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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
87/209

理由*8

「という話だったのさ」

「まあ、礼拝式、ですって?結構すぐ表に出てきたわねえ……」

 さて。大聖堂の中に戻ると何かと厄介ということで、聖女3人と勇者3人は澪とナビスが取っている宿の一室に集合して互いに報告していた。

 澪とナビスからは、聖女モルテの礼拝式について。『次の新月の夜』は2日後だ。そこで礼拝式が行われるというのなら、是非、行ってみなければならない。

「出現してから1か月経っていない聖女が、単独で礼拝式を行えるなんて……余程資金が有り余っているのかしらね」

「いや、マルちゃん。意外とお金かけなくても礼拝式はできちゃうから」

「そうですね。レギナの大聖堂のような立派なものでなければ、聖餐はあり合わせで何とでもなりますし……」

 ……そう。礼拝式の様子を見れば、相手の資金状況なども分かる。ポルタナ礼拝式のようなやり方をすれば、案外お金を掛けずに礼拝式を開けるのだが、もっと立派に整えられた礼拝式を開催しているようであれば、どこかからか資金が流れていると考えた方がいい。

 また、信者の数も、礼拝式を見ればわかる。更に、信者が何を思って聖女モルテを信仰しているのかも、分かるはず。……そこに、魔物の活性化やトゥリシアの自決の秘密があるかもしれない。


「それにしても、ちょっと心配よねえ。会場がよく分からないっていうのは」

「直前まで会場の準備をしているのかもしれませんわね。いずれにせよ、ミオとナビスだけで行くのは心配ですわ」

 さて。いざ礼拝式に行くとしたら、どのように行くべきか。これが次に考えるべき内容である。

「私とパディは行かない方がいいように思いますわ。流石にレギナ近郊では顔が知れていますもの」

「ポルタナぐらいまで行っちゃえばいけそうだけどねー……ま、今回は私とナビスで行くのが妥当だと思うよ」

「危険ですわ!」

「いや、そう言われてもなあ」

 ちょっと考えるだけでも、澪とナビスの2人でさらっと潜入してくるのが良いように思う。だが、マルちゃんは心配性なのである。

「せめて、どこに行ったかは分かるようにしておいてくださいまし!さもなくば、助けに行くことすらできませんのよ?」

「それはそうだね。えーと……」

 確かに、マルガリートの言い分には一理ある。澪としても、自分達の居場所くらいは示しておきたい。助けに来てもらえないこともそうだが、万一、自分達が失敗した時に手掛かりが完全に失われてしまうことは避けなければ。

「……パンくず落としていく?」

「ぱ、ぱんくず……!?何故!?」

「いや、私の地元……地元?では、まあ、そういう童話があって……夜光石みたいなのとか、パンくずとかを落としながら森を歩く、っていう……」

 ただ、勿論ヘンゼルとグレーテルのようにやるわけにはいかない。パンくずは当然だが、夜光石を落としていくわけにもいかないだろう。今回の潜入は、できれば相手には知られたくない。夜光石のように目立つものを置いておいたら、間違いなく、バレる。警戒される。その結果、潜入捜査が上手くいかなくなりそうだ。

「スマホがあったらなー、いいんだけど」

「すまほ……?」

「うん。遠く離れた相手と会話する道具、みたいな」

 こうした時、遠距離通信ができるのは強い。……澪はこの世界に来て、連絡手段というものがいかに大切かを知った。この世界には未だ、携帯電話はおろかトランシーバーすらも存在していない。

「……あの、それでしたら、鏡石の欠片を落としていく、というのはいかがでしょう」

 澪が悩んでいると、ナビスがそう、提案してくれた。

「夜は光が無いので、鏡石は目立ちません。そして、日が昇ったら、鏡石は太陽の光を浴びて光りますから……それを辿れば、場所が分かるのではないかと思います」

 澪はこっそり、『鏡石って、何?』とナビスに聞いてみると、『鏡の原料です。磨くと金属の鏡よりはっきりと物を映します。光も良く反射するので、丁度良いかと』と返事がきた。どうやら、そうした便利なものがあるらしい。

「それだと、夜の内に助けに行くことができそうにないけれど……」

「それは仕方がありません。それに、逃げるくらいなら何とかなると思いますから」

 どのみち、マルガリートとパディエーラが助けに来てしまったら、その時点で隠密行動は失敗だ。ならば、澪とナビスが大暴れして逃げてくる方がいい。あくまでも、鏡石の道しるべは、澪もナビスも帰ってこられなかった時の為の保険なのである。

「……分かりましたわ」

 そうして、マルガリートが頷いた。

「でしたら、弟のエブルを連れて行って頂戴」

「へ?」

「あ、姉上?」

 ……少々、予想外な意見を伴って。


「え、えええ……弟くん、連れてっちゃっていいの?」

「ええ。エブルは表に出てはいますけれど、然程目立っている訳ではありませんもの。多少変装させれば十分に紛れ込みますわ」

「姉上……」

 勇者エブルは、多少複雑そうな顔をしている。まあ、それはそうだろうと思われる。『然程目立っていない』というのは、勇者としてはあまり褒められたことではない。

「それに、彼だってあなた達に助けられた恩は返したいと思っているはずよ。そうでしょう?エブル」

 だが、マルガリートがそう言えば、勇者エブルは実に勇者然とした表情で、はっきりと頷いた。

「トゥリシアの策略に嵌った私達を助けていただいた恩義。必ずやお返しすると心に誓っております。どうか、私も連れて行っていただきたい」

 凛々しい表情も相まって、勇者エブルは中々見目麗しい。これは勇者として適切に売り込んでいけば十分に女性達の人気を攫えそうではあるが……マルガリートの方針か、エブルは然程、目立っていないというわけだ。

 ならば問題無いか、とも思うが……。

「えー……いいの?いや、私達はいいけどさあ……そんな、恩とか気にしなくていいのに」

「そういうわけにはいかない。私も、姉上も、矜持というものがある」

「そういうことですの。ねえ、ミオ、ナビス。どうか弟を連れて行ってくださいまし。きっとお役に立ちますわ」

 ……澪とナビスは顔を見合わせて、『いいかな』『いいと思います』と頷き合う。まあ、マルちゃんはプライドが高い性分のようだし、弟も同じようにプライドがあるのだろうから、助けられっぱなしなのが気に食わないのだろう。本人らがそう望むのであれば、澪とナビスがこれ以上反対する理由も無い。

「そういうことなら、ありがたく。よろしくね、勇者エブル」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。決して足手纏いにはならないようにする」

 澪とナビスは勇者エブルと握手を交わして、微笑み合う。……そして。

「……後でこっそり、マルちゃん様のお話を聞かせてくださいね」

「お姉ちゃんとしてのマルちゃんの話、めっちゃ気になるからさあ」

 こそ、とそう勇者エブルに囁けば、エブルはきょとん、として……ちら、とマルガリートを見て、マルガリートの『何ですの?』という、困惑交じりの強気な視線を受けて……。

「……姉上には内密に頼む」

 苦笑しながら、澪とナビスの願いを聞き入れてくれたのだった。これには澪もナビスも、満面の笑みである!




 それから諸々の準備を整えて……特に、パディエーラが『こういう時には私の出番よねえ』と何やらウキウキ楽しそうに準備を進め……そうして、新月の日を迎えた。

 澪とナビスは、『着飾った町娘スタイル』といった格好で、西門の傍でそわそわ待つ。

 辺りを見回してみると、どうも、やはり特に意味も無くそわそわしながら突っ立っている人々が見受けられた。彼らも同じく、聖女モルテの礼拝式待ちなのだろう。

 ……そして。

「すまない。待たせたか」

 澪とナビスの元へやってきた若い男性は……声こそ勇者エブルだが、格好が、大分、異なる。

「うわっ!?すっご!誰っ!?」

「ああ、エブル・スカラだ。マルガリートの……」

「あ、いや、分かるけど。分かるけどね。……すごいねその変装」

 少々天然が入っていそうな勇者エブルは、きょとん、としながらもすっかり町の通行人Aと化している。麻の簡素な服を着こんで、護身用の短剣を目立たないように、それでいて、隠している訳ではない、と思わせられるくらいのさりげなさで、上着の内側に装備している。

 そして、髪の色はいつもの金髪ではなく、黒髪になっていた。かつらだろうか。振る舞いについては、若干、所作に気品がありすぎるが……それを直すのは難しいだろう。まあ、十分すぎるほどに及第の変装であった。

「聖女パディエーラが、こうしたことを得意としておられるようでな」

「ああー、分かる。パディ、こういうの得意そう」

 パディエーラが嬉々として勇者エブルを変装させる様子を思い浮かべて、澪はなんとなく、にへ、と笑う。その現場を見てみたかったなあ、と思うので、次回があったらそのときはお願いしよう。




 そうして3人が集まって、なんとなくそわそわしつつ、西門近くに居ると……。

 ぱかぱか、と馬の蹄の音が聞こえてくる。そちらを見ると、馬車が何台か、馬に牽かれてやってくるのが見えた。

 ……その馬車の幌には、黒で薔薇の花の紋章が染め抜かれている。

「あれは、もしや……」

「それっぽい、よね……」

 皆で見守る中、馬車はつつましやかに門の外すぐに停車する。人々が期待を滲ませながらそちらを見つめていると、最後尾の馬車から黒いローブを纏った人物が降りてきて、会釈する。

「聖女モルテの礼拝式へお越しの方は、馬車にお乗りください。皆様を会場までお連れします」


 案内のローブの人物が、聖女モルテだろうか。澪はその人をそっと見つめてみたが、黒髪ではない、ように見える。

「ミオ様。恐らく、あの方は聖女モルテ本人ではないかと。雰囲気が、聖女のそれではありませんし、聖女に近しい力を持っているようにも見えません」

「あ、そういうことね」

 ローブのフードに半ば隠れた顔を見てみると、中々整った容貌の少女であることが分かる。だが確かに、その髪は栗色だ。おそらく、聖女モルテの付き人か何かなのだろう。

「となると……やはり、乗り込むしかないか」

「当然。私達、聖女モルテの礼拝式に行くんだからさ」

 少々渋る様子のエブルの背中を軽く叩いて、澪は勇ましく、かつ明るく能天気にも見える足取りで馬車へと向かっていった。

「ほら、行こう!」

 ナビスとエブルに向かって、にっ、と笑って見せれば、澪の笑顔に勇気づけられたかのように、2人もまた、馬車へと乗り込んできたのだった。


 ……そうして3分ほどで、馬車は走り出す。

 レギナの町を離れていく方に向けて、慎ましく、馬車の列は進んでいくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もし握手券が偶然の一致ではなくちゃんとしたオマージュならば、聖女モルテは澪と同郷の可能性がありますね。見た目もそれっぽい感じしてそうですし。 ただ、名前が古代語になってることを考えると澪よ…
[気になる点] 邪教の会でのご飯。何がでるんでしょー。それとも出ないのかなー。
2023/10/18 22:42 退会済み
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