3. 告白タイム
■ 3.3.1
地上100kmは、完全に宇宙空間だ。
上を見上げれば、星空というよりも宇宙という方が正しい無数の星が輝く光景が広がり、下を見れば大陸の大まかな形と、地表にこびりついているような白い雲が見える。
水平方向に視線を移せば、それはもう地平線や水平線と云ったものでは無く、明らかにこの星の輪郭、大気で青白く霞む球形の星の輪郭を確認することが出来る。
SF映画に出てくるようなこんな光景は本来、ロケットや人工衛星に乗った宇宙飛行士でなければ見ることは出来ないのだろうが、なんと俺は太陽光を受けて黒光りのする鱗にその身を包んだドラゴンの背に乗って、宇宙服を着ることも無く生身のままこの光景を眺めている。
SF映画のようだと感動すればいいのか、ファンタジーだと舞い上がればいいのか、提案した自分自身良く判らなくなってきて、少々感情が混乱している。
混乱しようが何だろうが、しかし素晴らしい眺めである事に変わりはないのだが。
ルヴォレアヌが言うほど抵抗はしなかったダムさんは、いつもと変わりなく魔王城の中庭の地面を蹴ると、俺とルヴォレアヌを乗せて急角度で真っ直ぐに大空に向かって上昇した。
水平飛行で音速の数倍もの速度を軽く出すことが出来る彼女が、その速さを上昇に割り振った結果、恐ろしいことに20分足らずで高度100kmまで上がってきてしまったのだ。
俺とルヴォレアヌを含むダムさんの周りには、風魔法で出来た結界が繭状に展開されており、その内部は完全に宇宙空間の真空から隔絶され、まるで地上にいるかの様な快適さだ。
ダムさんはこのままこの高度を保ちつつ、アラカサン帝国領内にあるというシルフィードとサラマンダーを封印した2点と、さらに南西に下ったノーミードの封印点を回るつもりらしい。
ドラゴンが大空を飛翔する推進力は、羽ばたきでは無く、その巨大な羽に魔力を流す事で得られている、と以前ダムさんから聞いた。
その時は魔力で風の流れを作っているのだろうと想像していたのだが、空気の殆ど存在しないこの宇宙空間で推進力を得ているところを見ると、どうやら風に頼る様なものでは無いらしい。
羽に魔力を通すことで、前に押し出す純粋な「力」を得ているのだろう。
妙なところでドラゴンの生態に一つ詳しくなってしまった。
「ダムさん、大丈夫ですか?」
ここは宇宙空間だ。本来生物が生存できる場所ではないのだ。
俺からの提案を悩むこと無く気軽に引き受けてくれたダムさんだが、そうは言ってもやはり気になる。相当な無理をしているのではないか。
「大丈夫よー。このまま何日でも行けそうねー。空気が無いから、飛ぶのに殆ど力が要らないのよー。」
成る程。
音速を遙かに超える様な速度で飛ぶなら、風魔法のシールドを纏ったと云えども、空気の抵抗は相当なものなのだろう。
その抵抗をほとんど全て取り払ったのだ。地上近くでホバリングしているのと大差ないのだろう。
「お主、本当に分かっておらぬの。好いた男の前で弱音を吐く竜がおるわけなかろうが。」
後ろから、小さく呟くルヴォレアヌの呆れ声が聞こえる。
「ルヴィーちゃん? 聞こえてるわよー? なにー? もしかして彼女言っちゃったのー?」
ドラゴンは眼も良ければ、耳も良い。
それは良いんだが。俺はどう反応すれば良い?
「えーと、ルヴォレアヌさん? ダムさんから抗議の声が上がっていますが。」
「抗議? 儂が言うてしもうた事かの? それはすまなんだが、この朴念仁、言うてやらねば何百年経っても気付かぬぞ?」
悪かったな。
難聴系主人公みたいな真似をする気は無いが、とは言え自慢じゃ無いが彼女いない歴=全人生のこのオレ様に、恋する乙女が発信すると言われる好意のシグナルなんぞ気付けるわけがなかろう。
そんなん気付けるなら、とっくの昔に彼女できとるわ。
・・・出来てる、よな?
気付かなかったのではなくて、そんなものそもそも誰からも一切発信されてませんでした、とか。
ゴメンナサイ。見栄を張りました。
「んもー。だーめーよー。ロマンチックな二人きりの夜間飛行で星空を眺めながら告白するつもりだったのにー。」
ダムさんが乙女チックな発言をしている。
言っておくが、体長20mを超えるブラックドラゴンだ。
いや、女は見た目じゃ無いってのは知ってるよ?
でも限度があるよね? 人族の範囲での話だよね?
そもそもそのロマンチックな夜間飛行で良い雰囲気になったとして、その後俺はどうすれば良いのかが全く想像つかないんだが。
エロゲとAVで鍛えたこの俺の恐るべき妄想力でも、体長20mオーバーのブラックドラゴンとのロマンチックなラブシーンのシミュレーションは無理だ。
「えっと、その、もっと雰囲気のある状況で自分から言いたかった、と。」
なあ、俺は何でこれ自分で通訳させられてるんだろうな。
何かの罰ゲームですか? 誰か教えてくれないか。
「うむ。それはすまんかった。ロマンチックな告白シチュエーションは全ての女の子の夢じゃからのう。」
・・・女の子。全長20mの。
オリハルコンも通さないシックな風合いの黒い鱗を着た、10トンを超える爆装も可能なちょっと元気系で、高度数万mをマッハ5で飛べるちょっとすばしこい系の?
「軍師殿よ、お主も何か言うたらどうじゃ? 女が恥ずかしがりながら心の内を語っておるというに、男が何もせぬというのはどうなんじゃ?」
いやだから俺にどうしろと?
開き直るか。
「これほどに美しいブラックドラゴンに好意を寄せられるのは喜ばしい限りなのですが。いかんせん私が元々住んでいた世界にはドラゴンは住んでいなかったもので、どうすれば良いのかよく分からないのですよ。」
くっそ、これだけ言うのも心臓バクバクだ!
そして我ながら何と無難でつまらん答えだ!
しかし恋愛経験値ゼロ、恋愛スキル無し、マジックアイテムも無しの俺にはこの戦いを生き抜くのは無理だ!
しかも相手はドラゴンだ! 敵前逃亡もやむなし!
「うふふー! 綺麗って言ってもらえたー! うふふー!」
あーダムさんや。
高度100kmでくねくね蛇踊りするのは止めてくれませんかね。
酔うし。落ちそうだし。
落ちたら生身で大気圏突入だし。俺、大気圏突入装備とかないし。
「ダムさん、仕事、仕事。」
ついにはバレルロールや宙返りまで始めたダムさんを落ち着かせる。
余りの高機動に、ルヴォレアヌは眼を回して、白目でキューな状態だ。
年寄りに負担掛けるとマズいよな。
心臓止まってたりして。大丈夫だ。息はしているようだ。
ん? なんかいまなんとなく違和感が?
「あー、ゴメンなさいねー。うふふふふー。」
ダムさんは喜び溢れて隠しきれない状態らしい。
どうも他人に好意を向けられた経験がないので、自分の褒め言葉に対して相手がこういう反応を示す事が理解出来ない。戸惑う。
「で、ダムさん、その・・・」
「あ、あとで良いのよー。お仕事終わってからねー。」
少しほっとする。
分かってるよ。問題の先送りだよ。
でも経験ゼロ、スキルゼロ、戦闘能力ゼロの俺が、こんな大気圏外の超高空でドラゴンの背に乗ってこの問題に対処するのは無理なんだよ。
時間と供に頭に血が上ってきて自分でも何言ってるか分からないよ。
元々ダムさんのことは気に入っていた。
その恐ろしげなブラックドラゴンの見た目の割には、おっとりとしていて優しく、色々と気を回してくれる細やかさに好意を持っていた。
それこそ、もし人間だったら惚れてしまうくらいには。
だけど相手はドラゴンで、こちらは人間だ。種族が違うのだ。
なので、俺の方は「いつも背中に乗せてくれるお気に入りのドラゴン」以上の意識を持っていなかった。
しかしそのドラゴンからはっきりと好きだと言われ、伴侶認定されていると知らされた。
相手が異種族だろうがドラゴンだろうが、生まれて始めて異性に真っ正面から好きですと言われてみろ。
余りの意表を突いた事態に、思考が停止し、驚くやら嬉しいやらどうすれば良いのか分からなくなって、頭の中が真っ白になる。
しかもその相手が、体長20m超のブラックドラゴンで、そのくせ女っぽくっておっとり気立ての良い癒やし系だったりする。
色んな矛盾する状況が一度に襲いかかってきて、どうすれば良いか分からなくなる。
言わば、「好き」という言葉の砲弾が直撃して脳味噌が大破し、真っ白になって漂流状態にある、とでも言えば分かって貰えるだろうか。
すまん。自分でも何を言っているのか分からない。
そして恋のウキウキドラゴンは、46cm恋愛砲初弾直撃な俺と、白目キューを乗せて高度100kmを地平線に向けて飛行する。
あ、完全に忘れてたけど、アズミはずっと右肩に乗ってるからね。
■ 3.3.1
途中色々あったが、ダムさんは僅か30分ほどでサラマンダーが封印されているというアラカサン帝国領ジルエラド山の上空に達した。
さすがに100km上空からでは何も分からない。ダムさんに言って、10kmずつ高度を下げてもらう。
ちなみにだが。
地球の引力と遠心力が釣り合う程のとんでもない高速で衛星軌道を回っており、その速度でさらに高度を下げることで速度を増し、その超高速のまま大気圏に突入するから炎を引くような事になるわけだ。
地表に対してほぼ静止したような速度で、ゆっくりと高度を下げるならば、例え大気圏突入でも炎を引いたり燃えたりする様なことは無いのだ。
まあ、こんな真似が出来るのはドラゴンだけだろうけれど。
高度を落としていくと、徐々に地上の細部がはっきりしてくる。
だが、山頂付近に掛かっている雲がたなびいており、地上の様子を細かく観察するには邪魔だ。
さらに高度を下げていく内に気付いた。
アレは、雲じゃ無い。
「火山、ですか。」
山頂付近にかかっている雲だと思っていたのは、どうやら火山の火口から吹き上がる煙のようだ。
「その様じゃな。はて。儂の記憶ではジルエラド山は火山では無かったはずなのじゃが。」
「それはつまり、サラマンダーを地中に封じたので、その熱が元で火山化したという事でしょうか。」
「そういう事じゃろうの。」
ウンディーネを封じた谷間が湖になっていたのだ。
サラマンダーを地下に封じた山が火山化してもおかしくないのだろう。
地中のマグマが、とか、マントルが、とか現代科学の知識を元に色々考えると、たかがサラマンダーを地下に閉じ込めただけで火山化するのか色々と疑問に思うところはあるが、しかし今眼の前にあるジルエラド山が火山化しているので、これはそういうものと納得するしか無いだろう。
元々休火山とかだったのかも知れないしな。
「ふむ。山全体を包み込むのはさすがに無理であったと見える。山の麓に1kmほどの大きさの魔法障壁が設置してあるの。普通に考えて、あそこが封印場所への入口じゃろうの。」
「どの様な性質の魔法障壁でしょう? 何も通さない絶対魔法防御ですか?」
「うむ。しかし内部が見えるという事は、光は通る様じゃの。」
中が見えるのか。
もう少し情報が欲しいな。
「ダムさん、この高度から障壁の内部が見えますか?」
「見えるわよー。障壁の内側で兵士が働いてるわよー。建物もあるわねー。」
さすが生体ルックダウンレーダー。ちなみに現在高度50kmだ。
つまり山の麓に展開されている障壁は、魔法や物理での攻撃は一切通さないが、光や空気は通すタイプのもの、という訳か。
空気が通らなければ、内部で兵士が活動できるわけが無い。
そして敵からの攻撃があった場合、守備隊は全て障壁内に立て籠もって防衛するのだろう。
「敵軍の勢力は分かりますか?」
「んー。気配からすると、兵士が500人位? 馬が200頭くらいかしらねー。ドラゴンが10頭ほどいるわねー。」
兵力だけを考えると、魔王軍の現有ドラゴン部隊だけで充分力押し出来るが、いかんせん魔法障壁が抜けないか。
戦闘中に、瞬時に適宜展開される魔法障壁と、今眼下に見えるジルエラド山麓に展開されている様な固定型の魔法障壁とでは、強度が全く異なるものだと聞いている。
戦闘中に急遽展開された障壁は強度の上限があり、それを超える攻撃を叩き付けられると崩壊してしまう。
それに対して、ジルエラド山麓に展開されているような、或いは先の戦いの最後にマリカさんがスロォロン砦を取り囲んで展開したような固定型の魔法障壁には、「耐久性」という概念自体がないのだそうだ。
つまり、「あらゆる魔法攻撃を弾く」と設定すれば、その障壁はその通りの性質を持ち、どれ程の攻撃を打ち込もうと、例え地形が変わるほどの攻撃であろうと、延々と魔法攻撃を弾き続けるものらしい。
もちろんその様な障壁を展開するには、戦闘中に瞬時に展開出来るタイプの障壁の何倍・何十倍もの魔力と時間がかかるのだそうだが、それに見合った効果があるものと言える。
「維持魔法陣、あるいは術者は障壁の内部ですよね。」
「じゃろうの。それが常識じゃ。」
よし。
大まかなストーリーは出来た。
資材の調達がなかなか難しそうだけれど。
「いいでしょう。第一回ジルエラド山高高度偵察は完了です。次に行きましょう。」
次は同じアラカサン帝国領のトヴァン湖だ。
ダムさんは進路を西に取り、そして再び高度を上げ始めた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
なんだかSFなんだかファンタジーなんだか分からない告白タイムでした。(笑)
ちなみにですが、魔法使いや錬金術師などは、案外現代科学に近い知識を持っていたりします。
分子や原子、反応エネルギーについて、或いは冶金工学や光学の基礎知識など。その辺りの知識がなければオリハルコン合金とか作れませんし、魔導具やホムンクルスなどを合成することも出来ません。
・・・いかん。全てを「魔法ですから~」で終わらせるつもりが、だんだん理屈っぽくなってる。




