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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
28/39

8. 深夜の出撃


■ 3.8.1

 

 

 オグインバル城、即ち通称魔王城の中庭に4頭のドラゴンがその翼をたたみ、静かに佇んでいる。

 夜明けは近いものの、辺りはまだ暗い。

 魔王城の中庭には、魔王城スタンダードの紫がかった白い魔法光の光球が幾つも浮遊しており、その魔法光が中庭中央部をまるで昼間の様な明るさにしている。

 4頭のドラゴン達はその魔法光を受けて、色鮮やかな鱗の色がまるで辺りの暗がりの中に浮かび上がっている様に見える。

 そしてドラゴン達には動きは無いが、その周囲では多くの人影が忙しく動き回っている。

 

「今回は例の樽は持っていかないのですね?」

 

 武器在庫の管理を任されている主計主任の兵士が俺に問う。

 

「はい。湖があるのが森の中ですから。あれを使うと大火災になってしまいます。」

 

 それだけが理由じゃ無いけれどな。長くなるからここで説明する必要も無いだろう。

 

「マリカ様、ジトラ様、ティッパ様、到着なされました。」

 

 警備兵士の声に振り返ると、いつもの黒い袈裟姿の僧侶3人が魔法光に照らされる中、中庭を囲む回廊から階段を降りてくるところだった。

 

 ちなみに彼女たちの到着を知らせた兵士は黒山羊族の兵士だ。少し面長の顔と、渦を巻いた角を頭の両脇に持ち、ふわふわとした真っ黒い毛が全身を覆っていて、脚は山羊同様に「く」の字に曲がっている。

 そんな兵士が槍を持って鈍色のハーフプレートメイルを着用して、姿勢を正して直立しているのでなんとなくコミカルだ。

 さらにちなみにだが、同じ階段の反対側に立っているのは白山羊族の兵士だ。毛が白い。

 この二人が手紙をやりとりすると、やっぱりそうなるんだろうか?

 聞くと怒られそうだから聞かないけれど。

 

「お早うございます。まだ魔導士達が姿を見せていないので、もう少しお待ちください。」

 

 3人ともこちらに近づいて来たので、先頭を歩くマリカさんに挨拶する。

 

「ルヴォレアヌ達なら、食堂で朝食を摂っていましたよ。一声掛けてから参りましたが。」

 

 ・・・あのババア。

 指定した集合時間5分前になに悠長にまだ飯食ってんだ。舐めくさっとるな。

 

 これまたちなみにだが、魔王城の住人達の時間に対する感覚はかなりルーズだ。

 正確に言うと、俺一人が時間に対して偏執的に細かく正確だ。これは表現の問題で、元の世界に居た頃は特に時間にうるさい奴というわけでは無く、ごく一般的な社会人のつもりだった。

 魔王城の人々の標準に対して、日本人標準の俺一人が偏執的に時間にうるさい、というだけの事だ。

 元いた世界でも日本人は時間に正確なことで有名だったが、こちらの世界では「正確」なのではなく「偏執的に細かくてうるさい」という評価になる。

 当然と言えば当然なのだが。

 

 この世界に腕時計などと云う便利なものは、もちろん無い。

 懐中時計があるにはあるらしいが、極めて高価な物であり、しかも人族しか作る技術を持っていないため、供給は全て交易に頼っている状態とのことだった。

 では皆どうやって時刻を知るのかというと、城内の主要な場所に設置してある大型の置き時計と、あとは「時の塔」と呼ばれる城内の尖塔で毎正時ごとに鳴らされる鐘の音だ。

 なので勢いどうしても、鐘の音を聞いてから「おっと10時だ。会議の予定があったんだった。行かなくちゃ。」という事になる訳だ。

 まあ、それはしょうがない。

 

 ただ、3時の集合時間に対して、2時の鐘が鳴ってから感覚的にでも1時間近く経った事が分かっているだろうこの時間に、なんで悠長に飯を食ってるのか、という話だ。

 まあ、こんな事を言っているから「偏執的に細かくてうるさい」などと陰口をたたかれるのだろうが。

 だが、戦争において時間というものは非常に重要なのだ。

 部隊の展開がタイミング一つ合わなかっただけで戦術的効果半減、程度ならまだましな方で、敵に各個撃破されてしまって本来あり得ない程の甚大な損害を出す可能性もあるのだ。

 だから俺は、時間にやたらとうるさいヤツという陰口でも悪名でも敢えて払拭するつもりは全く無い。

 

 それから20分程待って、ようやく魔導士3人が姿を現す。

 

「遅いです。朝食は美味しかったですか? 集合時刻はとうに過ぎています。」

 

 遅刻したくせに悠然と歩いてくるルヴォレアヌに嫌みを言う。

 

「ふふふ、済まんのう。しかし細かい男は女に嫌われるぞえ。」

 

 ・・・ババアてめえ。

 

「雑把な女よりはマシです。ドラゴンに乗ることを考慮して、食事は出撃1時間前までには済ませておいて下さい。気持ち悪くなっても知りませんよ。」

 

「うるさいのう。お主が細かすぎるのじゃ。儂はモテモテじゃったぞえ。」

 

「ああ成る程。既にそういう年頃は大きく超えているのでもうどうでも良いと。」

 

「なんじゃと。お主、美少女魔法使いルヴィーちゃんと呼ばれた儂を知らぬのか。」

 

「知りませんね。何百年前のお伽噺ですか。今はただの魔法使いのお婆ちゃんです。さっさと乗って下さい。ただでさえ遅れているのです。誰かさんのせいで。」

 

 俺との会話に慣れているルヴォレアヌは平然として言い返してくるが、残り二人の魔導士、イリョーティリアさんとイスカさんはかなりビビって小さくなっている。

 

「ぐぬぬ、言わせておけばこの無能者めが・・・」

 

「喧嘩したら駄目なのよ-。」

 

 俺の横からダムレスの首がぬっと伸びて、ルヴォレアヌのコートのフードにカプリと噛みつき、そのまま持ち上げて手足をジタバタさせるルヴォレアヌをレイリアさんの背にヒョイと乗せた。

 ルヴォレアヌがレッドドラゴンの背にベシャリと張り付くのを見届けた俺は残る二人のダークメイジに言った。

 

「さ。お二人も早く乗って下さい。すぐに出発します。」

 

「「はい。」」

 

 素直で良いお返事です。

 遅刻したんだから、これくらいの負い目は感じて貰わないとね。

 二人の魔導士達がそれぞれブルードラゴンのシェリアさんと、ゴールドドラゴンのエシューさんの背中によじ登るのを横目で見つつ、俺もダムレスの背中にどっこいしょとよじ登る。

 ちなみにミヤさんはとっくにダムレスの背中でスタンバイ状態だ。

 そんな俺達を、警備兵達が呆れ顔の白い目で見ている。

 悪いの俺じゃ無いからね!?

 

「行けるわよー。」

 

 俺が背中の所定の位置に納まったのを確認すると、ダムレスが出発確認の唸り声を上げる。

 元々魔王軍配下のドラゴン達の中で頭一つ飛び出て体躯も大きく、戦闘能力も高かった彼女だったが、俺の専用騎竜となりつつある今、どうやらドラゴン部隊の中のリーダー的な存在となっている様だった。

 

「準備は・・・良いですね。では、全騎出撃します。」

 

 後ろを振り返り、魔導士3人と僧侶3人がそれぞれ割り振られたドラゴンの背に乗っていることを確認して、出撃の号令を掛けた。

 

 ダムレスが折りたたんでいた翼を広げながら地上を数歩歩く。

 早足で歩きながら巨大な翼を数度羽ばたかせ、短く吠えるとブラックドラゴンの巨体が宙に浮いた。

 地上という抵抗から解き放たれたドラゴンはくらい夜空に向けてぐんぐんと加速し上昇していく。

 同じようにして、レッドドラゴン、ブルードラゴン、そして殿のゴールドドラゴンがその翼を羽ばたかせながら立て続けに地上を離れ、まだ白み始めても居ない星の瞬く夜空に向けて飛び立った。

 

 

■ 3.8.2

 

 

 黒赤青金の四色のドラゴンが見事なダイアモンド編隊を作り、西に大きく傾いた丸い月の光を浴びながら夜空を飛ぶ。

 払暁よりもさらに前、東の空が白み始めるにもまだしばらく掛かるこの時間、高度50kmの高高度を飛ぶドラゴン4頭を視認しているものなどこの世界にありはしない。

 頭上には夜空か宇宙か区別の付かない星空が全天を覆い尽くし、足元には夜の地上の暗黒が延々と続く。

 電気の明かりの無いこの世界、星々は意外に明るく、銀の砂が散りばめられた様な星空が遙か彼方で黒い地平線に切り取られる境界がはっきりと見える。

 

 やがて4頭のドラゴンはその美しいダイアモンド編隊をそのままに、地上の暗闇に向けて急激に降下し始めた。

 位置エネルギーが速度に置き換わり、高度を下げるごとに急速に増速していくが、ドラゴン達は大きく広げた翼に魔力を通して逆推力を掛け、必要以上に速度が上がらない様に調整する。

 

 その巨体が音も無く見る間に高度を下げていったその先には、夜眼の効くドラゴン達の視界の中に於いても、夜の闇の中さらに黒々と巨大な森が地平線の向こうにまで広がっていた。

 その中に、森の木々が抉り取られた様にぽっかりと穴が開いた場所がある。

 その穴の底には湖の水面と思しき平面が、薄らと星空の明かりを反射して、回りの森の木々とは僅かに異なるコントラストを見せていた。

 その森の中にぽっかりと空いた穴が、シルフィードが囚われているというトヴァン湖だ。

 

「前回の偵察時には、湖の防衛には地上部隊だけが配備されていました。変わりありませんか?」

 

 生体ルックダウンレーダーのダムレスに問う。

 地上部隊だけならば問題無い。戦うことさえ無く連中の見ている眼の前でシルフィードを救出し、悠々と引き上げることが出来るだろう。

 そういう準備をしてきたのだ。

 

 しかしこの数日で戦力補充がなされていた場合は、少々話が違ってくる。

 ノーミードを救出した事に対応して戦力補充を行ったのであれば、僅か数日の間で補充できる戦力、即ち航空戦力が補充されているだろう。

 ドラゴンナイトであれば当然、例えペガサスナイトであろうとも航空戦力は地上戦力とは根本的に異なる。

 シルフィード救出を邪魔されない様、或いは自軍部隊に被害を出さない様、それなりに対応する必要がある。

 そして当然その分だけ作業の危険性が増し、そして複雑化する。

 

「増えてるわねー。これは、グリフォン? 30くらい居るわよー?」

 

 やってくれたか。

 しかしドラゴンナイトでは無く、グリフォンナイトが配備されている様だ。

 ドラゴンナイトはこの間の戦いで相当な損害を与えたはずだ。流石にそう簡単には元に戻すことは出来なかったのだろう。

 とは言え、グリフォンナイトも充分な脅威だ。しかも数が揃っている。

 いかなドラゴン達とはいえ、背中に二人ずつ騎士でも無い乗客を乗せた状態で、グリフォンナイト30騎と戦うのはかなり分が悪い。

 かと言って出直しするなど出来ない。時間が経てば経つほど、奇襲効果が薄れて相手側に有利になる。

 日を変えて部隊を編成し直してもう一度やって来るなど、最たる悪手だ。

 

「グリフォンたちは魔法障壁の中ですか?」

 

「そうねー。魔法障壁の外に出ている敵は兵隊が数人ねー。見張りの兵かしらー。」

 

「まだ気付かれてませんか?」

 

「皆寝てるわねー。」

 

「好都合です。敵航空部隊を慌てさせ、誘い出します。敵部隊上空1000mを一度高速で飛び抜けてすぐに反転。その後、敵のグリフォンナイトが上がってくるのを遠距離攻撃で撃破します。」

 

 敵のグリフォンナイトが誘いに乗ってのこのこ現れるかどうか分からないが、他に手が無い。

 魔法障壁の中の敵に攻撃は出来ない。どうにかして障壁の外に引きずり出すしか無い。

 森の中でさえ無ければ、気化爆弾が使えるものを。

 

 グリフォンにはごく稀に火炎を吐くものが居るらしいが、通常彼等の攻撃方法は爪と嘴による直接攻撃だ。

 その背中に乗っている人間の騎士達が、どれだけ魔法を使えるかによって遠距離攻撃能力が変わってくる。

 そういう意味では、ブレスという遠距離攻撃能力を持つドラゴンの方が圧倒的に有利なのだが、ドラゴンのブレスもそうそう気軽に連発できるものでも無いらしい。

 後のシルフィード救出のことを考えるとブレスはある程度温存しておかねばならないが、なに、こっちの遠距離攻撃はブレスだけでは無い。

 グリフォンナイトを上手く引きずり出せれば、あとはどうとでもなる。

 

「了~解ー。」

 

 左右のドラゴンに目を配ると、赤と青いずれのドラゴンもこちらを向いて頷いている。

 後ろを振り返れば金色のドラゴンが右前足でサムズアップしているのが見えた。

 ・・・ゴールドドラゴンお前・・・

 まあ、伝わったのなら文句は無いんだけどさ。

 

 現在の高度は15000m。トヴァン湖まで水平の距離は20000m。そろそろ相手の警戒網に引っかかり始める頃だ。

 

「ダムレス、行きましょうか。全騎突撃開始。」

 

 俺の号令と供に、ダムレスが首を下げて一気に降下に移った。

 ダイヤモンド編隊を崩さず、他の3頭も同様に急降下に入った。

 

 そして後ろからガッシリ抱きつかれる。

 ミヤさん、相変わらず夜間の急降下はダメなのね。

 でも背中の方が幸せだからオレ的には何の問題も無い。

 いやだからワザとやってるわけじゃないからね?

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 映画トップガンみたいに、出撃前の光景を格好良く描写してみたいと思ったのですが。

 よく考えたら、蒸気圧カタパルトがあるわけじゃなし、ハードポイントの爆装があるわけじゃなし。魔王城にエレベータやデフレクタがあるわけじゃなし。

 「行くよー」と声を掛ければ「オーケー」の一言で自分で飛び立っていくドラゴンで、あんな感じになる訳がありませんでした。

 ので、ババアと仲良く喧嘩させてみました。

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