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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
24/39

4. 大輪の薔薇


■ 3.4.1

 

 

 俺は王の間の脇にある会議室で腕を組み、ここ数十分ほど腕を組んで唸り声を上げていた。

 

 会議室とは言え、来客時には簡単な昼食や晩餐の会場となったりもする、充分に豪奢で贅沢な雰囲気のある煌びやかな広間だ。

 もちろんここは魔王城であるので、煌びやかさの方向性が少々尖っている方向であるのは否めない。

 地球のヨーロッパの王城などであれば、ロココ調であったりバロック調であったりするのだろうが、魔王城は全てゴシック一直線。トゲトゲゴツゴツトンガリ命ッス、気合い入ってます押忍。というくらい全力で尖っている。

 

「どうしたのじゃ。先ほど顔を出したときからずっとそうやって唸っておらぬか。」

 

 ふと気付くと、すぐ脇にルヴォレアヌが立っていた。

 

「ええ。残る3大精霊の解放なのですが。どの順番で行うのがもっとも有利か悩んでます。」

 

 ルヴォレアヌと供にダムさんの背に乗り、3大精霊が封じられている、アラカサン帝国領トヴァン湖、同ジルエラド山、キスヴァニア王国レトーイス沖と、全ての目標を回ってもらった。

 高高度偵察のつもりであったのだが、高度50kmからでも兵士一人ひとりを見分けることが出来るダムさんの視力や、魔導具や魔法陣の設置場所をある程度特定出来るルヴォレアヌの魔法探知で充分な情報が得られた。

 そのため、本来2度に渡って行うつもりだった偵察は1度で充分と結論していた。

 

 情報が集まったのは良いのだが、問題は解放の順番だった。

 近いところから攻めるべきか、距離は気にしない方が良いのか。

 サラマンダーが囚われているジルエラド山を攻めるには、シルフィードの助けがある方が有利だ。

 だが、シルフィードが囚われているトヴァン湖の氷を溶かすには、サラマンダーの協力があった方が明らかに有利だ。

 ノーミードが囚われている海中に対しては、当然ウンディーネの存在が有利に働くだろうが、もちろん敵も馬鹿では無い。何らかの対策を講じているだろうし、その場合プランBは火を使うのか、風を使うのか。

 そもそもそれ以前に、作戦のために調達しなければならない資材もあった。

 

 いずれにしても、3大精霊それぞれが何重にも張り巡らされた封印陣と魔法障壁によって閉じ込められており、その魔法障壁を如何にして抜くかも大きな課題だった。

 

「アズミ、ウンディーネは水を酒に変えてしまうことができましたね。水を油に変えることは出来ますか?」

 

「出来る。水みたいなものは全て水の大精霊様の支配下。」

 

 俺の右肩で、どこから調達してきたのかサクランボとプラムの中間の様な不思議な果実を囓り、口の周りを真っ赤にしたアズミが答える。

 どうでも良いけどその果汁を俺の肩に落とすなよ? 果汁ってのは洗濯してもなかなか落ちないんだ。

 まあ、ミヤさんなら「侍女の嗜み」とか言いながら一瞬で消してしまいそうな気もするけれど。

 

 アズミが「水みたいなもの」と言ったのは、要するに液体という事だろう。

 液体であるからには、水も油もウンディーネの支配下にある、と。

 そういう分類になる訳か。

 

「成る程。液体なら魔法障壁の中に浸透していけそうですから、その線で行きますか。」

 

 今考えている攻略法が思わず口を突く。

 

 固定型の魔法障壁は、光や空気や熱などを選択的に透過する絶対魔法防御らしい。

 何も通さない絶対魔法防御は、光も空気も本当に何も通さないので、下手な使い方をすると中で守られて居るはずの者がいつの間にか窒息して死んでいました、などという間抜けな事になる。

 なので、光や空気は通すが火や氷や岩は通さない、などと選択的に透過する設定にするらしいのだ。

 それをどの様に設定するかが難しく、展開するのにそれなりの時間を要するらしい。

 その設定の裏を突いた攻略法を考えている。

 

「ん。大精霊様なら障壁の中の水も支配下。」

 

 ・・・・・・・ん?

 なんか今、アズミがとんでもなく重大なことを言ったぞ。

 

「ウンディーネは魔法障壁の中の水も操作できるのですか?」

 

「ん。この世にある水は全て大精霊様のもの。」

 

 少し考えて理解した。

 ウンディーネはこの世界の全ての(・・・・・・・・)水を支配下に置くのだ。

 例え魔法障壁の中だろうが、この世界の中であることに変わりは無い。

 魔法障壁があろうがそんな事は関係ない。この世界の全ての水を支配下に置くという基本的な定義があるからには、それはウンディーネの支配下なのだ。

 

 と云うことは同様に、魔法障壁の中の土や空気や火にも同じ事が言えるわけだ。

 ・・・なるほど。

 これで、残る3大精霊の攻略順は決まった。

 まずはノーミード、次にシルフィード、最後にサラマンダーだ。

 

「ルヴォレアヌさん、これは一般的な知識ですか? つまり、大精霊は魔法障壁の中の物質でも自由に操ることが出来る、ということは全ての魔導士が知っていることですか?」

 

 俺は、不思議果物をしゃくしゃくと食っているアズミに見蕩れているルヴォレアヌに聞いた。

 

「一般的な知識ではないのう。少なくとも、儂は知らなんだ。大精霊と契約できたほぼ最高位の精霊術士なら知っておるのだろうが、もちろんその様な切り札の情報を他に漏らすことは無かろう。お主は無能者のくせに、半ば大精霊と契約したようなもんじゃからのう。」

 

 アズミを愛でていたルヴォレアヌが現実世界に戻ってきて答えた。

 成る程。切り札となる程の情報か。さもありなん。

 であれば、それを知り得た者も他に漏らすこともないのだろう。自分だけが知っている情報であれば、大精霊と契約するほど高位の精霊術士と敵対したときに、敵の油断を誘うことが出来るわけだ。

 即ち、大精霊達が絶対魔法防御の内部に干渉出来る事は、ごく限られた者しか知らない情報というわけだ。

 それは助かる。

 

「アズミ、ウンディーネに伝えて下さい。もう少ししたら、レトーイス沖に囚われているシルフィードを解放しに行きます。その時に手伝って欲しい、と。」

 

「ん。大精霊様喜ぶ。」

 

 四大精霊なのだ。同僚か、あるいは姉妹が解放される様なものだろう。

 

 

■ 3.4.2

 

 

 残る3大精霊の封印場所の高高度偵察から戻った日の夜。

 自室で湯を使い、ミヤさんも一応下がらせた後、俺は部屋の中で元の世界から持って来たタブレットPCを起動させて色々と試していた。

 

 ここは明らかにグレートサモナーオンラインの世界だ。

 それも、俺がこの世界にやって来る直前に「神聖アラカサン帝国皇帝」なるプレイヤーから対戦を持ち掛けられた、馴染みのないマップとその設定を元にしたものだ。

 ここはゲームに似せた世界、或いはこの世界に似せたゲームがあのマップなのではないかと俺は想像している。

 何がどうなったらそんな事が起こるのか想像もつかない話だが、それを言うならば今俺がここにいること自体が何がどうなったらそんな事になるのかという話だ。

 それはそういうものとして受け入れるしかないだろう。

 昔何かのオカルト記事で、パソコンは霊界への入口なんてのを読んだ記憶があるが、今の俺の状態を考えるとあながち笑い飛ばせたものではない。

 パソコンが異世界召喚の入口になった訳なのだから。

 

 で。

 ここがそういう世界ならば、その世界の中でPCを起動したらどうなるか、またグレートサモナーオンラインを起動したら、起動しようとしたらどうなるか、を試していた。

 何か不思議な力が働いて、この世界や、戦場や戦況がPC画面で確認出来るようになりはしないだろうかと期待したのだ。

 もしそうなれば、軍師という俺の役割にとってとても便利な道具となる。

 

 という事を期待していたのだが、今のところその試みは全て失敗していた。

 当たり前と言えば、当たり前なのだが。

 WIFIの電波もない、携帯電話のモバイルネットワークもない、そんな世界でPCを起動したところで、どこからデータがやって来るというのか。

 テザリングでスマホから、と思って試してみたが、もちろんキャリア電波など拾えるはずも無かった。スマホの画面には、圏外の文字が無情に表示されるだけだった。

 そこは異世界の不思議パワーでどこからともなくデータが飛んでくるのを期待していたのだが・・・やはり考えが甘かったか。

 

 リュックサックから取り出したスマホやらタブレットやらWIFIの中継器やらモバイルバッテリやらをベッドの上に散らかして、思い付くことを次から次に試し、試す度に落胆し、を繰り返していると部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

 ミヤさんが出てこないという事は、魔王陛下だろうか。

 

 おや、こんな夜更けに誰か来たようだ。

 と、いつか言ってみたかった台詞トップ50の一つを心の中で呟きつつ俺は部屋の扉に向かった。

 果たして、ドアを開けた廊下に立っていたのは、黒いドレスに身を包み黒髪黒目に優しげな目元が印象的な、見覚えのない妙齢の美女だった。

 

「えっと・・・どちら様でしょうか?」

 

 思わず一瞬見とれてしまってからハッと我に返って尋ねた。

 黒い服と言えば、マリカさんを筆頭に僧侶(プリースト)達が黒い袈裟を着ているのだが、今俺の眼の前に立っている美人が着ているのは袈裟では無く、ドレスに近い様などちらかというと西洋風のものだった。

 こんな凄い美人、魔王城内で見たことが無い。

 美人なだけではない。

 比較的身体の線が出るデザインのその黒いドレスは、相当大きめの胸の出っ張りや腰のくびれ、そして脚の長さまでもが一目で容易に想像が付いた。

 可能性としては、まだ会った事の無い王妃殿下かも知れなかったが、さすがにこの夜遅くに男の部屋を一人訪ねるような迂闊な人ではないだろう。

 

 その黒いドレスに身を包んだ、これまでの生涯で俺が見かけたことのある美人トップ5に間違いなくランクインするグラマラスな女は、優しげな印象の造りを持つ顔に更に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「うふふー。驚いてる顔もカワイー。でも、女をドアの外に立たせたままはダメよぉ。入ってもいいかしらぁ?」

 

「! ダムさん?」

 

 その柔らかく大人びた低さの声と、特徴的な喋り方に聞き覚えがあった。

 聞き覚えがあった、なんてもんじゃない。今日の昼間ずっと彼女の背中に乗り、言葉を交わし続けていたのだ。聞き間違えることなどあろう筈が無かった。

 

「そうよぉ。」

 

 絶世の美女、と言っても大袈裟では無い程に美しい女の姿を取ったダムさんが、その蠱惑的な黒い眼で流し目をくれながら、呆然と立ち尽くす俺の横を通り抜けて部屋の中に入る。

 ダムさんは部屋の中に入ると、入り口の扉に近い場所に置いてあるソファに腰を下ろした。

 黒いドレスの深いスリットから覗く、組んだ脚の形の良さと艶めかしさに思わず意識が飛びそうになる。

 俺は頭を振りながら遠くなりそうな意識を繋ぎ止め、ドアを閉めるとダムさんの向かいのソファに座った。

 

「お茶、もらえるかしらぁ?」

 

「畏まりました。」

 

 脚を組んでゆったりとソファに座るダムさんが言うと、俺のすぐ斜め後ろ、出入り口のドアの脇からミヤさんの声がした。

 もうミヤさんが何をしようとどこに現れようと驚かないことにした。俺の頭の上に実体化でもしない限りは、何をしても指摘するつもりも無い。

 すぐにドアの閉まる音がしたところを見ると、ちゃんと実体化だけはしていたらしい。

 

「ああ、済みません。気付きませんで。」

 

 余りの出来事に、客に飲み物を出すということさえ忘れていた。

 

「いいのよぉ。その驚きっぷりだと無理も無いわぁ。」

 

 そう言ってダムさんは悪戯っぽい顔で再び笑った。

 柔らかで、つい見蕩れてしまいたくなるような華やかな表情だった。

 

「ダムさん、人の形を取れたのですね。」

 

 今出て行った(・・・・・・)ばかりの(・・・・)ミヤさんが、熱く湯気を(・・・・・)立てる(・・・)紅茶の入ったティーカップをダムさんと俺の前に置く。

 

「頑張れば、ねぇ。あと百年ほどすれば苦労せずに人の姿を取れるようになるかしらぁ。」

 

 流石ドラゴン。気の長い話だ。

 

 さて。

 彼女がわざわざ人の姿を取ってまでこんな時間に俺の部屋を訪れた理由は分かっている。俺は難聴系主人公のようなマヌケ野郎では無いのだ。

 ルヴォレアヌには朴念仁と言われてしまったが。

 

 昼間ダムさんと共に飛んでいるときに、ダムさんが俺に好意を持っていることをはっきりと本人の口から聞いた。

 俺がダムさんの容姿を美しいと褒めると、ダムさんは喜んでルヴォレアヌが白目を剥くほどの派手なアクロバット飛行を披露してくれたことから、どうやら彼女は本当に俺のことが好きらしい。

 そのこと自体は、ただ思い出すだけで嬉しさが溢れて来て思わずにやけ顔になりそうな程なのだが、しかし俺は彼女に返事を何も返していなかった。

 

 まあこんな絶世の美女に好きだと言われて、その言葉に裏が無いことが分かっていれば、返事の内容なんて決まっている。悩む様なことは何も無い。当たり前だ。

 とは言え、彼女いない歴=人生のこのオレ様。頭に血が上ってしまってただ一言「私もあなたが好きです」が言えない。

 分かってるよ。ヘタレだよ。

 だけど考えてみてくれよ。

 ネット上の写真やTVの画面でしか見ることの出来ないような超絶美人が自分のことを好きだと言ってきて、さらに加えて生まれてこの方言ったことがない、人生で初めて人に面と向かって言う台詞なんだ。

 ガンバレ俺。たった一言だ、ヘタレ軍師。

 

「ダムさん。こんな美しいご婦人から好意を寄せられるのはどれほど素晴らしいことでしょう。しかし本来であれば男である私から先に言うべき台詞でした。女性に気恥ずかしい思いをさせてしまったことを赦して下さい。改めて私からお伝えします。ダムさん、私もあなたのことが好きです。」

 

 あら。

 軍師モードになったらまるでペテン師のようにそれらしい言葉がまるで立て板に水を流すが如く。

 

「うふ。」

 

 本性があの恐ろしげな姿をしたブラックドラゴンだとはとても思えない柔らかな印象のその顔に、まるで大輪の薔薇の花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべてダムさんがゆっくり立ち上がる。

 ソファに座る俺の膝の上に腰を下ろしたダムさんは、まるで絡みつくように両腕を俺の首に回してきて、そしてその赤く形の良い唇がゆっくりと近付いてくる。

 

 ああ、例え軍師モードでもこれは無理だわ。

 もし俺が亮とかいう(あざな)を持っていたとしても、この戦いに勝てる気が全くしない。

 

 その夜その後どうなったかは適当に想像してくれ。

 ただ、やはりドラゴンは肉食系だった、とだけ言っておく。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 タイトルに星付いたりとかしません。ノクターンじゃ無いんで。

 ミッドナイトとかにえっちなバージョンを上げるつもりもありません。

 そんなものを書くと私のこの繊細な神経が焼き切れて小っ恥ずかしくて枕の下に頭を突っ込んで大声で「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」とか叫びながら床をゴロゴロです。無理です。


 ちなみに「主人公はドラゴンに食べられてしまいましたとさ。おしまい。」というオチを一瞬考えてしまったのはヒミツです。

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