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出発信仰!  作者: もちもち物質
第二章:アイドルとは神である
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理由*7

「聖女、モルテ……」

 名前を呟き、澪は思う。

 彼女はどんな人だろうか。彼女が邪教を布教したと確定したわけではないが……彼女は何を思って、ここへ来たのだろう。

 などと思っていると。

「あらぁ……これはもう確実にこの人ねえ……」

「でも偽名でしょうね。全く、嫌になりますわ」

「これでは足跡を辿るのも難しいでしょうか……」

 ……聖女3人は、何とも言えない顔で、帳簿の名前とにらめっこしていた。


「え?あの、偽名、って」

「当然でしょう。我が子に『死』という意味のある名前を付ける親が居ると思いまして?」

「へ」

 マルガリートから、さも当然、とばかりに言われて、澪は固まる。

「ああ……その、ミオ様は古代語はあまりお得意ではなくて」

「あら、そうだったの?まあ、教会に入ったのが最近のことなら、それはそうよねえ」

 そこへナビスが助け舟を出してくれたので、澪は大凡のところを理解する。まあ、つまり、『モルテ』というのは古代語とやらで、『死』を意味するものであるらしい、と。……ついでに、古代語とやらは、一般的な言語では無さそうだ、とも。道理で今までどこでも見かけたことがないわけである。

「ミオ?古代語は聖女だけでなく、勇者としても必要な教養ですわよ?このくらい、身に付けておきなさいな」

「あ、うん、ごめん……」

 マルガリートが眉を顰めるのに謝って……それから、澪は、『いや、もうこれはここで言っといた方がいいな!』と考え、口を開く。

「……実は、文字読めるようになったのも最近で」

「ええっ!?」

「だから、実は、手紙とか読むの、めっちゃ時間かかる。ナビスに読んでもらうことの方が多いなあ」

 澪は、咄嗟に文字が読めない。今後何かあった時の為にも、文字での情報伝達は不確かだと教えておいた方がいいだろう。下手に見栄を張っても仕方がない。隠すことでもっと大切なものが失われかねないのだから、見栄くらい捨てる。

「その、ミオ様は夏頃に海の向こうからこの国へおいでになったばかりなのです」

 更に、そこへナビスが助け舟を出してくれた。ありがとう!という気持ちを込めてナビスを見ると、ナビスはにっこり笑って、『改めて、お越しくださりありがとうございます、ミオ様』と、澪の手を握ってふりふりやってくれた。とてもかわいい。

「夏に、国外から……?よ、よくそれで勇者になれましたわね……!?」

「夏に来て、それで今もう文字が読めているなら、大したものだわ……頑張ったわねえ」

「ミオ様の実力はマルちゃん様もパディ様もご存じの通りですから!」

 驚嘆するマルガリートとパディエーラに、何故かナビスが胸を張る。満足気なほこほこした笑顔でいるナビスを見ると、澪は『うわっまぶしっ』となる。……マルちゃんではないのだが、今のナビスは『ぺかーっ』と輝いているように見える!


「まあ、そういうわけで私、古代語とかぜんっぜん分かんないんでヨロシク」

「わ、分かりましたわ。そういうことなら仕方ありませんわね……」

 さて。澪の事情が分かったところで、皆は改めて、『聖女モルテ』について考え始める。

「モルテ、というのは、古代語で『死』を意味しますわ。ということで、間違いなく偽名であると思われますのよ」

「或いは、偽名でないとしたら生まれた時から邪教の聖女たれと育てられた、とかかしらぁ……?」

「ま、まあ、偽名でも本名でも、ものすごく邪教の聖女っぽいってことは分かるよ」

 ……ひとまず、この『聖女モルテ』が邪教を布教している聖女と見て間違いないだろう。『死』などと名乗っているのだから、まあ、当然。

「まあ、偽名の場合、ここだけの名前であると考えられますわね。わざわざレギナの聖女達が追いやすい位置に自分の名前を書き残していったわけですもの。この名前から足跡は辿れないと見た方がよくってよ」

 そして偽名を使った意味を考えれば、まあ、マルガリートの意見が妥当だろう。帳簿の記録に、わざわざ自分の足跡を残していったのだ。当然、その対策はしていることと思われる。

 だが。

「調べるだけ調べてみるべきだと思うわぁ。……聖女モルテは、私達に調べてほしくてわざわざ名前を残していった可能性があるもの」

「どういうことですの?パディ」

 パディエーラの考えは、異なるらしい。


「まず、本当に足跡を辿られたくないのなら、帳簿には『レギナの神官です』とでも残しておけばよかったのよ。そのくらいはいくらでも誤魔化せたと思うわぁ。或いは、『聖女』なんて名乗らないか、ね」

 パディエーラはそう言いつつ、ほらね、と帳簿の前の方の人名を形の良い指で示す。言われてみれば確かに、トゥリシアの父の訪問も、肩書き抜きの本名だけで書いてあった。あのように、本名だけで書いておけば、布教したかどうかまでを確実に疑うことはできなかっただろう。

「それはそうですね……」

「ね?そこに、『聖女モルテ』なんて、如何にも不審な名前を残していったなら、彼女は目立ちたかったんだと思うのよ」

 パディエーラは、少々厳しい目で帳簿の『聖女モルテ』の文字を見つめる。

「つまり、彼女は『聖女モルテ』の名前を追いかけさせたいんだと思うわぁ」

 ……これが彼女の策略なのだとしたら、随分と強かなことである。隠れておきながら、見つけてほしい、とは。

「だとしたら、喧嘩を売っておいでなのかしらね。ふん、受けて立ってやりますわよ」

 マルガリートが苛立ったようにそう言うのを聞いて、澪とナビスは顔を見合わせ、頷き合う。

 ……温厚な澪とナビスだって、挑戦状を叩きつけられたら叩き返したいと思うくらいの心は、あるのだ。マルちゃんほどではないにせよ。




 さて。それから、皆で『聖女モルテ』についての情報を集め始めた。

 一応、監獄の職員は聖女モルテの入場を許可しているわけなので、彼女の姿を見ているというわけなのだ。

 ……そうして目撃情報を集めていくと。

「えーと、まず、黒く長い美しい髪を持っている若い女性、と」

 まず、聖女モルテは黒髪の女性であるらしい。ひとまず、『聖女』と名乗りつつも男である可能性は限りなく薄くなった。否、女装の可能性もまだ捨てきれないが。

「そして妖艶な雰囲気を持った美人、というところも分かりましたわね」

「私と方向が被ってるわぁ……嫌ねえ……」

「いや、パディは妖艶な美人だけどおっとり系でいて実力バッチリ、やる時はやる!っていう魅力もあるから!大丈夫!」

 パディエーラは澪の言葉に『あら、ありがと』とにっこり微笑む。この微笑みはそうそう、他の聖女に負けないだろう。澪は『眼福!』とパディエーラを拝んでおいた。マルガリートは『なんですのその仕草……?』と不思議がっていたが、有難いものを見たら拝んでしまうのは日本人の性である。

「少し仄暗い雰囲気がありながらも目を惹きつけるような魅力があった、ということでしたね。どんな方なのか、より一層気になってきました」

 そしてナビスの情報で、聖女モルテについての情報は終わりだ。

 ……まあ、つまり、容姿程度しか分からないのだが。だが、それだけでも分かっているのと居ないのとでは大違いだ。

「今後は、『邪教について知らないか』ではなく、『黒髪の美女を見なかったか』と聞き込みができますね。そうすれば多少は、警戒されずに聞き込みができるでしょうか」

 そう。今後は、邪教徒にも『邪教』と言わずに聖女モルテを探すことができる。例えば、『黒髪の妖艶な雰囲気の美女に助けてもらったのでお礼を言いたい』とでも言って聞き込みをすれば、多少は誤魔化せるのではないだろうか。

「聖女モルテ……必ず尻尾を掴んでやりますわ!」

「マルちゃんやる気だねえ。でも、聞き込みは基本、マルちゃん本人じゃない人にやってもらった方がいいと思うよ。マルちゃん、特にレギナでは知名度高いわけだし」

「逆に、私達はレギナでの聞き込みもできそうですね。もう少し変装すれば、聖職者だということも隠せるかもしれません。開拓地での慰問礼拝式は行いましたが、それでも私達を知らない人は多いでしょうから」

 一度見ただけの聖女が変装していたら、その正体を見抜ける者は中々居ないだろう。大聖堂の門番も、パディエーラに半分隠れていたとはいえ、澪とナビスの正体に気付くことなく通してくれた。やってみる価値はありそうだ。

「そう……じゃあ、レギナでの調査は、あなた達の力を借りるわ。よろしくね、ミオ、ナビス」

「任せといて!」

「その間、マルちゃん様とパディ様は、レギナの人々の心を落ち着かせるように働きかけてくださいませんか?恐らく、邪教が根付く一番の原因は、人々の不安だと思うので……」

 役割分担も大雑把に済んだところで、ここからは別行動だ。

 澪とナビスは、このレギナで、聖女モルテに関する情報を少しでも拾い集めなければならない。




 ……ということで。

「よーし。ナビスをこんな格好させとくのは勿体ない気がするけど、こういうのも似合うねえ」

 最初に、服を買った。この世界の標準的な、町娘の恰好、といったところだろうか。ロング丈の素朴なエプロンドレスは、地味だがナビスによく似合う。

「ミオ様がこのような恰好をされていると、中々新鮮ですね……」

「えへへ……私もそう思うよ」

 そして澪もまた、ナビスと同じような恰好をしている。ロングスカートはあまり好きではないのだが、『勇者』らしさをできるだけ抑えようと思うと、こんな具合になってしまった。まあ、仕方が無いので割り切って着ている。

「では参りましょう!」

「いざ聞き込み!おー!」

 ……そうして、町娘に扮した澪とナビスは、勇ましくレギナの町へと繰り出していったのだった。


 2人の聞き込みは、のんびりと行われた。

 ……あまりがっついても不審なので、怪しくない程度に、街に溶け込みつつの聞き込みとなったからである。

 特に、『町娘らしさ』を意識した動き方を心掛けた。ただの町娘であれば、『黒髪の妖艶な美女に助けてもらった後、恩人にお礼を言うためにどのように動くだろうか』と考えて行動していったのである。

 まずは、レギナのギルドで聞き込みを行った。『黒髪の、すっごい美人さんに町の外で助けてもらって!お礼言いたいんだけど、どこの人か分かんなくて!』『最近町の外に出た人とかで知ってる人、いない?』とも聞いてみた。

 ……澪の聞き込みは、後のナビス曰く『本当に恩人を熱心に探す町娘の姿そのものでした……!』との評であった。まあ、つまり、概ね上手くいった、ということであろう。


 それから2人は、町中、賑やかな方にも出てみた。そこで屋台の菓子の買い食いなどしてみて、実に、年頃の少女2人として至極真っ当な街の歩き方をしてみたのである。これも、澪とナビスを監視しているかもしれない誰かの目を欺くためであり、街に溶け込むためであり……何より、楽しかったので。

 ドーナツめいた菓子をシェアして食べてみたところ、ナビスがそれはそれは美味しそうに嬉しそうに食べるものだから、あわや、澪の目的が途中から聞き込みではなく『ナビスに美味しいお菓子を食べさせること』にすり替わるところであった。寸でのところで思いとどまれたのでセーフであったが、危なかった。ナビスの幸せそうな笑顔は危険なのである!


 だが、そうして聞き込みと街歩きを続けた甲斐はあった。

 澪とナビスは、薄暗い路地裏に出した卓の上、カードゲームと飲酒に興じる数名の戦士崩れを見かけて声を掛けてみたところ、とんでもない情報を得ることができたのだ。

「そうだ。近々、礼拝式を開くらしいぜ。どうだ、興味あるか?」

 ……そう。

 なんと、聖女モルテと思しき人物が礼拝式を開く、という情報を、手に入れてしまったのである!

「行く行く!絶対行く!ねえ、それ、いつ?どこで?」

 澪は早速、身を乗り出して興味を示してみせる。こうしたふりは、得意だ。少なくとも、ナビスよりは。

「興味があるなら、次の新月の日、レギナの西門近くに居な。そこに居れば、礼拝式に連れてってもらえるって話だぜ」

 澪とナビスは顔を見合わせると、頷き合う。戦士崩れから『ところでお嬢ちゃん達、中々かわいいじゃねえか。そこの酒場で一杯どうだ?奢るぜ?』と誘いの声を掛けられたがそれは『ごめん!礼拝式に向けてかわいい服とか準備したいから、また今度ー!』と断って、さっさと大通りまで戻る。

 大通りの明るい喧騒の中に入ってしまえば、先ほどまでの路地裏での仄暗い話など、どこか遠い世界のものに思えてくる。……だが、掴んだ情報は、確かにある。

「……礼拝式、行ってみよっか」

「ええ……そこで何か、掴めるはずです!」

 澪とナビスは、新月の夜……恐らく、丁度2日後であろうその夜に向けて、決意を固めるのであった。




「ところであれなんだろ。おいしそー」

「あ、あの、ミオ様!1つずつ食べてしまうとお夕飯が入らなくなってしまいそうですから、半分こしましょう!半分こ!」

「いいねーいいねー、よーし、おばちゃーん!1つちょうだーい!」

 ……それはそれとして、まだ時間はある。

 澪とナビスはもうしばらく、レギナでの街歩きを楽しむことにするのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 澪ちゃんを自慢するナビス様かわいすぎるぅ… 悪女モルテのライブはデスメタルですね! 参加者はヘドバン!
[一言] 食べ歩きをする澪とナビス、かわよい
[気になる点] >そこに居れば、礼拝式に連れてってもらえるって話だぜ 『連れて行かれる』って危ないやん! 澪ちゃん、ナビスちゃん、もっと護衛とか連絡係とか準備しなさいよ〜!! 相手は聖女殺しなのよ!?…
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