聖女フェス*8
澪は、落ち着いていた。何せ、こうなることは想定通り。焦る必要など全く無い。
「魔物かー!へー、良い度胸じゃーん?」
だから澪は、的確に『今、最も観客を落ち着かせる言葉』を選んで声を張り上げる。
「わざわざ、聖女と勇者が沢山集まってる所に魔物が来るなんて、良い度胸だと思わない?ね、皆、どう思う?」
……そう。ここは、聖女と勇者の集まった場所だ。つまり、戦力という戦力を集めた場所とも言える。そんな場所に魔物が攻めてきたところで、何になる。そう、観客達に思い出させてやるのだ。
「大丈夫!私はドラゴンくらいなら倒せるよ。あ、今私が着てる鎧、私が倒したドラゴンの革のやつね」
澪は堂々と、観客達に胸を張る。いっそ傲慢にも見えるほどの自信を見せつけてやれば、観客達は『おお……』『あのお嬢ちゃん、そんなすごい勇者様だったのか……!』と観客がどよめいた。
「それに、私なんかいなくたって何とでもなるよ。ね?ナビス」
更に、澪は観客達へちょっとしたパフォーマンスじみたことをやってのける。
澪の言葉を向けられたナビスは、その大人しそうな見た目でありながら、全く臆することなくにっこりと微笑んで頷いた。
「はい。皆さん、どうか、落ち着いて。魔物を恐れる必要など、ありません。私達は、皆さんを守るだけの力を持っていますから」
全く淀みのないナビスの言葉に、観客達はいよいよ、落ち着いた。
『ああ、これは大丈夫だ』と観客達に思わせるだけの自信を、澪とナビスは存分に見せつけていた。
「そうそう!聖女ナビスの歌声は、魔物の心すら動かすんだから!……ってことで、ま、皆!ちょっと外すけど、すぐ戻ってくるから期待しててね!」
「30分以内に戻りますので、お手洗いの休憩など、なさっていてくださいね!」
そうして澪とナビスは、ひらり、とステージを下りて、颯爽と駆け出していくのであった。
こうした姿が、観客から最も頼もしく見えるということを知った上での、完璧な『聖女と勇者』の振る舞いである。
……さて。
そうして会場の外までやってきた澪とナビスは、そこで、魔物達の様子を見て……深々と、頷いた。
「やっぱり」
「やっぱり、ですねえ……」
そこに居たのは、スケルトン。スケルトンが、いっぱい、である。その他にも、様々な魔物が居るが、総じて皆、知能がある程度高いものばかりだ。
「えーと、ライブ、見に来たの?」
澪が問うと、先頭に居たスケルトン達は、コクコクカタカタ、頷くのであった。
……ここに集いしスケルトン達は、ポルタナ鉱山のホネホネ鉱夫達。そして……。
「布教した甲斐があったねえ」
澪とナビスが、最近新たに布教した、メルカッタ・レギナ近郊の魔物達である。
澪とナビスは、聖女モルテの礼拝式以来、コツコツと布教活動を続けていた。
対象は、魔物である。
勇者エブルに聞いた魔物の巣窟に突撃していってみたり、はたまたメルカッタのギルドで聞いたダンジョンへ潜ってみたりしながら、そこに居る魔物相手に布教してみたのである。
布教とは即ち、ライブ。
澪とナビスがやっていたことと言えば、ダンジョンに突撃していってはそこで突然、ナビスのライブを行う、というものであった。
そして、歌にほわりと乗った魔除けの力を浴びせて、それでも尚、ナビスの歌を聞き、ナビスの姿を見つめている魔物が居たなら、勧誘する。そしてブラウニーの森へ連れていき、既に苗木程度の大きさまで成長している神霊樹に触れさせて、完璧に魔除けを行う。そんな具合である。
……そうして、魔物の信者は、増えた。
やはり、スケルトンは元々人間であったからか、ナビスの歌と澪の太鼓、そして『用意してきたけど食べる?』と差し出した月鯨の煮つけや切り干しマンドレイクのスープに魅了され、それと同時に自我を取り戻して理性的になっていった。
どうも、魔物達は魔除けの力を浴びるほどに理性を取り戻していくように見える。……そのついでにナビスの歌を刷り込んでいるからか、彼らは非常に熱心なファンになってくれた。具体的には、ポルタナ鉱山の労働力にならないか、という提案に即決で快諾してくれた程度に。
そんなスケルトンや、ブラウニー達、ついでにゴーストも数匹、という勧誘具合であったのだが、その魔物達が今、ここに来ている。
……彼らを招いたのは、保険だ。
今回、聖女モルテやその手の者が、月と太陽の祭典に魔物を嗾けてくる可能性を考えていた。その場合、少なからず被害が出るばかりか、『聖女達が集う祭典に魔物が突撃してきた』という恐怖を観客達に植え付けることになる。
今回の祭典を中止させるわけにはいかないし、嫌なイメージを植え付けるわけにもいかない。今回の祭典では、観客達にとにかく前向きに明るくなってもらいたいのだから。
そこで、『魔物』が攻めてきても、そこに希望を見出せるように対策を講じておくことにした。
即ち、サクラ魔物の仕込みである。
『魔物が聖女のファンになっている』という状況を見せることで、観客達の魔物への恐怖を薄れさせる効果を狙える。
また、もし聖女モルテ達が嗾けてきた魔物がやってきても、そこにファンの魔物達を混ぜておくことによって、『少なくとも何割かは、聖女の歌に反応して寝返らせることができた』と印象付けることができる。
そうすれば、観客がパニックを起こすリスクを、多少は低減させることができる。
無論、魔物を懐かせるということについては賛否両論あるだろう。だが、澪もナビスも、こうすることについて意見を一致させている。
何故なら、今後、ポルタナでカタカタホネホネ働く鉱夫達の存在を大っぴらにしていけるように、下地を作っておきたいからだ。
賛否両論あろうとも、少しでも、賛成の意見を増やしたい。自ら魔除けされに来るほどの魔物達が居ることを、知ってもらいたい。
……ということで、この作戦は結局のところ、ポルタナの為でもあるのであった。
「さあナビス!やっちゃってー!」
ということで、澪は勢いよく携帯用の太鼓を叩く。タンバリン程度のサイズの太鼓だが、これでもよく響く。案外馬鹿にならないものだ。
「はい!それでは参ります!」
そしてナビスの声は、もっと良く響く。何せ、聖銀の杖はワイヤレス。どこでも使える素晴らしいマイクなのだから。
……そうして。
ナビスが1曲歌い終わると、魔物達は拍手で大いに盛り上がってくれた。
「よーし!魔物の皆ー!聖女ナビスの信者になりたいかーっ!」
澪が聖銀の杖に向かって叫べば、魔物達はそれぞれに歓声なりカタカタ音なりを上げながら、腕を掲げて応えてくれた。
「人々の役に立ちたいかーっ!」
更に澪が叫べば、魔物達はまた、応える。……この頃には既に、会場から野次馬の為にやってきた人間の観客達が、何事かと目を円くしていた。
「ならばよし!聖女ナビスは可愛い上に強くて心の広い、最高の聖女様!人を襲わず、魔除けの力を受け入れる魔物諸君には、聖女ナビスの歌をもう1曲披露しよう!」
澪の声に、魔物達が湧く。わーっ、と盛り上がり、また歓声なりカタカタ音なりを上げる魔物達は、どう見てもただのファンシーな生き物である。ブラウニー以外、多少見た目はアレだが。
「では……ポルタナの聖歌です。どうぞ、お聞きください!」
ナビスの声に、また魔物達が湧く。ポルタナのスケルトン達とブラウニーの森のブラウニー達は、自前のペンライトをサッと取り出して、最前列に構えている。……他の魔物達はペンライトを持っていないので、各々、木の枝なり、自分の手なりをフリフリやることになる。
……ナビスが歌う間、魔除けの光がにじみ出ていた。だが、やはり、すっかり改心してしまっているらしい魔物達は、魔除けの光を嫌がらない。それどころか、『ありがたや、ありがたや』とでも言うかのように、積極的に魔除けの光を浴びようとしている。
「こ、こりゃ一体……?」
「聖女様が魔物に歌っていらっしゃる……?」
「魔物が聖歌を聴いてる……!?」
野次馬に来た人間の観客達は、これを驚きと共に見つめていた。それはそうだろう。彼らはきっと、聖女の歌を聞きたがる魔物など、見たことがなかったのだろうから。
「お、おおお、魔物が魔物と戦ってるぞ!?」
「改心した魔物が、そうでない魔物から俺達を守ってくれてるのか……!?」
更に、どうやら信者ではない魔物も混ざっていたようなのだが、そんな魔物達は、ナビス信者の魔物達によってボコボコにされていた。ちょっとかわいそうである。
同じ魔物であるのにボコボコにされている魔物があまりにかわいそうだったので、澪はその魔物に近づいて、『えーと、元気出しな』と慰めてやった。
ゴブリンやコボルドといった魔物達は、礼拝式の楽しさや澪の言葉を理解するだけの知能が無かったのか、結局駄目だった。ボコボコにされて逃げ出していた。
だが、レッサードラゴンの子供のように見える魔物は、懐いた。
……始めこそ、そのドラゴンの子は暴れていたのだが、ナビスから神の力の強化を受け取った澪がひらりとドラゴンの背に飛び乗って、どうどう、と宥めてやったのだ。
そうしている内に、ナビスの祈りが届いたのか、ドラゴンの子は大人しくなってしまった。澪がドラゴン革の鎧を身に付けているのを見て『こいつには勝てない』と悟ったが故かもしれないが。
……ということで。
「いやー……増えちゃったね」
「ちょっと予想外でしたね……」
いつのまにやら、魔物信者が、増えていた。
……どうやら、信者ではない魔物がそこそこ紛れ込んでいたようなのだ。それこそ、聖女モルテの手の者が魔物を嗾けてきたのではないか、という程度に。
だが、その魔物達も、もう敵ではない。
信者の魔物達に流されるようにして、共にナビスの歌に合わせて腕を振り、コールアンドレスポンスに参加し、そして、いつの間にかナビスの魔除けが浸透して、信者と化していた。
「やればできるもんだねえ」
「ええ……レッサードラゴンの子も、このようになるとは」
「ね。なんか色の白いドラゴンだけど、特殊なドラゴンなのかなあ」
ドラゴンは知能が高いということだろうか。この子ドラゴンは、礼拝式という新しい娯楽に夢中になっているらしい。今や、くるるる、と可愛らしく喉を鳴らして、澪とナビスに腹を見せている始末である。
そして、こんな魔物達の様子を見て只々驚いているのは、すっかり増えた野次馬の皆さんであった。
「なんてこった……」
「聖女様のお力ってのは、ここまでのモンなのか……!」
魔物すら改心させる聖女ナビス。この圧倒的な力は、人々の目に焼き付いたことだろう。
「あ、皆ー!魔物達は脅威じゃなくなったから、もう大丈夫だよー!」
澪が聖銀のマイクを使って呼びかければ、観客達は戸惑いつつも、盛大な拍手を以てして、この状況を喜んでくれた。
「では、礼拝式は10分後に再開いたします!会場へお戻りくださいね!」
ナビスの呼びかけに、観客達は『いやあ、すごいもんを見た』『魔物達も、話せばわかるもんなのかもなあ』などと話しながら、ぞろぞろと会場へ戻っていく。
そして、魔物達もまた、『曲も聞かせてもらったし、このへんで』とばかり、ぞろぞろと帰っていく。……新しく仲間にされたものと思しき魔物達も一緒にぞろぞろやっているところを見ると、このままブラウニーの森へ向かって、神霊樹で正式に魔除けしていくのだろう。多分。
こうして、予想以上に魔物の信者が増え、ついでに人間達には『聖女様が居れば、魔物を過剰に恐れる必要は無い』と安心感を与えることができた。
人々の恐怖は悪戯に煽られることなく、むしろ、魔物が増えている昨今について、『増えている魔物達も、聖女様が改心させればなんとかなるんじゃないか』と希望を抱いてもらうことができただろう。
そして実際、その期待に応えていくつもりだ。
澪とナビスは、まだまだ魔物達を信者に引き入れていくつもりなのだから。
……そうして、聖女モルテ側の信者を、削る。
信仰心を、奪い取ってやるのだ。
こうして、月と太陽の祭典は大いに盛り上がって終了した。
夕方の遅くまで礼拝式が行われていたので、そのまま会場でもう一泊していく人が多い。
特に、仕事も無く、行く当てもない人々は『どうせレギナやメルカッタの路地裏に戻っても寒いしなあ』とばかり、聖銀の杖のおかげで暖かい草原の上でごろごろしている。
……なので、澪とナビス、そしてマルガリートやパディエーラ、その他様々な聖女達が、これを狙って動く。
「そこのおにーさん!もしよかったらポルタナに来てよ!それで、一緒に世界の発展を目指そう!ポルタナはいいところだよ!景色は綺麗だし、何より、ナビスの礼拝式、毎週参加できるし!」
澪は、戦士崩れであろうその男にチラシを渡す。
そこには、ポルタナでの鉱山や漁業、製塩に関する求人広告が書き込んである。ついでに、新たにポルタナ街道の入り口に設ける予定の宿場での従業員も募集中だ。
「ポルタナはナビスのおかげで結構発展してきてるんだけど、まだまだ途中だしさ。助けてくれたら、嬉しいな」
ぽかん、としている男に澪は笑みを向けて、それから、あれっ、と気づく。
「あっ、そういえばおにーさん、昨夜、私の演奏聞いててくれた人だよね?」
確か、この顔は澪のトランペットを聞いてくれていた人だ。澪はそう思い出して、はた、と手を打つ。男は、『まさか覚えられていたとは』とばかり、少々気まずげな顔をしていたが、澪はそれを気にせず笑う。
「おにーさんの元気、出てきてからでいいからさ。ね」
男は、澪の顔とチラシの文面とを代わる代わる見ていたが……やがて、ふ、と笑うと、頷いてくれた。
「そうだな……ちょっとそっちで厄介になるのも、悪くねえかもな。鉱山での仕事なら、俺みたいなのでも役に立つだろうし」
「えっ!?いいの!?ホントに!?元気出てからでいいんだよ!?」
澪としては非常に嬉しいが、少々心配でもある。何せ、この男は昨夜の澪の最後の曲、『ノクターン』を聞きながら……そっと、涙を流している様子でもあったので。つまり、さぞかし辛い気持ちを抱えていたのだろう、と澪は思うのだが……。
「もう、元気になっちまったよ」
そう、男が笑ってくれたので……澪は、何やら胸がいっぱいになる。
誰かを救えたのかもしれない。そう、今だけは、ちょっとばかり、思い上がっていたい。
……そういう訳で、月と太陽の祭典は無事に幕を下ろし……その成果と影響、そしてそこから生じた諸々の波紋が、各地にじわじわと、広がっていったのである。




