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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第二章 真面目に戦う奴は馬鹿
20/39

8. 灼熱のエルヴォネラ平原


■ 2.8.1

 

 

 後は簡単な話だった。もう激しく戦うこともない。

 

 俺は夜野営地に戻ってから全てのドラゴンに、1時間おきに敵の補給線上空を哨戒し、例えどんなものであれ、スロォロン砦に物資を運び込もうとしている馬車の部隊を見つけたら問答無用に攻撃して殲滅して良いと言う指示を与えていた。

 半日激戦を戦い抜いたドラゴン達には過酷な要求だと思い、内心半ば恐る恐るという感じで指示したのだが、レッドドラゴンのレイリアさんから返ってきた返事は少々意外というか、逆にある意味納得できるものだった。

 

「ドラゴンを貴方達みたいなひ弱な人間と一緒にしないで頂戴。」

 

 そう言ってレイリアさんは、昼間の戦いの疲れを見せることも無く颯爽と夜空に向けて飛び上がっていった。

 何でも彼等は、身体が傷付き血を流し欠損するような戦いであるならばともかく、その膨大な量の体内魔力が尽きるまでほぼ不眠不休で戦い続けることが出来るとのことだった。

 もっともその分、一度寝始めると数十年寝続けたりもするらしいのだが。

 いずれにしても俺達人間とは身体の出来が違うのだ。

 その人間の基準を俺に置くのは間違ってると思うがな。

 学生の頃こそは多少身体を動かしたものの、ここ最近は明らかに運動不足で体力が低下しているのを自覚している。

 

 もちろん俺もダムさんに乗せてもらって上がった。

 相変わらず夜のフライトを怖がるミヤさんと2ケツで。

 昼間、例の不条理攻撃を見せてもらったので、ミヤさんが防御の役に立たないなどと言うつもりは毛頭ないが、しかしそれにしても怖いなら夜まで付き合うことはないと思うのだけれど。

 俺は最初から暗闇のフライトに恐怖を感じなかった。

 なぜだろう。ダムさんを完全に信頼しているからだろうか。ただ単に、ファンタジーなシチュエーションにハイになっていただけ、と言う可能性もあるが。

 それでもミヤさんは頑として譲らないのだ。

 頑ななミヤさんを見て、ダムさんと顔を見合わせて苦笑いしてしまった。

 ドラゴンと目配せしながらお互い苦笑い、なんてファンタジー。

 

 5千m位の高度から見ると、スロォロン砦の帝国軍が水の徴発を行っていたラケやイムラワーラなど、数十km圏内のの村の灯りが一望に出来る。

 普段なら明かりなど付いていないのだろうが、今は帝国軍が水の徴発を行っている関係で、各村に帝国軍の駐留部隊が居て、松明を燃やしているのだろう。

 それに対してスロォロン砦の松明の数が明らかに少なくなっていた。

 

 油断しているわけでは無いが、帝国軍の航空部隊は粗方潰した。特に夜間であれば、高度5千程度でももう危険は無いだろう。

 太平洋戦争末期の米軍もこんな感じだったのかな。

 いや、日本軍は最後まで頑強に抵抗していたから、そうでもないか。

 息つくノンターボエンジンを必死で回して、高度1万まで気合いで上がろうとしていたらしいしな。

 

 などと俺が住んでいた方の旧帝国軍の航空部隊に思いを馳せていたら、遙か彼方の下方で暗闇の中に白に近い赤い光線が鋭く煌めいた。

 それを追いかけるようにブラックライトのような紫の光線と、青白い光線が再び煌めく。

 

 レイリアさん達がスロォロン砦に水を運び込もうとする輜重部隊を発見して攻撃したのだろう。

 スロォロン砦内部には3本の井戸を持っているという話だったが、マリカさんに頼んで砦を絶対魔法防御の殻で取り囲んだ今、砦の外側に展開する残兵達は水の補給を周辺の村に頼るしかない。

 そしてもちろんそんなことをさせるつもりは無かった。

 帝国軍の航空部隊が壊滅しているので、これからは昼夜を問わずスロォロン砦に向かおうとするあらゆる輸送部隊を攻撃して、砦とその周辺を完全に干上がらせる。

 面倒なことではない。明日一日で充分だ。

 砦の外側の騎馬部隊は、明日一日保たないだろう。

 

 3本のブレスが闇の中で妖しく煌めいた後は、また静寂な夜の帳が辺りを包む。

 頭上にはまさに満天の星空。足元には暗黒の大地と所々に散って見える松明の明かり。

 漆黒の竜の背に乗って、このファンタジーな世界を包む夜の闇の中に浮く。

 ダムさんの張るシールドのお陰で、暑さも寒さも感じることも無く、風を受ける事も無い快適なフライト。

 戦争の最中だというのに、穏やかで幸せな気分に包まれる。

 

 水補給線の破壊は任せてしまって問題無いだろう。

 万が一を考えてドラゴン達には3頭で1編隊を組むように指示している。

 1時間おきに1編隊が出撃すれば良いだけだし、レイリアさんが言ったように疲れを知らないドラゴン達だ。

 

 遙か彼方、先ほどよりももっと遠い別の場所で再び3つのブレスが煌めくのを闇の中に確認し、俺はダムさんに野営場所に戻るように告げた。

 星空を背景に、巨大な黒い竜が大きく広げた翼を傾け、悠々と旋回していく。

 やがて黒い竜は満天の星に彩られた夜空を離れ、灯りのない真っ暗な大地に向けて高度を落としていった。

 

 

■ 2.8.2

 

 

 翌朝、再び隊列を組んで地上部隊はスロォロン砦に向かう。

 今日はドラゴン達も地上部隊と一緒に地上待機だ。

 敵は正面の7千騎ほどの騎馬部隊のみ。

 周囲に伏兵など存在しないことも確認してある。

 こんなだだっ広く真っ平らな平原で伏兵も何もあったモンじゃ無いけどな。

 万が一の可能性として、不可視化とか妙な魔法を相手が使っている事を用心しての確認のようなものだ。

 

 周辺の航空部隊はもう潰してある。

 地上部隊だけであれば、敵がこちらに向けて突撃を開始してから反応すれば充分だ。

 こちらから手を出すつもりは一切無い。

 手を出さずとも、今日の夕方までに砦の外の帝国軍は消滅するだろう。

 そして明日の朝までには、スロォロン砦を占領する将官達も消える。

 

 地上部隊が足を止め、しばらく経ってからドラゴンが6頭飛び上がる。

 一路スロォロン砦に近付くように見せかけて旋回し、そのまま南に向けて飛び去る。

 エルニメン川を用いて輸送され、スロォロン砦南方で陸揚げされた補給物資に対する補給線破壊攻撃だ。

 可能性として残っている、神聖アラカサン帝国本国からのドラゴンナイト補充を警戒するための航空偵察の意味も含んでいる。

 

 スロォロン砦に対する全ての補給を断ち、砦と平原の部隊も分断し、この戦いは今日決着を付ける。

 それだけの下地は出来ている。

 だが昨日の破滅的敗北は既に帝国軍の知るところとなっているだろう。

 残念ながら連中がどれだけ迅速に反応できるのかが不明なのだが、最悪最速で明日には再編成したドラゴンナイト部隊が前線に送り込まれるものとみている。

 この戦いは今日中に完結させなければ、長引けば長引くだけ不確定な要素が増え、その分勝利への道程が遠くなると考えて良い。

 

 両軍が向かい合ったまま時間だけが過ぎていく。

 航空偵察に出たドラゴン6頭が陣に戻って来て、代わりの6頭が飛び立つ。

 太陽が東の空から移動し、頭上高く輝く。

 今日一日のみに限って言えば、時間が経てば経つほど状況は魔王軍に有利になっていく。

 昨夜は補給線破壊のため嫌がらせの投石を行っていないが、それでも連中の疲労と脱水症状は極限に達しているだろう。

 さらに症状を悪化させ、そして一押しすれば潰せる。

 

 昼過ぎ。

 ドラゴン達に較べれば遥かに視力の悪い俺の眼にも、帝国軍騎馬部隊の中で騎士が落馬したり、馬が竿立ちになった後にぶっ倒れたりする者がちらほらと出ているのが見える。

 昨日の動きから想像すると、向こうの指揮官は徐々に悪化していく状況の中で、まだ幾らか戦力がある内にもう一当たりしようと考えるはずだ。

 

 と、考えていたらまさに、敵陣から猛烈な砂塵が立ち上り始めるのが見えた。

 来た。

 だが、連中にとって最悪のタイミングだ。

 耐衝撃性で世界的に有名な某ブランドのごついソーラー腕時計を見る。

 午後2時15分。

 わざわざ一番暑い時間帯を選んで突撃を開始するとは。

 こっちにとっては最高に都合が良いが。

 

「ドラゴン部隊、高度千mで待機。地上部隊、反転。敵速度に合わせて移動し、敵を引きずり回す。部隊後方にシールド展開。併せて火炎系魔法攻撃。」

 

 敵部隊にはホーリーナイトやパラディンが混ざっているので、突撃中に魔法攻撃を仕掛けてくる。

 もちろん、メイジなどの魔法専門職に較べればその攻撃力は遥かに弱いため、マジックシールドをちゃんと張っておけばこちらに被害など出ない。

 

 ドラゴン部隊が一斉に空中に飛び上がる。

 地上部隊が駆け足を始め、Uターンする。

 砂埃とともに、炎天下で水補給をしていた桶などが放り投げられ、強い日差しの中で水しぶきが煌めく。

 短時間でUターンを終えた地上部隊は、敵部隊先頭との距離を千m弱保ったまま疾走を開始した。

 

 敵部隊から白い光魔法の帯が伸びて、魔王軍地上部隊の後方に展開されたシールドに当たり、飛沫を散らしたように消えていく。

 対して魔王軍側からは人の背ほどもある巨大な火球や、レーザービームと見まごうような熱線が幾つも放たれる。

 もちろん帝国軍もある程度のシールドを展開しているので一部弾かれはするが、根本的な攻撃力が天と地ほども違う。

 魔王軍側からの魔法攻撃は、帝国軍騎馬部隊が展開するシールドを突き破り、破壊し、なかには魔法攻撃の直撃を受けて火だるまになって脱落していく騎馬も居る。

 

 もちろんこれで7千もの騎馬を消せるなどとは思っていない。

 上空に待機していたドラゴン部隊は、魔法攻撃の応酬が始まると同時に高度を500mほどにまで下げ、帝国軍騎馬部隊の両側に陣取って次々とドラゴンブレスを浴びせ掛ける。

 騎馬部隊には弓騎兵も混ざっては居るが、シールドに弾かれその矢がドラゴンに届くことはない。

 希にドラゴンに向けて光魔法が放たれるが、そもそも狙いが不正確な上に、ドラゴンのシールドに弾かれて被害は皆無だ。

 

 両側からドラゴンブレスによる反復攻撃を受け続けることで帝国軍騎馬部隊の数は目に見えて減り始める。

 ドラゴンブレス一発で数十~百騎ほどの騎馬が吹き飛ぶ。

 即ち14頭のドラゴン達による一斉射で千騎ほどの騎馬が消えることになる。

 14頭が数回ブレスを吐けばそれだけで壊滅的打撃、10回もやれば全滅というわけだ。

 そして俺達はブレス10回分も待つ必要は無かった。

 

 帝国軍は人馬ともに既に限界に達しており、魔王軍に向けて最後の突撃を行った時点で既に、突撃途中で脱落する騎馬が多数発生していた。

 地上部隊によって引きずり回され、さらにドラゴンから襲われる恐怖で限界を超えて走ってしまった騎馬達は、次から次へと昏倒し、そしてそのまま泡を吹いて絶命してしまう。

 落馬した騎士は後続の騎馬に蹴り飛ばされ踏みつけられて絶命するか、そうでなくとも落馬の衝撃と重装鎧の重さで動けないまま、この照りつける太陽と灼熱の大地によって人が生存できる限界を超えて熱され、いずれすぐにでも死んでしまうだろう。

 

 結局、灼熱のエルヴォネラ平原そのものによって倒れた騎馬の数は1/3近くにも登り、そして残り2/3がドラゴンブレスによって焼かれた。

 最後まで魔王軍地上部隊を追い続けた、運が良いのか悪いのか分からない僅か100騎ほどの生き残りも、すでに人馬ともに体力の限界を超え、馬は泡を吹き目が血走って真っ直ぐに走ることさえ覚束ず、その背に騎乗の騎士もどうにか気力だけで鞍にしがみついているような状態だった。

 

 魔王軍地上部隊が、彼等の前方で立ち止まる。

 向きを変え、正面から衝突する構えを見せる。

 騎士の矜持か、まともに焦点さえ合わないであろう眼で前方の魔王軍を見据え、力さえ入らない手で手綱を握る。

 長槍(ランス)を持つ者は槍を構え、そうでない者は剣を抜き放つ。

 しかしその動きも緩慢で、まともに打ち合うことさえ出来ないのは誰の目にも明らかだった。

 

 魔王軍の上空に発生した巨大な火球が加速し、帝国軍騎士団の最後の生き残りに向けて撃ち込まれた。

 例えその巨大な火球が自分達目掛けて急接近するのを認識してはいても、彼等にも騎乗する馬たちにも、もうそれに反応するだけの体力は残っていなかった。

 火球の大きさに見合った大爆発が起こり、そして砂塵が晴れた後に立っている騎士は一騎も存在しなかった。

 

 これでエルヴォネラ平原に駐留していた帝国軍は、文字通り全滅した。

 スロォロン砦近くには、まだ息のある兵士がいるかも知れない。だが、このまま放置すれば数時間の内に息絶えるのは間違いなく、そして俺は赤十字の真似事などするつもりも無かった。

 

 魔族を殲滅しようと侵攻してきたのであれば、返り討ちに遭い自分達が全滅させられたとしても、文句を言われる筋合いなど無い。

 

 ドラゴン部隊を含めて地上に降り、その場でこの後の予定を確認した後、俺達魔王軍はスロォロン砦に向けてゆっくりと、駆け足程度の速度で近付いていった。

 ドラゴン部隊も同じ速度で、地上部隊の頭上をゆっくりと進む。

 スロォロン砦はマリカさん達が掛けた絶対魔法防御の白銀色の球に包まれたままだ。

 

 夜になってから仕上げをしようと思っていたが、騎馬隊の最後の突撃で予定が早まったので、もう今やってしまおう。

 

「では内部を極限まで凍らして冷却して下さい。」

 

 何の抵抗を受けることも無く、スロォロン砦を包む絶対魔法防御のシールドのすぐ外側に辿り着いた地上部隊に指示する。

 僧侶達が絶対魔法防御を一部緩め、その隙間から魔道士達がありったけの冷却魔法を打ち込む。

 俺が想像しているのは、マイナス100℃以下、あわよくばマイナス200℃以下の絶対零度に近い様な温度だ。

 その極低温で生き延びられる生命は無い。

 熱も光も空気も通さない絶対魔法防御のシールドで覆われて、シールドを解除するまで内部は極低温を保持し続ける。

 砦に立て籠もっている将官達は氷付けになりつつも、砦自体には殆どダメージの無い攻撃だ。

 絶対魔法防御を解いてやれば、温度は数日で戻るだろう。

 

 灼熱のエルヴォネラ平原のど真ん中で、極低温の氷結地獄となったスロォロン砦をそのままに放置し、俺達は一旦魔王城に帰還することにした。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 これで第二章を終わります。

 主要登場人物がなかなか増えません。次の章では増やしたいなあ。


 その内どこかで魔法体系について説明を入れるつもりですが、火炎系の魔法も、氷結系の魔法も、いずれも火炎系魔法です。

 熱=分子運動を制御すると言う意味で、両方とも同じ系統の魔法に属します。火炎系は分子運動を加速し、氷結系は分子運動を低下させます。

 今のところ、風火水地光闇と空間の7系統で考えています。

 「なら、光と闇も同じじゃね?」と言われるかも知れませんが、この場合の「闇」とは概念的なもので、暗黒系魔法とでも言う方が正しいかも知れません。精神的な汚染を行ったり、死霊を呼び出したりするのがここに分類されます。

 なので魔王軍では、光の反対が闇、とはなりません。

 神聖ナントカ帝国では、光の反対は闇ですが。

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