1. 障気溢れる暗黒の呪われた深淵の虜囚たる闇の眷属の邪な牛乳がちゅー。
■ 3.1.1
「スロォロン砦周辺に集結していた帝国軍9万は全滅しました。スロォロン砦内に立て籠もっていた将官も全滅しております。スロォロン砦は現在絶対魔法防御にて包囲し、内部を氷結魔法にて封印してあります。絶対魔法防御を解除した後数日で使用可能となります。」
玉座の前に跪き、今回の戦いの結果を報告する。
「期待を大きく上回る戦果、重畳である。我が方の損害は?」
「我が軍の被害は、ドラゴン1、ダークナイト6です。」
常識的に考えれば、とんでもない戦果だ。
たった300程の軍勢で、10万に近い敵を全滅、そしてこちらの損害はたったの7。
地球であれば世界史と軍事史に名を残すほどの大勝利、ゲームの中であれば年間ベストプレイヤー賞にランクイン間違いなしの戦果だ。
だが直接言葉を交わしたわけでは無くとも、同じ戦場にいて、同じ陣内で野営をした仲間が欠けた事は、勝利の喜びで心が浮き立つよりも重く俺の心にのしかかっている。
分かっている。
軍師たる者、兵の損害にいちいち心を割いて悲しむなどしていては役目を果たすことなど出来ない。
グレートサモナーオンラインの画面に表示される損害情報なら悩むことも無かっただろう。
消耗戦になり、スタート時のユニットの9割以上を失って辛くも勝利、などという事はざらにある。
だがこの世界に飛び込み、兵達と共に戦場を駆け、そして兵力はユニットリストに表示されるゲームデータでは無いことを実感した。
ゲームの中の世界と覚しき場所に飛び込んだからこそ、逆に兵達一人一人を強く意識してしまっているのかも知れない。
文字通り名も無き兵だったのだが、そんな彼らの死を忘れようという気にはなれなかった。
損害報告をしたきり黙った俺を不審に思ったか、魔王陛下も同じように黙る。
ややあって先に口を開いたのは魔王陛下だった。
「戦だ。敵を殺した分だけ味方も死ぬ。自分が殺す兵のことを考えておったのでは、軍師は務まらぬ。」
そう。その通りだ。
それでもやはり俺は、俺の采配で死んでいった奴等のことを忘れることは出来ないだろう。
甘いと笑うなら笑えば良い。心の弱さというならば、その通りだろう。
ゲームを知っているからこそ、現実に眼の前で死んでいった者達を、画面に表示されるただのユニットデータと同じ様に扱う気にはなれなかった。
或いはこれが数万もの損害であれば、逆に数字として片付けられたのだろうか。
俺が沈黙し続けていることで、まるでそれを咎めるかのように玉座から放たれ続けていた威圧感がふと緩む。
それに引かれるようにして、俺は顔を上げ玉座を仰ぎ見た。
「それで良いのだ。気に病むな。しかし忘れるな。さすれば兵は付いてくる。」
さすが数百年も玉座に座り続ける王は違う。
なるほど、と思った。
僅かだが、心にのしかかっていた重しの重量が軽くなったような気がした。
■ 3.1.2
灯りの無い通路に足音が響く。
今俺が歩いている通路も、魔王城の他の全ての通路と同じ様に、黒曜石か高純度の石炭の様な、艶のある漆黒の石材で出来ている。
窓一つない通路が、やはり窓一つない真っ黒な石材で作られた大きく湾曲した螺旋階段に変わり、暗闇の中に下り消えていた。
直径15cmほどの光の球が顔の左横をかすめて俺を追い抜いていった。
俺の5mほど先、地上から2m位の所をふわふわと漂い始めたその紫がかった白い光の球に照らされ、延々と下り続ける階段が見える様になった。
ルヴォレアヌに聞いた後、特に声を掛けることも無くここにやってきたのだが、声を掛けずとも常に俺の傍に控えており、必要とあればさりげなくサポートしてくれるミヤさんが、足元を照らすために出してくれたものだろう。
後ろを振り返る。
そこにミヤさんはおらず、僅かな光に照らされて、緩くカーブしながら登っていく黒い階段が見えるだけだった。
灯りの魔法を出してくれたのだから、どこか近くに居るのだろうが、その姿が見えない。
本当にあの人は色々と不思議すぎる。
でも、ドラゴンの背に乗って闇の中を急降下するとき、必死でしがみついてくる様は結構可愛いんだよなー、と、ちょっとほんわかしながら前に向き直る。
眼の前にミヤさんが居た。
「ちょわぁ!!」
思わず飛び上がり、階段に引っかかって尻餅を突く。
角にぶつけた尻が地味に痛い。
「どどどどこから!?」
「常にお側に控えております。」
そうじゃねえ。
振り返って前に向き直ったらそこに居るとか、ホラーすぎんだろ!
しかもこの真っ暗な螺旋階段で。
「さ。参りましょう。」
ミヤさんはくるりと踵を返し、光の球を伴ってスタスタと階段を降りていく。
わざとだ。絶対わざとやってる。
ドラゴンに乗ってるときに色々と見られてしまったからその意趣返しか?
気を取り直して、ミヤさんの後に続いて階段を降りる。
一体どこまで降りていくのだろうと、かなり不安に思い始めた頃に階段は終わり、しかし似たような真っ黒な石材で作られた、灯りの無い真っ暗な廊下に変わった。
そして今度は真っ黒で真っ暗な廊下を歩く。
ポッという感じで、魔王城の中で見慣れた紫がかった白い一対の明かりが、廊下の前方の両脇に灯った。
近付いていくと、ポッ、ポッ、ポッ、という感じで、次から次に廊下の両脇に並んだ灯りがともっていく。
真っ直ぐにどこまでも続く黒い廊下の両脇に、無数の灯りが等間隔で真っ直ぐに並んでいる。
なかなか凝った演出だ。
いやそれよりも、一体どこまで歩かされるんだ?
灯りの続く廊下は遙か彼方に消えて行ってるけど、どう見ても数kmは絶対あるよねこれ。
「こちらです。」
そう言ってミヤさんが右に曲がる。
は?
延々と灯りの続く廊下は?
「演出です。こんな長い距離を歩くのは、本人が嫌がりますので。」
そう言って肩の辺りに纏わり付いていた光球をミヤさんがポイと投げると、光球は5mほど先で何かに当たって弾き返された。
行き止まりか!? ただの幻影かよ!
「こちらになります。」
右に曲がったミヤさんがすぐに立ち止まり言った。
遙か彼方まで続く廊下の演出の割には、右に曲がってすぐなのかよ。
軽い疲労感を覚える。
いやいや、気を取り直して。
果たして、ミヤさんと二人で踏み込んだ部屋の真ん中に、黒く光る床や壁よりもさらに黒く、艶やかな光沢をもった大きな漆黒の棺が一つ凄まじい存在感を放っている。
こころなしか、部屋の中の空気が冷たく重たい。
俺達が部屋の中に入ったことを感知したのか、棺の扉が軋み音を立てながらゆっくりと開いていく。
思わずゴクリと唾を飲む。
真紅のビロードに内張りされた、重厚な漆黒の蓋が開ききった。
・・・・・。
・・・何も起こらない。
ミヤさんが棺桶に近付くと足元から大きな鈍くて重い音がした。
「伯爵閣下。お目覚めの時間です。」
イヤイヤイヤ、言葉遣いはいつも通り丁寧だけど、今絶対棺桶蹴り飛ばしたよねミヤさん?
「もうお腹いっぱ「閣下。」」
なんか今聞こえたぞ?
ミヤさんの呼びかけに目を覚ました美丈夫が、赤いビロードに包まれた棺桶の中でその黒い身を起こした。
「今何時?」
俺の全身を脱力感が襲った。
ちなみにであるが、グレートサモナーオンラインの中と思われるこの世界も当然、24時間365日、1週間は7日で、1時間は60分だ。閏年の有無まではまだ確認していない。
「伯爵閣下。現在の時刻は18時47分。日は沈み、閣下がお好みの闇の始まりの刻にてございます。」
棺桶を蹴り飛ばしたとは思えない、ミヤさんの恭しい態度。
「・・・・・。」
伯爵閣下はどうやら低血圧であらせられるらしい。
棺桶の中で上半身を起こしたまま、ぼーっとしている。
可愛いと言えば可愛い姿なのだろうが、不死者の王真祖吸血鬼としてそれはどうなんだ?
ああ、目覚めの一口を飲まないと血圧が上がらないのか? 吸血鬼だけに?
「閣下。お目覚めのお飲み物です。」
そう言ってミヤさんが伯爵に一歩近付く。
え、まさかそんな事は無いよね?
ミヤさんが上半身を屈めて、伯爵に近付く。
いや、知り合いが血を吸われてるところとか見たくないんだけど?
てか、それでミヤさんが吸血鬼になっちゃうとか無いよね!?
「うん。」
そう言って伯爵は、ミヤさんから手渡されたグラスから、ストローでちゅーと牛乳を一気飲みする。
牛乳かよ!
ていうかミヤさんさっきまでグラスとか持ってなかったよね!?
なんかもう突っ込むところが一杯ありすぎてどこからどれだけ突っ込めば良いのか分からなくなってきた。
・・・はあ。もういいや。ここ魔王城だし。
何を見てももうその一言で片付けることにしよう。
まだぼーっとしながらもう無くなった牛乳をストローでぞぞぞぞと吸っている伯爵と眼が合った。
「誰?」
伯爵がこっちをじーっと見ながら言う。
ほら、あれだ。コミックなんかでよくある、「┳」の下の棒が短い状態のジト眼。
「伯爵閣下がお休みになっておられる間に、新たに軍に加わって戴いた軍師様です。」
伯爵の目がキラリと光る。
ゆっくりと立ち上がった伯爵は棺桶から一歩踏み出て、ババッとマントを広げてその場でクルリとターンを決め、こちらに向いたときには腕を組み、右手の平を顔の前で広げて中指と人差し指でこめかみを押さえ、指の間から眼光鋭くこちらを睨み付けて、上半身を1/4ほど捻って少し斜めになった決めポーズを取った。
・・・グレートサモナーオンラインのユニット詳細画像の、あのポーズだ。
腰、しんどくないのかな。
「軍師殿。歓迎致す、と言わせてもらおう。我が名はヴァルデマール・フォン・ガイストブルガーLXXXXIV(94世)。この暗黒の軍団の伯爵にして、不死者の王なる闇の眷属にして貴族。陽の光を嫌う者故、この様な場所でのご挨拶ご容赦願いたい。」
伯爵は両手を広げ、真紅の裏地を持った漆黒のマントを翼のように広げる。
「軍師殿の指揮による先の戦いでの圧勝、我が眷属の眼を通し、そしてこの右眼に宿る邪なる力により、我が闇の臥榻の内よりとくと拝見致した。お見事であったと、お慶び申し上げよう。」
マントを引っかけて大きく広げた右手を身体の前で折り曲げて胸に当て、軽く頭を下げた。
そして鋭い眼光を投げかけつつ、口角を上げてキメ顔。
・・・ちなみに、オーバーロードであるこの伯爵、光魔法耐性も非常に高いため実は日中外を出歩いても別に全く何の問題も無いことは、魔王陛下から教わっている。
闇の眷属アピールのため、昼間は棺桶の中に入って寝ているらしい。
キメ顔を続けて、何か俺の反応を待っているらしい伯爵。
えーと。なんて言えば良いのかな。
「あ、ハイ。アリガトウゴザイマス?」
「フハハ。礼には及ばぬ。輝かしき偉業は相当の賞賛を得るべきもの。軍師殿はこの深淵より這いい出し闇の軍団の先頭に立ち、烏合の衆とも言うべき脆弱なる人間どもの集団を闇と暗黒の支配する絶望の淵へと叩き込んだのだ!」
伯爵はクルリとターンを決めると、右手でズビシッと俺を指差した。
えーっと。幼稚園とかで人を指差しちゃいけませんって先生に教わりませんでした?
真祖様は幼稚園に行ってないですか。そうですか。ソウデスネ。
「ふふふ。軍師殿よ。此度の活躍誠にご苦労であった。そして闇と障気に閉ざされた斯様な場所までご足労戴き感謝の念に堪えぬ。惜しむらくはこの身に掛かりし闇の呪いにより、この忌まわしき監獄たる棺桶の内から長時間離れてはおれぬこの我が身。この身体が呪いに蝕まれ崩壊を始めぬ様に、我が魂が内なる暴虐の闇を抑えておる今の内に、今日のところは失礼致す。至高たる闇の眷属である我と、その鬼才を世に轟かす殲滅の軍師殿の歴史的邂逅として今宵の出会いは長く歴史に刻まれるであろう。では、さらばだ!」
言いたいだけ喋りまくると、伯爵は棺桶に勝手に横たわり、すかさず棺桶の蓋がギーバタンと閉じた。
蓋閉じるの速えなおい。
「・・・えっと? 闇に呪われていて、身体が崩壊? ですか?」
余りの強烈なインパクトに、呆気にとられたままミヤさんに尋ねるとも無く呟く。
さすが不死者。長時間の活動は身体が崩壊するのか。
・・・いや待てよ、それじゃなんか話が違わないか?
「いえ。一日28時間寝ないとお肌に悪いと信じていて、蓋をした棺桶に閉じ籠もって寝ているだけです。」
闇に囚われたとか、身体が崩壊とか、そういう意味か!?
て言うか、一日28時間寝る気かよ! 不死者でも無理だよ!
てか、「殲滅の軍師」とか勝手に名付けんな! ちょっとカッ・・・もとい、恥ずかしいじゃねえか!
俺は用があってここまで来たんだ。今からまた28時間も寝られて堪るか。
ずかずかと棺桶に近付き、蓋に手を掛ける。
思い切り力を込めたが、見た目の重厚さとはうらはらに棺桶の蓋は案外に軽く簡単にパカンと開いた。
赤いビロードに包まれた伯爵が、胸の上で両手を組んで横たわっている。
「伯爵殿。相談申し上げたいことがあって参りました。話をお聞き願えませんか。」
横たわる伯爵がパチリと眼を開ける。
「えー。やだ。」
言葉遣いの落差激しいなおい。
ここで引き下がるわけには行かない。戦術的に極めて重要なアイテムなのだ。
「そこを曲げてなんとか。」
「眠いー。」
「いっぱい寝たじゃないですか。」
「だって起きるとお腹空くんだもん。」
「ごはんなら上げます。」
「ヤローの血とかいらない。」
横に立つミヤさんを見る。心なしかミヤさんの眉根が上がった気がした。
「美女の血は?」
「えー、だってそいつはフヌギャブァ。」
ミヤさんが棺桶の頭の側を持って持ち上げ、垂直に立たせた。
その勢いで伯爵の身体は脚を支点にさらに90度回り、棺桶の中に横たわっていた真っ直ぐな姿勢のまま前方に倒れ込んだ。
脚が後ろに跳ね上がるくらい、伯爵はしたたかに顔面をぶつけた様だ。
余りの対応に思わずミヤさんの顔を見る。
極低温の鋭い視線で見返された。
うはっ。背筋をゾクゾクと駆け上る心地よさ。
じゃなくて。
ミヤさん今、伯爵の口封じをしたね? 一体何を隠そうとしたんだ?
「伯爵閣下。どうかお願い申し上げます。魔王陛下からも伯爵閣下に相談申し上げるようにとご助言戴いております。」
俺にも伯爵にも口を開かせないタイミングでミヤさんが畳み掛ける。
「むー。」
棺桶の蓋を閉じられ、ミヤさんの身体の後ろに取り上げられてしまった伯爵は、艶やかな漆黒の床の上に両足を投げ出した状態でふくれっ面を見せていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
済みません。更新大幅に遅れました。
新シリーズを書き始めたばかりのこの大事な時期に山のような仕事が積み上がるなんて。
中二ワード満載の台詞は書くのにこんなに時間がかかるとは知らなかった。
ノリでやり始めたらむっちゃ後悔。




