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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
31/39

11. 風の大精霊からの贈り物


■ 3.11.1

 

 

 ダムレス以下4頭のドラゴンが氷上に着陸した。

 またいつもの如くどっこいしょとダムレスの背から全面結氷しているトヴァン湖の上に降りる。

 ダムレスは気を利かせてかなり身体を低くしてくれているのだが、それでも地上4~5mはあるのだ。

 ミヤさんはひらりと飛び乗り、飛び降りるが、そんな芸当俺には無理だ。

 だいたいそもそも5mの高さにひらりと飛び上がれる方が人としておかしいだろう。

 魔王軍にはそういう出鱈目に身体能力の高い連中や、ルヴォレアヌ達のように飛行魔法で自分の身体を空中に浮かす事が出来る連中ばかりなので、まるで俺が劣等生のように見えてしまうが、本来俺が人類スタンダードの筈だ。

 そう、何も恥じる事はないのだ。

 ・・・言ってて虚しい。

 

 気を取り直して。

 

 ダムレスの背から降りた俺は、湖の中央に突然発生した小山の脇に近寄る。

 上空からではその高さが今ひとつよく分からなかったが、近寄ると案外大きい。高さ20m近くはあるだろうか。

 その頂上に横たわるように浮いていたシルフィードの身体が、ゆっくりと空中を漂って俺の方に向かって降りてくる。

 立ち尽くしてそれを眺めている俺の眼の前50cm程の所で止まった。

 ・・・また抱き止めろというのか?

 

 後ろを振り返ると、俺の数m後ろに並んで立っているウンディーネとノーミードがにまにまと笑ってこっちを見ているのと視線が合う。

 こいつら、俺がドギマギして対応するのを見て楽しむためにわざとやってやがるな。

 とは言え、抱き止める事無く地上に落下させると、シルフィード本人から後で何を言われるやら分かったものでは無いので、ここは素直に従うしか無い。

 両手を前に差し出すと、シルフィードの捕捉真っ白な身体がストンと俺の腕の中に落ちてきた。

 軽い。

 

 真っ白と言っても良い銀髪がさらりと流れ、小さく細面の顔が露わになる。

 シルフィードが眼を開けた。

 印象的な深い緑色の瞳が朝日を受けて明るく輝く。

 その切れ長の眼と視線が合った。

 

「イヤアアアアアアアアアア!!!!」

 

 俺の鼓膜を突き破り、氷の平原に絶叫が響き渡った。

 

 

■ 3.11.2

 

 

「そもそも下等生物がこの私の身体に触れて良いはずがないのよ。どう責任を取るつもりかしら。」

 

 脳を揺さぶる絶叫の後、右の掌底でアッパーカットを食らわせ、さらに鳩尾に踵蹴りを入れたコンボ攻撃の反動で俺の腕の中から逃げ出したシルフィードは、今腕組みをして仁王立ちの体勢を取って俺の前方数m、俯角45度辺りの空間に浮遊して氷のような目つきで俺を見下ろしている。

 

 次から次へと呆れるほどの勢いで罵詈雑言を並べ立てる彼女を半ば呆れつつ見上げたら、「その汚い眼で私を見ないで。いやらしい。」と先ほど言われてしまったので、仕方なく俺は視線を下に外して、氷結した湖面に転がっている氷の欠片を数えていた。

 実際のところ、視線を上げると角度的に色々と見てはいけないものがモロに眼に入ってくるので、気恥ずかしくて彼女の姿を見る事が出来ない、という理由もある。

 

「しかもよりにもよって無能者だなんて、あり得ないわ。魔力の欠片も持っていない無能者って、生きている意味あるの? 生きていて恥ずかしくないの?」

 

 生きていくのにうんざりしていた事はあるが、恥ずかしいと思った事はないな。

 この手の高飛車系の女を現実でも創作でも見かける度に毎度思うのだが、よくこれだけ相手を苛立たせ怒らせる台詞が、次から次へと立て板に水を流すように生まれ出てくるものだ。

 間違いなくこれはある種の才能だろう。

 どこで役立つのかは不明だが。

 

「さっきから好きな事言ってるけどお、わざわざあなたを助けに来たのよお。御礼くらいは言っても良いんじゃないのお?」

 

 俺の後ろからウンディーネがどことなく楽しそうな声でシルフィードに文句を付けた。

 クソ。こいつら、こうなる事が分かってて俺に彼女を抱き止めさせたな。

 

「そっ、それについては、感謝、してるわよ。助けてくれて、あ、ありがと。」

 

 うほおおおおツンデレ感謝キタ―――――――!

 完璧なテンプレート台詞の再現性に思わず幸福感マックス振り切れた俺は、僅かに頬を赤らめ顔を横に背けながら横目でこちらをチラ見して礼を言っている筈のシルフィードを見上げた。確かにその通りだったが、しかし慌てて視線を下げた。

 無防備に空中に仁王立ちしているので、色々見えすぎる。

 

「そっ、そこのお前! そうよ、お前よ。」

 

 照れ隠しなのか何なのか、突然シルフィードが話題を変える。

 

「そこの小さいのは、この無能者に引っ付いて連絡役をしているみたいね。お前、その無能者と一緒に居て、何かあったら教えなさい。」

 

「え。私ですか? この無能者に、ですか?」

 

「何よ? 私の命令よ? 不満なの?」

 

 どうやらシルフィードは、先ほどからつきまとっているあの羽の付いたちっこいのと話しているようだ。

 

「と、とんでもない。ご命令のままに、大精霊様。」

 

「そこのお前、無能者。面を上げなさい。」

 

 今度はこっちをご指名だ。

 いや別に平伏して視線を下げてるわけじゃないんだがね。

 あおり角度の入ったエロ画像みたいな光景を見るのが小っ恥ずかしいから俯いているだけなんだが。

 大精霊様というよりも、女王サマだな、これは。

 仕方が無いので女王サマのご命令に従い、シルフィードの方を見る。

 雑念が入らないよう精神力を最大限に使い、務めて彼女の顔だけを見るように視線を固定する。ヤバい。

 

「その小さいのをあげるわ。私に用事があるときは、その小さいのを働かせなさい。と、時々だったら、お前の願いを聞いてやっても良いわ。」

 

 あげるわ、ってアンタ。

 いやこんな失礼全開な奴もらってもなあ。

 

「えェ・・・」

 

 案の定、あの羽の生えたちっこいのも嫌らしく、何やら後ろの方から抗議の声が上がっている。

 必要なのだろうか?

 空気は液体の水とは違って、どこに行っても存在するのだけれど。

 

「か、勘違いしないでよね。同じ大精霊としてカッコ付かないから付けるだけなんだから。」

 

 「勘違いしないでよね」戴きました――――――――!

 

「じゃあ、私は行くわよ。あんた達と違って、私は忙しいのよ。」

 

 さっきまで意識失って捕まってた奴が何がどう忙しいのか知らんが、どうやら彼女は多忙らしい。

 自分でそう言っているから、多分そうなのだろう。

 そしてシルフィードはふわりと舞い散る銀色の光の粉を残して、空中に溶けるように消えた。

 

 さて。

 シルフィードも助け出したし、いつ帝国の空挺部隊が来るやら分かったものでは無いし、俺達も引き上げるとするか。

 俺は振り向いてダムレスの方に歩き始めた。

 

「さて、用事は終わりました。帰りましょう。また宜しくお願いしますね。」

 

 ダムレスに近付くと、人間であれば鼻梁に当たる部分を撫でてやる。

 眼を閉じた彼女は、気持ちよさそうにグルルと喉を鳴らす。

 彼女を撫でる度に思うのだが、この矢も剣も弾き返す装甲板のような鱗の上から撫でて、本当に気持ち良いのだろうか。

 感触が気持ち良いのではなくて、滅多に無い「撫でられている」という状況が心地よいのかも知れない。

 体長20mオーバーの最強の生物であるドラゴンの頭を撫でる奴は、そう居ないだろう。

 

「・・・・・・!!」

 

 身体を低くしてくれているダムレスによじ登る。

 肘に脚を掛け、背中の鱗の出っ張りを掴んで、肩に脚を掛けて身体を持ち上げる。

 硬い鱗と強靱な肉体を持っていると知っているから出来る事であって、そうで無ければこんな無理矢理なよじ登り方をされると、痛いのではないかと心配になってしまう。

 

「また失礼しますね。」

 

 そう言って、既にミヤさんが座っている場所のすぐ前に腰を下ろす。

 

「・・・・・・!!」

 

 はて、さっきから何か聞こえるような気がするのは気のせいだろうか。

 

「無視すんじゃないわよ! 失礼な奴ね!」

 

「おや、まだいたんですか。」

 

 羽の生えたちっこい生物(?)が顔の前に回り込んできて、腕を腰に当て、大層ご立腹な様子で眼の前50cm位の所を浮遊している。

 ふわふわと浮遊しているが、その背中の羽は特に動いたりしてはいない。

 宙を飛ぶのに羽は要らないようだ。ならばなぜ付いていのだろう?

 ドラゴンのように推進器として利用するものなのかも知れない。

 水の妖精であるアズミもふわふわと浮く事が出来る事から考えて、妖精は一般的に浮遊する事が出来、さらに風の妖精はこの羽を使って高速で飛翔する事が出来る、という事なのだろうか。

 そのうち聞いてみよう。

 

「ムキー! 当ったり前じゃない! 大精霊様にお前と一緒に居るように言われたのよ!」

 

 本当に口でむきーとか言って怒る奴を初めて見た。

 

「では付いてくれば良いでしょう。」

 

 「付いてくる」どころか、口ぶりだけだとまるで所有権を譲渡されたようにも聞こえたが。まあ、まさかそんな事はないだろう。

 

「ひっどーい。ねえ、酷くない? こいつこんな奴なの? 信じられない!」

 

「私には優しい。」

 

「なに? 私だけなの? 差別よ差別! 信じられない! 水のは良くて風の妖精は気に入らないっての!」

 

 会話の相手は、相変わらず俺の右肩に座っているアズミだが、アズミは通常運転で答えを返している。

 しかし語尾に全て「!」が付くようなこの賑やかな喋り方は何とかならないものかね。

 身体が小さいからか、声が高くて頭の中にキンキン反響して響く。

 

 「はいはい。そろそろ黙って下さい。マリカさん、帝国軍の駐留部隊の方ですが、首尾はどうでしょう?」

 

 魔法障壁で防御を固められると、基本的に手を出しようがない。

 四大精霊は魔法障壁の内部の物質も操る事は出来るが、この世界の守護者という立場から、生物を直接殺してしまうような力の行使は出来ない。

 だから、能力的に出来る事は分かっていても、例えばウンディーネに対して、障壁の中を水で満たしてもらって敵兵士を溺死させる、というお願いは出来ないし、したとしても聞き届けてくれる事もないのだ。

 

 やり方はある。

 障壁の内部で兵士達が生存していかねばならないので、光や空気はある程度通る構造になっている。

 であれば、障壁の外側をさらに障壁で囲んで、その内部を真空にしてしまえば良い。

 障壁が弾き返すのは、光や熱、空気と云ったものの急激な変化だ。

 弾き返されない程にはゆっくりで、且つ最大限の変化で内部を真空にする。

 眼に見えないものなのでなかなか気付かない。

 息苦しいと気付いた時には既に酸欠になりかけており、そこから魔法障壁の設定を変更しようとしてももう遅い。

 そもそも、何をどういじるべきなのか、酸欠で鈍った頭では瞬時に思い付く事などできはしない。

 ダークプリースト達に「空気」というものの存在と、空気の無い「真空」というものを理解してもらうのに少々手間取ったが、元々頭のいい人達なのだ、今では僧侶魔導士皆がその理屈を理解している。

 

「処理は終了しています。障壁解除します。確認して下さい。」

 

「分かりました。飛び上がった後に上空から観察しましょう。」

 

 4頭の竜が、氷の平原から飛び上がる。

 帝国の空挺部隊は、まだ竜や魔道士達の可知範囲に現れていないので、比較的ゆっくりと高度を取っていく。

 

 途中、帝国軍の駐屯地上空を通る際に、魔道士達が各々巨大なファイアーボールを打ち込み、さらに仕上げでドラゴン達が折角温存しておいたのに結局出番の無かったブレスを撃ち込んだ。

 駐屯地を包む魔法障壁など既に存在せず、攻撃魔法とブレスが直撃した建物や天幕が吹き飛ぶのが観察できた。

 

「生存者はいますか?」

 

 生存者がいれば、こちらがどの様な攻撃を用いたかという情報を持ち帰られてしまう。

 可哀想ではあるが、「見た者は生かしておけない」のだった。

 

「居ないわねー。障壁を解いた時点でもう皆死んでたみたいよー。」

 

 想定通りの結果に満足だ。

 焼き払われた駐屯地は、こちらの攻撃方法の特定を困難にするだろう。

 

「さて、これで目的は達成しました。作戦完了です。全騎帰投します。ダムレス、高度を上げて、針路を魔王城に向けて下さい。」

 

「了~解ー。」

 

 俺が乗ったブラックドラゴンは力強く一度羽ばたくと、夜明けの光を受けてまだ紫色の残る空に向かって一直線に上昇していく。

 右にレッドドラゴン、左にブルードラゴン、後ろにゴールドドラゴンを従え、見事なダイアモンド編隊を維持しながら。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 すみません。更新遅くなりました。

 ちょっとプライベートでふらふら遊び歩いていたもので。

 ソースカツ、美味し。

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