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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
33/39

13. 空挺作戦(ドラゴンボーン)


■ 3.13.1

 

 

 4頭のドラゴンが形作るダイアモンド編隊が、再び夜の闇を切り裂き進んでいく。

 高度50km。

 足元には、魔王領と人族が生息する領域を隔てている急峻なエルニメン山脈が存在し、雪に覆われ所々雲のかかったその姿を月明かりで確認する事が出来るが、この高度から眺める分には1万mに近い山脈も遙か下方の地形の一つにしか過ぎない。

 編隊はほぼ音速程度の速度でエルニメン山脈を越え、そのまま神聖アラカサン帝国とその北東に位置するエルジャレア王国との国境地帯となっている山岳地帯に沿って飛ぶ。

 魔王軍の将兵の命が掛かっている訳では無いが、しかしアラカサン帝国に囚われた火の大精霊サラマンダーを救い出すという重要な作戦だ。万が一にもこちらの動きを帝国側に気取られるわけにはいかなかった。

 

 とは言え、これまで4大精霊のうち3柱を解放してきた。そしてサラマンダーは最後の1柱だ。

 当然帝国側も、魔王軍が次にサラマンダーの解放に動く事は予想しているだろうし、何らかの対策を取ってきている可能性は非常に高かった。

 本来ならあらゆる事態に備えてそれなりの部隊でもって攻め込みたいところだが、俺はそれよりもスピードを重視した。

 ノーミードを解放してまだ1週間弱、シルフィードを解放して1日。

 例え魔王軍が強襲してくる事が分かっていたとしても、帝国はまだ対応しきれていないだろう。

 その準備不足の状況を狙うのだ。

 

 その為、攻撃部隊の構成はこれまで通り最小のドラゴン4頭と、そこに騎乗する高位のダークメイジ3名、ダークプリースト3名とした。

 そして4頭のドラゴンはそれぞれ2トンずつ、気化爆弾用揮発油の入った特性の樽を抱えている。

 ダークメイジの魔法攻撃と、ドラゴンのブレスで、ドラゴンは空中を高速で駆け回る強力な移動砲台に変わる。

 ダークプリーストが騎乗していれば、本来ドラゴンが持っているシールドと合わせて、大概の攻撃を跳ね返す事ができる。

 緊急の場合にはドラゴンが地上に降りれば、ある程度の地上戦力としての力も期待できる。

 そしてドラゴンが抱える気化爆弾は、大量殺戮兵器、或いは魔法障壁の中に浸透していく特殊爆弾としても使える。

 今一緒に飛んでいるこの部隊構成であれば、大概の事に対処できる筈だった。

 現地に到着してみるまでは正確な敵戦力がはっきりしない、敵領深部へのスピードと隠密性を重視した強襲作戦にはうってつけの部隊構成だった。

 

 編隊は人知れず神聖アラカサン帝国領深く侵攻していく。

 満月を過ぎ、少し欠けた月が西の空に掛かって地上を照らしている。

 細かな地系は無理だが、山や平原、森や川と云った大まかな地形であれば、月明かりだけで俺の眼にも十分に判別が可能だ。

 夜明けまではまだ時間があり、この高度からでも東の空はまだ明るくなっていない。

 やがて、地上を覆う暗闇の中に赤くぼんやりと光るジルエラド山が見えてきた。

 ジルエラド山は、元は付近で一番高いだけのただの山だったらしいのだが、サラマンダーがその地中深くに封印された事で毎度の如く火の妖精達が集まり、終には火山となってしまったという事だった。

 

「そろそろ高度下げるわよー。」

 

「お願いします。言うまでもないことですが、周囲の警戒を厳に願います。」

 

「はーい。」

 

 4頭のドラゴンからなるダイアモンド編隊は、急激に高度を下げ、そして高度を下げた分だけ位置エネルギーが速度に変換されて増速する。

 前方にぽつりと小さく見えていたジルエラド山の赤い火口が徐々に大きくなり、そして見る間に近付いてくる。

 

「んー? 敵が増えてるわねー。」

 

 帝国軍も馬鹿では無い。

 こちらが大精霊を次々に解放していくことを受けて、最後の1柱であるサラマンダーを捕らえたここに増援を送り込んだのだろう。

 一昨日のシルフィード解放がトリガーな訳は無いので、ノーミード、或いはウンディーネを解放した時点で先を見越してこちらに軍を送っていた、と云うことだろうか。

 まあ、そんな事はどうでも良い。

 問題は、帝国軍が増援した部隊の規模と、その内容だ。

 

「この距離で、敵の規模と内容は分かりますか?」

 

「んー。もうちょっと近付かないと無理ねー。幾つか大きな魔力を持っているのが居るのは分かるんだけどねー。」

 

 最後の大精霊を逃すことの無いよう、強力な障壁を張れる魔法使い(マジックユーザ)を投入してきたか。

 それともドラゴンナイト部隊を急遽再編制して強引に投入してきたか。

 いずれにしても、遠くから眺めているだけでは分からない。危険は承知の上で接近して、気配探知或いはドラゴン達による直接目視で確認するしか無い。

 

「距離1万m位で大丈夫ですか?」

 

「うーん、どうにか、ねー。個体識別までは無理ねー。」

 

「分かりました。少々危険ですが、高度5千、距離5千まで近寄ってみましょう。その距離で一旦通り過ぎて、攻撃目標を確認しましょうか。」

 

 払暁前に急襲する優位性を手放すことになってしまうが、仕方が無い。

 こちらは少数精鋭であるので、攻撃手段と、同時に攻撃できる目標数が限られている。目標も分からずに闇雲に攻撃しても意味が無いのだ。

 5千mなど、今の速度であれば10秒もかからずに移動してしまう。

 最初の接近一回で、敵を判別し、攻撃目標を設定し、攻撃態勢に移るだけの時間的余裕は無い。

 

 編隊は更に高度を下げてジルエラド山に接近する。

 山の麓に帝国軍の駐屯地がある。

 駐屯地から距離5千mの、ジルエラド山とは反対側を通過するコースだ。

 

 火山性ガスが原因か、或いは火砕流でも発生したのか、ジルエラド山の麓には樹木の一切生えておらず、土がむき出しになっているゆるやかな斜面が大きく広がっている。

 帝国軍の駐屯地はその様なむき出しの地面の部分に設置してあったはずだ。

 今はまだ夜が明けておらず、西の空に傾いた月明かりだけでは、俺の眼では駐屯地がどこか判別することは出来ない。

 

 ふと違和感を感じた。

 帝国軍の駐屯地がどこか分からないだと?

 駐屯地があるのに、松明の一本も焚かれていないというのか?

 木材なら幾らでも簡単に手に入るこの場所で?

 

 しまった。ヤバい。

 

「ダムレス! 反転! 距離を取って下さい! 連中はこっちを待ち構えてい・・・」

 

 俺は台詞を最後まで言うことは出来なかった。

 帝国軍の駐屯地から突然、夜の闇に目も眩まんばかりの眩しい光の帯が放たれた。

 光の帯は編隊が飛んでいる辺りを薙ぎ払うように横向きに移動した。

 

 光の帯が撃ち出されるよりも僅かに早く、俺が叫んだのでダムレスは回避行動を開始しており、その強烈な光魔法を回避することが出来た。

 シェリアさんとエシューさんは、射線から外れており、かろうじて回避が間に合ったようだった。

 だが、ダムレスのすぐ右を飛んでいたレイリアさんが直撃を喰らった。

 

 魔王軍に所属する者は全て、多かれ少なかれ闇の属性を帯びる。

 闇の属性を持っているから魔王軍に馴染んで参加するか、魔王軍に居る内に闇に染まってしまうか、その差はあるが。

 闇の属性持ちに、光魔法は致命的なダメージを与えることが出来る。

 

 それは僅か一瞬の交錯だったが、レッドドラゴンの右翼の半ば辺りを光の帯が横切った。

 その一瞬で彼女の右翼の殆どは切断され、そして燃え上がった。

 ちぎれた翼が炎に包まれながら、闇の中を回転しながら落ちていく。

 レイリアさん本体も、翼の切断面に炎を纏い、錐揉み状態になって地上を覆う闇の中に向かって一直線に落下して行く。

 ルヴォレアヌとマリカさんがどうなったか分からない。

 

「レイリア! ルヴォレアヌ!」

 

 身を乗り出して下を覗き込むが、既に炎が消えたレッドドラゴンがどこに行ったか分からない。

 マズい所に落ちていったのは確かだ。最後に見たレイリアさんの軌道だと、そのまま落ちれば帝国軍の駐屯地に比較的近いところに落ちるはずだ。

 幾らドラゴンと、魔王軍随一のメイジとプリーストと言えども、こちらを待ち受けていた軍の近くに落ちて無事に済むはずはない。

 墜落の衝撃で怪我をして動けなくなっていれば尚更だ。

 少なくともレイリアさんは、確実に大きな怪我をしている。

 

 等と考えているうちに、残った3頭の竜は帝国軍の駐屯地の近くを通り過ぎてどんどん離れていっている。

 追撃は来なかった。一発だけの虎の子の攻撃方法だったのか、或いはチャージに時間のかかる魔法なのか。

 

「ダムレス、彼女たちはまだ生きていますか?」

 

 こんな時は、生体ルックダウンレーダーに聞くに限る。

 彼女は視力だけでなく、気配探知や魔力探知などを複合的に駆使して索敵を行っている、

 

「とりあえず生きてるわねー。どういう状態かは分からないけどー。」

 

 分かっている。

 敵中に墜落した航空部隊は、見捨てるしかない。

 だが、超音速機の速度で飛び、ヘリコプターの様に離着陸でき、戦車の様な火力と装甲を持つドラゴンなら。

 

「ダムレス、反転して下さい。敵駐屯地上空を通るコースでレイリアさん達に近付いて下さい。持っている樽は全て、途中敵駐屯地上空で投下します。落とすだけです。その後、レイリアさん達の近くに急降下着陸します。」

 

 レイリアさんも揮発油の樽を持っていた。

 墜落地点の近くに落ちていると、面倒なことになるが。

 

「了~解ー。」

 

 ダムレスの身体が大きくバンクして旋回する。

 左側のシェリアさんの位置は変わらないが、ダイアモンド編隊の4番の位置に居たエシューさんが、脱落したレイリアさんの位置に移動してきており、現在はデルタ編隊になっている。

 そのデルタ編隊が、まるで一枚の板の上に乗っているかのように綺麗に旋回した。

 

「散開!!」

 

 いつもの間延びしたような声とは全く異なる、強く鋭い指示がダムレスから発せられる。

 次の瞬間、デルタ編隊が大きくブレイクし、そしてその刹那白い光の帯がまさに一瞬前まで編隊が飛んでいた空間を薙いだ。

 バレルロールから一瞬錐揉み状態になったダムレスだったが、すぐに姿勢を戻し水平飛行を維持した。

 一拍遅れてブルードラゴンとゴールドドラゴンが所定の位置に戻り、再び見事なデルタ編隊が形成される。

 

「あの光魔法はチャージ時間が1分弱の様ですね。次の発射までに間に合います。急いでレイリアさんのところへ。」

 

「了~解ー。」

 

 そしてややあって、

 

 「気、化、爆弾? 落とすわよー。目標帝国軍駐屯地中央の魔法障壁ー。」

 

 いつもの口調に戻ったダムレスのかけ声と供に、3頭のドラゴンが持っていた樽を手放す。

 樽は闇の中にゆっくりと消えていった。

 気化爆弾なので、狙いは正確でなくても構わない。

 

「レイリアが居たわー。まだ生きてるわねー。」

 

 そう言われて下を覗いてみたが、やはり俺の眼では暗闇の中に沈んでいるレッドドラゴンを見つけることは出来ない。

 

「ダムレス、お願いします。」

 

「任せてー。私とシェリアがレイリアの護衛、エシューは千切れた翼を拾ってきて。」

 

「了解。」

 

「了解っす。」

 

「反転降下、行くわよー。」

 

 ダムレスのかけ声が終わるか終わらないかのタイミングで、一瞬で天地が反転した。

 頭上にある地表に向けて一気に降下を始める。

 またいつものことだが、後ろからミヤさんがしがみついてくる。

 薄らと東の空が白みかけ、月明かりのある比較的明るい夜明け前とは言え、それでも明かりの全く無い真っ暗な地表に向けて反転垂直降下するのは流石に顔が引きつり、腰が引ける。

 スリル満点なんてモンじゃない。本気で命の危険を感じて、スピードで魂が消し飛びそうな、そんな勢いがある。

 

 高度3千mから垂直降下し、僅か10秒ほどで地上100mほどまで高度を落とした。

 現代地球のあらゆる航空機にはとても真似が出来ない様な方法で、翼を広げたエアブレーキと、翼が生む推進力と、それと多分重力魔法まで併用して高度100mでほぼ一瞬で静止する程までに急制動をかける。

 

 地上には、片翼が千切れ、もう片方の翼もボロボロになって地面に引きずりながらも、長い首を擡げて接近してくる敵の騎馬部隊を迎え撃とうとしているレッドドラゴンが居た。

 その巨体に守られるようにして、闇の中で見にくいが、黒いローブ姿と袈裟姿が動いているのが見える。

 良かった。皆生きている。

 

 その二人と一頭の無事な姿に胸をなで下ろしたのも束の間、既に数百mほどの距離に迫ってきている帝国軍の騎馬部隊から、次々と火球が生み出されあり得ない速度で彼女たちに向けて叩き付けられ、青い光を闇に滲ませて電光が放たれ、駐屯地から撃たれたものよりは小ぶりではあったが、白熱した光の線が一帯を薙ぎ払った。

 ホーリーナイト、或いはパラディンと云った光の属性を持つ自称神聖な騎士達は、騎士として物理的な攻撃力、防御力に秀でているだけではなく、光魔法や火魔法、雷魔法と云ったいかにも神話の神々が裁きや浄化に好んで使いたがりそうな魔法を得意とする者達が多い。

 甲冑を着た騎士達が騎乗する騎馬部隊だと高をくくっていると、まさに今のように突然の遠距離魔法攻撃をたっぷりともらってしまうことになる。

 

 魔法攻撃による爆発で火柱が上がり、土砂が吹き飛ばされ、黒煙が立ち上る。

 ドラゴンの巨体がその爆風を受けて、流石に不安定に大きく揺れる。

 

「ダムレス、強行着陸を!」

 

「もちろんよー。」

 

 ドラゴンが生来持つシールドで炎と石礫の雨を強引に押しのけながら、ダムレスとシェリアさんが、墜落一歩手前のような勢いで脚を叩き付けるようにして着陸する。

 ダムレスが耳を聾する咆哮を上げ、敵を威嚇する。

 

 揮発油の匂いがぷんと鼻を突く。

 まずいな。

 多分レイリアさんが持っていた気化爆弾の樽が、近くで割れているようだ。

 

 その俺の眼の前を、闇夜に燐光を発するかのような見事な金髪を黒いローブのフードから溢れさせ、戦場に似つかわしくない少女が駆け抜ける。

 

「あははははは! 全部燃えちゃえー!!」

 

 楽しげな笑い声を上げたその豪奢な金髪の少女の周りに、無数の巨大な火球が発生し、球を形作った端から帝国軍に向けて凄まじい勢いで撃ち出されていく。

 

 あ、バカ。

 なんてことをしてくれやがんだこのクソガキ。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 次回、魔女っ子「ウィッチシスターズ」24色勢揃い! 乞うご期待! (嘘

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