金のどんぐり*2
「金のどんぐり……」
「金のどんぐり……」
澪とナビスは、それぞれに『金のどんぐり……』と呟きながらポルタナを歩いていた。
金のどんぐり。そう。金のどんぐりだ。確か、ブラウニー達は金のどんぐりを欲していたはず。なので澪達としては、ブラウニーに是非、金のどんぐりをプレゼントしたいのだ。
ブラウニー達には、ドラゴンタイヤの時からお世話になっている。澪の今の革鎧も、ブラウニー達の作だ。
そして今後もお世話になりそう、となったら……やはり、彼らの欲しがっているものを用意したい。
……もし今後お世話にならないにしても、ブラウニーを喜ばせてあげたい。何せ、ブラウニー達はとてつもなく可愛いので……。
「……とりあえずマルちゃんとパディに聞いてみるかー」
「そうですね。レギナの聖女であれば、何かご存じかもしれませんから」
ということで澪とナビスは、『金のどんぐり』についての情報収集を始めるのだった。
「ミオ様ー!マルちゃん様からお返事です!」
「おっ!来た来た来た!」
そうして、数日後。マルちゃんから返信がきたので、2人は早速、教会の礼拝堂で手紙を開封して中を読む。
……すると。
『生憎、金のどんぐりなんて聞いたことがございませんわね。パディにも聞いてみましたけれど、彼女も知らないとのことでしたわ。お役に立てなくてごめんなさいね』という内容であった。
「まあ……うん。マルちゃんはどんぐりにこだわりがあるタイプには見えないしなあ」
澪は頭の中で、どんぐりを拾い集めるマルちゃんの姿を想像したのだが、どうも、似合わない。……聖女マルガリート様はどんぐりなど拾わないイメージなのである!
「パディの方も駄目かー」
「そのようですね……うーん、となると、いよいよ打つ手が……」
情報収集しようにも、伝手が無い。金色のどんぐりの所在など、どこに行ったら分かるのだろうか。どんぐり専門家がこの世界のどこかに居るのだろうか。
「ブラウニーに聞いてみるか……うーん、それは最終手段にしたいけどなあ」
「そうですね……ひとまず、手あたり次第聞いてみましょう」
誰がどんぐりに詳しいかなど分からない。案外あのノリで、シベッドがどんぐりに詳しかったりするのかもしれない。ということで澪とナビスは、金のどんぐりについてあちこち聞いて回ることになったのだった。
……そして。
「駄目だったねえ」
「ええ……テスタ老も知らないとなると、いよいよどうしようも……」
ポルタナ中で聞いて回った結果、『誰もそんなものは知らない』という結果が得られた。……シベッドからは、『金のどんぐり……?何の話だ、そりゃ』と呆れたような顔をされる始末である。とんだ期待外れであった。
「となると……メルカッタのギルドで聞いてみる?」
「そうですね。ギルドであれば、あちこちを旅してまわった戦士の皆さんが集まります。どなたか、金のどんぐりのことを知っているかもしれません」
ポルタナでダメなら、メルカッタへ行くまでだ。それでもダメならレギナへ向かう。聞き込みは数で勝負なのだ。澪もナビスも、根気強くやる覚悟である。
……だが、そんな決意を固めていたところ。
「あ、あの!助けてください!」
そんな声が聞こえて、澪とナビスはすぐさま振り向く。するとそこには、如何にも行商人、といった風貌の男がポルタナの交易所を抜けてこちらへ駆けてくる様子が見えた。
「どうされましたか!?」
澪とナビスがその行商人へ駆け寄ると、行商人は『聖女様と勇者様だ!』とばかり安心した顔になって、しかし切迫した様子のまま、息を切らして必死に伝えてくる。
「魔物が!魔物が出たんです!」
「ま、魔物が!?」
ポルタナ街道の魔除けはしっかりい働いているはずだ。ならば、行商人が魔物と行き会うこともないはず。……そう、澪とナビスが不思議に思ったところ。
「はい!私はコニナ村の方から参りました!今、コニナ村からポルタナまでの間に、魔物が……!」
……どうやら、整備した街道とは別のところから、行商が来るようになったらしいことが分かった。
第二のポルタナ街道誕生かもなあ、などと澪は考えつつ、走ってコニナ村方面へと向かう。
冬の始まりを迎えたこのあたりでは、下草は枯れて、木々は葉を落とし、どこか郷愁を誘う風景となっている。だが、そんな風景に似つかわしくないものが、道の途中に居るのだ。
「あっ!コボルド!」
「これでしたらすぐに片付きますね!」
鉱山地上部で、澪とナビスが最初に戦った魔物がうろうろしているのが見えた。この程度なら、対処は簡単である。
「よーし!いっくよー!」
澪は少々呼吸を整えてから、すう、と大きく息を吸い込んで……聖銀のラッパを、ぱーっ、と吹き鳴らした。
ラッパの音は魔除けの光を生みながら響き渡っていく。生憎、坑道の中のように音が響く環境ではないため、範囲はそこまで広くない。だが、それでも十分すぎるほどの範囲を一気に魔除けすることができた。
澪のラッパが鳴り響く中、コボルド達は一気に弱っていく。ここまでは、今まで通り。……そして。
「魔物よ!光の下から去りなさい!」
ナビスはそう声を上げ、杖を掲げる。魔法少女の杖めいた聖銀のステッキは、美しく光り輝いて……ばっ、と、波のように魔除けの光を広げていった。
ぽわぽわ浮かぶ玉のような光ではなく、波。それが一気に押し寄せれば、コボルド如き、ひとたまりもない。
コボルドが次々に浄化されていく。跡形もなく、光の海に呑まれて消えていく。悲鳴は上がらない。その時間すら与えない。
「……すっご」
光の波がふわりと巻き起こす風に髪を揺らして、光に照らされて……澪は、ナビスの姿を眩しく見ていた。
杖を構え、光の波を起こし、光の海を進む聖女。
ナビスの姿は正に、聖女だ。神々しく、清らかで、そして頼もしく、美しい。
金色の光に照らされて、ナビスが振り返る。柔らかな風はナビスの白銀の長い髪を、ふわり、とまた美しく靡かせた。
「ミオ様」
そして、振り返ったナビスは……大いに、困惑していた!
「い、今の……今の、私が!?私がやったのですか!?」
「あ、うん。自分の力の自覚はなかったのかー。今初めてやってびっくりしちゃったのかー。かわいいなー」
……そう。ナビスは困惑していた。まさか、自分の魔除けの力がこうまで力強く発揮されるとは思っていなかったのだろう。
ナビスが集めてきた信仰心が増えてきたことに加えて、やはり、杖だ。聖銀の杖は、間違いなく、ナビスの力を強化している。……この様子なら、やはり、ナビスには剣ではなく杖を持ってもらった方がいいかもしれない。
「杖……この杖、本当に、すごい……すごいです、ミオ様……」
「いやー、ナビスもすごいなあ……ナビスはやっぱり可愛くて強くて最高だぁ……」
杖を見つめ、消えていく光の波を見つめておろおろするナビスは、やはり、可愛くて強くて最高である。澪はそれを深く深く実感した。
「ということで、魔物は一通り、退治してまいりました」
「おお、なんという……!ありがとうございます、聖女様、勇者様!」
澪とナビスは一通り、ポルタナ・コニナ間の魔物を退治して戻ってきた。ポルタナから直接コニナ村へ向かうとなると、メルカッタと同程度の距離を進むことになる。それでいて、道は整備されていないので、あまり馬車の速度を出せない。
ということでポルタナに戻ってきたらすっかり夜になっていたが、まあ、それでも一日で往復できたのだから、やはりドラゴンタイヤの馬車は優秀なのである。ただ普通に歩いていくだけだと、途中で野営を挟む必要があるのだから。
「やはり、ポルタナとコニナの間にも街道を整備していきたいですね……」
「ね。これからやり取りも増えるだろうし」
荒れた道を整備して、道の脇に魔除けの紐を渡して定期的に魔除けしていけば、ポルタナ・コニナ間も安全に移動できるようになるだろう。今後、ポルタナは野菜や麦、木材などをコニナ村から運んでもらいたい。そして、ポルタナの鉄や塩や魚加工品をコニナ村に運びたいのだ。……ついでに、信者が移動する道としても、街道は欲しい。
「それでしたら、コニナ村の者も、是非お手伝いさせてください。私達は今、丁度暇な時期ですから……」
「おおー、人手も十分かー」
ついでに、冬の間は育てられる作物が限られるとのことで、人手も借りられそうである。またメルカッタのギルドにも連絡して、臨時で人を雇っていけば、より早く、街道の整備は終わりそうだ。
ということで早速、澪とナビスは街道整備の話を進めていく。翌朝、コニナ村の行商人にあれこれ聞きながら、もう一度コニナ村へ一緒に向かうことにした。
「あ、そういえばおにーさん、おにーさん。ちょっと変なこと聞くんだけどさー……」
そしてその道中、澪は行商人に聞いてみる。
「金のどんぐりって、知ってる?」
「……金のどんぐり?」
行商人は、こて、と首を傾げた。まあそうだよなー、と澪は思うが、今はとにかく、下手な鉄砲の弾をばらまいていきたいのだ。躊躇はしない。
……と、思っていたら。
「ああ、神霊樹の実のことですか?」
案外。有識者というものはそこら辺に居るものなのである。澪はびっくりした。ナビスも隣でびっくりしていた!




