信者争奪戦*6
町へ出てみると、未だ、人々は『魔物襲来』の報を聞いていないのか、然程慌てていなかった。一部の者が慌てていても、『でもうちには聖女様が7人も居るし』と落ち着いたものである。……確かに、聖女が7人もいる町となれば、難攻不落ぶりは間違いないだろう。納得の安心感である。
だが、澪もナビスも焦っている。
それは、『絶対に何かある』と確信しているからだ。
2人の予想は当たっていたようだ。町の外へ向かって走っていくにつれて、慌てている人が増えていく。
また、町の外からは何やら、魔物の唸り声や叫びが聞こえてくるのである。……どう考えても、まずい。
多分そうだろうなあ、と思いながら澪とナビスが門まで走っていけば、そこで衛兵達が『今外に出るのは危険です!』と止めにかかってくる。彼らの表情にもまた、焦りが見られた。
「いいえ、通してください!私はポルタナの聖女ナビス!お力添えいたします!」
だがナビスは退かない。澪もナビスの隣に立って、衛兵達に笑いかける。
「ま、そういうこと。だから通して」
安心してね、という意図を以てして向けた笑顔は、しかし、衛兵達の困惑によって受け止められた。
「し、しかし、門はすぐに閉めるように、と伝令が……」
そして彼らは、しどろもどろにそう、答えるのだ。……その様子を見て、澪は、ピンときた。
「ふーん。それ、誰から?聖女トゥリシア様?」
「え?ええ……」
「そっか。なら大丈夫。私達が出たらすぐ、門閉めちゃっていいから」
へーきへーき、と澪が尚も明るく笑いかければ、衛兵達は『ここまで言うなら大丈夫だろう』と、安堵の表情を見せる。その一方、澪とナビスは内心で表情が引き締まるような思いだったが、その内心は、わずかに開いてもらえた門を通り抜けてしまうまで、表情に出さなかった。
「……マルちゃんと、もう1人だっけ。あの人達が出たら閉めろ、って、命令が出てたんだよね?」
「ええ。『聖女達の力を信じて、町への被害を最小限に留める処置』としては、間違いのないことです。しかし……『聖女達の退路を断ち、魔物が蠢く中に取り残されるよう仕向ける』という策だとも、言えます」
澪とナビスはそれぞれ緊張に表情を引き締めて、背後で閉まる門の音を聞く。
……そして。
「ま、とりあえず広範囲の魔除けも、私達にかかればイッパツ、ってね!」
「はい!まずは魔除けを行いましょう!」
澪とナビスはそれぞれに、ラッパや聖水を取り出したのであった。
……2人の目の前には、ゴブリンの群れが居る。
澪が高らかに聖銀のラッパを吹き鳴らすと、たちまちの内にゴブリン達が苦しみだし、そして、ナビスが施した魔除けによって、魔物は皆、浄化されて消えていく。
辺りには、澪とナビスによる魔除けの光がほわほわと浮かぶようになり、たちまち、魔物達が怯む様子が分かった。
「よし、じゃ、残りも片付けていこっか!」
「はい!右は私が!左をお願いします!」
「オッケー!任せて!」
ナビスが剣を抜き、澪がナイフを抜いて……2人はそれぞれに、魔除けの光に耐えて生き残っているゴブリンロードへと襲い掛かっていく。
鉱山地下1階で倒した相手だ。特に戸惑いも躊躇いも無く、澪はどすり、とゴブリンロードの心臓を一撃でやってみせた。
一方、ナビスは多少、苦戦していたかもしれない。間合いを取って、慎重に剣を構え、じりじりと見合っていた。そして、ゴブリンロードが隙を見せたその瞬間、一気に突っ込んでいって喉を刺し貫く。更に、1体目を片付けた澪が加勢してしまえば、こちらも一丁上がりだ。
「よーし!とりあえず門のすぐそばは大丈夫かな。後は……」
ナイフに付着した血を払いつつ、澪は周囲を見回して……そして、向こうの方から聞き覚えのある声のようなものを聞く。
「……あっちの方、かな?」
「ええ。そのようです。急ぎましょう!」
そうして澪とナビスは、恐らく聖女マルガリートが戦っているであろう方に向けて、また走っていくのであった。
そうして澪とナビスが辿り着いた先にあったのは……酷い光景であった。
幾多のゴブリンの死体。そして、傷つき気絶しているのであろう7人目の聖女と、その聖女の傍らで錫杖を手に、ゴブリンを睨んでいる聖女マルガリート。傍らで、傷を負いながらも凛々しく剣と槍を構えているのは、彼女らの勇者だろう。
……だが、明らかに、劣勢である。彼らを取り囲むのは、ゴブリンの死体でもあり……その先に更に控えている、複数のゴブリンロード達なのだから。
「マルちゃん!助けに来たよ!」
だから、そこへ澪は飛び込んでいく。
聖女マルガリートも、勇者達も、驚いたように澪とナビスを見たが、迷うことなく、澪はマルガリートを守る位置に立つ。
「ナビス!すぐ、癒しの術使える?」
「ええ、お任せください!」
そして、ナビスはすぐ、倒れた7人目の聖女の傍に膝をつき、彼女の為に祈り始めた。ナビスの体が淡く金色に輝いて、信仰心が神の力へと変わり、聖女を癒していく。
これなら大丈夫だろう。澪は安堵の息を吐きつつ、ドラゴン牙のナイフを構える。
だが。
「な、何を仰るの!?助けなど不要よ!邪魔しないで!」
聖女マルガリートは、半ば混乱しながらではあったが、そう、言った。
「いや絶対要るでしょ!この状況!マルちゃんと勇者さん達だけじゃ、どうにもできないんじゃない?」
澪はすかさず反論したが……ふと、マルガリートの表情の中に、困惑だけでなく、怯えのようなものを見つける。
「し、しかし……」
尚も迷うマルガリートに、澪は、笑いかけた。
「大丈夫だよ、マルちゃん。私達、上手くやるからさ。マルちゃんの支持が落ちるようなことには、絶対にさせない」
「えっ」
顔を上げたマルガリートは、ふと、縋るような目で澪を見る。気の強そうな彼女には似つかわしくない表情だが、澪はそんなこと、気にしない。
「ね?信じて?」
澪が手を差し出せば、隣から、ナビスも手を差し出す。
「マルガリート様。もしよろしければ、今後とも友好関係であれるよう、望んでおります」
ナビスの表情は、優しくありながら凛々しく、美しい。
「さあ。共にこの状況を打破しましょう!」
マルガリートは暫し、迷っていた。
だが。
「……助力感謝致しますわ、聖女ナビス様、勇者ミオ様!」
すぐに意を決したらしい彼女はそう言うと、傷つき汚れた姿でも尚凛々しく美しく、ぴしり、と一礼してみせた。
「私、聖女マルガリート・スカラ!貴女方に、祈りを捧げます!」
そして彼女はそう言うと……辺りに、ふわり、と光の波が広がったのである。
光の波は、マルガリートの性格に似つかわしくないかもしれない。それほどに、優しく、温かい。
……だが、この光の波のような優しさや温かさこそが、マルガリートの本来の心根なのかもしれない、とも思わされた。
「……なんか力が湧いてくるような」
「ええ、ミオ様!参りましょう!」
光の波を浴びた澪とナビスは、そのまま、ゴブリンロード達へと走っていく。
そして。
「えっなにこれ!?私、強くない!?」
すぱっ、と、ナイフの一振りで、ゴブリンロードの腕を、斬り落とせてしまった。澪は『あれっ!?なんかおかしくない!?もしかしてこのゴブリン、骨なし加工済みだった!?』と焦るが、断面を見るとちゃんと骨がある。成程。おかしいのはゴブリンロードではなく澪であるらしい。
「ミオ様!これがマルガリート様のお力なのです!」
「こんなんなるもんなの!?」
「ええ!マルガリート様は私よりずっと、強化の術がお得意でいらっしゃいますから!」
ナビスの方も、すぱんすぱんと凄まじい速度でゴブリンロードを薙ぎ倒している。……ナビスの見た目とのギャップが、すごい。
だが、このいっそ現実味が無いほどの戦闘力が、澪とナビスの士気をより一層高めた。
「すごい!これすごい!マルちゃーん!これすごいよー!いけるよー!」
「そ、その『マルちゃん』というのは何なんですの!?」
本来ならば、間違いなく苦戦するであろう相手と数だったが、澪もナビスも、悠々と戦っている。これはマルちゃん様様だ!と澪は歌いだしたいような気分で、次々にゴブリンロードを屠っていく。
「わ、我々も……」
「いや、おにーさん達は休んでて!」
「ええ!この後にも軍勢が来ないとも限りません!あなた方は、マルガリート様とパディエーラ様の護衛を!」
……だがやはり、勇者達が傷つき休養を必要としている様子を見ると、どうも、マルちゃん様様であると同時に、ナビス様様なのだろうなあ、とも、澪は思う。
今、澪を強化している物はマルガリートの術であり、同時に、ナビスが集めた信仰心による神の力の強化である。
そんな澪は、他の勇者よりも悠々と、戦えている。……つまり。
「ナビスってすごいんだねえ……」
「えっ!?あの、ミオ様、どうなさいましたか!?」
ナビスって、すごいのである。他の聖女達に引けを取らない、すごい聖女なのである!
そうしてゴブリンロードは、あっさりと片付いた。
だが、ゴブリンロードを片付けて少しすると、マルガリートの術が解けたらしい。急に体が重くなるような感覚に、澪もナビスも驚く。
「うわ、プールから出た時の感覚だ……」
「術で体が軽かった分、術が解けると反動が来ますね……」
2人は『体が重いー』とやりつつも、まったくの無傷でマルガリート達の元へと戻る。
「……そ、その、聖女ナビス、勇者ミオ。あなた方の御助力で、この窮地を脱することができましたこと、お礼申し上げますわ」
「いいっていいって。こっちこそ、ありがとね。マルちゃんのおかげで戦うの、大分楽になったよー」
「助け合うのが聖女の務めですから。どうか、お気になさらず」
少々気まずげなマルガリートに2人で笑いかけると、マルガリートは少々、戸惑うような様子で、もじ、としていたが……。
「さて、マルちゃん。そろそろ態勢、立て直そっか」
澪がそう声を掛けると、きょとん、としてマルガリートは澪を見つめる。
「だって、聖女トゥリシアが何かしてることは間違いないっしょ?これ、このままここに居てもいいことないんじゃない?」
澪の言葉に、マルガリートははっとした。
……そう。ここはまだ、聖女トゥリシアの掌の上。ここでマルガリート達が魔物に殺される未来は回避できたが、それまででしかない。
「ほら、マルちゃんってさ、『ただ無事』だけで済ます気、なさそーじゃん?」
そして澪は、思うのだ。『多分、マルちゃんってこういうの許さないタイプでしょ』と。
「……そうね」
案の定、マルガリートは、にっ、と、高慢な笑みを浮かべた。魔物に囲まれていた時の怯えなど、最早欠片たりとも見当たらない。
「してくださったことへの意趣返しくらいは、して差し上げなくては失礼にあたりますわね!」
凛として、復讐に燃える聖女マルガリートは、澪に『あっこれこれ!これでこそマルちゃん!』と安心感をもたらしたのだった。




