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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
30/39

10. 風の妖精


■ 3.10.1

 

 

 グリフォンナイトが全滅したあと、帝国軍の地上部隊は彼らを護る魔法障壁の中から出てくる気は無い様だった。

 竜巻と見まごうばかりの超低気圧がすぐ近くでありとあらゆる固定されていないものを次から次へと吸い込み、更にグリフォンナイト部隊30騎をあっという間に全滅させた魔王軍のドラゴン達が頭の上を飛び回っているこの状態で、何か決定的な攻撃方法でも持たない限りは、魔法障壁の中に閉じ籠もるという以外の選択肢など有ろう筈が無かった。

 

 その方が俺達としても仕事が進めやすくて助かる。

 前回、ノーミードを救出したときよりも一人多くダークプリーストが参加しているのはこのためだ。

 ゴールドドラゴンのエシューさんが、単独で少し高度を下げる。

 そのまま雲柱の周りを数周する内に、エシューさんの背に乗ったティッパさんが帝国軍駐屯地を包む魔法障壁の更に一回り外側に絶対魔法防御の障壁を作り上げた。

 内からも外からも、あらゆる全ての物質を通さない完全反射の性質を持った鏡面状の球体が帝国軍の野営地を包み込んだ。

 これでこちらも落ち着いて仕事を進めることが出来る。

 

 とは言っても、駐留部隊からアラカサン帝国軍本部に強襲の報告が行われた可能性は高く、さっさとやることをやって敵の増援が来ないうちに引き上げなければならない。

 ドラゴンナイトの部隊であれば、最速で1時間かからずに到着する可能性があるのだ。

 

 そして俺達は、相変わらず吹きすさぶ強風と、その強風によってトヴァン湖上空に発生した巨大な雲の柱を見上げて途方に暮れた。

 当初の予定では、ノーミードの力でトヴァン湖の底の地面を隆起させ、隆起する地面で凍った湖水を強引に排除し、湖の中から魔法障壁球を取り出すつもりだった。

 氷の中から転がり出てくるであろうシルフィードが囚われた魔法障壁球は、ノーミードを解放したときと同じように絶対魔法防御で包み込むことで魔力欠乏による動作不良を起こさせ、ドラゴンブレスで破壊する予定だったのだ。

 

 しかし今、トヴァン湖の上空をこれほど強烈な竜巻もどきと分厚い雲の柱が覆ってしまっている状態では、例え凍った湖の中から魔法障壁球を取り出せたとしても、強風に押し戻されてしまって魔法障壁球が外に転がり出てくることは無く、そして魔法障壁球が雲柱の中に有る限りはそれを絶対魔法防御で包み込むのも非常に難しいのだった。

 意外というべきか、或いは当然と言うべきなのか、絶対魔法防御は眼で見ている対象に対して発動する必要があるとのことだった。

 気配探知などで位置を特定した対象に向けて絶対魔法防御を掛けても、目標の形状や大きさを掴みきれないため、目標が正しく絶対魔法防御によって完全に包まれるかどうか怪しいのだそうだ。

 

 そうなるとこの状況はお手上げだった。

 

「ドラゴン4頭で呼びかけてみても駄目ですか?」

 

「妖精っていうのは子供と同じだからねー。興奮したらもう誰の言うことも聞かないのよー。」

 

 どこの躾のなっていないクソガキだそれは。

 

「ウンディーネやノーミードの呼びかけでも駄目ですか? 同じ大精霊でも?」

 

「無理ねえ。同じ大精霊とは言っても、私たちには風の妖精に対する支配権は無いからねえ。聞く耳なんて持たないでしょうねえ。」

 

 相も変わらず非常に悩ましく目のやり場に困る、洋モノのエロ動画に出てきそうな、出るところがキッチリ出て引っ込むところが十分に引っ込んだ全裸ボディーを惜しげも無く晒して、俺の左肩から首に腕を回したウンディーネが答える。

 

「この雲柱を上から下までブレスで真っ二つにしたら大人しくなりますかね。」

 

 俺は頭上遙かまでそびえる渦巻く雲柱を見上げながら言った。

 収束させれば数十km先まで届くドラゴンブレスだ。たかだか15000mの高さの雲柱など、軽く真っ二つに出来るだろう。

 幾ら手の付けられないクソガキ共でも、遊んでいる場所を真っ二つにされれば少しは頭が冷えるだろう。

 

「・・・そ、そうねえ。取り敢えず静かにはなるでしょうねえ。後で酷く恨まれそうだけれど。」

 

 いつもお気楽そうな薄笑みを浮かべているウンディーネが、一瞬絶句した後に珍しく真面目な顔で返してきた。

 どうやらその手は拙いらしい。

 

 さて困った。

 と思っていると、空中でレイリアさんがスッと近づいて来た。

 

「お主、自分が何者か忘れておらぬか?」

 

 レイリアさんの背に乗ったルヴォレアヌがこちらを見ながら声を張り上げる。

 俺が何者か?

 転移者で、軍師で、そして無能者だ。

 

 成る程。

 軍師は意識せずともあらゆる種族と会話する事が出来る。

 俺が風の妖精に語りかければ、妖精達は俺の声に耳を傾ける可能性がある。

 妖精達が今のまま騒いでいると、大事な大事な親分が解放できないのだと説いて聞かせれば良い。

 無能者の俺には妖精達の声を聞く事は出来ないが、風の流れを見ていれば、妖精達の反応は分かる。

 もちろん俺の語りかけも無視される可能性はあるが、ドラゴン達が呼びかけるよりは可能性が高いだろう。

 

 俺は大きく息を吸い込んで、あらん限りの声を張り上げた。

 

「風の妖精達よ。聞いて欲しい。この嵐では風の大精霊の救出が出来ない。どうか静まってくれないだろうか。風の大精霊、シルフィードを助けるためだ。協力して欲しい。」

 

 何も変わらない。

 強風は変わらず吹き続け、風の逆巻く雲柱は変わらず俺達の前にブッ立っている。

 まあ、そう簡単に事が進むとは思っていないが。

 小学校の新入生のクソガキが騒いでいるのを黙らせるにも、それなりの労力と時間が必要だ。

 「今みんなが静かになるのに10分かかりました」というやつだ。

 

 それから何度か同じ様に呼びかける。

 普段そんな大声を上げる事など無く、そろそろ声が嗄れ始めるかと思い始めたとき、唐突に俺の眼の前にふわりと白い光の珠が現れた。

 

「なによ、人に頼むばかりで、あんた全然返事しないじゃない。勝手な事ばかり言わないでよね。耳聞こえないの? 無能者なの? 馬鹿なの?」

 

 光の珠は俺に激しく喧嘩を売りながら、徐々に人の形を取った。

 アズミとほぼ同サイズの、濃い青色の髪に明るく輝くようなエメラルドグリーンの瞳を持った妖精が、俺の僅か50cmほど前に顕現した。

 その背中には、蜻蛉の羽をもう少しスリムにしたような形の大小2対の朧気に光る羽があり、そしてやっぱり全裸だった。

 もういいよ、その点については諦めたから。

 

「あなたは風の妖精ですね。済みません、確かに私は無能者なのです。顕現して戴いて、やっと声が聞こえるようになりました。

「先ほどから申し上げているとおり、私達は今からシルフィードを救出しようとしています。ですが、この嵐が邪魔をして作業が出来ないのです。他の妖精達にも、静まるように伝えて戴けませんか? 協力して戴ければ、その分早くシルフィードが救出出来ます。」

 

 あまり下の方をじろじろ見ないように、務めて彼女の眼を真っ直ぐ見つめながら話しかける。なかなかの精神的重労働だ。

 失敬さ全開の彼女の台詞の後半部分については聞かなかった事にした。

 

「ええ!? ホントに無能者なの? 無能者なんてホントにいるんだ。無能者初めて見たわ。でも無能者のくせにアンタなに水と地の加護なんて持ってるのよ。無駄じゃない。無能者なのに。変なの。」

 

 また無能、無能と・・・確かに躾のなってないクソガキだ。

 こっちの聞きたい事は完全無視して、自分の興味のある事だけかよ。

 手のひらでひっ(ぱた)いて叩き落としたい衝動を抑えつけ、できる限りにこやかに語りかける。

 

「ご存じと思いますが、水と地の大精霊を救出しましたからね。その御礼に戴きました。

「で、次は風の大精霊を救出したいのですが、どうでしょう? 協力して貰えませんか?」

 

 なんとなく笑顔が引きつっているような自覚があるが、ここは我慢だ。

 

「はあ? 当たり前じゃないの。大精霊様を助けるのに私達が協力しないなんてあり得ない。馬鹿じゃないの? 早く言いなさいよ。風を止めれば良いのね? そんなの簡単。」

 

 俺の右手に宿る邪悪な闇の怒りが暴れ出すのを押さえ付けるのに全ての精神力を消費する。

 簡単ならさっさと止めやがれこのクソガキ、ふん捕まえて捻り潰すぞクソッタレが。

 ・・・と、心の中でだけ叫んで顔は営業スマイルだ。引きつってるかもだけど。

 

 次の瞬間、一瞬で風が止んだ。

 先ほどまで轟々と吹き荒んでいた強風がまるで嘘のようだ。

 渦を巻いていた雲柱も動きを止め、ただの変な形の霧になった。

 10000m以上の高さの雲柱を形成していた霧が拡散し始め、トヴァン湖の回りを濃密に覆う。湿気を多く含んだ空気は重いのだ。

 

「視界が良くないですね。あの霧を飛ばして貰えませんか?」

 

「面倒な事を言うわね。自分でやんなさいよ。なんでそこまでしなきゃ、ひっ!」

 

 魔王城の地下で生まれた俺の闇の心(ダークサイド)が順調に成長しているようだ。

 今なら俺にもフォースが使えるような気がするよ、マイファーザー。

 ベイダー卿と違って、俺に出来るのは小さな妖精の首を縛り上げるだけだが、なに、今はそれで充分だ。

 

「あの霧、なんでここにあるんでしたっけ?」

 

 ニッコリと笑って優しく諭す。相手は小学校低学年程度のクソガキだ。

 首を引っこ抜きたくなったとしても、もう少しだけ我慢だ。

 

「わわわ、わか分かったわよ。消せば良いんでしょ、消せば。」

 

 そう言うと風の妖精は藍色の髪をふわりと浮かせ、トヴァン湖の方に向き直った。

 濃い霧が森の中から消えていき、そして未だ大まかな形が残っていた雲柱も、森の中の霧が消えると同時に根元からかき消すように消滅した。

 

 地平線から顔を覗かせ始めた朝日の中にトヴァン湖が全貌を現す。

 先日高高度偵察を行った時と変わらず、湖は全面が真っ白に凍り付き、湖と言うよりもまるで白い砂で覆われた小さな平野のように見える。

 不思議なのは、零度かそれ以下の温度の筈の湖に対して、周囲の森が青々と葉を生い茂らせている事だ。

 冷気が回りに拡散していかないような、何らかの仕組みがあるのだろう。

 

「ありがとうございます。さて、これで準備は整いました。ノーミード、いますか?」

 

 大精霊はこの世に遍く存在する。

 地面から遠く離れなければ、呼びかければ現れる。ドラゴン達の高度が1000mを切っている今ならば、俺のすぐ近くに顕現するだろう。

 

 気付けば、俺のすぐ前のダムレスの背中に、ノーミードがこちらを向いてちょこんと座っていた。

 全裸だ。もうどうでも良いや。だんだん気にならなくなってきた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 鳶色の柔らかな髪の毛に縁取られた顔がぱあっと明るく笑みを浮かべ、その全裸の幼女は元気に立ち上がり真正面から抱きついてくる。

 流石に固まる。

 

「ちょ、ちょっと、アンタなんなのよ? 無能者のくせに地の大精霊様を一声で呼びつけるとか、そんなのアリな訳?」

 

 なんか羽の生えたうるさいのが脇で何か言っているが、無視。

 それを言うならウンディーネは相変わらずずっと俺の左肩に絡みついている。

 

「この間魔王城でお話しした事をお願いしたいのです。あの湖の底に、シルフィードを捕らえた魔法障壁が沈んでいます。湖の底を隆起させて、氷を割ると同時に魔法障壁を湖の上まで持ち上げて貰えますか?」

 

「うん、いいよ!」

 

 元気に返事をしたノーミードは、俺に抱きついたまま動きを止めた。

 彼女の視線は湖を向いていないのだが、しかしトヴァン湖の湖面に劇的な変化が生じる。

 

 凍った湖面の中央が盛り上がり始め、その変形する応力に耐えきれなくなった氷に無数のひびが入り、音を立てて砕ける。

 砕けた氷片は辺りに飛び散り、湖の中央部では下から続々とまるで火山が噴火するかの様に氷が盛り上がり、さらに回りに崩れて、氷の破片で出来た小山を形成している。

 山はさらに大きくなり、そしてついには回りの氷の山を押し分けるようにして、直径50mほどの大きさの氷の球が、山の中から姿を現した。

 ガラスで出来たものと見まごうばかりのその透明な氷の球は、ノーミードの時と同じ様に渦を巻くように色を変化させる、半透明のホログラムのような不可思議な模様を内部にギッシリと詰め込んでいる。

 そして球の中心部には、めまぐるしく動き回る虹色の光に邪魔されてとても見にくいが、白っぽい人の形の何かが囚われているのを確認出来る。

 シルフィード。風の大精霊。

 

 上出来だ。

 あとはあの球を空中に持ち上げて絶対魔法防御で包み込めば良い。

 ドラゴン達にその指示を出そうとしたところ、ノーミードに止められた。

 

「お兄ちゃん、ちょっと待って。」

 

 俺の旨にガッシリとしがみついたノーミードが、後ろを振り返ってトヴァン湖上に現れた氷の球を見ながら言った。

 どうした? 何か問題でも?

 

 次の瞬間、氷の球が一瞬で白濁した。

 一拍の後、白い雪玉のようになった球がばっくりと真っ二つに割れ、そして雪山を突き崩したかの様に白い粉となって湖の中央に出来たばかりの小山の表面を崩れ落ちていく。

 雪を被った富士山の様な形の山の頂上には、辺りを覆う氷の粉と同じ材質で出来ていると見まごうばかりの、真っ白い肌を持つ人の形をしたものが浮いている。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんを迎えに行こう?」

 

 嬉しそうな表情を浮かべた鳶色の瞳が俺を見上げる。

 

「ダムレス、あの小山の脇にお願いします。」

 

 と俺が言うが早いか、ダムレスがトヴァン湖の湖面に向けて急降下を始めた。

 

「先ほどのは何ですか? 氷を粉砕したのですか?」

 

 ダムレスがシルフィードに向けて滑空していく間に、先ほどの現象についてノーミードに尋ねる。

 

「うん。水はお姉ちゃんのものだけど、凍ったら私のものだから。」

 

 成る程。

 液体の水を支配するのは、水の大精霊であるウンディーネ。

 その水の温度を下げて氷にするのは、炎、即ち熱を支配するサラマンダー。

 そして固体となった氷を支配するのは、地の大精霊であるノーミード。

 氷河や陸上の氷塊、或いは永久凍土など、固体となった氷はノーミードの支配下にあるのだと云われれば、確かに納得できる。

 

 そして、液体の水は例え魔法障壁の内部であってもウンディーネの支配下にあった様に、同様に固体の氷はノーミードの支配下にある。

 魔法障壁の内部に詰まった氷を粉砕し、その動きで魔法障壁内部の空間に描かれた維持魔法陣を破壊したのだろう。

 そこまで考え、そしてそれを実行するとは、さすが見た目は幼児であっても実はこの世の始まりから存在する大精霊と云ったところか。

 

 俺にミヤさん、ウンディーネとノーミードを乗せ、背中に色々満載したダムレスがトヴァン湖を目指して降下していく中、風の妖精達がシルフィードの解放を喜んだのか、湖面を一陣の風が吹き抜け、シルフィードが浮く小山から粉雪のような氷の粉が白く舞った。

 風に舞った氷の粉が、朝日を受けてキラキラと輝いていた。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 やっぱり、こういう性格のキャラクター必要ですよね。

 どうでも良いけれど、妖精や精霊と関わり合いが増えてきて、キャラクターのマッパ率が異常に上がってきているような気がします。

 ま、キャラクターが裸なだけならR18とか食らわないし、いっか。

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