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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第三章 囚われの大精霊達
22/39

2. 錬金術師 (Alchemist)


■ 3.2.1

 

 

「随分難しいことを言うね、君は。」

 

 伯爵は、紅茶の入ったカップをテーブルの上のソーサーに戻しながら言った。

 

 あの後、ミヤさんが取り上げた棺桶にかじりつき、どうにかして蓋を開けて中に潜り込もうとする伯爵を殆ど力ずくで引き剥がした。

 むずがる伯爵を宥め賺して地上に連行し、好物だという石榴果汁入りの紅茶を与えてなんとか談話室に止め、要件を持ち掛けて現在に至る。

 

 地下の棺桶安置室で出会った時の斜め上方中二病フルスロットルな姿でいい加減呆れ果てていたのだが、棺桶にしがみつき駄々っ子のようにミヤさんに引き剥がされ、燕尾服の襟を掴まれてずるずる引きずられて連行される様子を見て、俺の中での吸血鬼(ヴァンパイア)或いは貴族と呼ばれる連中に対する個人的評価は、こちらもフルスロットルで全力急降下中だ。

 そして今俺達がいる談話室に入り、紅茶まで出されたところで流石に観念したのか、相変わらず「┳」の眼のままこちらをジト睨みつつも話を聞いてくれるようになった、という訳だった。

 

 俺が持ち掛けた話というのは、数日前に魔王陛下に相談したいわゆる通信機だ。

 ダムさんに乗って高空から見下ろせば敵の動きが手に取るように分かり、部隊の指揮をするにもしやすいと思うのだが、いかんせん10km以上も離れた場所に指示を届ける方法がない。

 戦況が変わり指示が必要になる度に低空に降りていくのでは非効率極まりないし、俺という余計な荷物を乗せているダムさんの被撃墜率も跳ね上がる事になってしまう。

 ダムさんに乗ったときだけで無く、山のような高度と距離のある場所から指揮をするときや、何も作戦行動中の指示伝達だけで無く、あれば色々と幾らでも便利な使い方が出来るのが通信機だ。

 ラノベなどでよく出てくる、通信機のような魔導具が無いか魔王陛下に相談したところ、該当するような物は現在手持ちに無い為、魔王軍随一の錬金術師である伯爵に相談してみろとアドバイスされたのだった。

 

 そして今、眼の前に魔王軍随一の錬金術師が座っている。

 正面に座っているのでじっくりと観察させてもらっているが、その外見だけは伯爵という称号、或いは魔王軍随一の錬金術師という肩書きに全く負けていない。

 その顔は耽美系コミックの主人公のように美しく整っており、まるでナイフで切れ目を入れたかの様な切れ長の眼、すらりと鼻梁の通った少し小ぶりの鼻、少し薄めで鮮やかな紅色の形の整った唇、高すぎずしかし低すぎない頬骨と僅かにこけた頬、と、日本人スタンダードなご面相のオレ的には、ムカつくを通り越して三周半回ってもうどうでもいいやとなるくらいにあらゆる全てのパーツがハイクオリティだ。

 少し長めでざっくりと切られた髪はまさに闇夜の様な艶やかな漆黒で、ふとした拍子にはらりと額に掛かる数本の髪があざといくらいに格好良い。

 体格は、男にしては少し線が細い印象を受けるが、ヴァンパイアなのだから外見に関係なくとんでもない膂力を持っているのだろうし、逆に耽美系大好物の御姉様とかには間違いなくこっちの方が受けが良いだろう。

 

 止めよう。だんだん自分の存在がどうでも良いゴミの様に思えてきた。

 

「すぐに考えられる手は、二つの魔導具の間を何らかの物質を伝播させて声を伝えるか、或いは空間を繋げてしまう方法だね。」

 

 くっそ。クリアなテノールで声までイケメンなんだよな。ちくしょうめ。

 

「そうだ。聞く所によると、失礼だが軍師殿は無能者だそうじゃないか。そうすると魔導具を起動するのに軍師殿自身の魔力を使うわけには行かないな。魔石に溜めたマナを使うか、コンバータで周囲のマナを掻き集めるかするしか無い。コンバータを使うとものが大きく成りすぎるから、魔力充填が煩雑になってしまうけれども、携帯性を考えると魔石をパワー源とするほかないね。」

 

 でこれが。

 真面目に話し始めると、さっきまでの永遠の14歳フルスロットルや、或いはおっきな5歳児フルブーストな姿はどこへやら、見た目に違わない真面目で有能な錬金術師に様変わりときたもんだ。

 

 いかん。嫉妬と呪詛と恨みと妬みのダークサイドな思考で俺が闇の眷属になってしまいそうだわ。

 俺如きがダークサイドに行っても、多分フォースは使えない。無能者だしな。ちくしょうめ。

 眼の前に座っているのは白と黒のた○ぱんだだと思うことにしよう。

 でないとやってらんねえ。

 

「となると、空間魔法はパワーを食うから駄目だね。魔石の保ちが短くなり過ぎる。伝播媒体を介して音声をやりとりするしか無い。媒体を介する分どうしてもノイズを拾ってしまうけれど、声が相手に聞こえればいいのだろう? ならば大丈夫だ。うん。大体の所は構想が出来た。」

 

 これだから天才は。

 この世界に存在しない通信機を作ってくれと、俺は言ったのだ。

 ところが伯爵は、こうやって俺と向かい合って数分話をしている内に、俺の要求するところを理解した上で、その基本的な構想が出来上がったという。

 ああいかん。ダークサイドが俺を呼んでいる。

 

「ただ一つ大きな問題が残ってしまう。伝播式のこの魔道具を作るにはどうしても風化水地の四大精霊の協力が必要になる。水の大精霊ウンディーネは軍師殿、君が解放してくれたみたいだけれど、残る大精霊達は未だに人間達に囚われたままなのだよ。」

 

 ああ、もう話の流れが見えたような気がする。

 しかし、この世界に無い物とは言えたかが通信機だ。そんな四大精霊の協力などが本当に必要なのか?

 まあ精霊達を解放した後はその力が魔王軍を強くするのだから、いずれにしても大精霊達を解放するのは必要なことなのだが。

 

「無能者とは言え、召喚者の君なら分かってもらえるだろう。君が欲しがっているその『通信機』は、この世界のどこに居ても同じように声を届ける事を要求されている。つまり、この世の中に遍く存在する風化水地の四元素を効率よく使わなければならないわけだ。例えば、この魔王城とスロォロン砦に固定して繋ぐだけならば、風の妖精にでも頼めば良いのだけれど、世界のどこに行っても同じ性能を要求されるならば、同様にこの世界に遍く存在することが出来る四大精霊の力を借りなければならない。」

 

 魔法理論を俺に説明されても理解できるわけが無いのだが、この世のどこに行っても確実に利用できる伝播媒体が必要だ、という事は理解できた。

 電波が来なければ携帯電話は圏外になるのだ。それと同じだと思えばいいわけだ。

 

「つまり、未だ囚われたままの残る大精霊三柱を全て解放する必要があるわけですね。」

 

「そうだね。大丈夫。殲滅の軍師である君なら出来るよ。」

 

 だからその恥ずかしい名前で俺を呼ぶな。

 だんだん慣れてきてそのうちカッコイイとか思い始めたらもう取り返しが付かないことになるのだ。

 ある日気付くと、右手や右目に何か宿ってしまっていたり、自分にしか見えない世界破滅を目論む敵が近付いてくる気配が分かってしまったり、正体不明の組織の足音が聞こえてきたり、そうなってしまってはもう元の真人間に戻ることは叶わないのだ。

 伯爵に付き合って俺まで永遠の14歳になるつもりは無い。無いったら無い。

 

 石榴風味の付いた紅茶の入ったティーカップを細く長い指先で美しく摘まみ上げ、伯爵は幸せそうに紅茶の香りを楽しんでいる。

 そして俺はまた戦いに行かなければならないわけだ。

 ま、俺が望んでここに来たのだけれどな。

 

 

■ 3.2.2

 

 

「残る大精霊達が囚われておる場所、かや?」

 

 ルヴォレアヌは椅子に座って目を落としていた膝の上の分厚い魔導書から視線を上げて言った。

 

「ええ。解放したいと思います。大精霊を解放すれば我が軍の力になり、アラカサン帝国軍の力を削ぐことにもなる。そして私が個人的に考えている計画も実行できる。」

 

「予想しておろうが、当然難しいぞえ?」

 

「でしょうね。しかし、それだけの価値のあるものと考えています。」

 

「それはそうじゃな。大精霊を全て味方に引き入れることが出来れば、それはそれはとても大きな力となるじゃろう。ふむ。」

 

 思案顔のルヴォレアヌ。

 何か問題があるのだろうか。

 

「風の大精霊シルフィードはアラカサン帝国領トヴァン湖の氷の中、炎の大精霊サラマンダーは、これも帝国領ジルエラド山の地中深く。地の大精霊ノーミードはキスヴァニア王国レトーイスの街の遙か沖の海中にそれぞれ封じられておると聞いておる。」

 

 そうか。場所は分かっているのか。

 

「特にサラマンダーが捕らえられておるジルエラド山には、これまでも何度か我が軍から少数部隊を送り込んで解放を試みたことがあるのじゃが、ことごとく失敗に終わっておる。誰一人として戻ってこぬ故、それぞれの精霊がどの様に封じられておるのかさえ解っておらぬのじゃ。」

 

 そう言ってルヴォレアヌは魔導書を脇のテーブルの上に置き、椅子から立ち上がった。

 見慣れた例の地図が俺とルヴォレアヌの間の空間に現れ、この大陸の北西部地域を表示する。

 地図上には赤、緑、黄色の点が光っている。

 赤は魔王国からそう遠くない山地の中、緑はかなり離れたやはり山地の中。黄色はずっと南に下って、陸地から離れた海中にある様だ。

 場所とその色から、赤はサラマンダー、緑はシルフィード、黄色はノーミードの封印されている場所だと分かる。

 

「一度現地を見てきた方が良いですね。」

 

「ふむ、そうじゃな。じゃが、どうやって?」

 

「転移魔法か何か、ないでしょうかね?」

 

「行ったことの無い場所に転移できる者は居らぬよ。しかもこれほどの距離、一度の転移では無理じゃ。」

 

「遠見の術とかはありませんか?」

 

「ダメじゃの。魔力感知で一発でバレるわ。向こうも警戒しておろうしの。」

 

「では、またダムさんにお世話になりますか。」

 

 地上をてくてく歩いて行くという選択肢は無いだろう。時間がかかりすぎる。

 

「敵国の真上を飛ぶのじゃぞ。間違いなく迎撃されるじゃろう。」

 

「高度を上げましょう。高度100kmを探知できる魔法使いや、迎撃できる手段は無いのではないですか?」

 

 上げるならとことん上げてやる。なんならもっと上げて、人工衛星並の高度でも構わない。ダムさんのあの口調なら、彼女には出来る筈だ。

 現代アメリカ軍じゃあるまいし、宇宙空間までを監視対象とはしていないだろう。

 ルヴォレアヌの目が見開かれ、呆れた顔に変わる。

 

「確かに無いの。じゃがいずれにしても現地では地上まで降りねばならぬぞ。帝国にとって重要な拠点じゃ。相当な魔法防御がしてあるじゃろう。それなりの軍がおろうし、その支援態勢も整っておろうの。ウンディーネが囚われておったヘシュケ=デフアブアン城は、捕らえたばかりのウンディーネを他所へ移送するまで仮に幽閉しておった場所じゃ。あれほどに簡単な話では無かろうぞ。」

 

 そうなのか。

 

「ならば、二段構えの偵察で行きましょう。一度目は高高度から封印場所周辺の敵防衛力の確認。その後対策を立てて、より接近して封印場所そのものの確認。その後封印を解除する対策を立てて襲撃します。」

 

「妥当なところじゃが、お主は無能者であろう。魔法防御の確認は如何にする?」

 

 ニッコリ笑って、ルヴォレアヌを指差す。

 人を指差してはいけませんと幼稚園の先生が?

 知らねえな。誰がそんな事言ったんだ?

 ルヴォレアヌが溜息を吐く。

 

「年寄りをこき使うものでは無いぞえ。仕方が無いのう。またあの黒竜が機嫌を悪うするじゃろうが。」

 

 ダムさんのことか?

 ルヴォレアヌを乗せると彼女の機嫌が悪くなるのか?

 そう言えば、最初ミヤさんを乗せるのを渋っていたけれど、気位の高いドラゴン族は人間を乗せるのを嫌がる、という訳か?

 いやでも、俺が乗っているときには上機嫌で飛んでくれているぞ?

 

「お主、解っておらぬの。異世界人じゃからか。雌のドラゴンは己が認めた伴侶としか供に飛ばぬものじゃ。お主以外の、しかも人間の女を背に乗せるなぞ、面白いわけが無かろうが。」

 

 成る程ね。

 ・・・・・・。

 なにーーーー!? 伴侶!!??

 そういう意味だよね!?

 彼女いない歴=年齢の俺が、初めて出来た彼女が異世界のブラックドラゴンで、ついでに既に伴侶認定されてるとか!?

 イヤイヤイヤイヤ、ナイナイナイナイ。

 

「私がダムさんに伴侶と認められる理由に全く心当たりがないのですが? 私は異世界人で、ドラゴンに較べれば脆弱な人間で、ついでに無能者ですよ? 常識で考えて、相手にもされないでしょう。ルヴォレアヌさんの勘違いでは?」

 

 あまりに奇想天外な話に大混乱するお脳を落ち着かせ、努めて冷静にルヴォレアヌに反論する。

 内心はドキドキだけどな。

 

「スロォロン砦の時もそうじゃが、お主のことは喜んで乗せておるじゃろう? そういう事じゃ。」

 

 いやいや、答えになってないよおばあちゃん。

 

「何を切っ掛けに?」

 

「ヘシュケ=デフアブアン城を派手に潰したじゃろう。いかにもドラゴン族が好きそうな、派手な演出じゃったわい。その後、ウンディーネに認められたのもあるんじゃないかの。此度も派手に勝ちを決めたしのう。」

 

 いやぁ、それにしても。

 

「蓼食う虫も好き好き、という事じゃの。」

 

 え、なに?

 結局そこに落ち着くの?

 なんか俺、ディスられてないこれ?


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 紅茶が出てきますが、それは即ちこの世界にお茶の木があるという事です。

 というか、グレートサモナーオンラインというストラテジーゲームの世界観に酷似した世界です。

 戦略、戦術、戦技については、ゲームがゲームだけに細かな設定があります。

 が、それ以外の生態系や食事などの部分については、地球のものをそのまま適用しているもの、とします。

 夜空も地球と同じですしね。


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