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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
29/39

9. 局所的超低気圧


■ 3.9.1

 

 

 にわかに風が巻き起こり、森の木々が轟々と音を立て始める。

 風はトヴァン湖を目掛けて吹いている様で、吹き飛ばされた木の葉や枝が勢いよくトヴァン湖に向かうのが、月明かりでも何とか見て取れる。

 先日高高度偵察を行った時には、こんな現象は確認出来なかった。

 すぐには何が起こっているのか分からなかったのだが、ウンディーネを救出したときのことを思い出した。

 トヴァン湖に囚われているのは、風の大精霊シルフィードだ。

 ならば、ウンディーネが囚われていたヘシュケ=デフアブアン城の周りに水の妖精達が集まって湖を作ってしまった様に、トヴァンこの周りに風の妖精達が集まってきてもおかしくは無い。

 

 しかし急激に強まる風に煽られ、降下中のドラゴン4頭は飛行の安定を保つのが難しそうだ。

 ドラゴン達は風魔法で周囲に障壁を張り、風からの抵抗を排除している筈だが、それでも影響を受けてしまうほどの風の力、というか妖精達の力の様だ。

 まるで、風の妖精達がシルフィードの囚われているトヴァン湖に俺達が近付くのを拒否しているかのようにも見える。

 

「これは、風の妖精達が集まっているのでしょうか?」

 

 ルヴォレアヌなら状況を完璧に把握しているのかも知れないが、ルヴォレアヌはエイリアさんに乗っている。

 数十m離れているので大声を上げなければ声は通らないが、襲撃を控えたこのタイミングでそんな大声を上げたくは無い。

 なのでダムレスに訊く。

 ドラゴンなのだ。ルヴォレアヌとどちらがそういう事に強いのか比較したことは無いが、ダムレスもこういう状況を把握する力は相当に強いはずだ。

 

「そうねー。私達がここに来たので、風の大精霊が解放されるかも知れないから、喜んでいるのねー。水と地の大精霊が解放されたことは、風の妖精達は良く知っているからー。」

 

 喜んでいる? つまり歓迎されているのか? それにしては、この飛行の安定が保ちにくい状況は救出作戦を難しくする効果しか無いのだが。

 

「風の妖精達に働きかけて、風を止めてもらう事は出来ませんか?」

 

 ダムレスに風の妖精達と話せないか聞いてみた。

 俺は無能者なのだ。俺には無理だ。妖精の存在を感じ取る事さえ出来ない。

 ドラゴンでさえ煽られる様な強風であれば、守備隊のグリフォンナイト達はそれ以上に煽られ、戦闘どころではない状態に陥るのかも知れない。

 とは言え元々こちらは有利なのだ。であれば、安定した状態で戦える方が有り難いのだが。

 

「無理ねー。風の大精霊の言うことなら聞くかも知れないけれど、それ以外の存在が幾ら何を言っても聞かないわよー。妖精は気まぐれだしー。いつも好き勝手やってるだけだしー。」

 

 親分を助けて貰えるから喜んでいるのか。

 ウンディーネの時と云い、妖精達は碌な事をしやがらねえ。

 自分達の行動が逆に邪魔になっているなんて思ってもいないのだろう。

 そう言えばノーミードの時はこんな事にはならなかったのだが。

 もしかしたら、俺が状況を知ることが出来ない海面下では似た様な酷いことになっていたのかも知れなかった。

 

 トヴァン湖に向けて吹き込む風はどんどん強くなっている。

 気圧が大きく変動しているのか、湖の上空に雲が発生し、急速に巨大化している。

 

「風の流れが安定していなくて、ダメねー。」

 

 それ程余裕が無いようには見えないが、それでも確かに彼女が言うように飛行は安定していない。小刻みな急上昇急降下を繰り返している。

 後ろからは怯えたミヤさんがガッシリと抱きついてきていて、背中の辺りが幸せ一杯だ。

 いやいやそうじゃねえ。

 

「一度離脱しましょう。こんな中で戦闘も何もあったもんじゃありません。どのみちこれでは敵も何も出来ないでしょう。」

 

「そうねー。それが良いわねー。」

 

 そう言ってダムレスは翼を翻し、風に逆らいながら高度を上げ、トヴァン湖から一旦遠ざかった。

 続く3頭の竜達もそれに倣う。

 

 トヴァン湖から再び20kmほど距離を取ると、風に煽られる森の木々の動きも緩やかになり、ドラゴン達の飛行も安定したものになった。

 しかし相変わらずトヴァン湖周辺では、まるで竜巻か台風かの様に強風が吹きすさんでおり、もうすぐ西の地平線の下に隠れそうな月明かりに白く輝く雲が、渦を巻いたように湖の周辺を覆い巻き込みながら上空に向かってぐんぐんと伸びていき、今や見上げるほどの高さにそびえ立ってている。

 やがてその巨大な雲は湖の周辺とその上空を覆い尽くし、吹き込む風にぐるぐると渦を巻きながら上空1万mかそれ以上に達する巨大な柱のようになった。

 しばらく眺めていたが、巨大な柱状になって成層圏まで届き、やっと雲の成長は止まったようだ。

 成層圏に達した雲が、まるでキノコの傘のように大きく広がっている。

 

 雲の成長は止まって安定したようだが、流れ込む強風のせいか、雲は常に蠢き渦巻いて流れている。

 それはまるで湖を外敵から守る巨大な竜巻、あるいは空から森の中に向けて打ち込まれた巨大な一本の柱のようにも見えた。

 雲の中に天空の城が隠れていたり、或いは超空間通路でどこかの惑星に繋がってたりしそうだ。

 

「困りましたね、これは。」

 

 西の空からの月明かりを受け、白くそびえる雲の柱を眺めながら思わず呟いた。

 このまましばらく放っておけば、親分の救出劇がなかなか始まらないので当てが外れて、その内飽きっぽい妖精達は興味を失ってまた何処へかと散っていくのだろう。

 そうすればこの天空の城を護る嵐のような状況は取り敢えず消滅するのだろうが、それに乗じて救出作戦を再開すれば、再びまた風の妖精達が面白がって集まってくるに決まっている。

 風の妖精達が完全に興味を失って集まってこなくなるまで何度もそれを繰り返しても良いが、一体いつになったら興味を持たなくなってくれるのかが分からない。

 そもそもそれでは、ドラゴンまで狩りだしてここを急襲した意味が無い。

 

「もう流れも安定したみたいだしー、無理に風に逆らわなければ問題は無いわよー?」

 

 成る程。局所的低気圧の成長期の乱気流は落ち着いたので、上手く風に乗ればそれ程問題は無い、と。

 

「行けますか?」

 

「大丈夫ー。」

 

 ハンドサインで他のドラゴン達を近くに集める。

 上下互い違いに翼を重ねるように、他のドラゴンが近寄ってきた。

 それぞれのドラゴンに乗っているルヴォレアヌ達までの距離は10mも無い。

 

「この状態なので、守備部隊の野営地はもう目を覚ましてしまったでしょう。寝込みを襲うことは出来なくなってしまいましたが、逆に強風で相手側もろくに身動きが取れない筈です。取り敢えず突っ込んでいって彼等の上空を通過し、グリフォンナイトをおびき出します。グリフォンナイトが上がってきたところで、ブレスか追尾式爆裂氷槍で各自撃破してください。敵航空部隊殲滅後に、シルフィード救出を開始します。」

 

 3頭のドラゴン達と、その背に騎乗しているダークメイジ達までもがサムズアップして了解したことを伝えてくる。

 俺はそんなサイン教えてないぞ。なんか流行ってんのか? 誰だ教えたのは?

 まあ、了解したことは分かるから良いんだけど。

 

 戦友達からの了解のサインを確認するとすぐに、ダムレスは軽く上昇し、そして翼を傾けて森に突き立つ柱のような低気圧の雲に向けて突入していった。

 ここに来ては既にダイアモンド編隊を崩している他の3頭がそれに続く。

 根本部分の直径が1kmはあろうかという巨大な白い雲の柱がぐんぐんと近づいて来る。

 東の空が徐々に白み始めており、雲の上端部分はまだ朝日は当たってはいないものの充分に明るく、はっきり視認できるまでになっている。

 全体が見える様になると、その巨大さと異常な形がより一層際だって見える。

 

 高度2000mほどで雲の柱に急接近したダムレスは、柱の中に飲み込まれる直前に翼を大きく傾け、背中を内向きにして雲の外周外側を回るコースに乗った。

 木の葉や枝など色々なものが風に吹き飛ばされ、巻き込まれていく柱の下端のすぐ脇に、敵の駐屯地と思しき建物の群れが見えた。

 風に乗っているダムレスの速度は音速に近く、敵の駐屯地の上空を一瞬で通り過ぎる。

 それでも連中には気付かれただろう。

 ドラゴンの存在感というのは、遙か彼方から気配が分かるほどに大きいものなのだと聞いた。

 トヴァン湖に近付く者を警戒しているこの守備隊駐屯地が、幾らこの異常な気象の中とはいえ、真上を通過されて気付かないはずが無かった。

 

 風に乗ったままの勢いで、4頭のドラゴン達は森に突き立つ雲の柱の回りを一周して戻って来た。

 一周に僅か20秒も掛かっていない。

 凄まじい勢いで信じられない小半径の旋回をしている筈だが、身体に掛かるGはさほどでもない。

 ダムレスが重力魔法を使って慣性を軽減してくれているのだろう。

 そのまま風に乗って、渦巻く雲の柱の根本をもうふた回りしたところでダムレスが警告の声を上げる。

 

「上がってくるわよー。」

 

 駐屯地は雲の柱の向こう側に隠れているが、彼女たちには気配察知のようなもので敵の状態を認識することが出来るのだろう。

 この嵐のような風の中、他のドラゴンに警告を発したところで聞こえるはずもない。

 それに、無能者の俺以外の全員は、気配探知などの魔法や持って生まれた能力で、そんな事にはとうに気付いているだろう。

 

 巨大な雲の柱を回り込み、駐屯地が見えたところでグリフォンナイトが10騎ほど上昇してくるのが見えた。

 強風に煽られながらも必死で羽ばたき、強引に上昇してくる。

 

 ごく低温の白い霧と、青い朧げな魔法光を引きながら、俺達の脇を何本もの氷槍が追い抜いていった。

 強風に煽られ、大きく回り込みながらも氷槍がグリフォンナイトに向けて突進する。

 風に飛行を大きく制限されながらも、グリフォンナイト達は氷槍を回避する行動をとる。

 しかし氷槍はそれに喰らい付く。

 追い縋る氷槍の群れから逃げ惑うグリフォンナイトに、次々と氷槍が着弾し、爆散する。

 空中に発生した爆炎は強風に煽られて流されるが、炎と煙が消え去った後にはグリフォンの羽のひとかけらも残っていなかった。

 10騎ほど上がってきたグリフォンナイトの殆どが、初見の爆裂氷槍の餌食となった。

 2・3騎は追い縋る氷槍からまだ必死で逃げ回っているようだ。

 

「やるわねー。」

 

 ダムレスが楽しそうに言う。

 彼女の眼ならば、爆裂氷槍が着弾した瞬間、弾け飛ぶグリフォンの身体や、辺りにぶちまけられる肉片や血飛沫までもが見えているだろうと思うが、生きている獲物を狩りそして喰らうその肉食の性質から、俺が同じ光景から受ける衝撃とはまるで異なる受け止め方をしているようだった。

 

 ドラゴン4頭は風に乗ってあっという間に敵の駐屯地の上空を通り過ぎる。

 

「続々上がってきてるわよー。」

 

 既に逆巻く分厚い雲の柱の陰になって見えない駐屯地から、後続のグリフォンナイトが次々に出撃してくるのを気配探知などで探っているらしい。

 また一群の氷槍が俺達の頭上を追い抜いていく。

 雲の壁の向こう側で、姿さえ見えないグリフォンナイトに向けて強風に乗った氷槍がまるで絡み合うようにして円柱状の雲の壁を回り込む。

 

 雲の壁を回り込み、再び敵の駐屯地が見えてきた。

 駐屯地から上昇する最後の数騎のグリフォンナイトに向けて、再び爆裂氷槍が突進する。

 哀れ出撃したばかりで速度も乗っていないそれらのグリフォンナイトは、倍の数の爆裂氷槍に上方から襲いかかられ、全て撃破されそして地上に叩き付けられた。

 

「あと4つ残ってるわよー。」

 

 辺りを見回すが、グリフォンナイトの姿は見えない。

 雲の壁の向こう側にいるのだろう。

 この局所的な超低気圧は竜巻と同じで、中心部から距離を取ればそれだけ風の流れも弱くなる。

 飛行する速度ではグリフォンは逆立ちしてもドラゴンに勝つ事は出来ない以上、少し離れて俺達が回ってくるのを待ち伏せて襲いかかろうとするに違いなかった。

 

 果たして巨大な雲柱を1/3ほど回ったところで、こちらにタイミングを合わせて外側から突入してくる4騎のグリフォンナイトが見えた。

 4頭のドラゴン達はどれも腹を外側にして、背中を内側に向けて旋回している。

 つまり比較的攻撃力も防御力も低い腹側から接近されている訳だ。

 余りよろしくないぞ。

 

 グリフォンナイト達は、先頭を飛ぶ最も大柄のブラックドラゴン、つまりダムレスがこの部隊のリーダーであると結論づけた様だった。

 或いは、今まで一発も爆裂氷槍を発射していないブラックドラゴンは、その能力が無いために与しやすいと思われたのかも知れなかった。

 いずれにしても、4騎とも明らかに俺達を狙って接近してくるコースに乗っていた。

 中心に向けて吹き込む強風に乗り、グリフォンナイトが急速に接近してくる。

 

 ルヴォレアヌ達が撃った爆裂氷槍がグリフォンナイトを襲う。

 しかし着弾の寸前、ひらりと躱されてしまい、4騎中2騎が残った。

 

 そうなのだ。

 現代地球のミサイルと同じで、着弾の寸前にタイミングを合わせて躱せば、追尾式の爆裂氷槍とて躱せないことはないのだ。

 偶然なのか本能的にか、この追尾式の爆裂氷槍の躱し方に気付き生き残ったグリフォンナイト達に違いなかった。

 これは今後の課題だなと思いつつ、近付いてくるグリフォンナイトを妙に冷静な眼で見ている自分が居た。

 

 突然ダムレスの両翼の下に、小ぶりではあるが氷槍が5本発生する。

 氷槍がグリフォンナイト目掛けて突っ込む。

 ひらりと躱される。

 が、手前のグリフォンナイトに躱された氷槍の一本が、向こう側のグリフォンナイトを捕捉した。

 爆散するグリフォンナイト。

 

 その間にも最後に残ったグリフォンナイトが接近する。

 もう手が届きそうな距離だ。

 グリフォンの背に乗る騎士が、淡い金色に光る長槍を構えてランスチャージの姿勢を取る。

 

「ダム殿。」

 

 俺の背中から凜とした声が聞こえた。

 ぐるりと天地が回る。

 ダムレスが急激にロールしたのだと分かった。

 ロールは一回転だけですぐにぴたりと止まる。

 その俺達の足元を、両断されたグリフォンナイトが血飛沫を上げながら強風に吹き飛ばされつつ落下していき、そして風に乗ってそのまま雲柱の中に飲み込まれていった。

 

「はーい、お終いー。」

 

 少しのんびりとしたダムレスの声が、グリフォンナイトの全滅を告げた。

 

 思わず後ろを振り返る。

 俺はミヤさんに追尾式の爆裂氷槍について教えた覚えは無かった。

 よしんばルヴォレアヌから独自に習ったのだとしても、サイズは少し小ぶりとは言えルヴォレアヌ達ダークメイジが同時に生成できる追尾式爆裂氷槍の上限3本を超える5本の氷槍を同時に生成して打ち出すとは。

 

 後ろに向いた俺の視線は、いつもと同じ冷たく無表情のアイスブルーの瞳に受け止められただけだった。

 

 ああ、もうすぐ日が昇るのだな、周囲が随分明るい、とその時気付いた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 シルフといえば某戦闘機、とか考えながら書いていたら、いつの間にか森の真ん中に超空間通路が。

 あとは空飛ぶクロワッサンをチキンブロスに漬して食べれば完璧ですね。


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