5. 守護艦隊殲滅戦
■ 3.5.1
数日後、俺は再びドラゴンの背に乗り、他に2頭のドラゴンを率いて、魔王国からは南西の方角になるキスヴァニア王国西岸部のレトーイスの街を目指していた。
俺の前にはルヴォレアヌがおり、後ろにはミヤさんが乗っている。
他に二頭同行するドラゴンは、レッドドラゴンのレイリアさんと、ブルードラゴンのシェリアさんだ。
それぞれ、レイリアさんはダークプリーストのマリカさんと、その部下になる同じくダークプリーストのジトラさんを乗せ、そしてシェリアさんはルヴォレアヌの部下になるダークメイジのイリョーティリアさんとイスカさんを乗せている。
3頭のドラゴンは魔王城を飛び立ってから徐々に高度を上げ、エルヴォネラ平原の中央に達する頃には高度50kmに達した。
三角形に並んだドラゴンの編隊はそのまま進路を真っ直ぐに南西に取り、音速の数倍の速度のまま国境を越え、神聖アラカサン帝国領を横切り、現在はアラカサン帝国とその南にあるシルプストシラ王国との国境を越えようとしている。
ルヴォレアヌも言っていたし先の高高度偵察で俺もはっきりと理解したが、通常の砦や街に駐留する軍は当然殆どの注意を地上を接近してくる敵に向けている。
そもそも空からいきなり襲い掛かってくる脅威など非常に少ないのだ。殆どの軍隊や魔物は地上を移動して接近してくる。
俺がいつもドラゴンに乗って戦場に出かけるので、まるでそれが普通のことであるかのように錯覚してしまうが、そんな事は無い。
軍隊の中でも航空部隊というのはごく一握りの極めて特殊な存在だ。
そして野生の動物や魔物でも空棲生物はごく僅かであり、その中でも街などに襲撃を掛けるような存在は更に少ないグリフォンやキマイラと言った非常に珍しいものになる。
それらとて、常に街や砦を襲っているというわけでは無いのだ。
その様な、数十年に一度やってくるのか来ないのか、と云ったものを警戒する余力があるのなら、より頻繁に脅威が接近してくる可能性の高い地上により多くの力を割り振るのは当たり前のことだった。
但し、例外が存在する。
それぞれの国の要となる首都だ。
首都の上だけは、高度50kmに迫る警戒網が敷かれている。
しかしそれでもその程度だった。
先日高高度偵察を行った高度100kmに届く警戒網を持つことはない。
それだけの広大な空間を警戒網に収めるには莫大な魔力を消費する。人族にしろ魔族にしろ、例え何人もの魔導士が束になったところでその巨大な警戒網を支えるだけの魔力を供給し続けることは不可能なのだ。
「もうすぐ海に出るわよー。」
いつもの柔らかなおっとりとした声が告げる。
前方の地平線が霞む辺りに所々雲に隠れながらも、複雑な地形の海岸線と、そしてそのさらに向こうに青白く霞む広大な海が見え始めていた。
「ダムレス、海岸線を越えて数十kmほど沖に出てから、海岸線に沿って南下して下さい。」
「はーい。」
ルヴォレアヌが俺の顔をじーっと見ている。
なんとなく気恥ずかしい。
俺とダムレスの会話は竜族語で行われているので、彼女が内容を理解することは不可能だ。
だが、何かを感じとっているらしい。
ダムレスというのは、ダムさんのことだ。あの夜、呼び名を変えることを求められた。
番になったのなら、その様に呼んで欲しい、と。
そして時間を掛けて彼女のフルネームも覚えさせられた。ダムレスカルセタラワットユラーシンレレットという。
流石に長すぎてその名前で彼女を呼ぶことは無いが。
「のう。なんとなくじゃが。なんとなーくじゃが、お主等雰囲気が変わっておらぬか?」
分かって言ってるだろこのババア。
「気のせいです。」
無視するに限る。
「そうかのう。なんとなく今日は、このブラックドラゴンがお主に甘えておるような素振りをすることが多いのは、気のせいかのう?」
「気のせいです。」
高度50kmで空を飛んでいて、甘える素振りも何もあったものか。
「そうかのう。城でお主が近寄ったら、お主の身体に首を巻き付けたりしておったのは、気のせいかのう。」
「気のせいです。」
「そうかのう。ドラゴンの番はお互いの首を巻き付け合って求愛行動をすると聞いたことが有るのじゃが、気のせいかのう。」
・・・ババア。
「気のせいです。」
「そうかのう。三日前の夜、黒いドレスを着たえらい別嬪の娘がお主の部屋に入っていって、明け方に出てきたのを儂の対侵入者警戒魔法が感知したの・・・は、気のせいじゃった。うん。何でも無いぞえ。気にせんでくれ。」
俺の前に座るルヴォレアヌの両肩にトンと両手を置いた。首のすぐ近くを挟むように。
て言うか、もうほぼ全部バラしてるじゃねえかこのクソババア。
まあ、乗っかっているダムレスは当事者で、俺の後ろに座っているミヤさんはどうせ知っているんだから、このメンツで今更バラされるも何も無いのだが。
しかしそれでも気恥ずかしい。
「誤解しておりました。」
「え?」
後ろからミヤさんの声が聞こえる。
誤解?
「私に夜伽をお命じにならないので、てっきり殿方がご趣味なのかと。」
うおーーーい、ミヤさんや。勘弁してくれよ。
俺にはあのいかにも汗臭そうな上裸ヒゲ付き筋肉ダルマと仲良くなる趣味は無いぞ。
て言うか、夜伽をお命じになっちゃったりしちゃっても良かったのかよ。
いやもちろんそんなこと俺には出来ないけれど。
「それがあんな、一晩中激しく・・・あああ。」
ミヤさんが俺の後ろで身悶えしているのを感じる。
「うわあああ!」
ヤメロ、やめてくれ!
ミヤさんのことだから、見えないだけで実はどこかに居るんだろうとは思ってはいたけれど、それを言うのは勘弁してくれ!
だって初めてだったからサルみたいに熱中しちゃったんだ・・・って何を言わせるんだ!
「うふふふー。」
そしてダムレスが何かを思い出したのか微妙に身体をくねらせ、蛇踊りを始める。
えーと。
今俺が乗っているのはドラゴンの背中ですか、それとも針のムシロですか?
「ぬふふふ。」
ルヴォレアヌが不敵な、というよりもゲスな笑い声を上げている。
「みみみみなさん、今からノーミードを救出に行くのですよ!? 戦いなのですよ? 分かっていますか!?」
弄られまくって恥ずかしくて顔が熱い。思わず大きな声を上げてしまう。
「ぬふふふ。」
「うふふふー。」
「ああああ・・・」
カオスだ。駄目だ俺には耐えられない。今すぐここから飛び降りたいが、地上50kmだ。誰か助けてくれ。ギブミー飛行魔法。
すぐ脇を飛んでいるレッドドラゴンのレイリアさんが、わざわざ首をひねってこちらを見ている。
なんとなくその眼が冷たいジト眼のような気がした。
■ 3.5.2
キスヴァニア王国の港町レトーイスから海上を西に向かって約100km。
高度50kmであれば、水平線上にまだ僅かに陸地の陰を見ることが出来るが、海上からでは無理だろう。
辺り一面大海原に囲まれた海のど真ん中にそれはあった。
高高度から見れば、少し丸みを帯びつつも一面真っ平らな海。
そこにまるで染みのように存在する暗く丸い点。
良く見れば、その丸く暗い染みは、巨大な大渦だということが分かる。
ルヴォレアヌの解説に依れば、障壁と結界を維持するために大量の魔力を無理矢理集める必要があり、それが異常な海流を作り出しているのだという。
あの渦の下に、地の大精霊ノーミードを封じる障壁と結界が存在するのだ。
「行けますか?」
ダムレスに確認する。
「大丈夫よー。」
渦から10kmほど離れた海上に、5隻の帆船が遊弋しているのが上空からでも見て取れる。
帝国、或いは帝国と同盟を組んでいるキスヴァニア海軍の軍艦だろう。
こちらにはウンディーネがいるので、障壁の解除と結界の破壊はそれ程困難な作業では無いはずだが、それでも横から邪魔されるのは思わぬトラブルを発生する可能性があるので、先に5隻の軍艦を沈めてしまう事を決めた。
軍艦には障壁や結界をメンテナンスするためと、それらを敵から守るためにそれなりの魔法戦力が搭乗しているものと思われる。
しかしこちらはドラゴンが3頭と、高位のダークメイジが3人、ダークプリーストが2人。それとメイドが一人。十分な戦力だ。
「では、取り敢えず一当たりします。全騎反転降下。攻撃開始。」
次の瞬間、水平線がぐるりと回って反転する。
頭上に海。
そしてブラックドラゴンの身体がしなるように曲がり、頭を真下に向けて垂直降下。
高度が高い内はそれ程速度を感じないが、高度が下がるにつれて海面が凄まじい勢いで迫ってくる。
同時に、まるで芥子粒のようだった帆船がどんどん大きくなり迫ってくる。
ダムレスがビーム状に収束したブラックフレイムを放つ。
そのダムレスを囲むようにして無数の魔法陣がほのかな光を放って展開され、その魔法陣から次々と槍のような形の岩が飛び出してきた。
魔法陣を突き抜けるように飛び出してきた岩の槍は、その凄まじい勢いのまま前方に向けて次々と撃ち出される。
氷の槍が5本、突然頭上に現れて、光を引きながらこれも帆船目がけて撃ち出された。
それはまるで、垂直降下する戦闘機からレーザー兵器と無数のミサイルが同時に撃ち出された様な光景だった。
その嵐のような攻撃が3条、海上を遊弋する5隻の帆船を襲う。
相手側もこちらに気付いたらしく、僅かに白濁した障壁が半球状にそれぞれの船を包む。
そこに攻撃が着弾した。
暗い紫色のレーザー光線のようなブラックフレイムが船ごと海上を薙ぎ払う。
収束したファイヤーブレスが同様に辺り一面を薙ぎ払って、海面を沸き立たせる。
コールドブレスのビームが、沸騰した海面を瞬時に凍らせ、ささくれだった氷の板へと変える。
岩の槍がまるで豪雨のように降り注ぎ、氷を割って破片を撒き散らし、海面に激しく水柱を打ち立てる。
ファイアーボールという名前が可愛過ぎる様に思えるほどの、眩しく白熱した炎の固まりが無数に降り注ぐ。
チェーンライトニングがまるで巨大な滝のように収束して降り注ぐ。
帆船からも、まるで対空機銃のような勢いで火球が撃ち出されて上空に向けて飛んでくる。
氷の槍は陽光をキラリと反射し、白い霧の尾を引いて急速に上昇し、まるで現代の軍艦がVLSM(垂直発射ミサイル)を連続発射している様だ。
高度5000mを切る辺りで3頭のドラゴンは、デルタ編隊をそのままに一斉に引き起こしに掛かる。
同時に両手両足に掴んでいた大型の樽を手放す。
要するにいつもの急降下爆撃だ。
少し風が強くて効果が落ちるか?
まあ、お試し使用だから今日はあまり効果を追求しないようにするか。
「水平旋回せずにすぐに距離を10km以上取って下さい。」
「諒~解。」
ドラゴン達は急激な引き起こしに掛かっていてブレス攻撃が出来ない状態にあるが、その背中に乗っている魔道士達には関係ない。
地球の軍用機であればあり得ない方向に向けて、白熱した火球や、氷や岩で出来た槍が引き続き次々に打ち出される。
敵側の攻撃にもこちらへの至近弾や命中弾が出ているが、今のところそれらの全ては僧侶達が形成しているシールドで弾かれていて被害を出していない。
やがてデルタ編隊を維持したドラゴン達は水平飛行に移り、地上数百mを音速に近い速度で飛び始める。
既に敵船団からは20km近く離れており、敵の攻撃の脅威などない。
デルタ編隊は距離20kmを維持し、敵船団を中心にして円を描くようにして旋回する。
そろそろか。
俺は首を捻って敵船団の方向を見続ける。
突然、敵船団が半球の真っ白い衝撃波に包まれ、炎に呑まれる。
真っ黒い煙と、真っ赤な炎の混ざり合った巨大なキノコ雲が海上に湧き上がった。
辺りに白く霧立つ同心円上の衝撃波が急速に広がり、海面を霞ませる。
かなり距離がある俺達のところまでは超音速の衝撃波が届くことはなかったが、ドンという腹に響く音に遅れて衝撃がやってきた。
「おおおう。やるのう、軍師殿。」
他のドラゴンに乗ったダークメイジ達もなんとなくビビっているのが分かる。
見た目は派手だよな。確かに。
「見た目は派手ですが、それ程の効果は無いかも知れません。敵側は魔法障壁を張っていましたしね。」
果たして煙と炎が晴れると、帆やマストを燃え上がらせてはいるものの、ほぼ原形をとどめた帆船が5隻再び姿を現した。
「いやいや、障壁に炎を通しただけで充分なのではないか? 凄まじいのう。ドラゴンブレスでは通らぬぞ。」
炎を通したわけじゃないからね。
通してから勝手に火が付いただけで。
「のう。奴等火を消さぬのかのう?」
しばらく経ち、変わらず距離を取ったまま船団の周囲を旋回するドラゴンの3騎編隊から船団の動きを観察していた、俺の前に座るルヴォレアヌが落ち着かなそうに呟いた。
5隻の帆船はいずれも帆が焼け落ちるままとなっており、その炎が全ての帆に広がりつつある。
焼け落ちた帆から甲板の上に引火し、どの船も徐々に上部構造が炎に包まれつつあった。
だが、そのいずれの船の甲板にも、木造帆船にとって致命的状態と言える着火した帆による火災を、何とかして消火しようと必死で走り回る船員の姿はない。
そう。
今回俺が使った手の、最も非人道的な点がそれだ。
もう気付いているだろう。
俺が使ったのはガソリンを使った気化爆弾。
実際に地球のあちこちの軍隊が、大量殲滅兵器として使用しているものだ。
錬金術師である伯爵にガソリンに類似した気化燃料の精製抽出を依頼し、そのサンプルを持ってウンディーネに大量コピーを依頼した。
それを大型の樽に詰め、各ドラゴンに数トンずつ持たせてあったのだ。
気化燃料を入れた木製の樽は、魔法障壁か或いは海面に叩き付けられた瞬間に破裂し、中の気化燃料を辺りにぶちまける。
火の付いたガソリンを投下するナパーム弾、或いは焼夷弾と呼ばれるものと異なるのはここからだ。
南国の暖かい海面とその上を流れる温められた風は、気化燃料を急速に蒸発させる。
蒸発し2000倍近い体積となったガソリンは、急速に辺りに充満する。
その過程で、この時点ではただの「燃料」でしかない液体や気体の燃料は、魔法障壁を透過して内部にも入り込む。
ライター程度のほんの僅かな火種で良い。
そしてそんな火種は、戦場であれば幾らでもその辺りに転がっている。
魔法障壁の中にも外にも。
着火された爆発性の混合気体の中を炎は超音速で伝播し、ほぼ全体が一瞬の内に爆発的燃焼反応を開始する。
ガソリンが燃えるには、当然酸素を消費する。
その空気の量は、ガソリンの約15倍。ガソリンエンジンの理論空燃比という奴だ。
爆発した気化爆弾は、辺り一面の酸素を全て消費し、二酸化炭素と一酸化炭素の混合物に変えてしまう。
例え最初の爆発を何とかして生き延びたとしても、戦闘中で息が荒くなった兵士達がそんな空気を吸えば、ほんの数呼吸、一瞬で酸欠となり、意識不明となって昏倒する。
昏倒した兵士達の末路は、そのまま酸欠で死亡するか、或いは意識不明のまま船を包む炎に焼かれて死ぬか、のどちらかしかない。
たっぷり30分ほど船団を遠巻きに観察し、それから焼け落ちる船団に俺達がゆっくりと近付いていったとき、いずれの船の甲板にも動く者の陰は皆無だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
気化爆弾は本来爆発衝撃波で破壊を目的とするものですが、今回に関しては帆船が魔法障壁で守られて居るので外部からの爆発衝撃波はあまり効果がありません。(風魔法で発生した暴風雨や真空刃同様に、魔法障壁の選択透過性で弾かれてしまいます)
ので、酸欠メインの効果です。
酸素を全て一酸化炭素に置換した空気を人間が吸うと、ほんとに数呼吸でぶっ倒れます。




