

 

「了解、しまし、た。」

 

 三者三様の答えが返ってくる。

 レイリアさん、これで一段落付く。そうすればもう少しまともに治癒できるから、もうひと頑張りしてくれ。

 

 二人のダークメイジの回りに、例の爆裂氷槍が大量に発生する。

 ロケット弾のように火を噴くわけではないので派手さはないが、白い霧の航跡を引きながら僅かに明るくなり始めた払暁の空に向けて次々と氷槍が駆け上る。

 放物線を描いて氷槍が駐屯地に降り注ぐまさにそのタイミングで、レイリアさんがビーム状に絞ったブレスを吐き、駐屯地辺りの空間を炎でひと薙ぎした。

 ん? ちょっと待て。

 あの魔女っ子なんでさりげなく爆裂氷槍作ってんだ?

 

 何もない所で、空気そのものがいきなり爆発した様に見えた。

 まさにその通りなのだが。

 夜明け前の闇の中に、白熱した爆炎が一気に広がる。

 それは普通の爆発のように爆炎が広がるのではなく、爆炎が空間を伝って広がる様な、違和感のある広がり方。

 一気に膨れあがった爆炎は、そのまま上空に向けて立ち上り、先ほどのものよりもさらに巨大な白熱したキノコ雲となる。

 地表を白い霞のような衝撃波が伝ってきて、辺り一面全てのものを吹き飛ばす。

 爆風であらゆるものが吹き飛ばされ、押し潰され、磨り潰される。

 俺達はそれを、安全な魔法障壁の中から見ていた。

 

 あらゆるものが焼き尽くされ、吹き飛ばされた。

 それも落ち着き、濃密な炭化水素ガスが燃えた黒煙が晴れると、焼け焦げ挽き潰されて煙を上げる平原の向こうに、魔法障壁で守られた帝国軍駐屯地が現れた。

 魔法障壁は炎、つまり急激な温度変化を通さない。

 障壁の外で幾ら大爆発が起ころうとも、内部に炎が伝わることはない。

 それでも少し時間が稼げた。

 

「マリカさん、今の内にレイリアさんの回復を。」

 

「そうですね。ジトラ、魔法障壁の光魔法特性を上げて下さい。」

 

「分かりました。」

 

 マリカさんがレッドドラゴンの前に向き合って立ち、治癒魔法を行使し始める。

 ややあって、帝国軍の駐屯地とは反対側から金色のドラゴンが近づいて来た。

 

 辺りが、フラッシュでも焚いたかのように真っ白に光った。

 光の帯が俺達の頭上を通り越し、今まさに着陸しようとしているエシューさんを両断しようと宙を薙ぐ。

 金色のドラゴンはクルリと回転しながら落下し、地面に叩き付けられる直前でもう一度翼を開いて、俺達から数百mほど離れた所にかなり乱暴な着陸をした。

 

「入って下さい! 早く!」

 

 魔法障壁を一時的に解除したのであろうジトラさんが叫ぶ。

 あの某艦首決戦兵器のような光魔法は、チャージタイムが1分弱必要であることを俺達と供に飛んでいたジトラさんは知っている。

 そのチャージタイムの間に障壁を開いてエシューさんを回収しようというのだろう。

 1分間は短いようで思ったよりも長い。大丈夫だ。

 

「ったくもう。気軽に言ってくれちゃって。苦労したっすよ。」

 

 ジトラさんが一瞬だけ障壁を解除した隙に効果範囲内に入ってきたエシューさんがぼやく。

 エシューさんの背中には、ダークメイジのイスカさんとダークプリーストのティッパさんが乗っている。

 二人とも特に問題は無く無事なようだ。良かった。

 

「背中の二人には言葉通じないんすから。アタシ一人じゃ翼の欠片なんてなかなか見つけられないっす。途中から何してるか理解してくれたらしくて、協力してもらったんでやっと見つけられたっすよ。」

 

 そう言ってエシューさんは、千切れてズタズタになったレイリアさんの右の翼を差し出した。

 

「治せますか?」

 

 マリカさんに聞く。

 治せないようならば、レイリアさんをここに置き去りにするしか無い。

 幾らドラゴンと言えども、ドラゴンを抱えて飛ぶのは難しいだろう。

 その場合、まだ生きているレイリアさんに何をしなければならないかなど、考えたくもなかった。

 

「剣で断ち切られたのではないので欠損部位がかなりありますね。3人でやればなんとか。」

 

 良かった。胸をなで下ろす。

 しかしそこで、今のマリカさんの台詞の中に重大な情報が含まれていたことに気付く。

 

「3人で、ですか。」

 

「はい。2人ではちょっと無理です。見た目は治っても、障害を残してしまいます。」

 

 ドラゴンの翼は、極めて重要な器官だ。空を飛ぶためには、翼が無くてはならない。

 3人がかりで治さなければならないが、つまりそれは魔法障壁を維持する者がいないという事になる。

 魔法障壁が無くなれば、それはすぐに敵の知るところになるだろう。

 そうすれば、ここに居る全員が例の白色光線に狙い撃ちにされるだけだ。

 間違いなく全滅する。

 

 俺は敵の駐屯地を見た。

 やっと白み始めてきた東の空からの明かりを受けて、ジルエラド山麓に広がる荒野に建つ幾つかの簡素な営舎が見える。

 まだあそこには、強烈な光魔法を操る魔導士が居てこちらを窺い、俺達が防御を緩めるのを虎視眈々と狙っているのだ。

 

 3頭のドラゴンが投下した4トン近い揮発油は、魔法障壁内にも浸透しただろう。

 だが、駐屯地には松明や火系魔法のような火種が無かったので着火しなかった。

 魔法障壁の外で起きた大爆発は、障壁の外にあったあらゆるものを吹き飛ばし焼き尽くしたが、障壁の内部には何の影響も与えることは出来なかった。

 設置型の強固な魔法障壁は、ドラゴンのブレスさえも弾き返す。

 今俺達の手元に、帝国軍の駐屯地を攻撃する手段は無かった。

 しかし、駐屯地に駐留している敵戦力を撃破しないことには、こちらも魔法障壁を解くことが出来ず、レイリアさんの治療を行う事も出来ない。

 手詰まりだ。

 

 俺は、高高度偵察を行った時の自分の推測が当たっていることに望みを掛け、少しの間そうやって敵の駐屯地を睨み付けながら待った。

 

 しばらくして、地の底から伝わってくるような振動が地面を揺らし始めた。

 この振動が俺の予想しているものだとしたら。

 勝った。

 これで帰れる。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「飛べないドラゴンはただのドラゴンだ」という台詞を入れてギャグ入れようかと思ったのですが。

 流石にギャグ入れる雰囲気じゃないかな、と。

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